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舞踏会から三日___つまり、今日は婚約式だった。
この三日間、レイモンドと唇を重ねたあの日を思い出してはメルーシャは顔を赤くしていた。
あの日から、メルーシャは婚約を破棄しようという動きはしていない。最悪、今日どうにかすればいいと思ったのだ。逃亡するとかなんとか。
それに、今日になれば全部がわかると、そう、メルーシャは確信していた。
______確信していたのだが。
「………どういうことだ」
珍しくメルーシャは髪を下ろし、婚約式の純白のドレスを着ている。
「兄様がまだ来ないのです」
「なんなんだ、あいつは!!」
「家の近くの花畑を見て、後から行く、と言っていたのですけど…」
意味がわからない、そうメルーシャは喚いて走り出した。
きっと、レイモンドはまだそこにいる。
そう思って。
✳︎
「レイモンド!!」
「メルーシャ、髪下ろしてるんだ?まだ、痕残ってるから?」
髪を下ろしている理由をあっさりと当てられて顔を赤くしながら、うるさい、と言ってレイモンドの近くに進んでいく。
レイモンドは花畑に座り込んで、摘んだのだろう花をぐちゃぐちゃにしていた。
「本当に、何をやっているんだ、お前は」
「あはは、やっぱり来ると思ってたよ!いや〜花冠を作ろうとしたんだけどね」
「それが花冠か?!」
レイモンドの手の中でぐちゃぐちゃのヘロヘロになった花は花冠を作ろうとしたものだったらしい。白い花弁がバラバラになってしまっている。
「お前、不器用だからな……」
そう言って、レイモンドの隣に座ったメルーシャは新しく白い花を摘んでいく。ふと、その動きを止め、メルーシャはレイモンドに問いかける。
「この花だけでいいのか?」
「この花じゃなければ、意味がないから」
「そうか」
適度に摘んだ花を膝の上に乗せ、花冠を編んでいく。その花達はレイモンドのようにぐちゃぐちゃのヘロヘロにはならない。メルーシャの手の中でドンドン花冠の形が出来上がっていく。
「メルーシャは、相変わらず器用だよね」
「お前こそ、相変わらず不器用だな」
そうやってたわいない会話をしている間に花冠は完成した。
「ほら」
メルーシャはレイモンドに手渡した。
「いや、僕は要らないよ」
「なら、何のために_________」
レイモンドが花冠をメルーシャの頭に乗せた。メルーシャの黒い髪に、白い花が映える。
「君のためだよ」
「………私は自分のために作ったのか」
メルーシャがため息を吐いていると、レイモンドの手がメルーシャの手をとった。
「………どうした?」
「僕と、結婚してください」
メルーシャは顔を赤くさせるわけでもなく、レイモンドの手を振り払って告げた。
「お前は、こんなことをして、何がしたいのだ」
十年前、こうしてここで、結婚式ごっこをした。メルーシャはレイモンドと。ルーシィはアルフレートと。その時も、メルーシャは自分で作った今のものと同じ花冠を頭に乗せていた。
『この花の花言葉は、【永遠にあなたに恋をしています】だよ』
そう言ったレイモンドとメルーシャは笑い合った。それを、カーミラは微笑んで見ていた。
何故、今しなければならないのか。幸せだった日々を繰り返さなければならないのか。
「君が、好きだから。僕が、君を好きになった日だから」
「…馬鹿言え、私は四歳でお前は九歳だっただろうが」
「そんなこと、関係ないんじゃないかな」
「それに……今は違うだろう」
「今だって、違わない」
レイモンドが真剣な目で見つめてくる。
「あの時、笑った君に恋をしたんだ」
「もう、私はあの頃とは違う」
「知ってる。あと、騎士団に突入して来た君にも恋をした」
カーミラが死んだ後、メルーシャはレイモンドが団長を務める騎士団に行った。
カーミラを殺してしまった分、誰かを助けたくて。
「お前はっ………お前は私を憎んでいるだろう?」
「憎んでるよ」
やっぱり、とメルーシャは思っているのに、傷付いている自分に驚いていた。
「憎んでるに、決まってる。僕とルーシィから母上を奪ったメルーシャを恨まずにいられるわけがない」
メルーシャは俯く。レイモンドは、自分のことが大嫌いで、復讐のために自分と結婚したいのだ。悲しくないわけがない。でも、泣かないと、決めたから。
メルーシャの目からは一滴も涙が溢れることはない。
「でも、恋しているんだ」
「そんな嘘、要らない、欲しくないっ!!」
ずっと、近くて遠いところにいた。相手の気持ちを知らないフリをして、嘘を吐いていた。それでも、嘘で塗り固められた世界でも、メルーシャは楽しかったのだ。嘘を吐き続けていた方が、よかった。
「………君が母上を殺したなら、僕も母上を殺したことになる」
「意味がわからない……」
「母上は僕が君を好きだって知っていたから」
好きだったのだ。嘘しかない世界を、愛していた。そこに生きることを決めたのは、メルーシャだ。
でも、レイモンドと婚約することになって、近づかなくてはならなくなって、真実を見るしかなくなった。
俯いたまま、膝の上に乗せている手をギュッと握り締める。
「母上がメルーシャを助けなかったら、それを何度も考えた」
メルーシャだって、考えた。カーミラがメルーシャを助けなければ、そうすれば、レイモンドに憎まれることはなくなる。自分がいなくなれば、全てが丸く収まる。
「僕はきっと、母上を憎み続けるよ」
「………は?」
メルーシャは眉を顰めて、顔を上げた。すると、レイモンドの真剣な目とぶつかる。
「もし、母上が君を助けなかったら、僕は母上を憎むよ」
「………………?」
「あの時君を助けることができたのは、母上だけだった。母上が助けなければ、君は死んでいた。母上が僕の好きな人を見捨てたなら、僕は母上を憎んだだろうね。僕は、どちらにしろ大切な人を憎むよ」
レイモンドが笑う。
「君を憎むのだって、仕方ないことなんだ。でも、君に恋してる」
「…いや、何もよくない」
「だから、君は僕の憎むべき人だけど、僕は君に恋してるんだ。わかった?」
「わ、わかるか!!」
恋してる、と言われる度にドンドンメルーシャの顔は赤くなっていく。
「言ってることが無茶苦茶すぎるだろう!!!」
「いや、普通だよ?」
「ど・こ・が!!!」
「例えば、人の嫌いなところと好きなところあるでしょ?それと一緒」
「重みが全く違うからな、それ!!」
笑顔のレイモンドをメルーシャはため息を吐きながら見やる。
「意味がわからない」
「君が僕を好きになったらわかるんじゃないかな」
そう言って、レイモンドは再びメルーシャの手をとった。
「この白い花の花言葉は【永遠にあなたに恋をしています】」
「…知ってる」
「これを、受け取って?」
「受け取らないって、選択肢は許さないだろうが」
「君を、愛してる」
いつものように、ふざけた掛け合いが始まるかと思いきや、急に囁かれる。
「憎んでる気持ちより、愛してるって気持ちの方がずっとずっと大きいよ。だから、大丈夫」
「………じゃあ、私を好きにさせてみろ。私に恋を教えてくれ。それで、お前のことがやっとわかる」
その言葉を聞いてレイモンドは笑みを深くして立ち上がり、メルーシャを抱きかかえる。所謂、「お姫様抱っこ」。
「まず、婚約しようか」
「おいっ待て!!この状態じゃなきゃいけないのか?!降ろせ!!!!
焦った声で上げられたメルーシャの文句は、レイモンドには聞き届けられなかった。
✳︎
ルーシィとアルフレートが二人に向かって叫ぶ。今日は「伯爵家の息子」として来ているアルフレートは素の話し方だ。
「メルーシャ!遅い!!」
「兄様!なにをなさってたんですか!!」
「悪い!本当に悪かった!」
「花冠を作ってたんだよ」
「そんなこと、兄様にできるわけがないでしょう?!時間の無駄です!!」
「そして、なんでそんな格好!」
「だから、降ろせ!!!!!」
「ルーシィ、グサグサと刺さることを言うね。でも、そんなルーシィも可憐だよ」
「このっ!!人の話を聞けぇっ!!!」
レイモンドの頭にメルーシャの手刀が降る。
「〜〜!!」
「ふざけてる場合じゃないっ!婚約式を始めないといけないんだ!!」
レイモンドがよろめいた隙にメルーシャはレイモンドの腕から逃げた。
「そんなに僕と早く婚約したいんだ?」
「ちがっ……わない」
レイモンドはその言葉に目を見開いた。メルーシャは視線から逃げるように両手で顔を覆う。
「………信じてみたいと思ったんだ」
レイモンドの気持ちを。レイモンドがメルーシャを好きだと言う気持ちを。
「信じて。僕は裏切らないよ」
「うん」
指を絡めて手をつなぐ。それを呆れたように見つめるアルフレートと困ったように笑うルーシィ。
「駄目だこの人達、二人の世界に入ってしまってる」
「だから、婚約するのではないかしら?」
「これ以上この空気を撒き散らかされたくないな。わざわざ撒き散らす意味がわからない」
「……それはどうでしょうか」
「どういうこと?」
「私は……見せつけたいですよ?」
「うぇっ?!」
アルフレートが顔を少し赤くする。
「……き、期待するよ?」
「どうぞ?」
ルーシィがアルフレートの顔を見て笑い、更にアルフレートの顔が赤くなる。
✳︎
手を繋いだまま、皆の前に歩き出す。拍手と、花の降る道を二人で歩いていく。メルーシャは花冠をしたままだ。
「婚約式の衣装でこの美しさなら、結婚式のウエディングドレスだったら女神様みたいだろうね」
「………いつも不思議に思うんだが、何故お前は砂糖を吐きそうなセリフを言えるんだ?」
「思っていることを言っているだけ、かな」
「そして、そんなセリフを人前で言おうと赤くならないお前の羞恥心とメンタルはおかしいと思う」
メルーシャが、いいことを思いついた、とレイモンドの耳に顔を寄せる。
「何?」
「………お前も、かっこいい…ぞ」
パッと顔を離し、レイモンドの顔を見る。
レイモンドの顔は真っ赤だった。きっと、メルーシャの顔も同じだろう。
「お前、これだと赤くなるのか」
「いや、不意打ちだった…」
「お前の羞恥心の基準はなんなんだ」
「簡単に赤くなってかわいいメルーシャには言われたくないかな」
「最初の修飾語はいらない!!」
「仕返し、するからね」
道の突き当たりで立ち止まり、耳を寄せるように言われる。
言われるままに耳に全神経を集中させて聞く。
「君は、もう恋を知ってるよ」
「はっ?!」
レイモンドの顔を見る、
耳を寄せていたから当然だが、お互いの顔が近い。
「僕に、恋してるでしょ」
自信満々に微笑むレイモンドが憎らしい。そんな顔で言われたら、そうかもしれない、と思ってしまう。
恋を教えてくれ、というのもレイモンドだからだ。そうメルーシャは考えている。
それが、好きって気持ちなら。
でも、認めるのが恥ずかしくて、悔しくて。好きだと思う気持ちを伝えるために、レイモンドをギャフンと言わせてやろうとメルーシャは思った。
顔が近いことを利用して、自分から未だに微笑んでいるレイモンドのそれに、唇を押しつける。
二人とも目を開いたままでの口付け。レイモンドは閉じる間もなく逆に目を見開き、メルーシャはレイモンドの様子を見て、してやったりだった。
一瞬で唇を離す。
_________が、レイモンドの唇が追いかけるようにメルーシャの唇を追いかけてきて、二人の唇は強引に重なる。
レイモンドの手はメルーシャの背にまわっていた。
してやられた、自分からレイモンドに捕まりに行ってしまった、そうメルーシャが気付いたのは口付けの最中だった。
それでも、抗うことなく逆にレイモンドの背に自身の手をまわし、レイモンドを捕まえる。
この幸福感が恋しているということ、相手を愛しいと思うこと、愛されているということ。
そう思いながら、口付けを交わす。
この口付けが終わったら、レイモンドに好きだと言おう。
そんな二人の婚約式は青空で、空さえも祝福しているように感じる。
一応、これで完結です。でも、ネタがまだある……!!結婚式とか、振られたエリュウの話とか、魔の森に棲む少女の話とか。
なので、需要とか時間とかあれば、また続きを書きます!(*^◯^*)!(需要とかあるのかなぁ(汗))
今回もありがとうございました!!