喧嘩
彼女がすごい剣幕で僕に話しかけているけれど僕はそれが何を意味している言葉なのか皆目見当もつかない。マシンガンのように話す彼女は止まる気配がない。
「うん。聞いてるよ。」
とりあえず当たり障りのない返答をしてこの場を乗り切ろうとするも、彼女の追撃は止まらない。甚だ嫌気がさしてきて、僕の方からささやかに反撃を試みる。
「君は何に対して怒っているの?不満があるならはっきりと言ってくれないと僕にもわからないよ。」
言ってやった。
普段はほとんど言い返さない僕も今回ばかりは言ってやったぞ。これで少しは彼女も僕の話を聞いてくれるだろう。
彼が意味のわからない事を言ってきた。さっきまで私の怒りの内訳を懇切丁寧に伝えてきたはずだ。それなのにこの男は反省する色もなく、不満そうな顔でいるではないか。しかしそれも今の彼なら当たり前で、だからこそ腹が立つ。
「あなた私の話聞いてたの?」
さすがに普段より数倍も強い口調になってしまったが致し方ない。約束を破ったのは彼の方なのだからこれくらい許されるだろう。
あいも変わらず彼女は僕の話には耳も傾けず怒り狂っている。ここまでくると彼女の気まで狂ってしまったのではないかと心配になってきた。どうしてこうも一方通行な話になってしまうのか。どうやら彼女は会話のやり方も忘れてしまったようだ。
なんたる悲劇。
この男はいつになったら私の怒りを理解するのだろうか。もしかしたらこのまま一生わからないで終わるかもしれないという恐怖が私の中に生まれてきた。こうなった彼に対して何を話しても意味がないことは重々承知であるが、こうする以外の方法も思いつかないので私はひたすら怒りの言葉を彼に投げ続けよう。
さすがにおかしい。昨日まで彼女は僕と普通に楽しくお喋りをしていたではないか。それなのに今日になって急に訳の分からないとこを延々と叫び続けている。
いや、それにしても僕は何もしていないはずだ。今朝起きてから僕は絶対に彼女を怒らせるようなことは何もしていない。神に誓っていい。僕の身は潔白だ。僕は何もしていないではないか!
「しまった、何もしていないんだ。」
僕はやっと、今日は言語ゲームを始めていないことに気がついた。