Love Girl
1、
大きな窓から、爽やかな朝日が部屋にさしこんできた。
ピピピピッ…と目覚ましがなる音で翔は目覚める。
時計の文字盤が朝の6時をさしている。
「うーん…」
ゴシゴシと目をこすりながら、翔はなんとなく全身の気だるさを感じた。
いつもふかふかなベッドで寝ていたからか。
ゴツゴツした床の上に薄手の布団を敷いて寝たわけだが、なんとなく全身の関節が痛い。
ちなみに何故、ベッドではなく床に布団を敷いて寝たのか。
その答えは簡単で、彼のベッドにあった。
「………スー…スー…」
部屋の隅にあるフカフカなベッドをこの、実に可愛いらしい少女に占領されたためである。
普段の強気な口調からは想像できないくらい、可愛らしい寝息をたてながら彼女はまだ寝ている。
まぁ神にどれくらい睡眠が必要かは知らないが、まだ朝早いし寝ていても無理はないだろう。
昨晩この部屋にきた彼女は「自分が床で寝る」と言い張ったのだが、翔がそれを認めなかった。
流石に女の子を床で寝させるのは気が引けたし、ここは自分が譲るべきだろうと思ったからだ。
「………、はあ」
思わず漏れるため息。
とりあえず、ベッドの前にタンスやら何やらを並べて敷居をつくってはみたものの、これは由々しき問題だ。
「どうしよう…これは、もう戦い以前の問題だよ…」
兄さんも苦労したんだなー…と思いながら翔は頭を抱えた。
とりあえず、さっさと部屋を出て朝食を作らなくては、と翔は時計をもう一度見る。
そういえば今日は平日。まぁ高校生の翔は普通に学校があるわけだが…、
『ま、流石に学校にはついてこれないもんなー…』
ははは、と頭の中で笑いながら翔は部屋を出る。
この時翔は、タンスなどでつくった敷居のせいでアイの方をそこまで見ていなかったために気付かなかった。
アイが寝ているベッドの横に、見慣れた制服が置いてあることに…。
「……あれ?」
キッチンに向かう途中で、翔は首を傾げる。
キッチンの方から、実に美味しそうな匂いがしてきたからだ。
翔の家…天道家は結構お金持ちであり、母親が会社を経営している。
それ故に母は忙しく、この時間にも家にいないため、朝食などもいつも翔が作っているのだが…。
ちなみに父親は? と思うかもしれないが、翔の父親は特に何も働いていないが家にいるわけでもない。
母によると、「あなたのお父さんは自由な人だから海外を放浪してるわよ」とのことだ。
それで許せてしまう母親の寛容さに翔はいつも苦笑する翔なのだが。
「おーっ、翔くん起きてたんだ。おっはよーさん♪」
「お母さん…!」
キッチンに入ると、まぁ予想通りといったところか、翔の母親が珍しくエプロンをつけてキッチンに立っていた。
美人で、見た目も若く、そしてやり手の女社長である彼女の名前は天道美鶴。
翔と同じ栗色の髪をしていて、サラサラとしたその髪は肩に届くかギリギリくらいのショートヘアーである。
目は宝石のような美しい緑色の色彩をしていて、強い意志をもっているようなキリッとした目つきをしている。
そういえば、兄も結構目つきはキリッとしていて、母親に良く似ていたものだ。
翔はそんな、兄や母親の目が大好きだった。
「お母さん今日仕事は?」
「今日は午後から。珍しくオフデーなのだよーっ」
会社の女社長という立場からは想像できない程フランクな口調で翔と話す美鶴。
特に堅苦しいわけでもなく、だからといってガサツなわけでもない。
そんな母親を翔は気風の良い美人とはまさにこの人のことだろう、と評価している。
「で、まぁ久々に家に帰ってこれたしたまには母親らしく息子のご飯でも作ろうかとね。お弁当もつくっといたから今日は久々にお母様のご飯を味わうがいいぞ☆」
「折角オフデーなら休んでればいいのに…」
母が弁当を作っておいてくれたのは嬉しいが、久々の休みなら休んでほしい。
そんなことを思いながら、翔はエプロン姿の母へと近づいていく。
手元からはなんだか美味しそうな匂いがしていた。
「いーのっ。こう見えても気にしてるのよ? 息子を放任しまくってること」
「仕事忙しいなら仕方ないしね。大丈夫だよ?」
「…はぁ。翔は…大きくなってますます光という事が似てきたわねぇ…」
と、美鶴は天を仰ぎながらそうポツリと呟いた。
そうだろうか?
少なくとも、自分の記憶に残ってる兄は自分よりも遥かに立派なものだが…。
「よっと。これで出来上がりだぜ息子よっ!」
「おお! お母さんの手料理久々だねー♪」
なんだかんだ母親の味にはテンションがあがる翔。
目の前に広がる自分の大好きな朝食メニューに心が躍る。
翔が好きな物ばかりなのもそうだが、バッチリ栄養バランスも整えられているところが流石である。
「っていうか、お母さんはちゃんとご飯食べてる? また速攻栄養チャージみたいなのしか食べてなかったりとか…」
「まさか。健康第一のおかーさんがそんな体に悪い事しないわよー」
ひらひらと手を振りながら笑顔でそう言う美鶴。
それならいいのだが…なんだか色々心配である。今度弁当作って会社にでも持っていこうか?
そんなことを思うなんだか主夫スキルの高い翔であるが、これも育った環境故である。
「で? 翔は最近どう?」美鶴は少々不安げに、「何か…変わったこととかなかった?」
「うぇっ」翔はウィンナーを口に放り込みながら、「と、特に…何もないかな!」
ここ最近で変わったこと。そう言われて思い当たるのはもちろん昨日の出来事である。
しかし、まさか昨日神様に出会って戦いに参加することになりました、なんて言えるはずもない。
適当に言葉を濁す翔に対して、美鶴は少々訝しげな目をしていたがここはスルーだ。
「…まぁいいけど、アンタはお父さんや光にそっくりだから…あんま無茶しないでよ」
そう言いつつ、美鶴の目が後ろの棚の上に飾ってある――優しい笑顔で微笑んでいる兄の写真へと移動した。
10年前のあの日。光の死を悲しんだのは翔だけでなく、もちろん美鶴もであった。
バリキャリだった彼女が長く仕事が手につかず、塞ぎこむレベルまでいってしまったというのを翔は父から密かに聞いていた。
『そういえば、あの事があってからお父さんの放浪癖が悪化したよな…』
兄の死後。元から少し放浪癖のある父の放浪癖が以前よりもひどくなった。
今じゃほとんど家に帰ってこないし…何を考えているのかも全くわからない。
とはいえ、翔は普通に母も父も好きだから特に何も考えないようにしているのだが…、
『何か悪いことしてないといいけどなぁ…』
そう願わずにはいられないのだった。
まぁあの父親が悪い事をしてるとは考えにくいが……、
『そんなことしたらお母さんにぶっ飛ばされるだろうしなぁ…』
人一倍男前な母親の方を見ながらそんなことを思う翔。
どうでも良いが、自分の周りには男前な性格の持ち主である女性が多すぎやしないだろうか。
「なんか翔…今失礼なこと思わなかった?」
「うぇ!? そんなことないって…!」
「ならいいけど…」美鶴はジトーッと翔を見ながら、「ともかく無茶はしなさんなー? アンタに何かあったらみんな悲しむからね」
「……あー、うんっ」
何だか色々複雑な思いを抱えながら、翔は久々の母親の作った朝食を口にする。
理由は分からないけど、どことなく切なくてほろ苦い味がした気がした。
2、
「んーっ♪」
いつもより少し早く教室について翔は教室の後ろの席でぐっと腕を伸ばす。
ちなみにいつもより早くついた理由は、母が朝食づくりなどの家事を全て請け負ってくれたからである。
今日はお花を踏んづけてお墓をつくるなどといったこともなく、スムーズに学校につくことができた。
『ああ…昨日色々あったからなんだか平和に感じる…♪』
そんなことを思いながら、翔はほわーんと笑みを浮かべる。
澄み渡る青空に、差し込む暖かな日光。梅雨とは思えない爽やかな天気。
『ああ、全部夢だったらいいのに…』
正直、昨日の夜も朝起きたら全て夢になっていることを祈って寝た翔である。
しかし、その希望は朝、ベッドの上ですやすやと眠っている少女によって見事に打ちのめされた。
そういえば何も言わずにアイを置いてきてしまったけど平気だろうか?
『でも学校につれてくるわけにもいかないし…』
「何1人で難しそうな顔してんの?」
不意に話しかけられて、お? と翔は後ろを振り返る。
と、まぁ、声から大体想像していた通り、そこには新橋ユウマが立っていた。
「あ、お早うユウマ! 今日はちゃんと授業受けるの? 珍しいね」
「そりゃサボりたいのは山々だったんだけど…エリカに散々出ろ出ろって言われたからさ」
そう言われて、「ああ…」と翔は頷く。
エリカ、というのはユウマにとって義理の妹にあたる少女の名前だ。
義理の妹、というところに色々と含みがあるのだが…まぁそこは各家庭の事情という事で置いておこう。
「ユウマって…結構エリカさんには弱いよね」
「そう言われるとなんか心外だな…」
ふぅ、とユウマはため息をついてから席につく。
「そういえば、今日転入生がくるらしいって話知ってる?」
「転入生?」
この時期に珍しくないかな、と思いつつ翔はユウマの話題に乗る。
どうやらユウマも翔と同じところに疑問を抱いているようだった。
「転入生…っていうかまぁ編入生だよね。この学校の編入試験を満点クリアーしてきた天才だとか」
「ま、満点…!?」
翔は心底驚いた表情になるが、一方のユウマは涼しげな表情だった。
まぁユウマもユウマで頭が良いから無理もないのだろうが…それにしたって満点クリアーは凄い。
ここは名門校だ。勿論編入試験ともなれば、またレベルも跳ね上がる。
それをクリアーしてくるとなると……、
「…どんな化け物なんだろう…」
「イギリスの名家のお嬢様らしいよ。グラハム家って…知ってる?」
「海外の名家とかそんな詳しくないから…」
「そっか」ユウマは簡素に答え、「あの家に女の子がいたなんて初耳なんだけどな…」
と小声で呟いた。
小声だったので翔にはそこまで聞き取ることはできず、「なんか言ったかな?」程度のセリフだったが。
しかし、編入試験満点のイギリスの名家のお嬢様。
なんだかとんでもないキャラの女の子が転入してくるものだなぁ…と翔は思う。
とはいえ、そんなとてつもない女の子と知り合いになることもないだろうし、と他人事な感想を抱く翔であるが、彼はある事2つをすっかり忘れていた。
1つはアイが「神はパートナーの傍にいなくてはならない」といっていたこと。
そしてもう1つ…アイの風貌はどう見ても日本人のそれではない、ということを。
「ほーれ、おめーら席につけー!」
時間になると、今日もいい感じに豪快な女教師慶田瑞希ことよっしーが教室に入ってくる。
クラスのみんなも編入生の噂を聞いているのだろう。なんだかいつになくそわそわしていた。
『イギリスの名家だもんなぁ…そりゃみんなそわそわするよなぁ…』
そんな中、いつもと変わらずだるそうな態度のユウマが目に入る。
『ああ…ユウマはそんなのもお構いなしか…流石っちゃ流石だなぁ』
「んじゃ! みんなお待ちかねの編入生を紹介すっぞ野郎どもぉ!」
瑞希のテンションにあてられたせいか、みんな「うぉぉぉおおお!」と盛り上がりだす。
瑞希が担任だとこういう時に妙な団結感が出たりする。
イベント物の時とか強いだろうな、と漠然と思っていた翔だが、次の瞬間とんでもない物を目にしてしまった。
視界に飛び込んできたのは綺麗な銀色の髪に青い瞳。
黄色いリボンで銀髪を後ろで一つにくくり、何故か制服の上から暑苦しい黒のジャケットを羽織ったその少女は――、
「初めまして。アイ・グラハムと申します」
『どぅえええええええええええええええええええええええええ!?』
内心で絶叫するが、そんな翔の心境を察してくれる者はいない。
しいて言えば隣の席に座っている三つ編みおさげの女の子が「お知り合いですか…?」と声をかけてきているが、お知り合いどころかついさっきまで同じ部屋にいた少女だ。
「しっかし、アンタ日本語うまいわねー」
名家のお嬢様のこともアンタ呼ばわりする瑞希。権力にひれ伏すタイプではないのは知っていたが流石だ。
ちなみに実際はお嬢様どころではなくこの世の神様であるわけだが、そんなことはこのクラスの誰も知らない。
なんだか急激に面倒事が舞い込んできてしまった翔は朝の爽やかな気持ちから一転、一気に気分が鬱になる。
「一応幼い頃から色々と教育をされていたもので」
『どっからどう見ても育ちの良いお嬢様なのがまたなぁ…』
話し方も、仕草も、どれも1つ1つが丁寧で完璧なお嬢様なのだ。
そこに感心しつつも、しかしこの状況をどうしたものかなぁ…と翔はすっかり悩んでしまう。
「けど、グラハム家のお嬢様が何でわざわざ遠くの日本に?」
『ああもう! 何で面倒くさがりのくせにそんなにツっこむんだよよっしー…!』
普段なら適当に話題を切り上げる癖に何故かアイへはやたらツっこむ瑞希。
しかし、アイは特に困ることなく「ああ」と言ってから、
「ずっと家の中にいては自立できませんから。自分のことを自分で出来るようになりたくて、あえて家から遠くの日本へ。あと以前日本へ来たことあったんですけどとても素敵な国でしたので」
と、みんなが「おおー」となる解答をしたところでアイはにこりと微笑む。
まぁ見ている限りアイはかなりハイスペックな少女だ。というか神様だ。
翔がそんな心配しなくてもそうそう問題は起こさないだろうからいいか、と思考を巡らせたところで、
『はぁぁ…なんか…学校にすら安息がなくなってきたなぁ…』
「じゃあおめぇら! しっかり仲良くしろよ!」
「「はーいっ!!」
クラスメートがそう元気よく返事するのと同時に、翔は机に突っ伏すのだった。
連日更新やふーい!
ってなわけで、嵐の編入生いかがでしたか?
さて、今回の新キャラ…翔のお母様ですが、気風の良い美人です!
うん表現できてるか微妙なのですが…頑張りたいですね…!
この方も後々結構重要な役割を担ってきますのでよろしくお願いします♪
それでは次回の更新で!