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4章 王妃選定の石 ①

「と、言うわけで作りました」

「じゃじゃーん、です」

「……なんぞ」


 オルフレンダが告げ、ファリャが歌い、俺は首を傾げた。

 マリが訪れた日から鶏が七度かそこら鳴いた頃合いだったろうか。

 朝も早よから綺真に叩き起こされた俺は、さながら大海原を行く冒険者の如く舟を漕ぎ漕ぎして謁見の間まで辿り着き、新大陸踏破者のような達成感で夢とうつつを行ったり来たりしていた。

 そこへゴロゴロと、布のかぶさった何かが台車で運ばれてきたのである。

 今日は趣向を変えた朝食でも用意してくれたのだろうかと、欠伸をムシャムシャかみ殺しつつ眺めていたところ、おもむろに布が取り去られ、俺は予想がたがっていたことを知らされた。

 現れたのは、大雑把にいえば石の台座に乗せられた大きな水晶玉のようなものだった。


 仔細に語るのは、俺には難しい。

 何故ならその物体は石の台座にも、水晶玉にも、球を水平に細く覆う金環にも、複雑で精緻な文様が無数に刻まれているのだ。

 自然物とするにはあまりにも不自然な代物で、じゃあ何だと言われても俺には皆目見当もつかない。


「これは『王妃選定の石』です」

「名付けて《イヴ・リア・ファル》ですわ♪」


 読み上げるように淡々としたオルフレンダに対し、ファリャはいつにも増して楽しげだ。

 楽しいのは良い事だ。が、やはり話が見えん。

 珍しく傍らに居ないファリャの笑顔と、目の下の隈以外は平常運転のオルフレンダ、『王妃選定の石(イヴ・リア・ファル)』と言うらしい水晶玉を順繰り見比べつつ、俺はこの場に居る一番の解説好きであろう綺真へ意識を向けた。

 ここ数日どうにも不機嫌で口数が少ない我が愛する妹への、兄として神がかった対応であると言えよう。もう塩だの、しおしおだのと、言わせはしない!


「…………」


 無反応……だとっ!?

 なんという、なんという仕打ち!

 これが本当の塩対応……っ!

 お兄ちゃんはショックを受けました!

 この頬を伝うしょっぱい物は、決して欠伸だけが原因では、あり得ない!!


「主上? どうか致しましたか? 体調が優れないということでしたら後日にでも……」

「あぁ……ああ、すまない、大丈夫だ。それで、そいつは一体何なんだ?」


 溢れるモノを目元から強引に拭い去り、俺は力強く前を向いた。

 王たる者、何があろうと毅然としていなければならないのだから。


「文字通り、主上の妃に足る器の持ち主を判別する魔道具です。多少、魔道具に関しての知識があった私と、魔法に造詣の深いファリャとで制作いたしました」

「わたくしは所々手伝っただけですが、オフィは七日七晩寝ずに頑張った力作ですわよ」

「マジかよ、早く寝ろ」


 最近オルフレンダが夜来てくれなかったり、ファリャがちょくちょく傍に居なかったのはその所為か。

 何がお前たちをそこまで駆り立てたのだ……。

 そういえば、ファリャはオルフレンダの事をオフィって呼んでるんだな。


「概要をご説明したのち、お暇を頂きます」

はよう、早うせい」


 早く寝かせて上げないと!

 俺は珍しく傾注した。

 ……あ、いや、別に珍しくない。俺はいつだって目の前の事に全力である。


「使い方には特に説明の必要はありません。こうして水晶に触れると──」


 言ってオルフレンダは左手をそっと水晶玉の上に置いた。

 するとどうだ。

 土台の根元からまるで這い上がるようにして、無数に刻まれた文様が発光してゆき、水晶玉まで辿り着くと一際眩く、黄金の光芒を柱の如く立ち上らせたではないか!


「──このように、対象者の生命としての本質たる『魂』に応じて光を発します」

「ほおう……」

「輝きの色や強さによって、主上にめあわせるに足る器かどうかをある程度判断することが可能です。……自分で言うのも難ですが、これだけの反応が出ていれば及第点でしょう」


 肩をすくめて苦笑するオルフレンダが手を放すと、黄金の柱はたちまち霧散した。

 揺れる空色の髪は、風に舞う砂金のような残照を数瞬ばかり残し、その美しさたるや朝焼けを望む黎明の儚さを連想させた。

 或いは徹夜明けの晴れがましさか。

 ほんと、ちゃんと寝なさい?


「参考までに。ファリャ」

「はい、はい」


 呼ばれてゆらりと立ち位置を交代したファリャが、同じように水晶玉へ手をかざす。

 子を撫でようとする母親の如き優しげな動作に、しかし俺は和んでばかりもいられなかった。


 次の瞬間『王妃選定の石(イヴ・リア・ファル)』より発せられたのは、荒れ狂う暴風と錯覚するような強く激しい、極光であったのだ。


 渦巻いて湧き上がる虹色の本流はさながら天かける昇竜そのもののようですらあった。

 そのまま高い天井を突き破らんとする極彩色の神竜はしかし、寸前のところで弾けるように消え失せた。

 無論、ファリャが水晶から手を放したからであろう。


「──お分かりいただけましたか主上。これが、この光が『王妃選定の石(イヴ・リア・ファル)』が放つ極大です。竜王に並びうる逸材の証明です」

「お、おぉ……」


 俺は心底驚いていた。

 何にって、オルフレンダがさっきからピクリとも表情に揺らぎを見せないことに、だ。

 彼女は真面目で優秀であることはわかっている。

 彼女が冷静で沈着であるという事は風の噂に聞いていた。

 だが不思議な事に、俺の目から見てオルフレンダは、不測の事態に際し誰よりも大きく取り乱してオロオロしちゃうポンコツ神官騎士であったのだ。

 ところが今日はどうだ。評判違わぬ従容とした立ち居振る舞いではないか。

 確かに今起きた現象は彼女にとって不測の事態ではない。

 だがそれならそれで、予想通りに事が運んだことにそっと安堵の吐息を漏らしてしまう程度の愛嬌が、俺の知るオルフレンダにはあったはずなのだ。


 ……間違いない、彼女は、相当疲れているっ!


 ここは大人しく説明を聞き、円滑にことを済ませてできるだけ早く休ませてやらねばなるまい。


「なるほど、なるほど。あいわかった、そいつの使い方は完璧に理解した。だから大丈夫だ、オルフレンダは心置きなく休んで──」

「いえまだ、これにはもう一つ別の機能がありまして」

「なん……だと……?」


 何故そこまで、己を酷使しようというのだ……!?

 俺は早急さっきゅうに、我が国のブラック労働撲滅を推進しなければならない気がしてきた!


「この水晶に、我々と同様に主上が手をかざして力を籠めていただくことで、世界のどこかに居る王妃適格者を探し出すことができるのです」

「ほ、ほう? くわしく」

「ただこの機能はまだ試作段階でして、適格者の居る方角と、現在の姿を短時間のみ水晶に映し出すことができるだけなのですが」

「なんという神機能!!」

「それからいくつか注意点がありまして──」

「さっそく使ってみよう、ほいっとな!」

「あ」


 水晶玉に触れ、景気よく魔力をぶっこむ。

 魔力の扱い方など俺は知らなかったが、ノリと気合でやった。

 したらできた。

 成せば成るとはこういうことだ。

 すると、オルフレンダが使ったときと同じく、黄金に輝く柱が勢いよく立ち上る。が、そこで終わりではなかった。

 黄金の光柱は水晶を起点として傾き始めたのだ。

 とりあえず大人しく見ていると、最終的に北西の方角遥か向こうを指して止まった。

 確か相応しい者の居る方角が判ると言っていたからその光の先がそれなのだろう。

 はて、ここから見て北西には何があったか。森と山ばかりの印象しかない。

 山々のこちら側であれは自国民の小集落がちらほらあると言えばあるが……その中に逸材が居るのか?

 しかしそれにしては光のさす方向が遥か山の向こうだと言っているように見えてならない。

 山の向こうは何があるんだろうか。

 そういえば俺の行動範囲が狭いせいで外の事はからきしわからん。


「北西の方角ですと、すぐに海へ当たってしまうので、対象者は海を越えたかなり遠い地に居るのかもしれませんね」

「え、海が近くにあるのかっ!?」

「はい、一つ山を越えるともう海ですよ」

「何故早くそれを言わなかったのだっ!!」


 俺は思わず天を仰いだ。

 情報は力であり宝だ。

 情報と財宝の語感がなんか似ていることも、或いは偶然ではないかもしれない。

 中でも地理情報は国の未来を担う者として最も価値が高いと言える。

 さらに水場は最上位と言って良い。

 それを今まで知らぬまま過ごしていたというのか、俺は。

 なんと愚かなことか!

 なんと惜しいことか!

 玉座についたその日に戻って俺は俺自身をぶん殴ってやりたい!


「わたくしも海はこの目で見たことがありませんわ。一体何があるのでしょう?」

「海!! 海っていやぁ、一つしかないっ! 水着だよ水着美女だ!」

「まぁ! 素敵ですわね!」

「…………。」

「…………。」


 俺の言葉に三者三様の反応が返ってきたりこなかったりしたが、今はあえて頓着はすまい。些末な事だ。

 そう水着。

 神なる衣装だなぁ水着。

 聞くところによれば、人種の文化圏においては美女の選定を行う行事ではほぼ例外なく『水着審査』なるものがあるらしい。

 わかっている。

 さすが人種、動物位の中で上から四番目に頭が良いとうたわれるだけのことはある。

 つまり水着こそ、女の魅力を十全に引き出す正装と呼ぶに語弊はあるまい。

 畢竟ひっきょう、水辺にはとびきりの佳人が集まるはず。

 であれば、海の方角を指したこの光にも期待が持てるというものだ。

 さてどんな傾国の美女が映り込んでいるのかな?


 ワクワクしながら水晶を覗き込んでみるとそこには……──ん?



tips:魔法と魔術、魔道具

生まれ持った才能や資質で魔力を扱えてしまうのが魔法。

体系だった理論に乗っ取って魔力を使う学問が魔術。

その意味で竜の眷属はみんな魔法使いであるが、魔道具は魔術の産物である。

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