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2章 ファリャ ②


   ***


 俺は裸の王様ではない。ちゃんと服を着ている。

 もちろん最初からだ。最初というのはもちろん、ファリャの胸にダイブしたときからということだ。

 とはいえあまりイカした格好とは言い難かった。

 フード付スウェット上下という、あとは歯を磨いて寝るだけのスタイルである。

 過ごしやすいのはいいが、やはり王としては相応しくない。

 とはいえ俺が着替えなど持っているはずもなく、またオルフレンダ達も復活する竜王がこんなナイスガイだとは予想してなかったようで、丁度良い王の衣装など用意してなかったようだ。

 仕方ないので急いで仕立ててもらうこととなった。

 王の衣装を誂えるというのだからさぞ上等な仕立て屋が来るに違いない、と思ったのだが。


「ご主人様の御召し物、僭越ながらわたくしが仕立てさせていただきますわ」

「まじか、ファリャは何でもできるんだな……」

「何でもは致しません。ただご主人様の望むことだけを」


 うむうむ。まぁできるというのなら否やはない。謙虚な彼女がやるというのなら相当な自負があるのであろう。家臣の力を尊重してこそ君主である。

 しかしもしかして、この国はあんまり予算とかないのかな?

 やば、俺の国費、低すぎ……?


「さぁさ、ご主人様。採寸いたしますのでお脱ぎください」

「おう」


 ぽぽぽぽーーーーん!!

 目にも止まらぬであろう素早さで俺は着ていたものを脱ぎ捨てた!

 全部!

 解放感!

 自由だ!!


「では失礼いたします」


 言ってファリャは一糸まとわぬ俺の肢体を素手でさわさわと撫でまわし始めた。

 隅から隅までである。

 こそばゆい。しんぼうたまらん。


「はい、結構です」

「あれ? もう?」

「はい、わたくしはさっそく仕立てを始めさせていただきますので、ご主人様はしばしお寛ぎ下さいね」


 何かやや消化不良感が否めないが、仕方あるまい。

 俺のために作業をしてくれるのだから邪魔をしてはよくなかろう。その場でゴロゴロして待つことも考えたが、結局退屈に負けて外をぶらつくことにした。


 ──が、綺真によってすぐに部屋へ叩き戻された。


 出歩くならせめて下着くらいつけろと言うのである。「下着姿で出歩かれるのもちょっと……」と、通りかかったオルフレンダも冷や汗垂らしながら言っていた。

 みな頭が硬い事だ。

 そういうわけで仕方なく戻ってくると、既に作業に入っているだろうと思っていたファリャは何かを両手で掲げ持ってまじまじと眺めていた。

 それは良く見ると、俺が来ていたスウェットのパーカーだった。


「どうかしたのか? それに変なところでもあったかね」

「あ、ご主人様。えぇ、そうですね。とても興味深い御召し物です。わたくしの知るどの国の衣装にも、このような生地や縫製技術は伝わっていないでしょう」

「ほーむ」


 服のつくりなど判らん俺はもっともらしく唸ってみるしかない。

 しかし、ファリャの視線は言葉の割にあまり服のつくりを観察しているようには見えない。どうにもパーカーの首回り、いやフードの紐を凝視しているようだ。


「ご主人様、この紐はどういった役割の物なのでしょうか?」

「え、えぇと、確か引っ張るとフードの口が狭まって顔をすっぽり覆えるようになったりとか……?」

「それでこの頭巾のような部分の縁に紐が通っているのですね」


 たぶん、だいたいあってるはず。

 しかしどうしたんだろう。ここではそんなに紐が珍しいのだろうか?


「いえ、ただ……そうですね、こうして長い紐を輪にしている物に親近感があるのです。それがご主人様の御召し物にあることがとても感慨深くて」

「不思議なこと言うんだなファリャは。どうれ、貸してみ」


 そう言って彼女の手からパーカーを受け取ると、俺はフードの紐が出ている穴に指を引っ掻けて──「ぬん!」と、そのまま左右に腕を引いた。

 石造りの室内に布を引き裂く鈍い音が響く。存外気持ちよい感触である。


「ご、ご主人様……なにを」

「ほら、ファリャにこれをあげよう。何も持ってない今の俺からできる数少ないプレゼントだ」


 何せ今マッパだからな。

 差し出したのはフードの中を通っていた、例の紐である。両端に結び目が付いている以外に何の特徴もないただの紐だ。

 だが、そんな何の価値もなさそうな紐に向けたファリャの目には、堪えきれない渇望のような感情が確かに宿っていたのを俺は確かに感じた気がしたのだ。


「そんな、ダメです! 頂けません! わたくしはご主人様からこれ以上何かを頂いて良い身ではないのです!」

「大したもんじゃないぞ」

「ご主人様の御手から賜るだけでそこには大きな意味と価値があるのです」

「そう難しい事を言われると俺はよく判らんが、どうしてもいらんと言われるとここにはゴミが増えただけということになってしまう。勿体無かろう」

「それは……でも、」


 頑なに渋るファリャだが、完全に目が泳いでいる。

 どうしたものかと一瞬考えた俺だが、すぐにちょっとばかり意地悪な荒療治を思いついてしまった。俺は狡猾な暴君の才能もあるかもしれん。


「ああ、じゃぁいいよ。ここ放っておくから、俺が出したゴミだと思って後で掃除しておいてくれるか」

「え……あっ!?」


 言って手の中からするりと紐を床に落とすと、ファリャはそれが下に着いてはならぬとばかりに慌てて飛びつき、卵でも扱うかのように大層大事そうにその小さな両手に収めた。

 己の身も省みない腹から飛び込むダイビングスライディングキャッチであった。

 あまりの大胆な動きに、俺やや引く。


「う……うぐぅ……」

「お、おおう……ごめんよファリャ。そんな身体張らせるつもりなかったんだが」


 抱き起してやると、とりあえず怪我などはないようだった。

 その両手はまだ優しく、しかし強く閉じられている。


「それどうする? もうお前の手の中だ。捨てたければそれでもいいぞ」

「……そんなこと、できません」


 ゆるりと頭を振るファリャの目には微かに涙が浮かび、頬には朱が指していた。それは俺が初めて見る、顔全体を使った笑顔以外の、彼女の強い表情だったように思う。


「ご主人様からの恩賜、ありがたく頂戴いたします……生涯肌身は出さず、己の命よりも大事に致します。ほんとうに、本当に嬉しい贈り物です」

「……そうか、喜んでくれたなら何よりだ」


 ただの紐だぞ。と念を押したい気持ちは山々であったが、ぽろぽろと涙を流すファリャを前に、あまり無粋な言葉をかける気にもなれないのだった。


 しかしこんな紐を肌身は出さずとは一体どうするつもりなのかと思っていると、涙をぬぐって少しばかり考える素振りをしたファリャはおもむろに、己の背に垂らしていた何の飾りもない黒髪を左右の肩上から前に持ってきた。

 左右ふた房となった髪を胸元でまとめ、それを手にした紐で結わえて見せる。


 するとそこには、豊かな胸の谷間に抱かれた一匹の蝶が誕生していたのである。


 おう、その蝶俺と場所変われ。


「ご主人様、いかがでしょう?」

「いいな、可愛さ倍々だぜ。でもなんでそんな風に? 女が髪をまとめるのって頭の後ろとか横とかじゃないのか」

「だってこうすればいつでもすぐに見えるでしょう? ご主人様に頂いた、大事な宝物が」


 そう言って見せたファリャの笑顔は、控え目に言って──世界の何よりも美しかった。


tips:今回この王様、ほぼずっとフル〇ンである。

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