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王女は悪事を働きたい  作者: 音羽 雪
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 舞踏会の夜。

 メルーシャを飾るのは露出の少ない濃い青のドレス。今日も髪を一つに結っている。


「メルーシャ、様……とてもお綺麗です」

「メルーシャ、だろう?恋人なんだ」


 顔を赤くしたまま差し出されたエリュウの手の上にメルーシャは手を乗せた。この間抱きしめられてから、メルーシャにもエリュウにつられて赤くなり易くなっている。


「今日は頼む」

「はい……メルーシャ」


 会う人々に、両陛下に、恋人だと示すためにファーストダンスをエリュウと踊る。

 いつもは、レイモンドと踊る。アルフレートにエスコートは頼んでいるが、ファーストダンスはいつもレイモンドだった。睨みながら踊って、レイモンドのリードが上手いのが悔しくてもっと強く睨みつけてもレイモンドは笑って受け止めていた。


「メルーシャ?」

「あ、悪い」


 メルーシャが上の空になっていたところに、エリュウが声を掛けてきた。

 王女として上の空でもダンスは一通り踊れる。気づかれるとは思わなかった。そんなに顔に出やすいタチだったか、とメルーシャは首を傾げる。


「見てますから、気づきますよ」


 レイモンドのことを考えていた、と言うわけにはいかない。メルーシャが偽恋人を頼んだのにそう言うのは失礼だろう。


「シュトーレン伯爵のことですか?」

「っ……」


 図星を指されてたじろいだメルーシャを見てエリュウは悲しげに笑った。


「エリュウ…?」


 丁度ダンスが終わって、立ち止まった。様子がおかしいエリュウの話を聞くために、メルーシャはエリュウをバルコニーへと引っ張って行った。


「どうしたんだ?」

「なんでもないです」

「お前も、なんでもない顔じゃない」


 エリュウに言われたことをメルーシャも言う。そう言うと、エリュウは苦笑した。その様子はいつものエリュウでホッとした。


「…聞きたいことが、あるんです」

「なんだ?」

「シュトーレン伯爵のことが、好きですよね?」


 エリュウはそれが本当のことだというように言った。


「好きじゃ、ない」

「好きですよね?」

「本当に、好きじゃないんだ」


 レイモンドが、怖かった。どう思われているのかを知ることが、怖かった。

 エリュウは納得してない表情をしている。


「…じゃあ、なんで僕に偽恋人を頼んだんですか?」

「頼める人がいなかったから…」


 なんだか後ろめたくてメルーシャはエリュウの顔を見られなかった。


「そうじゃなくて、なんで、偽恋人を作ろうとしたんですか」

「それは…レイモンドと婚約したくないから…」

「じゃあ、シュトーレン伯爵のことが、嫌いですか」


 嫌い、大嫌いだ。メルーシャはそこで気づいた。レイモンドに婚約が嫌、とは言っても、嫌いだとは言ったことがないことに。嫌いなのに、大嫌いなのに、なんで。

 自分の気持ちがわからなくなった。


「僕のメルーシャに手を出すのはやめてくれない?」


 その声は、今メルーシャが考えていた人の声。


「誰が、お前のものだ。エリュウは私の恋人だ」

「すみません、王女殿下・・・・

「え?」


 急に呼び方が変わったエリュウにメルーシャは眉を潜める。


「俺は、あなたのことが好きになってしまったんです」

「なっ………」


 突然の告白に、メルーシャは顔を赤くし、レイモンドはエリュウを睨んだ。睨むということはレイモンドにしては珍しい。


「悪い……」


 エリュウは友達だ。メルーシャはエリュウと本当に友達以上の関係になることを想像すらできない。

 いつも、そういう未来を描いてメルーシャの側に立っているのはレイモンドだった。メルーシャはその意味を知りたいといつも思っている。何故、ありえない未来ばかり夢想してしまうのか。


「だから、俺に恋人は無理です」


 そう言って、エリュウは去って行った。メルーシャは引き止めなかった。


「説明してもらおうか?」


 レイモンドが凍えるような笑みで話し掛けてきて、メルーシャは引きつった笑みを浮かべた。



 ✳︎



 レイモンドが魔王の笑みで問いかける。


「なんで、エリュウが恋人だなんて嘘を吐いたのかな?」

「あの、レイモンド?ものっすごく怖いぞ?」

「そりゃあ?ものっすごく怒ってるからね〜」


 今なら悪魔でも召喚できそうだ、とメルーシャは思ったが、言わなかった。今、レイモンド相手に余計なことを言うべきじゃないと思った。


「で、なんで?」

「………お前と、婚約したくないからだ」

「なんで?」

「っそんなの、お前に関係ないだろう?!」

「あるよ」


 レイモンドはメルーシャとの距離を一歩ずつ詰めていく。


「君は、僕と婚約するんだから」

「……そんなの、まだわかんないだろう?」


 未来は突然に変わってしまう。王子達は恋をして廃嫡になり、カーミラは死んだ。それをメルーシャは身をもって体験した。


「好きな人ができるかもしれないし、急に死ぬかもしれない」

「死ぬことはあっても、君が好きな人を作るなんて無理でしょ。頭は僕でいっぱいのことだろうしね」

「でもっ、お前にはできるかもしれない!」


 頭がレイモンドのことでいっぱいなことを当てられて赤くなりながらもメルーシャは反論し、距離を詰めようとし続けるレイモンドとは反対に距離をとろうとする。

 レイモンドが何を考えてこんなことをしているのか、何故婚約したいのか、自分を憎んではないのか。メルーシャには全然わからない。

 あの頃は、レイモンドの気持ちが仕草や表情の端々から手に取るようにわかったのに。あの日から時間が経つにつれてどんどんわからなくなった。

 手が届くのに、手を伸ばせば触れられるのに、心がわからない。物理的な距離はすぐ図れても、心の距離がわからない。どんどん遠くなっていっている気さえする。


 手を伸ばしたところにレイモンドの心が、本当の気持ちがあるのかもしれない。


 そう思っても、無いかもしれないと思うと伸ばす手に躊躇いが生まれ、本当の気持ちがわかってしまうことが怖くて目を背けた。

 でも、ずっと怖くて逃げ続けたら、そんな自分からも目を逸らせば、自分の気持ちだってわからなくなって。



「そんなの、できるわけないでしょ」



 メルーシャの背にとんっとひんやりとした壁らしきものが当たる。レイモンドに追い詰められてしまったのだ。

 レイモンドの手ははメルーシャの一つに結った髪の先を弄び、しばらくするとその手はそれに飽きたかのようにメルーシャの頬にあてがわれ、もう片方の手はメルーシャの顔の横の壁につかれる。


「好きな人なんて、できるわけない」

「………絶対なんてないってとっくにわかってるだろう?兄上達は魔の森に棲む少女に恋したじゃないか」

「でも、ずっと変わらない。変えられたらどれだけ楽だったと?」


 レイモンドの目付きが険しくなった。


「何を、」

「あと三日で変わるくらいの想いなら、こんなに苦しくなかった」


『何を、そんなに変えたかったんだ?』

 そう言おうとしたメルーシャの声は途中で遮られた。


「でも、運命だってあるのかもしれない」

「………僕にとってはこの気持ちを持つことが、運命だったのかも知れない」

「っふ」


 頬にあてがわれたままのレイモンドの指がメルーシャの唇を触る。

 そして、その柔らかさに惹かれたように、花に惹かれる蝶のように、レイモンドはメルーシャに顔を近づける。


「れっ、レイモンド!離せ!!」


 身の危険を感じたメルーシャはレイモンドの胸に両手を突っ張ってレイモンドを遠ざけようとするが、無駄だった。

 それどころか、頬にあてがわれていた手や壁についたままだった手がメルーシャの細い両手首を捕らえられ、易々と壁に身体ごと押し付けられてしまった。いくら剣を振ったとしてもメルーシャは女だし、レイモンドは騎士団長に立てるほどの男だった。全力で来られると力の差が歴然としている。


 両手を使えなくなったメルーシャはいやいやをするように首を振った。だけど、レイモンドの動きは止まらなかった。メルーシャはぎゅっと目を瞑る。


 そのままレイモンドと強張っているメルーシャの唇が重なる。それはたった一瞬の軽い触れ合いで離れた。だが、レイモンドの顔はお互いの吐息の触れる距離にある。

 また、唇が触れ合った。今度は二度目を予測していなかったメルーシャは目を見開いたままだった。一度目より少し長かった口付けの中で、レイモンドが少しだけ目を開き、二人の目は合った。



 唇が離れてからも、まだ目を合わせ続けた。



 もう一度、唇が重なる時にはメルーシャも自然と目を閉じた。いつの間にか、身体の強張りは解けていた。


「んんっ?!」


 少しずつ、本当に少しずつ、絡めとるように口付けが深くなっていく。息が苦しいことを伝えるために顔を動かそうとしても、執拗な口付けからは逃れられなかった。

 限界がきて、口付けをしたまま口を開いて息をしようとすると、そこでようやく気付いたようで口付けから解放してくれた。


「プハッ」

「……鼻で、息して。あと、少し口を開けて」

「い、いやだ…。嫌な予感しかしない。あともう口付けを終わりにしてくれ……私っもう無理だ」

「なら、煽るのは止めたら?」


 レイモンドはそうメルーシャに口付けた唇に弧を描かせてまた口付けた。


「ん……」


 鼻で息をしても苦しいものは苦しい。でも、口を開けるわけにはいかなかった。嫌な予感しかメルーシャにはなかった。

 レイモンドの舌が、開けてと催促するようにメルーシャの唇を舐めてくる。

 でも、メルーシャは断固として口を開けなかった。

 すると、レイモンドは顔を離した。


「ここまで来ても頑固だよね」

「だからっ………んんーーっ!!」


 口付けはもう止めろって言っただろう!そう言おうとして開いたメルーシャの唇からヌメヌメとしたものが口内に入ってきた。それはメルーシャの舌を絡め取った。


「ふ、んんっ」


 自分から出てくる声にメルーシャは驚く。どこからこんな変な声が出るのか。恥ずかしすぎる。


「ふぁ、や…」


 メルーシャが声を出すと、口内を犯すものの動きも激しくなる。そして、出す声も大きくなってしまう。そうするとさらに_____。というように連鎖していってしまう。


「ぁあっ…ふぅん、んゃ」


 メルーシャの唇の端から二人のものが混ざった唾液が伝う。

 いつの間にかメルーシャの両手をは解放されていて、レイモンドの手はメルーシャの腰と頬に触れ、メルーシャはレイモンドに支えられるようにして立っていた。もし、手を離されていたらその場に崩れ落ちていただろう。

 そして、メルーシャは解放された両手で縋り付くようにレイモンドの服の胸元を掴む。

 腰にまわっていた手の力が強くなった。


「っは、うん……」

「メルーシャ………」


 レイモンドが口付けの合間に名前を呼ぶ。

 何故か、メルーシャの胸は締め付けられるように、苦しいわけではないのに、キュっとなった。


「ぁん、は、やぁっ……」

「ん………」


 永遠に続きそうに感じた長い口付けは終わった。

 顔を離すと、二人の間に透明な糸がすうっと架かった。


 はあはあ、と荒い息を吐くメルーシャとは対照的に、レイモンドはまだ余裕そうだ。それが悔しくて、レイモンドを睨みつける。そして、気づく。


「…お前、口紅付いてるぞ」

「本当だ…移っちゃってる」


 唇を拭いながらレイモンドが言った言葉にメルーシャは目を見開いて口をハクハクさせた。言ってやらなければいけないことがあるのに、先程までの行為の恥ずかしさがムクムクと出てきてメルーシャの口からは言葉が出なかった。

 そんなメルーシャをみたレイモンドは唇から口紅を拭い終わると、メルーシャの首筋に顔を近づけた。


「ひゃっ」


 首筋に吐息が当たり、メルーシャはピクリと震えた。


「つっ……」


 レイモンドが唇を当てた位置にツキッとした痛みがはしった。


「痕、つきやすいね」

「な、なななんなんだ!お前は!!」

「髪下ろせば、隠れるかな」


 そう言って、レイモンドはメルーシャの髪を勝手に解いた。


「いい加減、離れろっ」


 そう言ってメルーシャが胸板を押し返すと今度はあっさり距離が開いた。


「自分で立てるの?」

「うるさいっ」


 図星を指されて、壁にもたれかかって立っているメルーシャは赤くなった。レイモンドはクスクスと笑っている。


「そこまで言うなら」

「早く行けっ!!!」


 手をヒラヒラと振って舞踏会に戻っていくレイモンドをメルーシャは睨みつけながら見送った。

 そして、レイモンドの姿が見えなくなると、ほっと一息ついた。


「あの、馬鹿っ…」


 本当に、意味がわからない。メルーシャを自力で立てなくして、何がしたいのだ。顔の熱さがまだ引かないのも、レイモンドのせいだ。


 口付けしている間は、少し心が重なった気がした。余計なことは頭から吹っ飛んでいた。憎まれているとは思えなかった。

 それどころか、その逆なのではないかとさえ思わされたのだ。



 レイモンドに慈しまれているように、愛されているように思えた。



「わからない…」


 自分の気持ちも、レイモンドの真意も。だけど、少しだけ、憎まれていないという期待ができてしまった。あんなことをされたからメルーシャはそう思ってしまう。


「……メルーシャ様」

「?!アルフレート………何かあったのか?」


 アルフレートは見るからに意気消沈している。


「なんでもないですよ」

「いや、なんでもないなら私を睨むな」

「でも、半分はメルーシャ様の所為なんですから!八つ当たりは引き受けて頂きます!!」

「おいっ、まず事情を説明しろ!事情を!!」


 アルフレートの腕がメルーシャの背と膝裏にまわり、そのまま抱えられる。


「これで、嫉妬するがいい!!」

「私を巻き込むな!!しかもこれ(お姫様抱っこ)で誰が嫉妬するんだ!!!」


 婚約式まで、あと三日。

今回もありがとうございました(*^◯^*)

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