1157年 7月 鎌倉
1157年 7月 鎌倉
いつもの義平の鎌倉探索。供回りは無し。馬にも乗らず、てくてく徒歩そのものである。
いつものことその身に寸鉄を帯びず、大刀すら穿いていない。腰に竹の水筒を持っているのみである。長男にもかかわらず嫡男ではないので、逆に気楽である。
相変わらず、自由奔放であっちふらふらこっちふらふら。近隣を警備警邏しつつ、(少なくとも義平はそのつもり)市井をよく見る。ここ鎌倉は今では河内源氏の在所中の在所なので、平穏そのもの。相模であったようなあれが悪源太だと噂されるひそひそ話もほぼない。義平も父義朝の留守を守る、名若様でとおっている。
昨年、都では保元の乱と呼ばれる乱が起きたそうであるが、都で出張っている義朝から数枚の文といつもの連絡のみで援軍を求める知らせはなにもない。
どうやら在京の義朝与力衆でかたが付いたらしい。
鎌倉の市井をぐるっと回ったところで、結構、暑くなったので、柏尾川に出て、直垂をまくり上げ、上半身裸になりばしゃばしゃと水浴び。
そして草生す河原でゴロンと寝転がる。このまま昼寝しても悪く無いと思いつつ。天を仰ぐ。強い日差しと夏の入道雲。
時々、母のことを思う。義平は母は三浦義明の娘と嘘をつかれるのが一番辟易する。それもまるで取ってつけたような嘘である。余計に腹が立つ。名も無き、遊び女の子ならそれでいい。長男なのに嫡男になれるのが一番のいい証拠である。
義朝の息子たちは、義朝が順に偉くなっていく過程を表している様なものである。
長男、義平はどこの女ともしれぬ、遊び女の子。どうせ義朝がむしゃくしゃして一夜かぎりの遊びの果てにできた子なのだろう。どんな男とも金次第で睦むのが生業の女である、義平自身義朝の血さえ継いでいない可能性もあると思っている。
次男、朝長は波多野義通の妹を母に持つ。相模の国の、松田郷を領する波多野氏にもどうやら義朝はこのころから坂東の覇者として相手にされるようになったらしい。朝長はそのため、都では松田殿とか呼ばれているそうだが、朝長が松田郷になんぞ居た試しがない。 時折、義朝とともに東国に下向する程度でほぼ、都住まいである。義平はそうはいかぬが、義朝とて公家連中に朝長だと自信を持って会わせられるというか、公家連中との会話で母親に言及されても一応耐えるのであろう、都にでもしっかと置いておける様子だ。
そして三男坊の頼朝の母は、熱田神宮の神宮大宮司、藤原季範の娘、由良御前である。
熱田大宮司の家ともなると男子だと院や帝の近くに侍ったり、女子だと院ならびに親王の近くに侍ることにもなる。恐らく帝の覚えもあろう、れっきとした貴族である。
義朝は、この由良御前との間に頼朝以外に希義、女子の坊門姫ともうけている。
義平はこの二人共会ってみたいが、会ったことすらない。
しっかりした義朝の意思表示はないが嫡男はこの頼朝ということになっている。
当時、鎌倉などの東国は、流罪人がやってくるほどの土地である、むろん、こんな鎌倉などという"ど田舎"で頼朝が育つわけがない。義平が会ったのも数回かぎり。この様に隔離されては、弟いじめすら出来はしない。
鎌倉の人々も義平を見て時には、
「うちの若さまも、あれじゃね、、」と嘆いていることだろう。
義平はこのことを考えると、いつもむしゃくしゃする。面白くないことこの上ない。
せっかくの己が進むべき天道を問いたき晴天が天高く広がっているのに台無しである。
「きゃー」
その時、女の悲鳴が上がった。一応、鎌倉を預かる奉行ぐらいの気持ちの義平はがばっとたちあがる。
悲鳴の方を振り向くと、男が盥を持った女の首根っこを掴もうとしている。義平は女のほうに駆け出すと、逃げる女の目の前に立つことになった、また女が
「きゃー」と悲鳴。
義平のことを男の仲間で女の逃げ道を塞ぐため回りこんだと思われたらしい。
「違う」と義平が言いかけた途端。
女は盥を持ったまま義平の脇をすり抜けた。必然、義平は男の前に立ちふさがる形となった。
男は髭ぼうぼうにボロを纏った大男、しかし、腰にはしっかと大刀を穿いている。
「この鎌倉では乱暴狼藉の類は一切禁じてある」
「それが、どうした」
「一応、教えておくぞ、即刻鎌倉より出るのなら許してやろう」
「許す?お前、丸腰じゃないか、えーっ」男はすごんだ。
と、一閃義平は男とのまわいを瞬時に詰めると先にこの男の大刀の柄をつかむや、向こうに方に、ぽーんと放り投げた。そして元のまわい戻ると相撲を取るかのごとく姿勢を低く構えた。
男は義平の動きに一瞬、虚を突かれたようであったが、逆にニヤッと笑った。
「いい度胸じゃあねぇか、一対一で素手で勝負とは、俺のほうがでかいし力も強いぞ」
男がにじり寄ってくる。義平は少し大きめの拳を男に振り下ろした。
途端、男が信じられないような大きな悲鳴を上げた。
「ぎゃー」
男は何が起きたかわからないらしいが、男のこめかみからは大量の血がダラダラ流れている。
「素手じゃない」と義平。
義平はこぶし大の岩を手に握っていた。
「ちょ、ちょっと待て」と男。
「お前、お武家だろう、、なら正々堂々と名乗り合って一対一で闘うんじゃないのか」
男はこめかみを押さえながら、泣きついた。
「お武家じゃない、遊び女の出だ、だから卑怯未練のかたまりだ」
「遊び女?」
「ぎゃー」義平が言い終わるやいなや、男は、また悲鳴を上げた。義平は男の脛に岩を躊躇なく思いきっり打ち付けた。
「ちょちょっと待て」
「先刻、鎌倉から出るなら許すといったが、そうしなかったのでおれもお前の申し出には沿わない、だから待たない」
男は血がだらだら出るこめかみと脛を右手と左手で押さえている。顔は右半分がもう真っ赤で血まみれだ。
義平は、踵を返すと花で摘みに行くかのように先ほど放り投げた男の大刀のほうに向かってゆっくり歩んでいった。
男は踵を返した義平を見て一難去ったと思った様子だったが、義平が己の大刀を拾ったのをみると途端顔色が変わった。
「ちょっと待て、おい、御武家様よ、本気か、、」
義平は、男の大刀を眺め回しながら男の方へゆっくりやってきた。
「もう一度いう、俺は御武家様ではない、京の橋本の遊び女の息子だ、ゆえに卑怯未練のかたまりだ。それにしてもひどい刀だな、こんな得物に命をかけて狼藉を行いながら生きていこうというのは阿呆もいいところだ、うまく斬れんでもお前のせいだぞ」
「斬るって、おい、もう勝負がついていて、俺は丸腰なんだぞ」
刻は過ぎいつのまにか、もう日が暮れようとしていた。
「さっきお前は、丸腰の俺に刀を持って挑んできた、同じことをしているだけだ」と義平。
「ぎゃー」男が又悲鳴を上げた。義平が岩を男のくるぶしに打ち付けた。
「これで、据え切りになる」
「据え切りって追い剥ぎしたぐらいで、命を奪うのか、、」もう男は声をはることすら出来ない様子だ。
「あの女を手籠めにもするつもりだっただろう」
男の表情が変わった。なにかに気付いたようだ。
「ひょっとして、あんた、、。悪源太か、、。鎌倉悪源太なのか」
日が陰ったせいで義平の顔が一瞬笑ったようにも見えたが光と陰のせいかもしれない。
義平が大刀を持ち、男の顔の近くに刃を差し向けた。刃に鈍く男の血まみれの顔が映る。
「二つとない命だぞ、命乞いならもっと必死にやるものだ、義賢どのも、、」
「もう、いい好きにしろ、どうせ俺は生きた屍も同然の荘園の百姓の次男坊だ勝手にしろ」
男は血を流しながら胡座をかきなおし、開き直ったようである。
しかし、一方の義平は、途端男の隣に座り込んでしまった。
義平は、叔父の義賢を斬ったこと思い出したのかもしれないし、百姓の次男坊という言葉が響いたのかもしれない。
何刻経ったかわからない、義平は暫く川面を眺めていた。
「おい、あんた、俺をあんたの家来にしくれ、」男が思い出したように言い出した。
思い出したように男を見る義平。
「そうだ、あんた俺を斬ろうとしたんだ、つまり俺の生殺与奪をもう持っているんだよ、、だから家来にしてくれ、俺を武士にしてくれ」
「お武家なんか、つまらんぞ、あるとあらゆる酷い死が待ってるぞ、やりたくもない戦はしなきゃちゃならんし、いつ死ぬかわからんし、味方からも死ねと言われたら死なねばならんし、荘園の百姓のほうがよっぽどいいんじゃないのか」
「何言っているんだ、あんたなんかに百姓の暮らしわからんだろう、遠目に田んぼで働いている俺らを見てるだけで、一日中いや、年中泥だらけで虫と草と格闘ずーっとひもじいし、いい娘っ子はみんな公家や荘司の連中がそっくり持ってていっちしまうし」
「そらぁ、娘もいい暮らしがしたいものもいるだろう」
「あんたやっぱりなんにもわかってねぇな、、俺たちは耕す畜生か、獣あつかいなんだよ。同じ人扱いじゃないんだぞ、次男坊なんか親から貰える土地すらねえし」
この男の言うとおりなのは、義平もわかっていた。腰にぶら下げていた竹筒の水筒を男に渡すと男は、貪るようにごくごく飲みだした。
「うめー、こんなうまい水飲んだ事ない、どこの聖水だ」
「ただの井戸の水だおまえ先刻まで死にかけてたからな」
「あんたが殺そうとしてたんだろう」
「おまえもその様子じゃ、荘園から逃げ出してきてもなにもいいこと無かったろう」
「まぁ、、それは、、、」
「武家の世界も一緒だぞ、古株がいい席取ってて、新入りは苦労するようにできている。どこの世界も一緒だ、武家だって、大きな仕組みからいうと新入りで今、苦労している、一番の古株は朝廷や帝だな」」
「それでもいい、俺を武家にしてくれ」
「いいが、一つ条件がある」
男が飛び上がって喜んだ。石を打ち付けられたのを忘れていたらしい、突然脛を痛がる。
「おお、本当か、俺は、なんでも、やるぞ」
「俺が死ねと言ったら死ねるか」
「あぁ死ねるぞ、死ぬ。どーんと死ぬぞ」
「そんな返事じゃダメだな、、さっきみたいな刃の前で俺に忠誠を誓え」
「武家が忠誠を誓うなんて聞いたことないぞ」
「西の方の海の向こうに唐の国がある、その西に砂だけの土地があり、その果ての果ての西にまた数多の国がある。そこの人々は肌は白く、毛の色は黄色だ。体はみな為朝の叔父上の様に体がでかくみなが背丈は七尺近くある。巨人の人々に巨人の国々だ。そこにも、お武家がいてお武家は王にお武家にしてもらい、そのお武家にしてもらった相手に忠誠を誓うんだ」
「すげー俺みたいだ」
「俺は、王じゃない。もう一度言う。死ねると誓えるか」
「あぁ死ぬ」
「それは嘘だな」
「それより、御武家に成るんだ、戦の前には名乗らなくてはならんから、名前をくれ」
「追剥強姦助だな」そのあと、義平自身がくすくす。
「嫁の癖が感染った」
「真剣にやってくれ」
「実際にそうだったじゃないか、じゃあ、石打ち切られ太郎」
「そんなの名乗れないよ」
「これも、事実じゃないか、じゃあ荘園逃之助」
「ちゃんとやってくれ、あんたの家来でもあるんだぞ、、あんたも恥かしいだろう」
「全然」
「普通の名前でいいよ」
「志内景澄だな」
「かっこいい、強くなったみたいだ、それより、さっき、為朝とか叔父とかいってたぞ、あんたの誰なんだ?」景澄が尋ねた。
「源義平」義平は平然と言ってのけた。
景澄は、ひっくり返った。
「あんた、やっぱり、あの、あ、あ、悪源太じゃないか」
景澄は少しどころか、本気で怯え、かしこまった。
「一つだけ訊いてもいいか、、」
「あぁ、何でもいいぞ、いつでも死ねって言えるからな」
「怒らないか?」
「あぁ、、」
「あんた、母親が遊び女って本当か」
「知らないね、誰も答えてくれんし、俺も覚えてないし」
景澄もかなり落ち込んだ。
「訊いてすまなかった」
「いいよ、平気だ、もう慣れた」
「本当か」
「それと、家来になったからには、一つ教えといてやる、お武家の簡単法度その一、お武家を信用するなかれ」
「なんだそれ?」
「おまえ、お武家は正々堂々闘うとか、言ってただろう、そんなの琵琶法師の語りや古いお武家様の言い伝えの中だけだ」
「そうなのか」
「おまえの目の前に岩で打ちつけた奴がいるじゃないか」
「おまえは、なんか変だし、変わってそうだ、信用ならないよ」
「そうだそのいきだ。それより、もう暗くなったぞ屋敷に帰ろう、このあたりは追い剥ぎが出るらしいからな、それも荘園から逃げ出して食い詰めた奴が」
義平は立ち上がり括袴の砂をパンパンとはらった。
「そんな変な法度より、俺はあんたのことをなんて呼べばいいんだ?」
「俺は、かしこまったのは嫌いだしこれからもお互いヒラの関係で行こう、あんたか、義平でいいよ」
「本当か、あんたが困るんじゃないのか」
「遊び女の息子に追い剥ぎの主従なんて最高の組み合わせじゃないか」
こうして、義平は、家来を得た。




