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3章 紅き嵐の来訪 ②


   ***


 なんて小話をこの瞬間思い出していた──かというと別にそんなことはなかったのだが、まぁなんかこの瞬間に回想しておくと俺のすごさが際立つような気がしたのだ。他意は無い。


「さては聞いていませんね、御兄さま」

「おう、そんなことは無いぞ。だが一応確認しておくが、何の話だっけ?」


 俺はあくまで念のため聞き直した。開き直ったわけではない。


「……愚兄さま。ようやくの、初めての王としてのお仕事を前に意識が低すぎますよ?」

「王は多忙ゆえな……考えることが多いんだ」

「今の愚兄さまはまだ、男娼とさして違いがありませんよ」

「おっと、今のがすごい暴言なことくらいはわかるぞ! 兄の威厳を見せてやろうか?」

「では今夜を楽しみにいたしましょう」


 ククク、どうしてくれよう……。

 その挑戦的な目をどうやって従順に色めかせてやるべきか、今から楽しみだぜ。

 それはそうと、結局何の話だったっけ?


「ご主人様、これからいらっしゃる姫君のお話ですよ」

「おお、そうだそうだ。いや別に聞いてなかったとかじゃないんだ。こうして膝にあるファリャの頭を撫でているとな、その心地よさについ意識を持って行かれてしまうんだよ、な?」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。ご主人様にはいついかなる時でも私をお楽しみいただけるよう、身体はできております」


 そう言って一層すり寄ってきてくれるファリャの髪をさらに丁寧にくしけずってやると、猫ならば喉を鳴らしていることだろう、恍惚の笑みを浮かべた。

 その胸元にはいつかあげた紐が、やはり蝶の姿で揺れている。

 そういえばこれを身に付けるようになってから余計に、身を寄せて侍ってくれるようになった気がする。

 移動のときは三歩後ろに居たのが一歩後ろくらいの距離感になったし、こうして王座に居る時は足元にしな垂れかかるようにくっ付いている。

 おかげで頭なでなでしやすい。合理的だ……。

 おっとまた脱線した。

 さらっと言ったが王座。

 そう、俺は今王様が座す豪華な椅子に身を納めている。

 以前の急場でとりあえず持ってきた風の、ちょっと豪華な椅子とはわけが違う。

 石造りの土台。

 頭よりなお高い背もたれ。

 なんかつやつやした革張りの座面。

 王様の椅子と言えばこれ、というまんまのやつだ。

 惜しむらくは土台が金ぴかでなく石材本来の乳灰色なのと、革が苔の新芽みたいな色のせいで彩度がやや地味な事だが座り心地は抜群だし、これはこれで趣がある。

 ちなみに椅子は違うが場所は同じだ。

 とはいえ同じ場所だが以前のような吹きさらしではなくなっている。

 だいぶ急ぎで工事してくれたようで、今ではしっかり壁も柱もあるし、十分な明かりも取られている。王が鎮座する謁見の間にふさわしい荘厳な空間となっていた。

 今こうして、新築謁見の間に居るのは王として、客人を迎えるためだ。


 ここから東へいったところに、俺たちとは別だが比較的近縁に当たる竜種の一族が治める山脈があるという。

 そこのお姫様が直々に使者として来てくれるのだそうだ。

 貴賓であるため、お好きにどうぞと言うわけにもいかないらしく、オルフレンダが迎えの対応に出てくれている。どうやらもう近くまで来ているという話だったから、間もなく対面できるであろう。


「で、その姫さんてのはどういうやつなん?」

「……その態度はもう少し本人の前では自重してくださいね、愚兄さま」


 頭痛を耐えるようにこめかみを抑える綺真。どうしたんだ、つわりか?


「良いですか御兄さま。今からいらっしゃる御方は、いわば天然の御兄さまのようなものです」

「俺が養殖みたいな言い方はやめるんだ」

「難しく言うとまた聞き流すでしょう?

 でも一応、簡単に説明しましょう。

 東の山脈に住む彼ら《シュガール》の一族は、この国の者たちと生き物としては近縁に当たりますが、司る属性や人種との関わり方という点では対極と言って良い存在です。

 その咆哮は雷であり、

 その息吹は雨雲であり、

 その羽ばたきは大風である。

 『天』の属性を司り、荒れ狂う嵐の化身として人種からおそれられてきたと言います。

 同時に農地と男女の、春を告げる豊穣と愛欲の神としておそれられてきた歴史もあります。

 そんな彼らも竜を敵視する人種共の台頭により徐々に信仰が減り、血の薄まりによる種としての力の衰えなど、我らと同様の問題を抱えていました。

 そこに現れたのが件の姫君です。

 ところで御兄さま、今現在を生きる人型竜種は全身を流れる血液中にどの程度、竜の因子を持っていると思いますか?」

「んぇ? んん……、じ、十分の一くらいか?」


 愛欲って単語以外の内容が頭に入ってこなかったんだが、その辺詳しく聞きたいんだけど?


「大外れです。とある筋の資料によると、全身を廻る血のうち、竜の因子はせいぜいの一滴ひとしずく程度であることがほとんどだそうです」

「なぜそんなことがわかるのか。表示偽装ではあるまいか?」

「人種共が色々調べたそうですよ。文字通り、切り刻んだり、煮詰めたり、搾ったりして」

「………………。」

「こうした、いわば全世界的に竜種の衰退期たるこの時代にあってしかし、《シュガール》の姫は全身の半分以上を占める竜の素養を持って産まれました。

 半分と聞くと単純な御兄さまはピンとこないかもしれませんが、半竜ハーフ以上の存在は現在、地上界にはほんの数えるほどしか生きていないのです」


 なるほど、そう言われると確かになんかすごそうだ。


「ちなみに御兄さまはほぼ完全に純粋な竜で在らせられますよ」

「ふっ、さすが俺だ」

「濃縮還元です♪」

「俺を風味の落ちたジュースみたいに言うのをやめるんだ」


 なぜ楽しそうに言うんだ……。

 俺から一体、ナニを搾り取ろうというんですかねぇ。


「ともかく、御兄さまに及ばないものの近年稀に見る超高位竜の誕生により、《シュガール》の民は急速に力を取り戻し、領地から人種を退けつつあるのです」

「たった一人居るだけでそんなに状況が変わるもんなのか?」

「それほどに圧倒的なのです、本来の竜という存在は」


 そうは言ってもやはり、ただ強いだけというわけではあるまい。

 俺の勘はそう言っている。

 だって例えば、超強い奴が居たとしてもそれが超嫌な奴だったら誰も付いてこないだろう。

 そして姫と言うからには女。

 ……ならば美人に間違いない。

 綺麗なお姫様に付いて行くのは、生きとし生けるものならば仕方がないのだ。

 そうなると──


「一体どれほどに美しい姫だというんだ……?」


 そうつぶやくと、膝の上でごろにゃんしていたファリャが「そういえば──」と思い出すように口を開く。


「その特徴的な外見と、天候すら操る強大な力から『紅き台風の眼』などとも称されておりますわ」

「台風とな?」


 天災と比肩されるような容姿とは一体いかなるや。

 絶えず回転でもしているのだろうか。それは普通に怖いな……物理的に近寄りがたい。

 俺の頭上に浮かぶ疑問符に気付いたのだろう、綺真はその慎ましやかな己の胸を指差して微笑ほほえんだ。


「あるんですよ、胸の真ん中に、世界を狂わす、大きな瞳が」


 うーむ……どう見ても小さな胸しか見えんな。

 俺の頭上に浮かぶ疑問符に気付いたのだろう、綺真はその慎ましやかな己の胸を指差して冷笑ほほえんだ。


 話題を逸らさなければ、られる……っ!


「そ、そういえばまだ聞いてなかった気がするんだが、その姫さんは何ていう名前なんだ?」

「それは……と、ご本人から直接聞くのが良いでしょう」


 開きかけた口をつぐんで、綺真は正面の扉に目を向けた。

 どうやら到着したらしい。


「己の名は自分で告げるのが、竜の作法なのでしょう?」

「なるほど、道理だ」

「それに、多分聞くよりも一目見た方が早いですよ」


tips:属性の概念。

大属性として『天』『地』がある。

『天』属性の下位に小属性『風』と『火』。

『地』属性の下位に小属性『土』と『水』。


それ以外にどれにも属さない『無』属性が人種の使う魔術にのみ存在が示唆されている。

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