イトスギ
こんにちは、にとろんと申します。
今回も思いついたことを書きました。完璧とは言えないかもしれませんが、頑張って書いたので読んでやってください。
なお、題名にも使っているイトスギはヒノキ科の植物で、花言葉は「哀悼」です。作中では説明していないのでご注意ください。
それではどうぞ
青年はここが好きだ。
どちらを見渡してもたくましい木々が根をはっていて、その先の葉は日の光を様々な緑色に変えて青年のもとへと優しく届けてくれる。下に目をやれば苔むした倒木や岩があり、その近くには小さな花。遠くでは鳥の声がして、そちらを振り向けば湿った風が頬を撫でてくれる。そんなこの場所が青年は好きだ。
彼の容貌は白い肌に黒い髪、その少しつり上がった目には不思議な優しさがあり、薄い唇と細い鼻も相まってまるで絵の中の美人のようだ。黒いシャツの上から赤い刺繍の入ったジャケットを着て、足には周囲に合わない革靴をはいている。そして、その手には何本かのイトスギの枝があった。
青年が歩いていると、ふと周りから浮いた赤色が目にとまった。その赤色に近づくにつれ、だんだんと酸っぱいような甘いような臭いが強まってくる。大きな木の根にはさまるようにしてあったそれは一人の男だった。
「こんにちは、はじめまして。」
青年はその赤色の男に声をかける。どこか疲れたような、安心したようなその顔の口から永遠に返事はこないとわかると、青年は手に持っていた枝の一本をそのヒトの体の側に置いた。辺りを飛ぶ虫の羽音が青年の耳元でブンブンと鳴っていた。
青年は軽く一礼をして、また歩きだした。遠ざかっていく赤色が見えないように、真っ直ぐと、前を向いて。
革靴に少し苔がついて、風が先程よりも少し暖かくなってきた頃に倒木の上に座る一人の少女を見つけた。青年が近づくと、彼女はゆっくりと顔をあげた。
「こんにちは、はじめまして。」
もう見えない赤色へ送ったものと同じ挨拶をその少女へとかける。
「こんにちは、はじめまして。」
少女もオウムのように同じ文章を彼に返した。
「あなたも、ここで人生を終わらせに来たのですか?」
今度は少女の方から青年へと声をかける。
「いえ、私は終えられた方にこの枝を配っているのです。」
そういって青年が少女にイトスギの枝を見せると、少女は少し悲しそうな笑顔をして彼に言った。
「あなたは、優しい方なのですね。」
その無理やりねじ曲げたかのような目と口からは、全てを諦めたような哀しみと確かな青年への尊敬の念が感じられた。そして、少女は続ける。
「どうか、私が私でなくなっても、その枝を私に渡さないでもらえませんか?」
青年はその提案を不思議に思って質問する。
「よければ、あなたがこの枝を拒む理由を教えていただいてもよろしいですか?」
少女は少し考え、その質問へと答える。
「ええ、きっとこの話を聞けばあなたも納得するでしょうから。」
そう言って少女は話を始めた。
私はここから少し離れた場所の学校へ通っていた学生でした。と言っても卒業はしていないのですが。私には幼い頃からの親友がいます、彼女とは家が近かったこともあって生まれた頃からずっと一緒。小学校も、中学校も、そして高校も。お互い知らないことなんてなくて、相手のことを自分のことのように考えあっていました。そんな私たちが高校二年生だったある日、彼女から相談を受けました。好きな人ができたそうです。お相手はサッカー部のキャプテンで、明るい皆のリーダーのような人でした。もちろん私も彼のことは知っていて、すぐに彼女に協力すると約束しました。彼女はとても優しく、容姿も可愛い子でしたから、お似合いカップルだなあ、なんてその時は呑気に考えていました。私はひとまず、彼と交流をしてみることにしました。クラスも違って初対面でしたが、彼はサッカーのことについて質問があるなんていう私の嘘にとても丁寧に答えてくれました。そのままメールのアドレスを交換して、ある程度彼と仲良くなったところで私の親友を紹介しました。友人からの紹介でしたから、彼も何の抵抗もなく親友と知り合いになりました。親友は、私に何度もありがとう、ありがとうと感謝してくれました。そんな喜んでいる彼女の姿を見て私はとても嬉しかったですし、自分の計画が成功して満足でした。私は彼との連絡を少しずつ減らしていき、あとは親友が彼と付き合うのをサポートしていくだけだと考えていました。ここまでは何の問題もありませんでした。しばらくして、親友と彼女が休み時間にも会って話すようになって、あともう少しかなと思っていた頃です。彼から私への連絡が増えて、休み時間に親友が彼を私のもとに連れてくるようになりました。私からしてみれば三人で会話することは親友を彼にアピールするチャンスでしたし、喜んで二人に混ざりました。三人で過ごすようになってからしばらく経ったある日、私は二人にいつもとは違う場所へと呼び出されました。私が指定された場所へと行くと、そこには笑顔で私を迎えてくれた親友と、赤面した彼の姿がありました。私は早とちりをして親友におめでとう、よかったねと伝えました。今考えるとかなり残酷だったと思います。親友が私に違うのと説明をしようとして、何が違うのだろうと考えていると、彼から告白されました。彼から聞かされた内容は私の心をズタズタに引き裂きました。はじめてサッカーのことを質問に来たときに可愛い子だなと思ったこと、その後メールをするにつれてどんどん好きになっていったこと、なぜかだんだんと私からのメールが減り、不安になったこと。彼は、親友と彼を繋げるために彼に気に入られようとした演技の私に惚れていたのでした。そして、彼は私に告白をするために私の親友に手伝ってもらっていたということを私に伝えました。私はその場から逃げ出しました。何か親友から声をかけられたような気がしましたが、もう二人の方を振り向くことなんてできませんでした。私は、何も知らず、彼を騙して、親友を傷つけて、その二人に囲まれて、ヘラヘラと、笑っていた。なぜ気がつけなかったのか。どうしてこんな結果になってしまったのか。そんなことを考えていると涙が止まりませんでした。そのまま家まで走って帰って、不思議がる親を無視して自分の部屋に閉じこもりました。脳内にはあの親友の笑顔と最低な祝福をした私に説明をしようとしたときの彼女の悲しそうな顔が焼き付いて離れませんでした。それからどれだけ経ったのかわかりません。親から、私に親友が自殺をしたと言われました。もう私には流す涙も残っていませんでしたし、何も食べていなかったので吐くことすらもできませんでした。ただただ虚空を見上げ、ごめんなさい、ごめんなさいと呟いていました。すると、部屋のドアの隙間から一通の手紙が入れられました。親友から、私にでした。私は、たとえどんな憎悪の言葉が書かれていても受け止めなければならないと感じました。封筒に飛び付き、中に入っていた手紙を取り出しました。そこには、
「今までありがとう、言えなくてごめんなさい、大好きだったよ」
そう、書かれていました。彼女は、最期に私にありがとうと、ごめんなさいと、そう遺していったのです。どれだけ傷ついたのかもわからないのに彼女らしい、優しい言葉でした。私は、自分のことしか考えていなかった。彼女に嫌われることを恐れ、彼に嫌われることを恐れていただけでした。私は親に今までの経緯を書いた手紙を書いて、その日の夜に家を発ちました。
そして、ここに来たのです。そう少女は自分の過去を打ち明けた。
「ですから、イトスギだなんて私には似合いません。」
そう言って話を終えた少女に青年は言う。
「あなたはご友人のためを思ってそうしたのでしょう?あなたが気を病むことはない。」
「いいえ、彼女は私が殺したようなものです。それなのに自分のことしか考えられないような私なんて生きていても仕方ありませんから。」
意見を変えようとしない少女に、青年は優しく語りかける。
「あなたは厳しい人だ。それではあなたの残りの人生が要らないのであれば、私にくださいませんか?」
「消えようとしている女を口説くだなんて悪趣味な方ですね。」
少女は突然のことに少し驚いていたようだが、すぐに青年の誘いを断った。
「自分でもなぜかはわかりません。もしかしたら惚れてすらいないのかもしれない。ですが、今はただあなたが愛しい。あなたを失いたくない。」
一目惚れ、なのかもしれないしただの少女への同情かもしれない。しかし、自分の中から湧き出る根拠のない感情を抑えるには青年の理性と口は弱すぎた。
「たとえあなたが私を失いたくなくても私は親友を二度も裏切るわけにはいきませんから。」
対する少女の決意も青年の言葉で揺らぐほど弱くはなかった
「あなたはご友人の恋に協力するとは約束しましたが死ぬとは約束していないでしょう?」
はずなのだが、この言葉に少女の心が揺れる。
「そんな、私は彼女を……」
「ご友人は意中の方にあなたへの告白を手伝ってほしいと頼まれたときに断ることも、邪魔をすることだってできたはずです。それでもそうしなかった。」
「それは彼女が優しいからです!きっと我慢していたはずよ!」
少女の口調が乱れる。
「そう、彼女は優しいから我慢していたのでしょう。では、そんな彼女があなたに死んでほしいと願うと思いますか?」
「そうじゃないと彼女が消えた理由がないわ!」
「彼女からの手紙を読んだのでしょう?『言えなくてごめんなさい』あなたはこの言葉の意味を勘違いしていませんか?」
「あ………」
少女は見落としていた。親友の思い。あの時走り去って行く自分に向かって親友が叫んだ言葉。彼女も少女を傷つけてしまったと苦しんでいたのである。
「人の感情なんてそうそう簡単にコントロールできるものではありません。ここで私はコントロールできなくなってしまった方々の最期を何度も目にしてきました。ご友人を失った悲しみが消えることはないのかもしれませんが、それはあなたが死んでもいい理由にはなりません。どうか、生きてください。」
木々の葉から届く緑色が少し赤みをもち、青年たちに降りそそいでいた。
一人の老婆が子供と孫を連れて墓参りをしている。
墓を洗い、花を整え、線香をたてて手を合わせる。先に階段をかけ下りて行く孫とそれを注意する子の姿を見ながら、彼女は墓前にそっとイトスギの枝を置いた。
イトスギを読んでいただいてありがとうございました。一気に書いたので矛盾する点や読みづらい点もあったかと思います。すみません。今回は花言葉を調べていたことがこの作品を書こうと思ったきっかけでした。花言葉は面白いものが多いので、もしよろしければ調べてみてください。
また、青年がイトスギを配って回っているのは特に理由を考えていないので、もし機会があればその理由の物語もいつか書けたらなあと考えております。
それではまたいつか私の作品を見かけられたらお暇な時にでもおつきあいください。