Gathering Boys and Girls
1、
昼休み。
翔は芳城ヶ彩に一二個ある学区の内の一つ、第二学区までやってきていた。
学区の中では最も自然に溢れた地区であり、草木花々が生い茂っている。
パンフレットによると、中にはそうとう珍しい物もあるらしいが翔にはよく分からない。
さて、何故翔がそんなところにいるのかといえば、理由は一つ。アイと話をするためである。
本当は休み時間にでも捕まえて話をしたかったのだが、他の生徒に囲まれてしまって到底話をできなかった。
昼休みも当然囲まれるだろうと思ったので机の中にここに来るようメッセージを入れて先に来た次第だ。
『別にこんな人の少ない所にこなくても良かったけど…編入初日から僕と変な噂たてられたら可哀そうだしな…』
しかし、こんなところに呼び出すとはなんだか告白するみたいだなと思わなくもない。
そういえばユウマも結構この学区で告白されたと言っていたような。
やはりなんとなく自然があるということでムードがでるのだろうか。
『しっかし…自然にあふれているのはいいけど…』
何故学校内に山岳地帯があるんだぁ…? と翔は首を傾げる。
学校説明のパンフによると、ここは山岳地帯で登山も楽しめるし、山岳部などの部活動にも用いられていると書かれている。
さらっと書いてあったから最早流していただが、普通に考えて山岳地帯がある学校って…、
『やっぱりおかしいよなぁこの学校…!』
そしてその学校の理事長をやっている徳永家とはどれだけのお金持ちなのだろうか。
考えるのも嫌になってくる。
そんなことを思いながら翔がふと視線を横へそらすとそこに『野生の動物がいます。熊などには注意しましょう』と書かれている看板があった。
『…なんか昨日龍に襲われたせいか、熊ですら可愛く思えてくるよなぁ…』
そんなことを思いながら翔がぼーっとしていると、
「に、にゅああ!?」
「!?」
不意に、女の子の可愛らしい悲鳴が翔の耳に飛び込んできた。
声の音源は自分の後方の緑が生い茂ったところからだろうか。
ここで一つ注意をしておこう。天道翔は戦闘能力が低いくせに、困っている人を見ると放っておけない性分である。
そんな性格を持ち合わせている翔が当然その悲鳴を放っておけることも出来る訳なく、
「どうしました!?」
と、声の方へ走っていく。
もしかして、女の子が野獣にでも襲われたのでは。
そんな考えが脳内をかすめるが、翔は振り払うように走る。
例え自分が役にたたなくても、あんな悲鳴をあげた女の子を放っておくのはよくない。
そうして、尊敬する兄の優しさを見習って声の方へ向かった翔の視界に飛び込んできたのは――酷く衝撃的な光景だった。
「もー、急に飛びついて来たらビックリだろーっ」
「……………、」
自分と同じ年くらいの女の子が自分よりはるかに大きな熊と戯れている光景。
今翔が見ている光景を一言で説明するとそんな感じだろうか。
少女は先ほどの悲鳴からは想像できないくらいの満面の笑みで熊のがしがしと撫でると、
「もっふもふー♪ 偉いぞーっ♪」
『な、なんだこれ…!?』
おそらく、この熊は学校にいる野生の熊か何かだろう。
そしてこの少女は赤を基調にした豪華な制服のデザインを見るに、女子高…ミカアカの生徒だろう。
赤を基調にした制服とは反対に、少女の髪は鮮やかな青色だった。
若干クセッ毛なのか、肩まで伸びた髪が少しはねている。
熊を真っ直ぐ見つめて微笑む瞳は深緑の色彩で、優しげな目をしていた。
普通に見れば大人しそうなお嬢様なのだが…、
『何でそんなに熊と仲が良いの…!?』
熊の方もガウガウッと言いながら少女の頬にすりすりしている。
まぁ和む光景であるのは肯定するが、意を決してここまで来た自分がバカみたいだ。
「……ん?」
と、そこで初めて少女が翔の存在に気付いたらしい。
少女はハッとなると、
「ご、ごごごごごごめんなさいっ! こんなとこ見られて…び、びっくりしましたよねっ!」
「え? あ、いや、その、」
「あ、でもこの子全然良い子なんです! そんな人に危害とか加えませんから…だから無理に追い返したりしないであげてくださいっ!」
「え? あ、いや、落ち着いて…!」
3分後。
なんか勝手にパニックになった少女を落ち着かせることに成功した翔は既に徒労状態になっていた。
一方の少女は熊の頭を撫でながら「紛らわしい悲鳴ごめんなさい…」と申し訳なさそうにする。
「い、いや、大丈夫だけど…ミカアカのお嬢様が何でこんなとこで熊と…」
「あー、それはそのー、」少女はくるくると指をまわしながら、「こう、猫ちゃんがですね、いまして、それをおっかけて気付いたら森の中にー」
『結構あぶなっかしいぞこの子……!!』
なんかおかしあげたらほいほいとついていく小学生の子供のようだ、という印象を受ける。
見た目は高校生だが、中身は純真ピュアな小学生なのかもしれない。
…と、なんだか翔に言われたらおしまいなことを思われている訳だが、少女は気付いていない。
「あ、その制服シラヅキですよね?」
「ええ…まぁ」
「じゃあ、波音とかと一緒だー♪ あ、初めましてっ。私はミカアカ1年の橘亜里沙です。よろしくっ♪」
と言って、にこりと少女――亜里沙は笑う。
それよりも地味に気になったのは…、最初に出てきた波音というワード。
何だろう、昨日のアイといい今日の亜里沙といい、なんでこんなに波音の知り合いにばかり出くわすのか。
まぁとりあえずさらっとそこは流しておこう。
「あ、僕はシラヅキ1年、クラスはE組の天道翔です。よろしく♪」
そう言って翔が笑った瞬間。
亜里沙の笑顔が急にピタリ、と凍りついた。
「…て、天道くん…?」
「え…? あ、はい、天道です…」
「……光さんの…弟くんだよね…?」
恐る恐る尋ねてくる亜里沙に翔は「え?」と戸惑う。
なるほど、流石の翔にも少し分かってきた。
もしかすると10年前、兄、アイの組み合わせで良く波音、亜里沙の面倒を見ていたのではないだろうか?
そうするとそこの面々が互いに知り合いであることにもうなずける。
「あー…、」翔は少々反応に困ってから、「うん。僕は、光兄さんの弟」
「やっぱり…! そりゃ似てるよね…雰囲気とかがそっくり…! 光さんの方が格好良かったけど…!」
さりげなく最後の言葉が翔に突き刺さったが気にしない。
昨日からキツイ少女とばかり関わってきたので、これくらいの棘ではへこたれしないのである。
まぁ確かに兄の方がイケメンだったし(顔も性格も)仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
「えっと、亜里沙さんは兄の知り合い…なのかな?」
「――ええ、亜里沙と私は幼馴染で、どちらも光さんには面倒を良くみてもらっていましたから」
不意に割って入ってきた声に、翔の背筋がビクッと凍りつく。
聞き覚えのある声だった。というかむしろ、つい昨日聞いたばかりの声だった。
そーっと音源の方へ視線を向けると、そこにはまぁ予想通りというべきか――昨日であった少女、徳永波音が立っていた。
「あ、と、徳永さん…お、おはようございますッ!」
「なんです同級生に向かってその堅苦しい挨拶は。ビビりすぎです」
「まぁ波音ちょっと怖いからねー…仕方ないよね、翔くんっ」
「あ、はい…」
「待ちなさい亜里沙。そして貴方も何をちゃっかり賛同してるんです?」
ギロリ、と翔を睨む切れ長の瞳。思わずビクッとなると、亜里沙が間に入って「まーまー♪」とたしなめてくれた。
すると、どうやら亜里沙には弱いらしい波音は「はぁ…」とため息を一つこぼして翔から視線を外した。
何で昨日出会ったばかりの少女にここまでビビってんだろう自分…と情けなく思いつつも、翔はそっと安堵の息を吐く。
「あ、それで、徳永さんは何故ここに?」
「何故? 亜里沙と一緒にご飯を食べようと思ったら姿がなかったから探しにきたのですよ。フウにおよその気配を掴んでもらっていたので難なく探せました」
「…フウ?」
そこできょとんとすると、波音が「ああ…」と言ってから、
「昨日少々言っただけでしたね。私のパートナーである風を司る神の名前です」
「フウくんは人の気配読むのがうまいんだよー♪」
と、波音に続いて亜里沙もそのように言う。
へー…と翔は頷きつつ、翔は整理する。今の所出てきた属性が氷、風、そしで電光。
属性は全部で10のはずだから、要するにあと7柱の神々が存在しているという事だろうか。
「それで? あなたアイさんのパートナー承認したそうですね」
「うぇ!? あ、は、はい!」
「ですから何故私と話すときは緊張するのですか…。昨日私が言ったこと覚えてます?」
「あ…氷を司る神のパートナーになって協力してほしい、って件でしたっけ?」
こくり、と波音は声ではなく動作で返答をする。
そういえば昨日は色々ありすぎて若干記憶が薄い部分があるが、波音が最初に自分に話しかけてきた用事はそこだった。
とはいえ、協力といっても何をすればいいのだろう?
そう思って考えこむ翔を見て、波音は「ああ」と言ってから、
「別に協力って程の物でもありませんよ。……要は同盟を組もう、ということです」
「同盟?」
「ええ。アイさんはパーティーを止めたい、と言っていませんでしたか?」
「え、な、何で知って…!?」
「…いえ、アイさんの性格なら10年前の事を気にしているだろうなぁと思ったので…」
10年前? と翔が首をひねると、波音はなんでもないです、と返答してきた。
その表情から察するに、何でもないはずはないのだが…。
が、横で亜里沙がふるふると首を振っていたことから、これは聞かない方がいいだろうと思ったので特にそれ以上は言及しなかった。
「おっと、少し話がそれました」波音はコホンと咳払いをして、「実を言うと私も同じことを願っていましてね」
「…え? パーティーをとめたい、ってことですか…?」
「ええ。つまり、私達は全く目的が同じという事になります。ですから、不要な争いをしても意味がありませんし同盟を組みませんか、とまぁそういうことです」
なるほど…と翔は頷く。
というかこの少女は、まだ自分がアイに会う前からそんなとこまでわかっていたのか。
しかし、同盟…となると話は翔だけで決めていいものにはならない。
まぁアイも態々無意味に戦おうとする少女ではないだろうが、一応彼女の許可を得る必要があるだろう。
「えと、わかりました。…ただ、その今からアイさんもここに来るので来てからまた同じことを説明していただけますか?」
「もちろんです。こちらも多分その内フウが来るので、来てからまた話をするとしましょう」
と言うと、波音はフウの到着を待つように遠くの方へと視線を向けた。
2、
同時刻。
翔に第二学区まで呼び出されたアイはというと、
「……どこかしらここ」
膨大な敷地面積を誇る校内で見事迷子になっていた。
右を見て、左を見て、右を見る。なんだかまるで信号を渡るときのようになっているアイだが、結構本人は困った状態だった。
『私はあんま方向感覚とかには自信ないのよね…どうでも良いけどこの学校は広すぎやしないかしら…』
彼女が普段暮らしている天界もまぁ、相当な広さであることは言うまでもないわけだが。
ただ、周りに自然が生い茂っているのを見ると第二学区に来ているのは間違いないようだ。
『大体アイツもアイツよね…。右も左も分からない状態の私をこんなとこに呼び出すなんて…』
と、内心で愚痴をこぼすが、反応してくれる人は当然いない。
アイは少し黙ってから、「…アイツはこんな時私を置いてかなかったのに…」と呟く。
そこまで言ってから、アイはぶんぶんと何かを振り払うように首を振る。
『そんな事言ってられないわ…。大体、アイツが死んだのは……アイツとの幸せを壊したのは…』
「動くな」
「………!」
チキッ、と後ろから首筋に刀を突きつけられているのがわかった。
アイは一瞬戦慄してから、すぐに冷静な思考を取り戻す。
刀を突きつけているわりには、後ろに立っている人物からは何一つ殺気を感じない。
ということは、つまり。そこまで思考を巡らせてから、アイはふぅ…とため息をついて、
「……何の遊びよ? フウ?」
「あ、やっぱバレたか」
後ろでおどけた少年の声がすると共に、アイは「やっぱりか…」と息をついた。
刀が退かれるのと同時に後ろを見るとそこにいたのは見た目中学生くらいの少年だった。
少年の容貌は、所々はねている緑色の髪に深緑の瞳。生まれつき見えないという右目には海賊のように眼帯。
頭の上にはシルクハットを被っていて、肩には黒のマントを羽織った――もの凄く胡散臭い外見をしている。
風を司る神、フウ。神の中では比較的年少組の少年で、背もアイより低い。
「………、」アイはフウを一瞥してから、「…アンタ相変わらず胡散臭い外見ね。しかも暑苦しい」
「制服の上からジャケット羽織ってるお前に暑苦しいは言われたくないけどな」
むすっとした顔で反論するフウは、左手で風をかき集めると、渦巻きのようになった風の中に刀をいれる。
風を鞘の代わりにしているのだろうか。原理は分からないが、その動作によって刀は風と共に消えて行ってしまった。
「…で? もっかい聞くけど、」アイはフウの方をジロリと睨み、「どういう了見で私に刀を突きつけたのかしら?」
「え、いや、アイさん顔がマジになってて怖いんですけど? 年下のかわいいジョークだって…!」
なーにがジョークよ、と言いたげにアイはため息をつく。
まぁこの少年かなりのお人好しなのでやりたかったことは大体想像つく。
大方自分が元気ないところをたまたま見かけたから、こういうやりとりで元気づけよう…とでもいった魂胆か。
見え見えすぎる。やるならもうちょっといい方法をとればいいものを。
『ま、コイツのそういう心遣い…ありがたいっちゃありがたいんだけどね…』
基本的にロクな人格者が少ない神の中では、フウはかなり良識的な少年である。
そういった意味で、アイ的にもかなり接しやすい神の中の一柱であるわけだがそんなことを本人に教えてやるつもりは毛頭ないのだった。
「で、お前こんなところで何してんだ?」
「…ああ…パートナーにこの辺に呼び出されたんだけど…広いから迷ってね」
「へー、奇遇だな。俺もパートナーに呼ばれてここに来た。折角だから案内してやろっか?」
そう言って、にかっと笑うフウ。
なんだか年下に案内されるのもそれはそれで複雑なわけだが今回はまぁ仕方ないだろう。
そう結論付けたアイは「じゃ、お願い」と言って、フウの後についていくのだった。
と、いうわけで新キャラ風を司る神のフウくん…!
見た目は中学生ですが、中身は結構立派な少年ですよええ笑
一定の所まで行かないと活躍がなかなか見当たらないのですが…
作者的には結構お気に入りのキャラでもあるのでよろしくお願いします!
それではまた次回ー♪