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悪源太  作者: 美作為朝
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1156年 5月 相模

1156年 5月 相模


 義平は、相模の三浦義明の屋敷に呼ばれていた。回りの木々の葉は大いに茂り、日は高く登り、日差しはもう既に強く初夏のそれである。

 愛馬葦毛の"瑞雲"にまたがっておらず、徒歩である。歩いていたら暑くてたまらず、たすき掛けにして直垂の袖は肩の上までまくりあげ、下は括袴。すねは脛巾を付けずに放り出している、ほとんど馬泥棒か野盗の格好である。大刀すら穿いていない。

 三浦義明は相模一帯を収める武者で義朝の配下の武将の筆頭といってもいい。義明の娘は義朝の側室となっていて、世間といっても坂東武士の勢力の及ぶ範囲に限られるが義平の母は一応この娘ということになっている。

 早い話、三浦義明は義平にとっては祖父にあたり、岳父ともいってもいいし、守役でもある。京の都にいる義朝の代わりであることには違いなかった。

 当たり前であるが、義平はこの三浦義明が多少苦手である。


 相模の申し訳程度の城下町に入り往来の人々は「あれが悪源太と呼ばれる若殿じゃ」と皆ひそひそ。「命乞いする叔父の源義賢様を一刀の元切り捨てたらしい」とまたひそひそ。

 三浦家の館の前には、三浦義明の配下の武者がなぎなたを持ち、二人門番をしている。

 が、どうやら義平が歩いてやってくるとは、思っていなかったらしく驚いた様子で

「こ、これは若様」とかしこまる始末。

「源義平罷り越したとお伝えあれ」

「旦那様を呼んで参ります」

「構わぬ、好きにするゆえ」

 義平は、かなりの距離を歩いてきたらしく、すねまで砂埃でどろどろ。そのまま館に入っていく。 するといきなり三浦義明が飛び出してきた。三浦義明、歳をとったとはいえまだまだ壮健である。

「若っなんとお一人で供回りも付けず」

「岳父殿、堅苦しいのは好かぬ故、お気遣いは無用」

「若は、大刀も佩いておらぬのか、この辺りでも夜には追い剥ぎ、野盗がでるというに」

「この義平、その身に寸鉄を帯びずと孔明殿にあやかっておりまする」

 館に入る寸前で侍女が飛んできて義平を足をすすぐ。

 往来では嫌われ、館では好かれ、義平も忙しい。

「構わぬ」

「我々は構いまする」と侍女。館を汚されて掃除するのはこの侍女の役目なのだろう。

「違う殿御に尽くしたほうがそなたの身のためじゃ、」

 侍女はからかわれたと思ったのか真っ赤になる。義明の部屋では団茶から茶菓子までどんどん運ばれてくる。

「酒のほうがよろしゅうございますか」義明が尋ねる。

「まだ、陽も高いゆえ、辞めましょう。岳父殿、そんなことより用向きの方を、歩いて帰りますゆえ」

「帰りは我らの馬をお使いなさいませ、若殿に何かあればこの義明、父君に合わせる顔がございませぬ」

「この義平は構いませぬが」

「先ほどと同じく周りは構いまする」

「で、用向きは」

義明がニヤリと下卑た笑いを浮かべる。

「色事でございまする」

「色!?」

これには、義平がびっくりである。

「左様、嫁取りでございまする」

「父上の命なのですか」

「さぁ、笹を」

義平が気が付くとさっきの侍女が直ぐ側にいる。

しかも打って変わって、多少化粧をし、小袖に派手な打ち掛けを何枚か重ねているが、田舎武者の娘としては、多少頑張りすぎていて、やや可哀想な気さえする。

「新田太郎義重が娘、祥寿姫なり。名は、さおりと申すもの」と義明。

「新田!」義平の頭のなかを下野国と上野国新田郡の勢力分布図がぐるぐる回る。今日はやけに酒の回りが早い。空きっ腹で歩いて来たのが良くなかったらしい。政略結婚なのは間違いないとして、これは、新田義重の仇敵、源義賢と秩父を討った大蔵合戦の礼と褒美なのか?


 義平が気がつくと、日が暮れあたりは真っ暗で寝所の用意すべてが整っていた。寝所の端に寝間着に着替えちょこんと座ったさおり。着物の裾は恐ろしいほど胸元できちっと整えられている。嫁ぐものとして、身の清さを強調したいらしい。

 義平も改まりかしこまり座り直す。、

「不束者ですが、末永くよろしゅうにおねがいいたしまする」とさおり。

 義平とて、遊び女との遊んだことがないわけでもないが、こういった武家の礼儀はほとんど心得ていない。もともと、長男なのに嫡男でなく家来もおらず冷遇されている身、武者としてぎりぎり便宜上、源性を名乗らせてもらっているぐらいの身分である。武者や公家といった人を能力以外で分け隔てる身分そのものがきらいなのである。何においても己が能力才覚こそすべてだと思っている。 

 義平この政略結婚の目的も容易に想像できた。義朝はこれで、若干旗幟を鮮明にしていない坂東武者もいるが鎌倉から北関東までの勢力範囲にしたことになる、そして新田義重の娘一人を人質にとったぐらいの感覚であろう。

 蝋燭の火ではよくわからないが、このさおりという新田義重の娘はさほど醜女でも美人でもない。ただ、やたら体が大きい。ひょっとしたら義平は自身よりこの祥寿姫のほうが、大きいのではないかと思った。

「この義平こそ」と言い、先に義平が頭を大き下げる。

それが、面白かったのか、さおりがくすくす笑う。

「悪源太と申されるから、どんな鬼のような御仁かと思っておりましたが、、、」

というと、さおりはなにか言いたそうな顔してまたもやくすくす。自分の思いついたことがおかしいらしい。

 それより、この後、しなければならないことに義平は、頭がいっぱいであった。


 こうして、義平は妻を娶った。

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