3章 紅き嵐の来訪 ①
「結婚しよう!」
その瞬間、周囲の時間が凍りついた。
***
「主上、お話があります」
「おん?」
彼女との最初の夜。
一仕事終えた俺が、さながら賢者の如く深遠なる思考に耽っていた時だった。
国の未来とか、死後の世界についての考察とか、なんかそんな感じの。
隣に居たオルフレンダが先ほどまでとはうって変わって、逆に言えば普段通りの生真面目な声音を急に発するものだから、少しばかり意表を突かれた。
目を向けてみれば慣れない事に体力を大きく消耗したのであろう、身体はぐったりとさせては居るものの、その黒に近い葡萄色の目は深刻な光を帯びていた。
彼女も賢者の領域に踏み込んだのだろうか?
「このような姿で申し訳ありません。ですがこのことは早いうちに主上に自覚を持っていただかなければと……」
「おう、言うてみ」
彼女は無駄な事を好まない。だからきっと本当に火急の話であるのだろう。
俺は鷹揚に頷いて先を促した。
「先日のお話で、妃は出来るだけ多く、主上の御心のままに娶るようにと致しましたが……やはり、お相手は慎重に選んだ方が良いかもしれません」
「ほう、どうしたんだ急に。俺を独り占めしたくなっちゃったか?」
「主上、申し訳ありませんが大事なお話です」
「お、おう……ごめん」
なんかすごい迫力でたしなめられた俺は、思わず居住まいを正してしまった。
「で、どうしたんだ改まって」
「主上、貴方の御力は強すぎます」
「ん? なんだ、どっか痛かったりしたか? ごめんよ?」
「そうではありません。今問題なのは主上の竜王としての潜在的な力、広義に言えば内魔力の強さです」
「おど……」
相槌の代わりにその言葉をおうむ返しする。
聞きなれない単語は繰り返しておくと話がスムーズになるのだ。
この場で講釈を乞うのはさすがに空気読めて無さすぎるだろうことくらいは俺にもわかる。
「内魔力は互いに契りを結ぶ際に、その総量が一時的に共有されます。今まで綺真様やファリャがお相手していたからこそ、この問題が露呈しなかったのでしょう。……そういう意味で、今夜私がお相手できて幸いでした」
「光栄だ」
「褒めているわけではありません」
「……で、つまり、どういうことだってばよ?」
どうやら本気で茶化している場合じゃないようだ。大人しく話を聞いてみることにする。
「内魔力の総量が共有されるということは、つまり一時的に普段以上の力を身に宿すことになります。同程度の力の持ち主同士でも倍になるのです。ところが主上の場合、御一人でも桁が違います。これほどの力……並みの器では到底受け止めきれません」
「受け止めきれないと、どうなるんだ?」
「わかりません。多少、限界を超えた内魔力を受け取るくらいであれば極端に肉体が疲労する程度でしょう……ですが、主上ほどの力をいきなり注ぎ込まれたなら、或いは肉体を保つこともままならなくなる可能性も」
「……というと?」
「契りが最高潮に達した瞬間、お相手が爆発します」
「なにそれこわい」
あらゆるジャンルのプレイで主導権を握れると自負している俺だが、さすがにそんなことになって興奮できるほどヤバくはない。
普通に怖い。
超怖い。
っていうかこえぇ……。
組み敷いた女が嬌声を上げたかと思った途端炸裂して、寝室に血と臓物がばら撒かれるとか確実にトラウマものである。
その心的外傷で俺のモノが起たなくなったらどうするんだ……王様廃業だよ!
「って、えっ、あれ、じゃぁお前は? オルフレンダ大丈夫? 爆発しない?」
「幸い、こうして無事なようです。一度平気であれば恐らく心配いりません」
「そ、そうなのか?」
「主上の御力を受けて耐えきれた者は、いわば潜在能力を最大限まで拡張されたようなものです。再度同じことをしても最初より危険は低いでしょう」
「ほう」
それは良い事を聞いた。
この夜が最初で最後と言うのはあまりにも惜しい。
オルフレンダは逸材だ。
その内に眠る素晴らしい才能を俺の慧眼はたった一晩で既に見抜いていた。それを失うような事があってはならないのだ。
いや、失わない程度で満足してはならない。
この才能はさらに育て、高め、昇華しなければならない。
彼女は弱気になっている。真面目な彼女は己の器を過信できない。
綺真やファリャでは表出しなかった問題を身をもって感じたことで逆に、力の差を実感し、同時に使命感という殻に閉じこもろうとしている。
俺の嫁ではなく、臣下の一人になろうとしてしまっている。
オルフレンダも立派に俺の嫁なのだ。
その厚く硬い忠義は嬉しい事だが、その為に自信や自負が揺らいでしまうなら、そういう展開はうまくない。
だが、良い事を聞いた。
諦めるのはまだ早いと教えてやれる機会がまだまだあるのだと、オルフレンダは可能性を示してくれたのだ。
もしかしたらそれを気づかせようとして言ってくれたのか?
俺の王としての器を信じ、託してくれたというのか。
ならば、答えてやろうではないか!
「ようし、ではもう一戦行ってみよう」
「えっ」
「安心しろ、期待には必ず応えて見せるぜ!」
「えっ?」
「だからお前も応えてくれ、もっと先があることを!!」
「えっ!?」
「さあ行こう、もっと先へ!!!」
──俺の見込みに、間違いはなかった。
彼女が示した可能性を、俺は十全に開拓したはずだ。
なにせ、結局。
あと一戦、程度では済まなかったのだから。
tips:内魔力とは、知生体が己の肉体と定義している器の内側で精製・保有できる魔力の事。
逆に、自然界に広く拡散している浮動性の魔力は広義的に外魔力と呼ばれる。