パーティー【表】
1、
氷を司る神のアイ。
そう名乗ったのは小柄で痩せた――とても龍を一撃で蹴り飛ばせるとは思えない少女だった。
肩甲骨の辺りまで伸びている銀色の髪に、こちらを真っ直ぐ見つめる青色の色彩の瞳。
雪のように白い肌、日本人離れした小さな顔、と美少女の要素を羅列しまくった結果うまれた感じの容貌だ。
実際にフランス人形めいたその容姿は、人が普通に想像する美という物をなんなく凌駕していた。
おそらく通りすがりにこの少女が歩いていたら、その可愛さに翔も思わず振り返ってしまうだろう。
だが、1つ気にかかるのは、
『…どっかで見た事あるような……?』
こんな美少女、見ていたら絶対に覚えているはずなのだが…。
となると、テレビで似たような芸能人を見たとかその程度だろうか?
そんなことを考えていたせいか完全に無言になった翔を心配したのだろう。アイは首をかしげつつ、
「…どうしたの? ずっと黙ってて?」
「うぇっ」急に話しかけられたので翔は焦って、「あ、い、いや、な、なんでもないれすっ!」
盛大に噛んだ。泣きたくなるくらい盛大に噛んだ。
初対面の人の前でいきなり噛むという醜態に翔はかぁぁぁ、と顔が赤くなるのを感じた。
が、案外アイはなんとも思っていなかったらしい。何故か懐かしげな笑みを浮かべて「そっか」とだけ言った。
『気にされなくて良かったけど…良かったけどツっこまれないのもそれはそれで恥ずかしいんだよな…!』
果たして彼女の中で自分がどんな第一印象になっただろうか。
そういや、ユウマとも初対面の時に盛大に噛んで吹かれた記憶がある。なんなんだ自分は。
「…で、大丈夫? ケガとかしてない?」
「あ、」翔は制服の土をぽんぽんと払いながら、「…た、多分? 多少擦りむいたくらいかな?」
「そ。悪いわね。ジョンも悪気はないんだけどたまにおふざけの度が過ぎているというか…」
本当に名前ジョンだったのか。
というか、おふざけどころかどっからどうみても悪意しか感じなかったのだがあの金の龍はからは…。
そんなことを言ったところで、果たして神様と名乗る少女に通じるか疑問だったので特に翔は何も言わないでおくことにした。
「ジョンは一応ライのペットだからねー…、あんまライには懐いてないけど」
「………ライ、っていうと?」
「アンタをここに連れて来た金髪の男よ。電光を司どる神のライ」
あいつかぁ…!? と翔は思わず声を出す。
電光…ということは雷。つまりは、波音と一緒にいた時に突如電撃に襲われそうになったのも彼の仕業だろう。
要するに朝から今に至るまで、翔への悪意ある攻撃はほぼすべて彼の仕業という事だ。
ちなみにほぼ、とつけたのは途中波音からも攻撃を受けているからである。別に大したものではなかったが、地味に痛かったので一応いれておく。
「さて、」アイは一息おいてから、「アンタがどの辺まで掌握してるのか聞いておきたいわ」
「え? あ、今回の事をですか?」
「そりゃ他にないでしょ。…とりあえずここじゃあれだし、」
倒れている龍に視線をやりながらアイは適当にふむ、と考えだし、
「ちょっと場所でも変えましょうか」
とにこやかに言うのだった。
2、
Un foyer chaleureux
アイに連れてこられたのはお洒落な名前の喫茶店だった。
綴りなどから判断するに、フランス語か何かだろうか。意味まではわからないが。
「10年前はなかったんだけど。この町もお洒落になったわね」
そんなことを言いながら、アイは店への扉を開けた。
10年前もここに来たんですか?
そんな質問をしたかったが、結局することはできなかった。
10年前、と言った瞬間、彼女の顔が薄らと曇るのを感じたからだ。
「お帰りなさいー♪ 2名様でいいですか?」
店に入ると、綺麗な顔立ちのお姉さんが自分たちを出迎えてくれた。
店の外装を見た時に「普通のおうちみたいだな」と思ったが、内装もそれを意識しているのがよく分かった。
さらに客に「お帰りなさい」と言ったところを見ると、どうやら家のようなお店をつくろうとしているのだろう。
『でも、凄く温かくて良い雰囲気の喫茶店だな…』
あまり喫茶店とかはこないから知らなかったが、こういう雰囲気のところにはまた訪れてみたいものだ。
良いお店を発見したな、お母さんに今度教えてあげよう。
そんなことを思いながら、翔とアイは適当に日の当たる2人席へと案内されていった。
「結構メニューも充実してるのね」
うさぎやくまの絵が描いてある可愛らしいメニューを見ながら、アイはそう呟く。
手書きメニューだろうか? 字も実に可愛らしく、女の子受けの良さそうな感じだ。
「アンタ何がいい? 奢るけど」
「うぇっ!?」
まぁ確かに向こうが連れて来たのだからそういう流れになるのかもしれないが、初対面の女の子に奢ってもらうというのは色々どうなんだろうか?
男女の立場的に言うと自分が奢るべき立場である気がするわけだが………。
するとアイは翔の表情からその内心をなんとなく読んだのだろう。
ああ、と言ってから、
「別に気にすることはないわよ。無理矢理巻き込んじゃったお詫びみたいなものだし。もっともこの程度でどうこうなるとも思わないけど…」
「はぁ…」
相手がここまで言ってるのだから、ここは素直に奢られておくのがいいのだろう。
翔はとりあえず一番お手頃な価格のストレートティーを頼むことにした。
一方でアイはキャラメルラテを頼んでいたが…、甘党なのだろうか?
「さて」
アイは真面目な表情になって腕を組むと、
「じゃあ一応アンタには一通りの話しを聞く権利があるから話すわね」
と、話を切り出した。
義務じゃなくて権利だというならば、即刻ここから逃げ出したい翔なのだが彼女の表情を見る限りそれは無理な願いに思えてくる。
とりあえず話しだけは聞いておいた方がよさそうだ…朝の波音のこともあるし。
「まず、先ほど名乗った通り、私は氷を司る神のアイ…で、アンタのパートナー。ここはオッケー?」
「あ、はい。そこは今朝徳永さんから聞いたので…」
「…徳永さん?」
「はい、なんでも風を司る神のパートナーだかで…僕と同じ学校で…理事長の娘でもある徳永波音さんです」
その名前を聞くと、アイは少々複雑そうに表情を歪めた。
どうしたのだろうか? その疑問を口に出す前には、「そっか…」と何やら吹っ切れた表情に変わっていたが。
「えっと…アイさん?」
「ああ、ごめんごめん。久々に懐かしい名前を聞いたものだから」
懐かしい? と首を傾げていると、
「波音とは10年前地上に来た時に会ってるのよ。本当妹のように可愛がっていたわ」
「へー、そうだったんですかー」
波音のどこをどうすれば可愛がることが出来るのかは甚だ疑問だが、まぁ人間子供時代はそんなものなのだろう。
と、そんな何だか誰にとっても失礼な事を思いながら翔は心の中で勝手に納得する。
しかし、その話を聞くと微笑ましいエピソードだが…何故先ほどアイは複雑そうな表情をしていたのだろう?
「それで」こほんっ、と話を戻すようにアイは咳払いをし、「その波音にどの辺まで話を聞いた?」
「あーっと…、神様による戦いが行われているってこと、僕がそのパートナーに選ばれたこと、了承しないと死ぬかもしれないこと、参加するなら協力してほしい…って辺りですかね?」
指を折りながら今朝波音に言われたことを呟いていく翔。
ざっくりとまとめると、要は大体この辺だろう。っていうかこれだけを聞くために何で痛い思いをしたのだろうか。
「じゃあ、結構聞いてるのね。だったら私も率直に頼むわ」
と言って、アイは姿勢を正す。そして、真っ直ぐ翔の方を見つめて、
「私のパートナーになって。お願い」
思わず、ドクンと心臓が飛び跳ねるのを感じた。
女の子に真剣な目で見つめられただけでバクバクうるさい心臓に少々情けなくもなるが、
『こう見ると本当美人っていうか可愛いっていうか…はぁぁ…』
特に本人は意識していないのだろうが、多少翔の方が高い身長のせいもあって若干上目づかいになっている。
並大抵の男ならこんな美少女に上目使いされればイチコロ間違いなしだろう。
だが、頼まれていることが戦いに参加してくれ、であることを忘れてはいけない。
翔はポリポリと頬をかきながら、
「あ、ええと、僕…やっぱり戦いとかはちょっと…」
「………、」
やんわりと自分の意向を伝えてみると、アイはしばらく黙り込んでいた。
そして「そりゃそうに決まってるわよねー…」と小さく呟いてから、
「ねぇアンタ、おかしいと思わなかった?」
「え? 何がですか?」
「このパーティーよ。波音から聞いたと思うけどパーティーは既にもう何度も行われている訳」
「それが…?」
「こんな危険な戦いに毎回毎回10人もの参加者がいるなんて、普通に考えておかしくない?」
なるほど。言われてみればその通りだ、と翔は思う。
まれに戦い大好きな人などはいるし、興味本位で首を突っ込みたがる人もいるかもしれない。
しかし、神様の戦いなんて、下手したら命を落としかねない戦いに普通参加するだろうか?
それでも実際にパーティーは何度も行われている。それは、つまり――
「参加するメリットが何かあるんですか?」
そゆこと、と言いたげにアイがこくりと頷く。
「実はパーティーに参加して勝ち抜くと、何でも一つ。願いを叶えてもらえるのよ」
「な、なんでも…!?」
思わず大声を出すと、店の人たちの視線が一斉に翔へと注がれる。
あ、すいません…と謝りつつそもそもこんなところでしていい話ではないことを思いだした。
アイがボリュームを落とせ、とでも言いたいかのように人差し指を下へを向けていた。
「え、で、」翔はヒソヒソ話までボリュームを落とすと、「なんでもというと…?」
「言ったまんまよ。まぁこの戦いの主催者が誰かを考えれば合点がいくんじゃない?」
パーティーの主催者。それはつまり、この世の創造神たる全知全能の神。
確かにそこまで凄い神ともなれば、人間の願いを叶えることくらいは容易いことなのだろう。
それにそれくらいのものがなくては命を落としかねない戦いに参加しようなどとは思わないだろう。
「叶える願いは毎回パートナーと神の話し合いで決められるわ。…たまに自分の思い通りにならない相手に刃を突きつけるケースなんかもある…」
「………、」
「…もっともそんな理由もなく突きつけられるケースもあるけど」
最後の一言は、あまりにも小さい呟きだったので翔の耳に届くことはなかった。
しかし、アイの表情から何か苦しげな…寂しげな…そんな感情を読み取る事は流石の翔にも安易なことだった。
「……それで、まぁ…これは完全に私からのお願いなんだけど、」
「…お願い?」
「天道光」
「………!」
唐突に出てきたその名前に、翔の表情がいっきに険しくなる。
その名前を翔が知らないはずはなかった。何故ならその名は、
「な、なんで僕の兄さんの名前を知って…?」
天道光。翔より10個以上年上の兄の名前。生きていたら今頃立派な青年に育っていただろう。
強くて、優しくて、誰よりも翔のことを大切にしてくれていた大好きな兄。
そして、10年前に血まみれになって帰ってきた……今でも翔が追いつけることのない憧れのヒーロー。
そんな兄の名前がアイの口から出てきたことに、翔は驚きを隠せずにいた。
「…そりゃ知ってるわよ」アイは少し戸惑った表情をしてから、「光は10年前のパーティーで…私のパートナーだったんだもの」
「………え、」
10年前のパーティー。そういえば、光が死んだのは丁度10年前だった。
この2つが無関係であるとは到底考えにくい。ということは、つまり、
「……僕の兄さんは…パーティーで死んだ…?」
「………、ええ。光は…パーティーの戦いの最中……私の目の前で死んだわ」
アイが賛同したのを聞いて、「そんな…」と翔は声を漏らした。
でも、言われてみれば納得だ。
あんなに強かった兄が、いとも簡単に死んでしまうなんて翔にはどうしても信じられなかった。
しかし、兄が神々の戦いに参加していたとなれば。
今になって分かる事実と共に、翔はあの兄がいとも簡単に命を落とすパーティーへの恐ろしさが募っていく。
「その表情を見ると…パーティーの恐ろしさがわかったようね」
「……まぁ、あの兄さんが死ぬって事は…そうとう…」
「………ええ。10年前、私は光の死をきっかけに思った。この戦いは、あまりにも危険すぎると」
だから、とアイは続け、
「私はこの戦いを今回で終わりにしたい。終止符をうちたいの」
「……というと…、」
「今回の戦いを勝ち抜いて、パーティーを終わりにしてくれと願うってことよ」
パーティーの主催者はアイ達を創造した神によって開かれている。
では、パーティーを中止するためには?
その創造神に願うのが一番手っ取り早い。アイの考えはそういうことだろう。
「パーティーで勝ち抜くにはどうしてもパートナーの協力が必要になる。…アンタに迷惑をかけてしまうのは重々承知してるわ。でも、お願い。…これ以上私は、光のような被害者を出したくないの…!」
神々の争い。ただの暇つぶしで始まった残酷な戦い。
多くの神が悲劇を見て、パートナー同士で醜い争いをして、商品を取り合って、
―そんな残酷なこと、嫌だった。
それ以前に、関係ない一般人が勝手に巻き込まれて、これ以上死ぬなんてことがそう簡単に許されていいはずもなかった。
「お願い…。協力して……」
それはか細い声だった。
先ほど翔を助けた時の凛々しさからは想像できない程、か細くて繊細な少女の願い。
正直言って、翔は兄の光みたく強く誰かを守るほどの力は持っていない。
それでも――、
「…アイさんは優しいんですね」
「………、」アイは少し黙ってから、「別に…。ただの罪滅ぼしみたいなものよ…」
「僕は兄さんほど強くないし、役に立つかは分かりませんけど…、」
翔はにこり、と穏やかな笑みを浮かべながら、
「そんな僕でも良ければ…出来る限りの協力はさせてもらいます」
「…ほ、ほんとう?」
断られると思っていたのだろう。
アイの表情がパァァ、という効果音が似合うくらいに輝き、みるみると笑顔になっていく。
「ありがとうね…ほんとう…!」
「いえ♪ …でも本当僕で役に立ちますかね…?」
「そこは大丈夫。アンタのことは私が守ってくつもりだし…安心しなさい?」
と、先ほどまでの繊細さとは別に、また凛々しさが戻ってくるアイ。
なんだろうこのイケメンな少女。
なんだろう女の子にイケメンな表情で「守るから」とか言われている自分。
若干情けなさを感じながらも、翔はとりあえず「あはは…」と苦笑しておいた。
「こほんっ。で、さらに言うと神とパートナーは基本共同体。神にとってパートナーは力の泉。補給源。近くにいることで最大限の力を発揮できるの」
それ故のパートナーだからね、とアイは付け加え、
「だから私、アンタと一緒に暮らすわ」
………、HA?
その言葉で思わず、翔の表情がフリーズする。
流石氷の神は言葉だけでこちらをフリーズさせられるのかとか意味分からない方向に思考がとんだところで、翔は「えーっと…?」ともう一度アイに問いかける。
「まぁアンタの家の部屋を勝手に使うわけにもいかないし…とりあえずアンタの部屋に転がり込むから」
「ちょ、え、いやいや、待ってください…!?」
「何よ? 今までだってずっとそうやってたんだから良いでしょ?」
そうなの!? と翔は驚愕の色を表す。
どうやらこの神様にとってそれは当然のことらしいが、現代社会においては何一つ当然ではないだろう。
『えーっと…ってことは兄さんも10年前は僕に気付かれないようにアイさんを家に匿ってたということか…』
兄さんも苦労してたんだなぁ、としみじみ思いながら翔は遠い目をする。
なんだろう、パーティーとかの前にこちらの方が問題な気もしてきたのだが、
「言っとくけど、この辺はアンタに拒否権はないからね? …ってなわけで、よろしく」
「………はは、わかりました…。了解です…」
なし崩し的に決まっていく状況に翔はガックリと肩を落とす。
高校生デビューしておよそ2か月。
どうやら自分はなんだかとんでもない爆弾少女と出会い、非日常へと招かれてしまったようだである。
ひっさびさの更新でございます。
馬鹿野郎もう内容忘れちまったよ…! という方がいたら非常に申し訳ない次第でございます…!
とりあえず今は夏休みなのでまたバンバン書いていきたいのです…!
さて、今回はサブタイが今までと少し違う感じになっていますね。
勘のいい方はお気づきかもですが、表があるということは裏もその内…?
そんなこんなで翔の部屋に転がり込むことになったアイ。
今後どんな展開になっていくかお楽しみに♪ それでは!