1160年 1月25日 再び六波羅
1160年 1月25日 再び六波羅
いつもの獄卒では、なかったので、義平はすべてを理解した。きちっと直垂を着た武者だった。
二三人の武者が薙刀の切っ先を義平に向けたままにしその刃の間からその武者は牢をくぐると真っ先に縄の戒めを義平に掛けた。
「ついて侍れ」
「どこへ行くんだ」
義平は、尋ねた。答えは一切なかった。
義平の縄の先には、平家の武者5,6人が着いていた。
「大げさなことよ」
どうやら、義平一晩だが、六波羅の清盛屋敷の牢の中にいたらしい。外へ出ると日差しが眩しい。庭をぐるっと歩いるらしい。義平は大きく首を持ち上げ長いこと青空を天を見ていた。雲がない。
真冬というのに、気持ちいいぐらいのいい天気だ。
「いい天気だな」答えるものはない。
六波羅屋敷の森のように立っていた、先を尖らせた丸太で補強されていた高い塀は全て取り除かれ、元の普通の公家風の塀に模様が変わっていることに中からでもわかった。
後の世の人々はこの戦をなんと呼ぶのか知らぬが、戦は終わったのだ。
六波羅屋敷の庭に義平は縄の戒めをしたまま通された。
「座れ」先導した武者が言った。
義平は、片方の頬をあげ、無理やり微笑んでみせて、どかっと胡座をかいた。そしてゆっくり正面を見ると。
平清盛が濡れ縁に居た。
会うのは始めてである。六波羅合戦で指呼の距離に迫ったとはいえ兜をかぶったままである。しっかと顔の造作を確認したわけではない。
しかし、分かった。清盛に間違いない。12歳で従五位下・左兵衛佐に就任。安芸守にして、播磨守、現在は大宰大弐など官職はほんの飾りにすぎない。平家の頭領にして、平治の乱を収めたからには日ノ本を統べるものに事実上なったのだ。もう西国の王では小さい。宋と交易し巨万の富を築き、枕元で神の啓示を聞き、厳島神社を立てた男。
義平と同じく生母は確かでないが、義平のように遊び女ではない。母親が白河法皇に仕えた女房であったことから、帝の血をしっかと継ぐことになるとも聞く。帝を名乗ることも出来るのだ。しかも、側室の時子は二条天皇の乳母だ。もう朝廷により顎で使われる御武家ではない。
これまで、義平が会った右衛門督である藤原信頼など話にならない。人としての格が違いすぎる。
清盛の左隣りには、やや下がって、平頼盛。左右では左のほうが位が高い。右隣にはまたもやや下がり、平経盛、平教盛が控える。そのさらに後方には平家の家令、平家貞が控える。
口火を切ったのは、清盛だった。
「思ったより、小さいな、噂や、六条河原でわしに迫りしおりはもっと大きく感じたが」
またそれか、大概のものがいう科白だ。これには答えが決まっている。
"為朝の叔父上とは参りませぬ"だが答えなかった。
「信頼によると、義平、その方、京に上りし折にはこのわしに会いたいと申しておったそうだな」
頼盛が間を開けず続いた。
「縄目を掛けられて会うとは思うておらなんだじゃろ」小さく頼盛一人が笑った。
義平は名井即答は得意のはずなのに、どう答えるか、少し迷った。これが、清盛の圧なのか、、。
「重盛殿は居られぬので?」
頼盛の顔色が若干変わった。
「居らぬ。約定でもあるのか」と清盛。
「しっかとありまする、待賢門での決着がついておりませぬ」
武辺者の教盛が大きくため息をつく。
「それより、わしに会いて尋ねたき義とはなんぞや」
義平は平家盛の死について尋ねてやろうかと一瞬思ったが口が開かなかった。
「右衛門督様は如何あいなりましたか?」
「死んだ」
「命乞いをなされたはず、それを"殺した"では」
頼盛がすかさず、叫んだ。
「悪源太、その方、無礼ぞ」
義平は頼盛を睨みつけたが、十分間を置いて尋ねた。この質問で源氏の命運がすべて決まる。
「わが父義朝は如何あいなりましたか?」
「死んだ。尾張で長田忠致とその子景致ともに討たれた、もう首もこの京に届いておる」
なんと、、、、。義平にして、言葉がない。長田忠致といえば、源氏の与力ではないか。しかも、義朝の乳母子鎌田正清の義父にあたる人間ではないか。
「酒を召して風呂を浴び、素っ裸のところを襲われたそうだぞ、刀が、刀が木刀で良い一本あればと嘆いたそうじゃ」
頼盛が嬉しそうに続ける。
義平はうなだれたままだ。
風呂場で素っ裸で死んだとは、豪快な父上らしい。しかし、政清の叔父上は何をしておったのじゃ?。
義平が、うなだれたまま小さな声で訊ねる。
「わが弟、頼朝は?」
「北伊勢で生け捕りにした。迷ったようじゃのう」と清盛。声には威厳があり嘲りは一切感じられない。
なんと、、、、。頼朝もか。
「我らが領国に迷い込むとはどんな騎馬行をしておるのじゃ」くくくく、、、頼盛が小さく笑った。
生け捕りにしたとたった今聞いたが、この清盛が頼朝の命を助けるとは思えない。 幼く確たる戦功を上げていないとはいえ兜、甲冑まで着て向かってきた男を許すはずがない。
「ついでにいえば、その方のもう一人の弟、朝長も死んだ。死骸を美濃で見つけ首はもう届いておる」
「手負いの者の首を撥ねたところで、汚れた名誉にしかならんでしょうにっ!」
うつむいたままだったが、義平の声は大きかった。
「勝手に死んだものをどうすればよかったのじゃ。うん?」と清盛。
頼盛が嬉しそうに続けた。
「民の話だと、義朝自身が朝長を介錯したと聞くに」
「平家は、死骸から首を刈る、"首刈り"か!この下郎等め」義平が表をあげ、怒鳴った。
複数の平家の武者が義平の肩を押さえつけた。
「叔父殺しの下郎に下郎呼ばわりされるいわれなどないわ」頼盛も吠えた。
「義隆の生死だけわかっておらんが、あの歳故もう長くはないし戰場ではもう働けんだろう、、」
義隆殿を花園橋で手にかけたのはこの俺だ。死体は見つかっていないらしい。おそらくは春まで見つからんだろう。それでいい。
この戦、終わったな、、。
いや戦どころか、河内源氏そのものが終わったんだ。
残りは、常磐のところのガキ三人か、、。
清盛公ならどうする、、。
義平は訊く気にもなれなかった。
「このわしに尋ねたき義とは、このようなことではあるまい。なにじゃ」
おう、幾らでもあるとも、星の数ほども、、ある。
義平は、顔をしっかり上げ、清盛を見た。目にはまだ生気満ちている。
「清盛公にお尋ね申す。奥州を除けば、日ノ本を平らげたようなもの。この日ノ本を如何いたすおつもりか、この義平にしかとお教えいただきたい」
「聞いてどうする。その方の命など、、」とそこまで頼盛が言いかけたところで、清盛が手を左に差し出し、頼盛を制した。
「公は、母を白河法皇に仕えし女房に持ち、その側は二条帝の乳母を置くと聞く、我等清和源氏より、一層、朝廷に近し御身、、、」
義平が、畳み掛ける。
「そんな矢継ぎ早に喋られては、答えられんな」清盛が微笑んでいる。
「まだ、続きまする。海を超え宋とも易する身、海の上に大股を広げて立つようなよほど大きな日ノ本をお考えか?唐の国の情勢はご存知か?」
清盛は微笑み、何も答えない。
「唐の国のように易姓革命をおこない、帝を名乗り朝廷の名を変えこの日ノ本を維新するおつもりは?、帝が万世一系で易姓を保ったままなのはこの現世の世界広しといえどもこの日ノ本のみ、その中において破格の人物である公はどうお考えか、、」
清盛は、六波羅合戦のときと同じく、微笑んだままだ。全く答えない。
義平は立ち上がりそうな勢いなので、またもや、二三人の武者が肩を押さえつけてだした。
頼盛など、義平の勢いに負け言葉すら発することが出来ない。
「唐の国のまだ向こうに砂のみが海のように広がる土地が続き、そこにも数多の国があり、その向こうには、皆が為朝の叔父上のように7尺から8尺はる巨人の国があると聞きまする。
そして、その向こうにもまたはかりしれぬ海があり、荒れたる島とも呼べぬ、南北につながりたる大土地が、、」
「止めよ、この悪源太、でまかせばかり言いおって」
頼盛が割って入った。
「出任せではないわ、為朝の叔父上を運んだ漁師がみな言うておるわ。ついでに為朝の叔父上にもご注意あれ、腕の腱を斬られようが、伊豆大島など抜け出し、琉球に渡り、九州を一週間で制したお方、琉球の民を率いい西の方より攻め上がって来まするぞ、そのときは、奥州藤原氏も呼応し京など、またたく間に、」
「辞めんか」清盛が大声で制した。
義平もやりすぎなことは十二分にわかっていた。それともう既にもう一つのことがわかっていた。
この清盛にはなにも、新しい世の中を作る気などこれっぽちも持っていない。
今までどおり、娘や婿を送り込み帝の近くへと送り込み、その外戚になりその権威を傘にし、自分たちがやりたいようにするだけなのだ。数十年前の藤原氏となんらかわりない。
「すくなくとも、御武家の国をお造りに成るおつもりはありやなしや、いまここで返答いただきたい、それでなければ、この義平、雷神となりて、首を撥ねられようが死にませぬぞ」
「どわははは、死なぬと来たか、聞いたか頼盛、経盛、教盛」清盛が大声で笑った。
「わしにも、その方に聞きたき義、これありじゃ」清盛が躰を乗り出した。
虚を突かれたように義平が呆けたような顔になった。
「訊ねる。おまえほどの武者がなぜ生け捕りになった?一人でそれこそ奥州でも逃げられたであろうし、名誉を重んじ、自死することも出来たであろう。それが、なぜ生け捕りじゃ、まるで、中途半端な都武士でもあるまいし」
「それがしは、遊女を母に持つ身の上、どこまでも定めや運命に抗うと決めたのでございまする。捕縛される折に、平家の荒武者を何人斬り殺したか教えて差し上げましょうか?何十人の単位では済みませぬぞ、切り捨てた見知ったる平家の与力の名を挙げますれば、、赤松一郎重家、坂本助実元成、林実美昌長、安倍信親政村、、、」
「ええい、やめーい」頼盛が叫ぶ。
平家一党の武辺者の経盛、教盛の顔が急に曇る。
「今ここでも、戒めを受けておるとはいえ、一暴れいたしまするか?頼盛殿」
義平に叔父を殺した、悪源太の顔が現れてきた。
頼盛の姿勢が下がった。
「平家など、清盛公を除けば、みな八分のものばかり、武も八分、文も八分。これでは、公が亡くなったのちが大いに心配でございまするな、頼盛殿、公も、家盛殿を失ったのは相当大きかったのでは?家盛殿を殺したのは、、、」
悪源太は、3人で肩を押さえて座り込ませているにも拘らず、計り知れない膂力で立ち上がった。
「なにをしておる、この下郎を切り捨てい」頼盛が叫んだ。
しかし、この場を凍りつかせたのは、清盛の一言だった。
「義平、名を変え、この清盛に仕えよ」
一瞬どころか、長い沈黙がその場を包んだ。
義平ですら、あっけにとられている。
しかし、数分の後、
「あははははは、、、、」と義平は大きな声で笑い出すとその場にどかっと、胡座をかき座り込んだ。
「わが一賊を滅した男に仕えろ、と、これほどの笑い話はないわ」
その時、庭の端で義平の聞き覚えのある声がした。ごもごも言っていて、周りと揉めているようである。
「受けろ、受けるんだ、義平、、」
声がする方を義平は見て、驚いた。というより、信じられないようだった。
志内景澄が庭に入ろうとしているところを平家の武者が必死にとり押さえている。
「なにをしているんだ、おまえ、こんなところで」
とうとう、景澄が幾人かの武者を振り切り、庭に転がり込んできた。
「それが条件だったんだ、、」
「条件!?」
「そうだ、お前を生かす」
義平の口があいたままだったが、しばらくすると、狂ったように笑いだした。
「そうか、あはははは、そうか、あははははは、」
「受けるんだ、義平」
「それで、近江どこに行っても、行先に平家の奴ばらばかりだったのか、流石におかしいと思ってたんだ、あはははは、そうか、」
まだ義平は笑い続けている。
「そうなんだよ、受けろよ厚遇するって頼盛様も仰っていたんだ」
「わかった、わかった、お前いつから平家の間者だったんだ、わかってるぞ、鎌倉の柏尾川からだろ、よくこの悪源太ともあろう俺につけ込んだな、あははは、おかしくて笑いが止まらんぞ、おれは平家の間者に轡を持たせてこの大戦を戦っていたわけか」
「何を言っているんだ、おれは、生粋河内源氏の郎党だよ。死んでも間者じゃない。本当だ。それこそ、信じてくれよ、それこそお前にだけは疑われたままでは死にきれないよ」
景澄が義平の両肩を掴んだ。
「膳所でお前を待っている時に元荘園でいっしょだった土豪のやつに頼盛様を紹介してもらったんだよ」
あはははは、義平はまだ笑い声を上げている。景澄は義平の肩をつかむと無理やり自分の目を見つめさせた。
「本当だ、間者じゃない、お前にだけは本当に良くしてもらったから、なんとか、生きてて欲しいと思って、どうしたらいいか、ずーっと考えてそれで、、、」
急に、義平が笑うのをやめ、真顔になった。
「分かってるよ、だけど、そういうのを間者っていうんだ、この裏切り者。一体、何人平家の連中を斬ったと思っているんだ。おまえこそ地獄へ落ちろ」
「ウン、落ちるよ、本当にわかってくれるのか」
「わかろうが、わかりまいが、一緒だ」
「えっ」
清盛が高いところから声を掛けた。
「とんだ愁嘆場だな」
義平は、きちっと座りなおすと、口を開いた。
「景澄、清盛公はどうやら新しい国を作るおつもりはこれぽっちもないらしい。さっきの問答でこれもわかった」
「新しい国とは何だ、貴様、無礼だぞ」頼盛が叫んだ。
「簡単だ。みなが笑ろうて暮らす世だ。そこでは、帝も、大臣も、お武家も、遊び女の子もない。みなが笑ろうて暮らす世だ」
「叔父殺しの貴様が、法師のように浄土を説くのか」
「違う!、この義平、義もなければ理もなし徳もなし、もう一つの特もなし、そんな悪源太でも、暮らしていける世の中だ。そしてしっかと今、お答え致す、よく、お聞きあれ、この義平、我等河内源氏一族を滅した男に仕える気は一切ない。お断り申す」
「おい、ちょっと」景澄は狼狽している。
清盛は顔色一つ変えない。
「もし、わしが、新しい日ノ本を創ると言えば、仕えるか?」
「兄上、なぜ我等が条件を出さねばならぬのです」頼盛が言う。
「どうだ」
景澄もかたずを飲んで義平を見つめる。
義平も、澄んだ眼で清盛を見つめる。
充分間をため、義平は答えた。
「公が、、、」ふん、義平は鼻で笑った。
「親王の乳母を義母に持ち、帝の乳母を室に迎えては新しい日ノ本どころか、旧勢力の朝廷にべったりではありますまいか、新しい日ノ本など、どこへやら、。おのが平家のみ笑えればいいといった世であるまいか、云十年前の藤原氏と何一つ変わらん。然れば、この義平の答えはお断りというわけになりまする」
「おい、」景澄の声が弱まる。
「貴様それも無礼であろう!!」頼盛が叫ぶ。
清盛にも若干の怒りが現れている。
「誰なら出来るのだ?おまえか、悪源太」
とうとう公も俺のことを悪源太と呼び出したか。
「この悪源太は、物事の仕組みを壊すのみ。しかし、頼朝なら出来るやもしれませぬ。しかし、我が弟もくだらなぬ戦に与力し馬にも満足に乗れぬ次第、返す返すも残念至極」
「頼朝だと、まだ十三の小童ではないか、早うこいつの首を跳ねろ、何を言い出すかわからん」頼盛は、叫び続けている。
「ちょちょっと待った。義平が断っても流罪や所払いとかで命だけは助けるって約束だっただっただろ、頼盛様、話がちがうって」
「お前が武士でないことぐらい、この頼盛見抜けぬと思うてか、おまえなどのような下賤の身のものとの約定など、なんの意味もありはせんわ」
「そんな、」
「なぁ、言っただろ、おれが教えたお武家法度その一を忘れたか、お武家は信用ならんと、力と立場が対等なときのみ約定は成立する」
「清盛様どうか、どうか、お約束をお守りください、このとおりです。こいつはもう二度と平家に仇なす事など一切ないようにおれが一日中見張っておきますから、どうか、命だけは」
清盛の顔は一切変わらない。
が、義平がトドメをさした。
「この悪源太が上京した折に、公は、わずかな供回りだけで熊野詣を行っておられた。その時、この悪源太、右衛門督殿に阿倍野あたりで公を討ちとりましょうと進言した、もし、あの時、それがしの進言が取り上げられておったらどうなっているか、よく考えあれ、今頃平家の一族など鴨の河原に全員さらし首ですぞ」
長い沈黙が続いた。
「この者の首を跳ねよ」
清盛自身が命じた。
「嘘だ、、、」
景澄が泣き出した。そして周りの砂や石をつかむと辺り構わず投げ出した。
「いまだ、足には枷がついていないだろ、義平、逃げろ」
しかし、義平は、あぐらをかいたままだった。
幾人かの平家の郎党が景澄を取り押さえ、義平から引き離そうとした。
「景澄、おれもお武家法度その一を破ってしまった。もうすでにお武家であるお前を信用したからな、、さらばだ、景澄」
それを聞くと、ぎゃあーーーーというや、大声を上げ景澄は狂ったように泣き出した。 景澄は、ずるずると平家の武者に引きずられて庭から出されていった。
義平は、最後に雲一つない天を見上げると、うつむきゆっくりはねやすい様に首を前に差し出した。
だが、刀は降りてこない。暫くし、義平が首を差し出したままゆっくり振り返り首をはねる首切り役人を見上げた。
そこには、青ざめた見知った首切り役人がいた。大原の里で義平に降った難波三郎経房である。
大刀を振り上げたまま、腕が震え、大刀を振り下ろすことが出来ないでいる。
「なんと、難波殿であったか、大原から無事に郎党の軍勢に戻りし義はこれ祝着至極、しかし、平家もなんとも無碍で残酷なことをいたすもの。難しき雪の中の街道を駆けし先陣をしくじったからといい、首切り役人の身に落とすとは」
義平は、穏やかに上目遣いに語りかけた。その言葉に含みは一切ない。
「経房!なにをしておる、その悪源太の首を撥ね委細の己が存念を断ち切らんか!」
教盛が片膝を乗り出し、大声を上げる。
「ええやぁぁ」
難波三郎経房は気合の声を上げるも、踏み構えた足が庭の砂を踏みにじるばかりで、刀を振り下ろせないでいる。
「どうやら、難波殿はお困りの様子、この悪源太が助けてしんぜよう」
義平は、そう言うや、義平の表情が一変した。
「この悪源太、清盛公との問答がために口枷はされておらぬ。早う首を撥ねねば、獣の様にその方の首に噛みつきまするぞっ!!」
悪源太が、鬼のような形相で、大音声で、吠えた。
刹那、大刀を振り上げ固まっていた、難波三郎経房の表情代わり、憑き物が落ちたようになった。
義平は、首を跳ねやすいようにうつむき、首を伸ばした。
"俺の勝ちだ。最後まで抗った。遊び女の生まれにも抗い続け、義賢の叔父上にも抗い、右衛門督殿にも抗い、政清の叔父上にも抗い、親父にも抗い、、、
そして平家にも抗った。逃げ切ることも出来たがそれにも抗った。そして捕らえられその戦った平家からの申し出にも抗った。与えられし運命すべてに戦い抗ったのだ。満足だし、しかも俺の勝ちだ"。
義平の首は、大きく跳ね上げられた。
義平は絶命した。齢二十歳の春であった。




