表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔導士は酒を買う

作者: 風白狼

 大きな倉を前にして、女性が白塗りの壁を見つめていた。暗い金髪のその女性――ヘレは柄の長い武器を肩に担ぎ、考えるように唇を軽く叩く。

「この倉に住み着いた魔物の退治、でいいんですね?」

「はい。怖くて入ることもできませんで……退治できますよね?」

 ヘレの傍にいた、ふくよかな男性が心配そうに尋ね返す。ヘレは答えるかわりに、ついと手のひらを出した。

「300ペイ。これで手を打ちましょう」

 彼女の提示した金額に、男性が顔をしかめる。それは一度に支払うには大きすぎたからだ。が、仕方ないと諦めたのか、男性は表情を戻す。

「わかりました。ではそれで。……おい、用意を」

 召使いに言いつけ、お金の準備をさせる。それを見たヘレは楽しそうに笑い、また視線を倉に戻した。手袋を取り、武器の覆いを外すと、柄の先の刃が露わになる。それは平たく湾曲した刀身をもつ、薙刀だった。彼女は腰に提げた袋状の水筒を開け、刃に薄く振りかけた。澄んだ赤紫色の液体が薙刀を濡らす。余分を振り払い、ヘレは背筋を伸ばす。

「さて、いきますか」

 言うやいなや、彼女の青い瞳がきらりと紅に変わった。薙刀の切っ先を倉に向け、奥にいるであろう魔物の気配を探る。

「邪を払い、我が(しゅ)の元に浄化せよ」

 彼女の言葉に呼応するように、倉の周りに細い光が現れた。蜘蛛の糸に似たそれは倉を覆い、包み込む。倉が覆われてしまうと、屋根から何かが飛び出した。

「ギャオオオッ!!」

 奇声を上げ、逃げようと宙を走るのは異形。猿のような体つきと異様に大きな頭をし、大きな口から牙が覗く。それが住み着いた魔物であった。

「逃がさないよ」

 ヘレは切っ先を魔物に向けた。その途端、縄が魔物の体を縛り付ける。捕まえられた魔物はその場でもがいた。が、縄はほどけない。むしろ動くほどに絡まっていた。その間にヘレは地を蹴り、空中に躍り出る。家々の屋根よりも高く跳び上がると、薙刀を振り上げた。

「ザムセオスの名において滅せ」

 湾曲した刃が魔物の体を両断する。血しぶきはなく、切り口から魔物は消滅した。後には縄も光も消え、何事もなかったかのような光景に戻った。ヘレが地面に降り立つと、見物人から歓声が上がる。

「あっという間に退治してしまうとは、さすがだな」

「まだ若いのに大したもんだ」

 拍手と共にそんな言葉が聞こえてきた。ヘレはただ微笑んで、依頼主である男性に歩み寄る。

「それじゃ、300ペイお願いします」

「よ、よし。ご苦労様でした」

 硬貨の入った袋が手渡される。ずしりとした重さを確かめ、ヘレはまた微笑む。

「あ、ところで、この街にいい酒屋ってありません?」

 唐突な問いに、男性はしばし固まった。どういう意味かと訝しんだ後で、傍らの執事に指示を出す。命じられた執事はヘレに一礼した。

「ここからグランベニュ通りに入ってすぐのところにございます」

「ありがとうございます」

 ヘレはお礼を言うと、屋敷から去っていった。



 教えられた酒場に、ヘレは入る。内装は落ち着いた色で、堅牢な雰囲気がある。奥に置かれた樽からは酒特有の香りがした。ヘレは店内を見回し、店主に笑いかける。

「すみません、葡萄酒ってあります? できれば赤があると嬉しいんですが」

「ええ、ありますよ」

 店主は愛想のいい笑みを浮かべ、ヘレを手招きした。ある樽の前に立ち、コックをひねって中身を少し出してみせる。赤紫色の澄んだ液体が木の椀で揺れた。同時に、芳醇な果実の匂いも店内に舞う。

「どうです、いい葡萄酒でしょう?」

 店主は自慢げに酒の入った椀を見せた。それをのぞき込み、ヘレはそうですねと相づちを打つ。そして空の水筒を取りだして店主に渡した。

「できれば、それに入れて帰りたいんですが、できますか?」

「これに、ですか。少々お待ちください」

 店主は水筒を受け取ると、酒を量りながら注いだ。満タンになったところでふたを閉め、なにやら計算を始める。量った酒の金額を提示し、ヘレはそれを快く支払った。

「毎度あり」

 店主に見送られながら、ヘレは店を後にした。


 ずんずんと歩き、やがて人気のない場所までやってくる。そこは街の外れ、森の中だ。誰にも見られていないことを確かめ、ヘレは薙刀の覆いを取った。その切っ先を地面に当て、ガリガリと土を削る。大きな三角形を描き、さらに丸やら三角やらを複雑に描き込んでいく。それは大きく口を開けた怪物を表す紋章であった。完成すると、ヘレは薙刀を模様の真ん中に突き刺した。深々と地面に食い込んだ薙刀は手を離しても離れない。

 ヘレが手袋を外すと、たった今描いたのと同じ紋様が右の手のひらにあった。買ったばかりの葡萄酒をお椀に注ぎ、右手の紋様にかける。赤紫の液体は手からこぼれず、まるで紋様に吸い込まれたかのように消えてしまう。

「我が身に刻まれし契約印と主の葡萄酒を捧げ、呼びかけに応え給え――ザムセオス」

 ヘレは葡萄酒を、今度は地面に描いた紋様にかけた。土は葡萄酒を飲み込み、紋様が反応して光り始める。と、中心から黒い煙が立ち上った。それは見る間に形を取り、ドスンと紋様の上に立つ。現れたのは黒い肌をした、体格のいい男性に見えた。しかし額からは白い一対の角が生え、顔は三角形で耳も尖っている。動物顔の男、否、悪魔とでも呼ぶのがふさわしい格好だった。悪魔はじろりと紅の瞳をヘレに向けた。ヘレはそんな悪魔の前で恭しく跪く。

「ザムセオス様、どうか“対価”をお納めください」

 そう言って、彼女は葡萄酒が注がれたお椀を差し出した。ザムセオスと呼ばれた悪魔は椀を受け取り、葡萄酒を少し舐める。

「ほう、これはなかなかいい酒ではないか」

 悪魔は嬉しそうに息を吐くと、そのまま一気に飲み干した。舌なめずりし、物欲しげにお椀を掲げる。ヘレはそれを見てから立ち上がった。酒屋で入れてもらった酒をさらにお椀に注ぐ。悪魔は赤い酒が増えていくのを待ちながら、にやにやと口角をつり上げた。ヘレの頭からつま先まで、舐めるように見つめる。

「やはり、美味い酒は美人に酌してもらうに限るな」

「お褒めにあずかり光栄です」

 ヘレは気にしたふうもなく愛想笑いした。彼女にとって、このテのからかいは慣れた者だった。悪魔は彼女の反応を少し残念がる。

「何も世辞で言ったのではないぞ? わしは嘘はつかん」

「もちろん、それは存じておりますとも」

 ヘレは相変わらず、にこにこと笑うだけだった。それを一瞥し、悪魔は葡萄酒を飲み干す。黒い喉がひくひくと動き、やがて満足げなため息がこぼれる。

「ああ、美味い。やはり一仕事したあとの酒は良いな」

 悪魔は恍惚と頬を緩ませ、口の合間から牙が覗いた。その言葉に、ヘレはいたずらっぽく笑ってみせる。

「まだ、です。この“契約”がある限りは」

 言いながら、ヘレは右の手のひらを前に出した。そこに描かれた紋様を見せながら、悪魔ザムセオスに微笑みかける。ザムセオスもまた、にいと口角をつり上げて左手を出した。同じく描かれた紋様をみせ、手のひらを合わせて指を絡める。

「わかっているとも。お前は酒を献上し、その見返りにわしが力を与える――そういう約束だものな」

 愛おしむように言って、ザムセオスの姿が消えていく。体全体が実体を失っていき、やがて完全に見えなくなった。ヘレは一人、他に誰もいなくなった森で佇む。手袋をはめ、薙刀をしまって、さっと踵を返した。

「悪魔と契約してはじめて魔法が使える」という設定に心惹かれます。

が、対価を人間の魂とかにすると、どうしても暗くなっちゃうなと思って、こういう設定にしてみました。

 要望があれば、続きも書くかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ