スタート
「おはよう。」
朝の陽ざしをバックに、私とお母さんの住んでいるアパートへ和臣君が私を迎えに来てくれた。
見上げる程高い身長。前に185㎝だと言っていた。私よりも28㎝も高い。
それに少し癖っ毛だけど、柔らかそうで、もともと色素の薄い髪。
くっきりめで、整った顔。
けれど、いつも柔らかく感じる雰囲気。
いつも通りに見ほれる程カッコいい和臣君。
そんな幼馴染だけど、本当の家族の様に感じていた和臣君と母の間で取り決められていたもしもの時の約束の実行のために和臣君は私を迎えに来てくれた。
これから私の新しい生活が始まる。
「ここが今日からお前の家。鍵は、これ。」
そう言って和臣君は私にかわいいウサギのぬいぐるみのついた鍵をくれた。
「ありがとう。」
そう言って私はそれを受け取る。
「よく決心したね。
心配はいらない。俺がついてるから。
それに、ここは大学からも病院からも近いからね。」
私はうなずいて和臣君を見上げる。
にっこり微笑んで見せる和臣君に、私は改めて深々とお辞儀をした。
お母さんと和臣君との約束。
それは、お母さんにもしもの事があったら、和臣君が私を面倒を見る。ということ。
お母さんの心労を減らす為に、ほとんど強引に約束を取り決めたと和臣君は言った。
けれど、それにすがるしかなかったであろうお母さんの心労のことを考えると、私は和臣君に迷惑をかけないように、それでも和臣君に守られている状況で生活していく必要があると思って、思い切って和臣君のマンションに居候する決心をした。
「本当にありがとう。
迷惑を掛けないように、するから。」
そんな私の頭をポンポンと叩くと、和臣君は優しく笑った。
「俺はお前のお兄ちゃんなんだから、迷惑なんて言葉は不必要。
それに、俺がそんなに甘くないって知ってるだろ?」
その言葉に、今までの和臣君とのあれこれを思い出す。
基本優しい和臣君。けど、決して甘やかすだけじゃない。
私が間違った事を言ったり、やったりした場合は、はっきり言って、容赦ない。
言葉も、行動も。
私は思わず真顔でうなずく。
そんな私に和臣君は声を出して笑い出した。
「じゃぁ、入ろう。
俊介も、居るはずだから。」
そうして、和臣君は私の手の中から鍵を取ると、何のためらいもなく鍵を開け、ドアを開けた。
「ただいま。」
大きく開け放たれたドアの中へ和臣君は私の体をグイっと押し入れた。
目の前に広がる思っていたよりもはるかに広く、そして、スッキリとした雰囲気の玄関。
ここが今日から私の生活する空間。
私はドキドキする胸に手をのせて、大きく息を吸った。
「さ、こっちへおいで。」
そんな私にリビングの扉を開いて和臣君が優しく微笑む。
私は再び大きく息を吸って和臣君の後を追ってリビングに足を踏み入れた。
大きな窓が部屋を照らして、明るい!広い!・・・すごい部屋。
何畳あるの!?
私は思わず和臣君を見つめる。
「広いだろ?
話していた通りリビングは共有、真央の一人部屋も有る。
俊介紹介したら、家の中、案内するから。」
私は言葉も無く、うなずく。
自分の部屋は本当にうれしい。
けど、部屋が立派過ぎて思わず気おくれしそう。
それに、何より、和臣君の同居者であり、これからは私の同居者にもなる俊介さんに上手く挨拶出来るか・・・緊張。
そんな私の心を見通して、和臣君が私の頭を優しく撫でる。
「話していた通り、人見知りで、気難しいけど、引きこもりだから殆ど部屋から出てこないし、食事も部屋で適当に済ましてるから、顔も合わすことも殆どないから。」
ちょっと苦笑いをしながら和臣君はそう言った。
なんだかそれも一緒に生活しているのに、寂しい気がする。
そんな事を思いながら、私は歩き出した和臣君の後をついて歩いた。
片付けられた広いリビングにある大画面のテレビ、ゆったりと座れそうな大きなソファーを横目に見ながらそこを横切り、一つの扉の前に立った。
和臣君は優しい笑顔で私に目配せをすると、扉をノックした。
・・・ちょっと待っても、返事は無かった。
けど、部屋の中で物音がし、足音が近づいてきた。
そして、ドキドキする私の目の前の扉がゆっくり開いた。
部屋の中は、真っ暗。
そんな扉の中から、見上げる程高身長のぼさぼさ髪の男の人が姿を表した。
扉の外が眩しいようで、顔をゆがめ、目を細めて不機嫌そうに立っている俊介さんは、見るからに寝起き。
そんな俊介さんに私は思わずひるんでしまい、思わず一歩後ずさりしてしまった。
そんな私の様子を苦笑いして見ていた和臣君は私の頭を再び優しく撫でてくれた。
「俊介、彼女が話しておいた俺の幼馴染の高木真央。今日から一緒に住むことになるから。
よろしくな。」
勿論私の事は話してあるはず。
そして、私が今ここに居ると言う事は、俊介さんも了解してくれている筈。
・・・なのに、この人は私の顔を一瞬見ただけで、さらに不機嫌そうな顔になった。
「高木真央です。
ご迷惑をお掛けする事も有ると思いますが、これからよろしくお願いします。」
思わず声が震える。
そして、沈黙!!
・・・泣きそう・・・なんて思った時に、和臣君が私の頭にポンと手を乗せる。
「俊、挨拶しろ。」
優しく撫でてくれる手が、私を慰めてくれて、涙を我慢できた。
「俺は宮田俊介。
よろしく、と挨拶する程関わりあう事も無いから。
とにかく、俺の生活に干渉しないでくれれば、勝手に生活していていい。」
言葉も出ないとはこんな時に使うのか・・・。
「無口で結構。」
無言の私に、口角を軽く上げ、少し満足げな俊介さん。
・・・私は、無口な方では無い。
「真央はお喋りでは無いけど、無口じゃない。
お前の挨拶に、言葉が返せなかっただけだ。
とにかく、今日から同じ屋根の下に真央がいる事だけは忘れない様に。」
和臣君の言葉に、俊介さんはため息をついて頷いて見せた。
「もういいか?
さっき寝たばかりだし、あと1時間後には打ち合わせがあるんだ。」
そんな俊介さんに和臣君は頷いて見せる。
「俺の方も進んでるから。」
今度は俊介さんが頷いて、扉は閉まった。」
「かなり変わった奴だけど・・・本当はいいやつ・・・って訳でもないけど、さっき話した通り引きこもりだから、殆ど顔を合わす事も無いはず。
とにかくあいつと上手くやるコツは、干渉しない事。
食事も風呂も、全く気にせずに、いちいち声を掛けない。
俊介の冷蔵庫は自分の部屋に有って、キッチンの冷蔵庫は殆ど俺しか使ってないから、冷蔵庫も、中の物も自由に使っていい。
和臣君は、そう言いながら歩き出し、俊介さんの隣の部屋を指さし次に自分を指さしてみせる。
俊介さんの隣の部屋が和臣君の部屋みたいだ。
「風呂もあいつは昼間に入ってるし、俺は本当に夜遅くに入るから、ゆっくり入れるよ。」
続いてその向かいの部屋を指さして、続いて私を指さす。
私の部屋みたいだ。
「自分で開けてごらん。」
言われて再びドキドキしながら扉を開ける。
部屋を開けると、明るい光を取り込んだ広い部屋が私の心をつかんだ。
「広~い!明る~い!!」
10畳以上!?
「12畳あるよ。」
私の反応を嬉しそうに確認すると、和臣君を私の背中をそっと押して私を部屋の中へ入れてくれた。
カーテンは、淡いクリーム色。
ベッドと勉強机、テーブルが備えられていて、テーブルの下には、少し濃いめのクリーム色のカーペットが敷いてあって。
部屋の隅には私が前もって送っておいた荷物が置いてあった。
「クローゼットはここ。」
立ち止まって部屋を見渡している私を置いて、歩き出した和臣君は両開きの扉を開けながらそう言った。
私がそっちに視線を向けると、そこに現れたのは、なんと、ウォークインクローゼット!!
「和臣君、この部屋・・・」
本当に、こんな部屋使っていいの?
話には聞いていた。
和臣君と友達の俊介さんが共同で立ち上げた会社。
ネット上で自分の作ったソフトを販売してるって。
その事務所兼、住居としてマンションを買ったって。
そして、私もそこの従業員となり、部屋というか、事務所の掃除や、簡単な手伝いをする事で、高い税金対策の一端を担えるからって。
「もともと空いていた部屋だから、気にしないで。
その分、しっかり働いて貰うから。」
ニヤッと笑った和臣君に、私は思わず駆け寄って抱き着いた。
「ありがとう、和臣君。
頑張るから、何でも言ってね。」
「どういたしまして。
けど、まずは新しい環境に慣れる事。
荷物解くの手伝うよ。」
「うん。」
新しい家、新しい同居人、新しい学校。
不安な事だらけ。
だけど、和臣君が近くに居れば、どんな事でも乗り切れる。そう思えた。




