1159年 12月 28日 昼間 堅田
1159年 12月 28日 昼間 堅田
難波経房から奪った馬も代え馬にし義平一行は駆けに駆けた。道中、死屍累々の源氏の屍街道になっているかと義平は思っていたが、そんなことはなかった。以前雪は降ったり止んだりしている。
そしてその日の昼過ぎに堅田についた。
しかし、堅田の様子はおもったより酷かった。
まるで野戦病院といった態で、ここで大量に足手まといになるものを父義朝は自然か意図的にかは測りかねたが、おいていったようだ。
座り込んだり、寝転がったり、無気力にぼーっとただ琵琶湖を眺めるもの。もう組織としての軍勢ではなかった。なぜだかわからないか、無人とかした堅田の集落の漁師たちのぼろ屋敷を動けるものは出入り、酒瓶まで持ち歩いているものもいる。
また、十数騎と聞いていたが、意外に兵が居ることにもおどろかされた。
我等五騎の殿軍よりはるかに多いじゃないか、、。
負傷してまだ動けるものは、片膝をいざりよりながら
「若殿、、」「若様」と声を掛け、にじり寄ってくる。
義平は掛ける言葉が見つからない。
瑞雲から下馬し、堅田の湖岸を見てみるが、船らしきものは一艘もない。
そこへ、いきなり大声が降ってきた。
「義平じゃないか、、、。無事だったのか、、」春日山の古墳群のほうから、薙刀を杖代わりにへいこらへいこら歩いてきたのは、志内景澄だった。
「生きていたのか、、義平」
周りにも気にせず、景澄が抱きついてくる。
「生きてはいるが、マジで大変だった。おまえこそ、無事か」
「馬に乗せてもらったからな、一回、竜華峠のところで落馬したがこれ、このとおり無事だ」
景澄は、薙刀の柄で胴丸をどかどか叩いてみせる。
「腰を透かして回らなかったのだろう」
「なんだ透かすって、とにかくケツが痛い」
「みたいだな、心配するな、尻は最初から2つに割れれている、船が見えぬが、で、親父殿は船に乗って琵琶湖を渡ったのか?」
「それが、色々あってな、、」
なんとなく、それはわかる。本来なら、ここに源氏の郎党が一人もいるはずがない。船なら負傷したり騎行出来ぬものも乗れるはずだからだ。
「状況を教えてくれ」
「船はたくさんあったのだが、話を付けたのが、ほらおまえの親父殿の乳母子の、」
「政清の叔父上か」
「うん、それで、筏みたいな艀の一艘目に負傷した郎党や馬ごと幾人か乗ったんだけど、真ん中までいったところで船頭と我らが郎党とが揉めだしてな、」
「こんな湖幅が狭いのにか」
「こっちも篝火焚いていたけど、夜でまっくらだろ。ほら、船や艀の場合何ていうんだ」
「転覆か」
「それそれ、この真冬の寒空の元、全員琵琶湖に投げ出されてよ、鎧つけてるだろ、みんな泳げるのに目の前で沈んでいくんだ、、、地獄だったぜ、この湖岸では漁師の女どもに刀振るうやつも出てさ」
義平は無言のまま。敗残兵とはそういうものだ。
「それを見た、堅田の網元が怒りだし船頭連中を家族や家財道具もろとも船に乗せて、琵琶湖の真ん中まで全部の船で出ちまったのさ」
景澄は思い出したのか、しくしく泣き出した。
「俺、人が生きたまんまあがいて沈んでいくの始めて見たよ」
「そんなことどうだっていい、親父殿に頼朝はどうなったのだ」
「その一艘目が転覆するのを見るや、南に向かって、そこら辺の俺らの馬まで代え馬にして奪って、逃げていったよ」
義平は、すこし安心した。
「鎌田の叔父上は一緒か」
「ああぁ、最初の艀には乗ってなかったと思う」
なら、大丈夫だろう、、。なにせ三国一いや、この郎党一の豪傑だ。平家に叔父上に匹敵する武将が居るとは聞いたことすらない。平家は清盛以外は、よくは出来た家族だが八分そこそこのものばかりだ。八分は何人揃っても十六分にはならない。八分のままだ。
「で、お前らは、所在なく、残った漁師たちの家を略奪しまくってたのか」
「だって、喰うものはもうないし、腹は減るし、寒いし、名のある武将はもう誰もいないし」
「そうだ、それも気になっていたんだ、配下の有力武将は、どうなっているんだ?三浦義明殿や義澄殿はどうなったいるんだ」
「わかんねえよ」
「おまえも、御武家になりたかったんだろ、もうちょっとしっかりしろ、負け戦もお武家の定めのうちだぞ、それいつ頃の話だ?」
「夜だよ」
「だから、夜の何時だっての?」
「暗かったし曇ってて月はなかったな、」
「親父殿たちがどれくらい先行しているか、知りたいんだよ」
「知らねえよ、ここまで必死に馬乗って、船だって言ってたら、急に小競り合いになって、そしたら俺らの馬まで分捕って、大将は逃げ出してしまうし、、腹減って気が狂いそうだったから、誰もいないからそこらにあるもの喰って、、そしたら急に眠くなって、気がついたら昼間になってて、馬脚の音がしたんで、見に行ったら、おまえが居たんだよ、これからどうするよ?」
義平、二度目のだんまり。
「もう平家に降ろうって、位の低いものは言ってるぞ」
「だろうな。こりゃあ、東国まで無事戻れてもしばらくは大変だぞ」
「坂東八平氏か」
「おまえにしてはよく覚えているな、おまえにはあんまり関係ないだろう」
「うん、もうどうでもいいよ安心して、風呂に入れて寝て食えれや」
「一旦、戦事になったらそんなこと首と胴が離れるまで無理な話だな」
「えーっ、俺なんもしてねえよ、六波羅でもおまえに言われて馬集めてただけだし」
「って、俺じゃなく、平家の侍に言え、信じるかどうかは、向こうの両分だ」
義平は、焚き火の周りにあぐらをかき、座りなおすと
「おれも、お前らのために大原で死にそうになった、なんかくれ」と言うと、景澄が略奪した堅田の領民の干し魚を食べだした。
「この干し魚うまいじゃないか、湖の魚って一応に全部不味いって聞いていたけど」むしゃむしゃ食べる義平。
「酒も在るぞ」と景澄。
「酒も盗んだか、まるで盗賊だな、立派な河内源氏の郎党がこの様か、この堅田にも長く居られんぞ」
酒も勢い良く煽る義平。
「大将の長男のおまえも飲んでるじゃないか」
「おまえがくれたのを飲んでるだけだ、略奪はしてない」
「って、俺にじゃなく、堅田の漁師に言えよ、信じるかは向こうの領分なんだろう」
「おまえも、だんだん俺みたいになってきたな、え、志内の景澄殿よ、ならば、これから如何いたすよ?、我が子房殿よ、いや我が亜父范増殿か?策を、この哀れな落ち武者に授けてくだされ」
今度は、景澄がだんまりの唖だ。
「南には近江をすこし越えれば清盛公の本拠、伊勢平氏の伊勢国だぞ。瀬田の大橋はどうなっているかわからんし。瀬田の大橋を渡れたとしても、次は、尾張まで伊賀に甲賀の山越えの連続だぞ、いっそこのまま北に行って若狭越前に征かぬか?」
「この真冬に越前に?」
「八分ながら小狡い重盛や頼盛でのも思いつかぬはず、それにな実は艶福家の親父殿がさおりとの前に俺とくっつけようとしていた女がいるはずなんだ、親父殿はな、東国をそれこそ、東海道から越後の日本の胴巻きまで全部平らげ、清盛公に対抗するつもりだったんだ。義隆の曾祖父さまが以前言ってた、馬鹿だろう、後ろの奥州を秀衡殿に押さえられて挟まれておるのに、、」
「女か、いいなぁ」
「みつとか、いったかな、さおりには内緒だぞ、あの八尺の大女は清盛公より恐ろしいからな、それよりおまえ馬を親父殿に奪われて怒っていただろう、おれの瑞雲をやろう。おまえならずーっと瑞雲の轡を持っていたからあの気性のあらい瑞雲でも慣れているだろう」
「竜華で落馬したって言ったじゃないか」
「ちがうんだな、おまえがあの馬鹿でかい麒麟みたいな瑞雲に乗れば、俺の代わりに成るだろう」
「おい、おれを影武者にするつもりか!おまえは!!」
「その時は、この重い鎧もやるから」ひひひひひ、、義平が笑いだした。
「おまえは、やっぱり悪源太だ、間違いなく悪源太だ、本当の黒鷺だ。」
「酒が回った。おれは酒に弱い。さおりとの初夜も困った。鎧はやらん。これはマジで役に立つ。少々の矢なら平気だ。兜は重いがな、首が回らんで困る、全然状況がわからん」
「悪源太だからだろう」
「おい、影武者の話は冗談だ。おれは重盛にも頼盛にも顔を知られてる。ただ馬はやる」
「おまえはどうするんだ」
「決まってるだろう」
「おみつ姫のところへしけこむのか?」
「清盛公を討つ!」
義平の声は大きかった、鬨の声のように大きかった。
しばらく、景澄は返答ができなかった。
「マジで、言ってんの?」
「おう、決まってんだろ、こんなボコボコにされて、鎌倉にはいはいって帰れるか!!」
さらに義平の声は大きくなった。
周りで伸びていた、負傷し置いて行かれた源氏の一党もやたらでかい声をあげて話しているこの二人の武者のところへ、亡者のようにぞろぞろと寄ってきていた。見たところ、一番偉そうな武将はこの悪源太らしいからだ。
「若様、どうか、我等をお連れを」とか、小さい声だが言い出してくるものもいる。
「ならぬ、お前らは、どんな形でも良い、それこそ、得物を頼りに略奪しながらでも生きて東国へ落ち延びろ、どんな乱暴狼藉もこの義平が許す、悪源太の命だと言って人を殺め物を奪い、ただただ我が生命のためにだけ生きよ、良い、出来れば、最後に、父義朝の名を出してほしいがな」ひひひひひ、、。
悪源太は笑う。、曇り空での焚き火の明かりの加減せいか、悪源太の微笑みがひときわ不気味に見える。義平がよく語るところの、唐の国の更に西の砂が海の様にある西の方のあまたある国には居ると言われている、悪魔と呼ばれるものはこのような笑いをしているのではないか。
「で、おまえだが、在所は近江だと柏尾川で言ったろ」
「ああ、ここから少し南に下った膳所だが、、」
「近江に足がかりが居る」
その時だった、矢が空気を切り引き裂く音を立てて、義平と景澄の間の爆ぜる焚き火に刺さった。
ぴゅーんという、戰場に似つかわしくないかわいらしい鏑矢はない。よって相手は武家ではない。
「敵襲ゅうう!! 敵襲ゅううう!!」
郎党のだれかが叫んだ。
「叡山の法師共だ」義平が叫んだ。
見ると、叡山の山を下り、山の麓にあるなんという帝の墓か知らないが古墳群を越えて、頭は城袈裟で包み、胴丸の上に墨染の黒母衣を着、具足はつけておらず高下駄をはいた叡山の僧兵が馬こそ乗っておらんが百人単位でこちらに駆けてくる。
「出会え、出会え」義平が叫ぶ。
どんな算段が一晩で叡山山頂で行われたのか、わからないが、源氏の首でも一つ二つ上げておけばこのあと清盛とも有利に戦後交渉ができるという魂胆であろう。
叡山が平家と共闘しているとは思えない。しかし、攻め込んできているのは紛うことなき事実だ。
土台、殺生を禁じているはずの、神仏に仕える身の者共が、人を殺しにくるとは、どういう了見なのか、仏教には疎い義平には、わからない。生きるために戦うだけである。負傷しもはや組織的な戦闘の出来ない源氏の郎党はばらばらで防ぎ矢をどうにか放つのがやっとである。中には、足を痛め立てぬのか座り込んだまま矢を放ったり、これまでとばかりに自決しているものもいる、。
一団の長と思える僧兵が大音声で叫ぶ。
「出家し、神仏仕えし信西殿を討ち果たしたるは、これら、大仏敵、河内源氏の一党ぞ、いざ仏罰を与えん!!」
知らなかった、仏敵だったとは、、。別に落ち込んでいる暇はなかった。そして気がついたら義平も叫んでいた。
「帝にも奉ろぬ、生臭坊主が仏罰など口にするは、笑止千万、こちらは人を殺めることこそ生計にしておる、憎しみ、恨みの螺旋に生きる人殺しの集団御武家ぞ、。、もう仏罰など既に嫌というほど受けておるわ!」
しもうた、あれほど、義隆の曾祖父さまに言われたばかりなのに、もう誓いを破ってしまった。躰を売るのは仏様が定めし戒めに反するんだったっけ?と自分の母親の出自を思い出したりしていた。
それぐらい、坊主を斬るには、少し覚悟がいるが、そんなことに逡巡している暇はない。
義平は目の前で矢を番えひゅんひゅん放っている景澄の首根っこをつかまえると無理やりこっちを向かせ。
「おまえは、瑞雲に乗って、膳所とやらへ参れ、この義平必ず、参る」
義平は、石切を抜いていた。それを景澄に突きつけると、
「もし、膳所にその方が居らねば、、間違いなく斬るぞ」
景澄は承知とも言わず、瑞雲の方に矢の雨が降る中走っていった。
「この悪源太、すべてに抗う」
そう言うと、義平は、石切を片手に駆け出すと僧兵の中へ斬りかかって行った。




