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matataki

ここのところ、墓地が遊び場

作者: 大橋 秀人

瞬くと、秋風に揺れるススキの間に並び立つ墓石たちが僕を見下ろしていた。


空は晴れて、遠くで漂う雲はその場を動こうとしない。


僕は墓地を囲む塀に背を凭れ掛けて座る。


陽に焼けて乾ききった砂に木の棒切れでくだらない絵を描いたり、砂を集めて棒倒しをしたりして遊んだ。


墓地には基本、人はいない。


田舎の墓地だから尚更だ。


人が訪れることは一日の中でも稀で、誰も来ない日もある。


でも僕はここのところ、墓地が遊び場だ。


小学校や公園、ましてや家の中なんかよりは断然、墓地のほうが落ち着けるのだ。


「足元に気をつけなさい」


おばあさんが駆け出す子供を制して首根っこを掴んだ。


どこの家の子だろう。


幼稚園児だろうか。


ここら辺では見ない人たちだ。


僕はぼんやりとその老夫婦と恐らく孫であろう瑞々しい子供の様子を目で追った。


三人はこの墓地の中でも真新しい墓石の前に立ち止まる。


おばあさんがペットボトルに用意していた水を撒き、汚れている所も無いようなキレイな石を潤おした。


おじいさんは何も口を開くことなく、仰ぐように墓石を見上げ続ける。


遊ぶことをやめない子供は元気に花を手向ける。


キレイな女性はその様子を見て微笑む。


微笑んで、子供の頬にその手を添える。


すると子供は急に泣き出した。


女性は少し寂しそうに微笑む。


おばあさんは無理にその子の手と手を合わせ、墓石を拝ませる。


子供は泣き続ける。


足早に三人はその場を後にし、残された女性はその子の背を目で追っていた。



「おう、また来てやったぞ」


気が付くと五十代くらいのおじさんがスラックスのポケットに両手を突っ込んだまま少し古びた墓石に話しかけていた。


この人はこの墓地を最も多く訪れている人物に違いなかった。


おじさんは三日にいっぺんはこの地を訪れ、決まって少しケンカ腰に墓石に話しかけると五分もしないうちに帰っていく。


その様子を少し草臥れた、でもおじさんよりはだいぶ若い女の人が心配そうに見ていた。


「俺もお前に苦労かけたよ。若かったからいきがって亭主関白気取ってさ。でもよ、亭主関白だからってお前をないがしろにしてたわけじゃないぞ。亭主関白な夫だって、嫁は大事なんだからな」


そんなよくわからない理屈を並べ終わるとおじさんは花も手向けず早々に踵を返した。


ここにはいろんな人がくる。


それはひどく神妙な顔の人だったり、妙に清々しい態度の人だったり、心の在り処を忘れた人だったり・・・。



棒倒しをしていると、稀に極限まで砂山が削れるときがある。


僕はその今にも倒れそうな棒とその砂の抉れ具合を眺めるのが好きだった。


動くはずのない棒が、ある時あっけなく倒れた。


いつの間にか真向かいに僕よりだいぶ小さな女の子がしゃがんでいた。


キラキラした目で僕と棒を見比べていたが、


「こら!」


と怒鳴ると飛びのいてそのまま母親の足にしがみついた。


女の子は少し怯えながら、やはり興味を拭えない眼差しでこちらを見ている。


その背中にそっと手を沿え、母親は微かに頭を下げた。



陽が傾くと風が出てきて一気に冷えた。


昼間は気にならなかったカラスの鳴き声が妙に耳障りだ。


そういえば今日は珍しく母さんの仕事が早く終わる日だった。


久しぶりに2人で夕食を食べるのだと、朝、張り切って仕事に出て行った。


でも僕はあまり期待しないことにしている。


シフトはあくまで予定で、そんなものは簡単に無視され結局いつもと変わらない時間に帰ってくることなんてしょっちゅうだったから。


母さんが予定通りに帰らなかったとき、僕は先に夕飯を済ませてしまう。


一度、母さんが来るまで我慢していたときがあった。


喜んでくれるかなと思って。


でも、それは違った。


帰宅した母さんの顔を見たとき、僕は心底そのことを後悔した。


母さんがとても悲しい顔をしたから。


家に着くなり用意してあった夕食に手をつけていない僕を知ると、苦しいくらい抱きしめて、僕が見えないことをいいことに謝りながら泣いたのだった。



家族が2人になってから、僕は墓地を訪れるようになった。


始めは何の気なしに。


でも、そこを遊び場にしだしてから間も無く、なんとなく自分が人々に囲まれている気がしてきた。


良く見ると、ススキの間に並ぶ墓石の前に、何人かの人が立っていた。


気が付くと、小さな女の子が母親の元を離れ、僕の棒倒しを楽しそうに覗き込んできた。


そのほとんどが穏やかな顔をしている。


みんな死んでるけど、今は幸せなのかもしれなかった。


それならそれでいいんだ。


僕は父の墓を見上げて思う。


未だに墓石の前に人が立っていない。


父さんは今日も帰ってこなかった。


生きてるか死んでるかなんて、もうどうでもいいことだった。


僕はただ、父さんの顔が見たかった。


ここに来て、また一度だけでもいいから顔を見せてくれるだけで十分だった。


だって、死んでも落ち着ける場所がなく彷徨っているなんて、あんまりじゃないか。


だからさ。


だから僕は、今も父さんがここに来るのを待っているんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうだったんですね。この子が墓地で遊ぶのは。 普通なら幽霊を見たら怖くて近づかないですものね。 切ないですね。 仕事の合間に読んでみたのだけれど、目頭が熱くなってきました。なので、しばらく…
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