優しくて脆い
5話目です。
番外編チックな話です。
では、どうぞm(__)m
「うわぁっ!!」
叫び声を上げながら、その男子高校生は後ずさる。
「ちょっと、何で逃げるの? 私は質問しただけじゃない」
狐のような癖のある笑みが、そう言った少女の顔に貼り付いている。
彼女は、この学校で最も恐れられている問題児だ。
だが、ブレザータイプの制服は全く着崩していないし、髪色も黒。
化粧もしていない。
個性的な部分は、髪を腰の辺りまで伸ばしていることと、校章の隣に自前のバッジをつけているところだけだ。
不良どころか、模範生徒らしい容貌。
それでも彼女が畏怖の対象とされている理由は、他でもない彼女自身の性格にあった。
「ねえ、貴方は自分がいつ幸せになれると思う?」
その少女――赤刎 編は、狂気を孕んだ柔らかい笑みを浮かべた。
赤刎 編は異常者だ。
その自覚は本人にもあるが、別段それが悪いことだとは思っていない。
彼女はただ、自分が正しいと思ったことをしているだけだ。
編は言う。
「人は辛いことがあると死にたくなるわよね。それはつまり、幸せになりたいってことだと思うの」
そして、こうも言う。
「文豪・二葉亭 四迷は『I love you』を『私、死んでもいいわ』って訳したそうね。彼はよくわかってるわ。この世の幸せを知り尽くしたら、さらなる幸せを求めてあの世を目指すのが当然だもの」
彼女を構成する人格のうち99%はその異常さでできており、同時にその思考の99%は死に対する愛で満たされている。
異常性の塊。
それが赤刎 編という人間だった。
そしてその編はというと、今男子高校生に語りかけているところだ。
「貴方はさっき、こう言ったわよね。『明日の放課後、校舎裏にある倉庫に一人で来い』って。ということは、貴方は明日まで生き続ける自信があるわけね?」
「え、いや、」
狼狽える男子生徒に、彼女は間髪入れずに話し続ける。
「可哀想に、貴方は明日も不幸なままでいることを当たり前だと思っているのね。井の中の蛙大海を知らず、ってところかしら」
「だ……黙れっ!!」
計り知れないほどの恐怖に翻弄されるまま、少年は編の右頬を殴ってしまっていた。
ほかの女子生徒と比べても一回りほど華奢な編は、呆気なく数メートル後ろに殴り飛ばされる。
「あ……」
後悔の念が、男子生徒の口から零れた。
編がゆっくりと立ち上がる。
さすがの彼女も表情を険しくして閉口し、口元の血を拭いながらこちらを見上げていた。
「わ、悪い……」
「――いいわ」
謝罪しようとした男子を制して、編は告げる。
それは免罪などではなく、彼女にしては渾身の罵倒の言葉だった。
「貴方はまだ、幸せにならなくていいわ。ギリギリまでこの世で苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで、死ぬ間際まで藻掻いてればいいのよ」
それだけ言うと、彼女はその場から去っていった。
足が竦んで動けなくなっていた同級生の少女を、ちらりと一瞥しながら――。
「どうしたんですか、それ」
千晃が尋ねると、編は困ったように笑った。
「高校で男子に殴られてね」
「え、赤刎さんって高校生だったんですか? てっきり大学生かと……」
千晃は素っ頓狂な声を上げる。
そこからか、と突っ込みを入れたくなったが、彼女にはできなかった。
高校生だと悟られぬように、毎晩わざわざドレスに着替えて押しかけていたのは自分のほうなのだから。
「2年生よ」
それでね、と彼女は続ける。
「質の悪い先輩に絡まれてる同級生がいてね。私は全校生徒に怖がられてるし、助けてあげられるかなと思ったんだけど――この様よ」
呆れられるだろうか。
そう思って見上げた千晃の表情は、驚くほど柔らかい。
「優しいんですね」
「は?」
今度はこちらが拍子抜けする番だった。
――優しい? 誰が?
「だってそれ、人助けでしょう?」
意外と人間らしいところもあるんですね、などと失礼なことを言う彼は、それでも素直に感心しているようだった。
そんな反応をしないでほしい。
だってこんな、こんなこと――。
「……赤刎さん?」
ほんの僅かにでも好意を向けられて、嬉しいと思ってしまっただなんて。
「死んでも死んでも完璧には死にきれない。『私』に囚われて、自分の人生を歩めない。その上、幸せになることに未練までできてしまうなんて――貴方は本当に可哀想な子ね、編」
セーラー服姿の少女が、闇と一体化するように静かに、電柱の上に佇んでいた。
彼女は愛おしそうに自分の半身の名を呼んで、狂った微笑を浮かべた。
いかがでしたか?
次回、ついに奴が動き出す――――かもしれません。←
読んでいただきありがとうございましたm(__)m