1159年 12月 9日 京 義朝京屋敷 その3
1159年 12月 9日 京 義朝京屋敷 その3
「それと、もう一つ、いささか個人的には、なりまするが、申し述べたき儀がございまする」
「なんじゃ?」
「橋本とは京の近くと聞き及んでおりまする、橋本へはどう行けばよいのか、この義平にご教示くださりませ」
少し、義朝が声を低めて言う。
「義平、その話は、皆の前ではせぬ、約束だぞ」
「習いましたる漢籍の中に禽獣ですら、、、なんたら子母の情という反語の例文がありまする」
「義平、日本語を喋れ」
「要約いたしますると、"動物でも親子の情があるのにどうして人に親子の情がなかろうか、いや、絶対ある"。という反語表現になっておりまする」
「要約などせんでいい、何が言いたい」
「はい、直截に申し上げますると、この義平も母上に会いとうございまする、ということです」途端、左右の武者が大笑いする。叔父殺しの悪源太も母御前が恋しいそうじゃとか、声がほうぼうで上がる。
「それは、以前に申したぞ、おまえの母は後ろにおる三浦義明が娘じゃ、皆もそう思うておるようじゃぞ」
「幾度も三浦の岳父殿の屋敷には訪ねておりまするが、一度の出会うたことがございませね」
「恥ずかしいんじゃろ」
「子と会うのを恥ずかしがる母親などおりませぬ」
「たまにはおる」
「父上、右衛門督様もはじめ、ここにおりまする皆々が存じておりまする、母上の容姿だけでもこの義平にどうか御教えくだされ」義平若干着座のままにじり寄る。
「三浦の娘じゃ、それ以外に答えはない」
「父上!先ほどのやり取りからもわかるように右衛門督様でさえもご存知の様子。せめて、せめて母上の名前だけでも、この義平にお伝えあれ」
「くどい!。いい加減にせい」義朝が怒鳴りつけた。
「父上!」
義平は、更ににじり寄っった。義平には珍しく、感情的になっている。
「義平らーっ」鎌田政清が珍しく本名で義平を呼び、大刀を持ち片膝を立てた。
義平は、身を乗り出しているものの、まだ板の間に着座しあぐらをかいたままだ。
「どうする?政清はやる気じゃぞ」
義平は斜めにいる鎌田政清を睨めつける。が、大刀に手は一切かかっていない。
「この悪源太でも流石に、二人も叔父上は切れませぬ」
義朝は、フーっと大きく息をついた。
「母など誰でも、よいではないか、その方は、しっかと存在し、源の氏名を持つわしの子ぞ、それをゆめゆめ忘れるでない」
義平、本日三敗目。