異変の始まり、関係の変異
お久しぶりです。
6話目ですね……私にしては展開の遅い話ですが、少しずつ終わりが見えてきた感じがします。
では、どうぞm(__)m
『今日未明、○○市にある高層マンションの13階から女子大学生が飛び降りるという事件が発生しました。女子大学生は意識不明の重体で――――』
テレビから聞こえるニュースキャスターの声に、千晃は思わず箸を取り落とした。
その女子大学生は、彼の通う大学の生徒だったのだ。
「自殺同好会」――思わずそんな名前が頭をよぎる。
この間活動場所を覗いたときに見えた、カッターナイフを握る少女の姿。
そして、その同好会を発足させた会長が赤刎 文――赤刎 編の前世であるという事実。
千晃はそういった騒動には首を突っ込まない質だったが、今回ばかりは文に問い詰める必要性を感じていた。
だが、彼はまだ知らない。
赤刎 文という幽霊が、編など比べ物にならないほどの狂人であること。
そして、この事件が思わぬ結末を迎えることとなるということに――。
少女は微笑んだ。
雛菊のように愛らしく、黒真珠のようにどす黒い笑みだ。
その少女――赤刎 文は問いかける。
「ねぇ、千晃くん。私のこと、編から聞けた?」
「ええ」
千晃は頷いた。
「文さん、貴方は編さんの一回目の人生での姿……ですよね?」
すると、文はわざとらしく目を丸くする。
「へぇ! あの子本当に話したのね。いつもはその話、嫌がるのに」
彼女はケラケラと楽しげに笑いながら、言う。
「愛されてるわね」
千晃は編のことが好きではなかったため、そんなことを言われても嬉しくなかった。
編は異常だ。
彼女の思考は千晃には理解できない――いや、誰にも理解できないだろう。
「ところで、」
そして千晃は、目の前の文もまた異常であるということを証明するべく質問を投げかける。
「『自殺同好会』で、貴方たちは何をしているんですか?」
突如、文の目つきが険しくなる。
「なるほど……貴方、思った以上に賢いのね」
面白くなさそうにため息をつくと、彼女は語り出した。
「活動内容はお察しの通りよ。自殺思案と、実践に向けた計画――まぁ、実行するかどうかは本人次第だけれど」
「何で、そんなこと……」
「簡単よ。編も常々言ってるでしょう?」
文は悪魔のような笑みを浮かべ、心底楽しそうに、聞き慣れた台詞を言ってのける。
「死ぬことは、この上ない幸せだからよ」
「アンタが赤刎 編だな?」
品のない男の声に、制服姿の編は笑顔で振り向く。
そこには柄の悪い男子高校生が数人、下卑た笑いを張り付けたような顔をして立っていた。
「見たことない制服ね。どなたかしら?」
「アンタを一昨日殴った奴、いたろ? アイツから報復してくれって頼まれたんだ。悪く思うなよ」
編は小考し、ようやく思い至る。
殴られたのはこちらなのに、なぜ自分が報復されなければならないのだろうか。
自分が言い返した内容は、思った以上に効果覿面だったのかもしれない。
「反省してるわ。だから――」
現在地が国道沿いの見知った場所であること。
自分がか弱い女であること。
鬼ごっこは割と得意なこと。
それらを考慮した上で、彼女は賢明な判断を下した。
「――さよなら!」
「おい、待ちやがれ!!」
その頃、千晃は家に帰る途中だった。
今朝報道されていた女子大学生は、恐らく「自殺同好会」のメンバーだったのだろう。
やはりと思う一方、どうしても信じられない自分がいる。
そんなことをして、文に何のメリットがあるのだろうか。
ぐるぐると考えていた千晃は、勢いよく走ってきた誰かと激突してしまった。
「「うわっ!!」」
自分と相手の悲鳴が重なる。
「すいません」
相手が早口で謝った。
その声に耳覚えがあるような気がして、再び走り出そうとする相手の顔を見やる。
「赤刎さん?」
長い髪を三つ編みにしたセーラー服姿の少女が、珍しく切迫した表情で振り向いた。
「千晃、くん?」
肩で息をしながら、編も聞き返す。
どうして急いでいるのか聞こうとしたが、それは怒号によって遮られた。
「大人しく出てこい、赤刎 編!!!!」
数人の男子高校生が走ってくるのが見えた。
千晃は考えを巡らせる。
編は彼らから逃げているのだろう。
だが、このままでは捕まるのは時間の問題だ。
そしてここは、自宅アパートの近所である。
編のことは正直好きになれないが、それ以前に彼女は自分の遠い親戚だ。
千晃は一つため息をついて、彼女の細い腕を引き寄せる。
「な、何を……」
「逃げますよ」
混乱する編の手を半ば強引に引いて、彼は自宅を目指して駆け出した。
ガチャリ、と重い音を立てて玄関の扉が閉まる。
すかさず鍵を閉めて、千晃は額の汗を拭った。
「しばらくここにいてください」
「……ありがとう」
廊下に座り込んでしまっている編が、ゆっくりと首を縦に振った。
千晃は立ち上がり、台所へ向かう。
戸棚からコップを2つ取り出して、冷蔵庫で冷やしてあったミネラルウォーターを注ぐ。
片方を編へと差し出しながら、彼は苦言を呈した。
「何でああなったかは敢えて聞きませんが……ほどほどにしないと早死にしますよ」
貴方にとってはいいことなんでしょうけど、と付け加えると、編は苦笑した。
「それ、最高に幸せだわ」
千晃は呆れて無言になり、中身のミネラルウォーターを一気に呷る。
もう1杯飲もうと冷蔵庫を開けると、編が立ち上がって近づいてきた。
おかわりが欲しいのかと思ったが、そうではないらしい。
「それ、お酒?」
彼女が指差したのは、ミネラルウォーターのボトルの隣。
そこには、未開封の缶チューハイが数本並んでいる。
「そうですけど……って、駄目ですよ? 高2でしょう、貴方」
「合計100年以上生きてるわよ」
「ババアですか」
「ひっどい」
編はおかしそうに笑って、静かな口調で語り出す。
「私ね、成人したことないの。どの人生でも短命でね」
言いながら、彼女は胸元のバッジを指で弄ぶ。それは、祖父の葬式の際に渡してきたのと同じデザインだ。
「文から聞いたかもしれないけど、今朝の自殺未遂の事件は文のせいよ。ここまで来ると緩慢な殺人ね」
苦々しく笑う編に、意外だなと千晃は思う。
てっきり、いつも通りの狂った持論を語り出すと思っていたのだ。
「殺人は嫌いですか?」
「当たり前でしょ。自殺も嫌い。私は老衰と病死しか愛せないわ」
千晃は納得する。気づいてしまえば何てことはない。赤刎 編は方向性が異常なだけで、誰かの死を悼むという点ではほかの人間と同じなのだ――文は違うのかもしれないが。
そう考えると、不思議と彼女に対する嫌悪感は消えてしまう。
「そろそろ帰るわね」
「あ、送りましょうか?」
自然と口に出していた。
編は驚いたように瞬きをし、ありがとうと言って微笑む。
その姿は、やはりごく普通の女の子のようだった。
いかがでしたでしょうか?
次回も読んでいただけると嬉しいです。
最後に一つだけ言わせてください――お酒は二十歳になってから。