1159年 12月 28日 夜更け 大原の里長の屋敷
1159年 12月 28日 夜更け 大原の里長の屋敷
義平は、すくっと立ち上がると、
「まず、大原の里長と話を付けてくる」
「こんな夜更けにですか、叡山の法師に通報されまする」<樫の木>が慌てて諌めた。
「なに、我らがことはもう筒抜けぞ、大原の里に入りしおりに明かりが一瞬ついた家が数件あったし、寂光院は聖徳太子が建てたとは言え叡山と通じておろう」
「しかし、里長に何用が?」
「道具も借りねばいかんし、ちょっと迷惑をかけることを人として詫びねばいかぬ」
「これだけの開けた里、襲われたら、、、」
「襲う気ならもう襲っておるだろう、、その時は本気で抗すべし」
「なんと、、」
<樫の木>が困っているところを義平は全く気にせず、すたすた歩き出し里で一番大きな屋敷へ向かっていく。
屋敷は柴の簡単な門構えがあり、茅葺きの立派な草庵である。老いたらこういったところで晴耕雨読したいものであるが、老いてこのあたりは寒すぎる気もする。
義平は、一人で里長の屋敷の門まで行くと、柴の門構えは胸あたりまでしかないので、手をつっこみ低い柴門を勝手に開ける。
途端、屋敷の中に明かりがついた。
義平は、屋敷の入り口まで行くと
「頼もう、こんな夜更けに、相済まぬが、頼もう、頼もう、我は帝の朝臣にして清和源氏の子孫、播磨守源義朝の長子、源義平なり、東国へ落ち延びる最中、難渋しておるところ、多少の用向きがあり申す、夜更けであることは重々承知、そこを曲げて我らが用向き伺いそうらひ給へ」
一応、京の近くの里だということで帝の朝臣であることは強調した。
「頼もう、頼もう!」義平の声は更に大きくなる。
「若殿!」<樫の木>が追いつき、更に諌める。
すると、突然屋敷の入り口にあたる戸板が開いた。
そこには、小柄な背は少し曲がっいるものの好々爺とその好々爺の手を引く気丈そうな色の黒い女童が立っていた。好々爺はどうやら盲人であるらしい。
「われら里のものを寝かさぬおつもりかな?義平殿」好々爺が言った。
「そのつもりは、この義平、毛頭御座いませぬ」
屋敷の中には、十数人の屈強な里のものが集まっているようだ、外にずっと居た義平にはむせ返るような熱気が溢れ出てくる。
「里長殿、申し訳ござらんが、名前を伺っても宜しいか」
「その方は、こんな老い盲いた老人など、一捻りで殺せるような、荒武者、悪源太であろう、花園橋では、獣郎丸や下駄蛇を殺めたと聞く、この大原でも乱暴狼藉を働くおつもりか?」
<樫の木>は<獣郎丸>や<下駄蛇>のことは知らない、逆に驚く。
「もう、そのようなことまで、ご存知か、それより障りがなければお名前をお聞かせ願いたい、礼の問題ならば、こちらは先に名乗り申した」
「ほう、悪源太殿に礼を説かれるとは思うてもみんかったわ」
「我らが里長、永方様じゃ、悪源太」永方の手を引いていた女童が眉をしかめ大声で答えた。
度胸に溢れた声だ。生きるものとしての、また生きようとするものの気概がは伝わってくる。
「これ、流、義平殿と呼ばんか」永方が流を制す。
義平はニヤリとして、流に微笑みかけ
「これでも、源氏の荒武者共の端くれぞ、この悪源太が怖くないのか」声をかける
「怖くなんかない、武者など武器を持って振り回しているだけだ、武器を持てば誰でも強くなれる」
「ほう、そうかもしれぬな」と言って<樫の木>のほうを見る。
「さぁ、中に入られよ悪源太殿」
「いや、ここで、結構、中には、大人衆が沢山構えておられる様子、この悪源太が入ったところ、酒でも出され取り押さえられ平家に突き出されたは、かないませぬ、それにこの大原の里が逆に源氏の落ち武者を助けたとあっては後に平家の者共がやってきたときに障りが御座いましょう」
「平家の武者も怖くないやい」流が叫ぶ。
「流とやら、平家の武者はこの悪源太ほどわかりが用ないかもしれませぬぞ」
「子供の戯言、まともに取られてはかないませぬ」と永方。
「用向きとは、如何なもので、ここは御覧のように何もない大原の里」
「大したことことではござらん、綱を少々と薪割りの斧と柴を刈る鉈をお借りしたい、それと、馬小屋で構わぬので、あの里の入り口にある家の馬小屋をお借りしたい、流石に我等も朝から戦いどおし、すこしは休むか眠らねばならぬので、あっと言い忘れましたが、多少街道を塞ぎまするが、大人五、六人もあれば、動かせるもの。二日程度そのままにして頂ければ、構いませぬが、後、これが一番大事と心得るが、この里では決して戦はいたしませぬ、ゆえ、安心されよ平家の武者が一騎か二騎入るやも知れぬが我らが責任を持って対処するゆえ」」
永方の盲居た眼が光ったような気がした。
「我らが協力する道理がないように思いまするが」
永方の眼はどこを見ているかわからない。
「左様、ありませぬな」
「お断りすれば、なんとなさるつもりで」
「すごすごと、帰るしか、ございませぬな」
「ここの里の者全員で壮年の男だけでも、数十人は居りまするぞ、聞けば、義平殿、主従はたった幾数人と聞く、里のもの全員で襲わば、主従皆殺しや生け捕りも叶いまするが、如何かな」
永方の声には凄みがある、盲いても尚これだけの里を治める男の気迫である。
「最初に、答えておきまするが、我等は主従ではありませぬ。それにもし、我等を襲われるのであらば、こちらも、あらん限りの力にて抗い戦いまする、その時は、この里のものも十数人は無事では済まぬでしょう、片端になりしものを多く抱えて家が成り立ち申されまするか、お考えあれ」
義平の声にも、迫力があった。 義平たちこそ生きるだけが目的の守るべきもののない手負いの獣である。
長い、沈黙が在った。屋敷内にいる十数人の主だった里のものと永方は源氏と平家が六波羅でぶつかり源氏が敗北し、こちらに向かっているとわかったときから長い間、善後策を話し合ってきたのであろう。
もしかすると、敗走する父義朝はこの大原の里でなにかしたのかもしれない。それが流の敵意につながっているのかもしれない。
長い長い沈黙の後、ついに永方が口を開いた。
「いいでしょう。義平殿は父義朝殿と違うようだ。まず、我等下賤の者と正面から人として話し合いを持とうとなされた、それに落武者になられても、礼をわきまえておられる。申し出はいずれも容易きこと、全て協力いたしましょう。但し、このことは、平家にも法師にも御内密になさることを我等の約定といたしましょう」
「その約定は確かに、この義平、感謝いたしまする、これこのとおり」
義平は、胡座をかくと手をついてまで、頭を下げた。
「里の口の助次の馬小屋をお使いなされ、秋に刈った藁がたんまりありましょう、申し出にはありませなんだが、筵も数枚お貸しいたしましょう。それに温かいぶぶ漬けのを運ばせましょう」
「それは、この京では、帰れという意味だと、ここ数週間で習いましたが、、」と義平。
「ご冗談を、、。ここの名物は柴漬けでございます」
「それでは、我等なさねばならぬことが数多ありまするので、急ぎまする」
「あなたのような方が、武家の棟梁なら、良き世がくるかも知れませぬな」
「かいかぶりにて、、。では」
義平は、踵を返すとすたすた歩き出した。
暫く歩くと、義平は<樫の木>に語りかけた。
「助次の馬小屋とやらで火を掛けられるかもしれんぞ」
「えっ」
「馬小屋一件ぐらいなら安いもんだろう。誰も傷つかんし。だが御首も生け捕りも出来んから平家や法師から恩賞は貰えんだろうがな」
<樫の木>は何も言えない。
「冗談だ、誰にも言うな」義平は、大股で歩いた。




