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悪循環

小説を書くに当たり、何がエネルギーになるかというとそれは人それぞれである。私の場合は基本的にはよかったことや嬉しかったことなどのプラスの気持ちが働いて、それがやる気に繋がるとき。他には気分が悪く、イライラしたときの屈折したときの怒りのやるせない気持ちがいい感じに文章に繋がる時がある。今回の私が完成させた作品は、自分が自信に満ち溢れた体で書いたので、内容はボジティブシンキングな内容となっている。辛くて挫けそうな場面もあるけど、そこも乗り越えていく。

謎のカラスと出会い、その日に短時間睡眠で仕事に行くことになった私は、細心の注意を払いながら仕事をこなしていた。気を張っていないとあっという間に寝てしまうからだ。

入浴介助中に何回か、眠気に襲われたが、何とかやり遂げた。眠気の波が後半は抜けたようでうまく言ったはずだ。しかし、完璧な入浴介助が出来なくて、申し訳ないとは思う。


「本当に申し訳ないと思ってるか?」


入浴介助を終え、浴室で浴槽を洗っていると例の声が聞こえてきた。昨日の今日ということもあり、私は忘れたくとも忘れることはできなかった。

私が気がついた時には、風呂の桶の中にカラスが佇んでいた。いつからいたのであろう。全く気が付かなかった。こんなときにめんどうくさいのが現れやがった。


「思ってるよ。だからこそきちんと謝ってるじゃないか。君には関係のない話だ」


私は桶に入っているカラスに言い放った。

カラスはというと、余裕綽々といった雰囲気をだしながら桶の中から出てきた。


「今日くらい眠いなら、休めばいいものを」


カラスはぴょんぴょんと軽快ななステップで

飛び跳ねながら言った。


「そうもいかないんでね。私が休むと、他の誰かに迷惑がかかるからね。だから極力休むわけにはいかないのさ」


私は反論する。眠いからただ休むなんて考えられない。自分勝手過ぎる。


「でも逆を言えば、君のその眠気眼のおかげで迷惑を被った同僚や入居者もいるということだ」


カラスは鋭い指摘をする。確かにそれは否定はできない指摘だ。


「それはそう思うよ。だからきちんと謝れば問題ない」


私は今日、入浴介助を一緒に行った同僚と入居者に謝罪することにした。


「別にいいじゃないですか。誰だって失敗や間違いはある。今回のだって大したことじゃない。言わなければ気がつかない程度のことだし。もし言ってそれが大事になったらどうするんですか? あなたの立場が悪くなるだけですよ」


カラスが私に語りかける。


「確かにバレなきゃ、怒られなくてすむか……」


私は脳裏にこの前、上司に怒られたことを思い出した。次にもし何かやったら始末書を書いてもらうといっていたはずだ。始末書となると本部まできちんと報告される書類だ。場合によってはただではすまないかもしれない。

私の中で何かが囁いた。

このまま言わなければいい。このまま言わなければ誰も何も悲しむこともない。そう、自分自身もな。悪魔の囁きだ。恐ろしい恐ろしい悪い心の声が聞こえてくる。

確かに眠気眼で仕事をしていて、入居者には危険な思いはさせてはいないし、ましてや怪我もさせてもいない。それに同僚に迷惑らしい迷惑もかけていない。だったら別に何もこのまま言わなくてもいいんじゃないだろうか。

言えば逆に事が大きくなるし、私の心の中で仕舞い込んでしまえばいいのではないだろうか。額には脂汗が出て来て、背中には冷たい冷や汗がじんわりと姿を現した。心拍数は上昇の一途を辿っている。


「そう、それが君の本来の姿のはずだろ。それにまだまだこの程度じゃ生ぬるいよ」


カラスが身体を震わせ、つぶやいた。


「私の本来の姿がこれか……」


今更ながら、この小悪党のようなずるい、卑怯なやり方だと思う。でも誰も傷つかないならこの選択もいや、自分可愛さあまってのこの選択だ。しょうがない、しょうがないさ。

誰も困らないなら問題ない。自分の業を肯定する。姑息だ。

「らしくなってきたじゃないか。なんだよ、大層な小説を書いた自称作家さんも裏を返せばこんなもんか。自分の可愛さのために平気で隠し事もするし、嘘もつく」


カラスの血走った目が光る。クチバシの隙間からは涎を垂らしている。


「お前に言われたからやったわけじゃない。私は自分の意思で黙ることにしたんだからな。そこを履き違えるな」


私はカラスに負け惜しみをいうが、カラスはもはや聞く耳持たんといった感じだ。


「結果が同じになるのなら、同じことよ。結局自分以外の何者なぞ、どうでもいいんだ」


私の言はもはや何を言ってもカラスに負け惜しみとされて捉えられてしまう。結局、この日は眠気眼で仕事をしたことを誰にも報告しなかった。バレなきゃいい。結局、私は自分自身に嘘をついた。そしてこれがばれたらと思うと、酷く不安になる。急に周囲が怪しく見えてくる。今日、私と入浴介助した同僚は気がついてなかっただろうか? あの後、何回か話しているがそれらしい話は言ってこない。あの感じは気がついていない……はずだ。助かった……。

 あれから数日経過して、私は何のお咎めも受けてない。そう、誰にもばれていないのだ。少し、不安だけど、これだけ日数が経過したのならもう心配することはないだろう。

あれ以来、カラスももう現れていない。あんなことは今回限りで最後にしたい。でも一回は一回。自分は罪を隠してしまった。その瞬間は隠すことに必死だったが、終わってみて実際に時間が経過すると、酷く頭の中が冷静で自分がしてしまったことがクリアに感じてしまう。今回で最後にしよう。今回だけだ。

逆に最近、上司にほめられた。そう、最近の勤務態度と勤務内容についてだけど。嘘をついてそれで褒められるんなんて、何か得をしたような感じがする。




 一度あることは二度ある。昔からよく言われている言葉だ。カラスから気持ちのいい、自分にとって都合がいい言葉をかけられ、報告を黙っていた私は少し調子に乗っていた。

ちょっとした遅刻に、適当な業務内容、入居者への言葉遣い、応対が雑になっていた。それは傍目から見れば気がつくレベルだったそうだ。カラスが変にうまくやってくれたおかげで前はうまくやり過ごすことができたが、今回ばかりは、あまりに私の行動が目について、遂には呼び出しを食らってしまった。


「どういうことよ、色々と入居者様からクレームがついてるし、それにみんなにも迷惑を掛けて」


腕組みをして、私の上司は口をへの字にして私を睨みつけている。


「すみません……」


私はただ謝って、この場をやり過ごすことしか出来なかった。


「すみませんじゃわからないわよ。何で急に入居者様への応対が雑になったか説明してよ。この間までは普通だったのに」


上司がただ謝って済むだけじゃ駄目よと言わんばかりに私に聞いてきた。

応対が雑になった理由。この間のこともあり、ある程度適当でもやり過ごせることが分かってしまったこと。そのことがどうしても頭から離れず、ミスをおかしてしまったこと。とはいえず、自分の注意力不足ですというありきたりの謝罪で何とか納得してもらった。


「はぁ……」


軽くため息を付いた。良くない流れが続いていた。明らかに誰が見るより、自分が一番分かっている。少々自分を甘くしすぎた。そのことに深く反省する。

 しかしよくない流れはすぐには変わらなかった。ちょっとしたことが大きな。問題を起こす


「馬鹿、なにやってんのさ!!」


激しい怒号が室内に響き渡った。声の主は私の上司だ。

そしてこの言葉は私に向けられた言葉だ。


「すんません……」


私はすぐに謝罪したが、上司の怒りは収まらなかった。まくし立てるように私に叱責を繰り替えす。今回は入居者を介助中に、少し私が目を離した隙に動いてしまって、地面に転び、怪我を負ってしまったのだ。

幸いにも怪我は軽い打撲で済んだのでよかったのだが、少しでも目を離したのは、明らかに私のミスだということだ。

それは重々承知している。私が少しでも目を離して、その隙に車いすから転げ落ちたという話だから納得だ。それは深く深く反省する。しかし、一つだけ腑に落ちない点があった。

それは、以前今回の私と似たような状況で、入居者様に怪我を負わせた同僚がいたのだが、そのときは、上司は軽い、口頭での厳重注意だけでとどめていたのを思い出した。

何故だ……どうしてなんだ。

その時は口頭での軽い注意だけだったのに、今はこんな皆がいる前で公開処刑のように大声で怒鳴られている。

やったのが私だからなのか。私だからこんな皆の前で呼び出しを食らって、前に呼び出されて、みんなの目の前で見世物のように叱責を食らう。他の同僚がしていたのならもしかしたら注意だけで済んだのかもしれないってことなのか。俺だから特別にってわけか。上司の太った顔が浮かんでくる。真実は分からないが、なんかそうとしか思えない。この間からそうだ。今度呼び出されたらきちんと理由を聞いてみよう。教えてくれたらいいんだけど。その前にもう怒られる状況を作らないのが第一なんだけどね。


「またあんたか……!」


後日、またしても私は呼び出しを食らった。しかし、今回は私は見覚えがなかった。それもそのはずだ。自分と組んだ同僚がその日に事故を起こしてしまい、その場に私がいた事から事情を聞くだけらしい。でもなぜだか嫌な予感をしたのを覚えている。上司の部屋に同僚と一緒に入る。中には難しい面構えをした上司がいた。わたしの同僚がすぐに頭を下げて謝った。

上司はそのあと、同僚からその現場の説明を聞いた。そしてこれからそのような事故が起きないようどうするか話し合い、最後にもう一度謝り、納得したようだ。しかし、何故か最後に私が呼び止められた。私に対して何故か文句を言ってくる上司。八つ当たりもいいところだ。私も普段のこともあり、頭に血がのぼった。今にも一触即発のときに、私は深呼吸をして、自身の心を落ち着かせ、なぜ自分をそう目の敵にして怒るのか聞いてみた。理由は最近の私の態度があまりにもずさんでしょうもなかったという話。あとは一番頑張らなきゃいけない貴方が一番楽をしている現状がおかしいからとのこと。

 この二つがおおまかな理由だそうだ。うーん、本当にそれだけだろうか? それだけでこんなに怒られるだろうか、私は疑問に思う。

明らかに何かしら力がはたらいていないかぎり考えにくい。

何故だ。

確かに介護職として現場について日がまだまだ浅く、任せられる任せられない仕事はあるけれど。あそこまでがっちり怒られる理由もないはずだ。分からない。何故なんだ。意味があって怒られるのであれば納得だが意味もなく怒られるのであれば納得出来ないし。

ふーむ、腕ぐみをして考える。しかし何も解決への糸口となる答えは頭に浮かんで来ない。いたづらに時間だけが過ぎていく。しかしこれといってしっくりくる答えは出てこない。そこでやはり一番面倒だが、やはり直接聞くことにしようかと思う。その日の夕方、上司に理由を聞いたところ。やはり厳しく当たったのは、はやく一人前になれとの話からだったそうだ。ただでさえ人出が足らない現場なので早く一人前になって最前線で働いてほしいという気持ちが少し絡まってしまって厳し目の指導になってしまったらしい。あと私が、ほかの同僚達に比べてやはり実力不足なためもありとのことらしい。内心ありがたい話だがはた迷惑な話でもある。私が途中で辞めたらどうするつもりだったんだ、本当に。でもずばり、他の人達に比べて介護人として実力不足とか結構堪えるな。他の人達と比べてそんなに差があるものなのか。周囲の同僚達を見る。確かに有資格者は違うとは思うけど、そんなに違うかなぁ。私とあの娘、そんなに実力が違うものなのかなぁ。


「そうじゃ……」


やっぱそんなにも違うか。


「あぁ、うぬとは雲泥の差じゃ……」


なんだと、さっきから言いたい放題言いやがって。誰かが私に対して何かしら語りかけてくる。しかし姿は見えない。


「どこだ? どこにいるんだ?」


私は今にも掴みかかりそうなくらいの勢いで回りをキョロキョロしているが見つからない。


「そういう観察力が散漫になっているところも比較されるところじゃぞ」


声の主はもう言いたい放題になっていた。


「一体どこに……」


私はこの声は空耳なのではないかということさえ考え始めた。それだけどこにいるのか皆目検討がつかない。


「ちなみにお主と比較された奴らはそろそろ見つけれたはず」


確かに同僚たちの動きを見れば気が付いている節がある。


「よーく見れば分かるはずじゃ、よーくな」


その言葉の通りに私は目を凝らしてじっーと同じ周辺を見た。

そこには小さな、小さなハエが飛んでいた。

ハエか、こいつ以外考えられない。

じっーと弧を描きながら飛んでいるハエを見逃さないように見ている。


「そんなに見つめなくてもいいわい。ようやく見つけたようじゃな。流石にヒントをやり過ぎたようじゃわい」


ハエが私の周囲を忙しなく飛び始めた。しゃべるハエか。


「ふん、あの娘ならものの数秒で見つけていたな。小僧、お主よりも大分見つけるのも早いはずじゃぞ」


ハエが私の心を攻める。確かに私は、このハエを見つけるのは遅かったけど、次からはそうはいかない。このハエの言っているように観察眼と着眼点にきちんと注意していこう。

劣っている部分は他の部分でカバーか、その劣っている部分を今から鍛えていくしかないだろう。


「無駄なあがきよ。初めからの潜在的なものもある。お主はあの上司が言っているように他の奴らに比べて劣っているのじゃ。それは紛れもない事実。そこをきちんと理解しなくてはのぅ」


ハエがもっともらしいことを言ってくる。確かに私は半人前だ。





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