Sea, See, She
1、
じわり、と汗がTシャツに滲む。
あっつ…、と思わず声を漏らすが今はその声に答える者は自分の他にはいなかった。
漸くそれらしいロッジを見つけると、新橋ユウマは玄関口に続く木の階段をゆっくり上った。
周りが緑に囲まれていて、ビルだらけの都会に比べれば断然涼しいのだろうがそれでも暑いものは暑い。
さっさと冷房の効いたロッジの中に入ろう、と思い少し速度をはやめて階段をのぼり、大きな木の扉に手をかけた。
「戻りましたー」
左手で顔をぱたぱたと仰ぎながら、ユウマは男子のロッジの扉を開く。
特に鍵などはかかっていなかった。まぁここにいるのが自分たちだけで、ましてや中に人がいるのだから当然といえば当然かもしれないが。
ユウマの予想通り、中は冷房がきいており、扉を開けた瞬間先ほどとは別世界に来たかのような心地よさがユウマを包み込んでいた。
返事がないので、更に奥へと進んでいくと、ロッジの中央にある机とソファで3人がくつろいでいた。
机にトランプが散乱している様子を見ると、ババ抜きでもやっていたのろう。暢気なものである。
「お、お帰り! 見つかったか?」
最初にユウマに気づいたのは桜澤だった。
彼は席からそっと立ち上がるとユウマの元へ歩み寄ってきた。
普段は決してスーツ姿を崩すことのない彼だが、今は自分の主が傍にいないためか、上着を脱いでネクタイも緩めていた。
「ええ、無事。さっきグラハムと一緒に女子の方のロッジに」
「なら良かった。あ、暑かったろ? 今飲み物いれてくるよ。麦茶でいいんだよな?」
ええ、と頷くと桜澤は素早くキッチンの方へ向かっていった。
ユウマの飲みたいものを大体承知しているのは、彼が僅かな期間とはいえ新橋家の執事をやっていたためだろう。
今は他の家に仕えていても、かつての主人の好みをしっかり覚えているあたり流石だな、と思いつつユウマは空席になっている翔の隣の席についた。
「あ、お帰り。無事見つかったんだね」
「まぁね。グラハムに手出さなかったから安心しなよ」
「うぇっ!?」
ユウマの一言に何を驚いたのか、翔は思わず手に持っていたトランプを全て机にばらまけてしまった。
ばらまけたカードの中に1枚、Jokerとかかれているトランプを見つけてしまい、ユウマは苦笑を零す。
とことんついていないというか、ドジというか…何にせよ面白い少年である。
「…人が増えたのはいいけど野郎4人でこのままババ抜きってのも味気ないよね」
と、もう既にあがっていたのか、トランプを一切手に持たない一夜がソファの肘掛に頬杖をつきながらぼそっと呟いた。
確かにまだ天気の良い昼だというのに、このまま野郎4人だけでババ抜きをやっていても、なんというか、花がない。
いや、というか、率直に言ってつまらない。
「そうですね…」ユウマは一夜の意見に賛同し、「それにこのメンツで続けてもこのまま翔がずっとババだろうしな…」
「え、なんでユウマ今のところ僕が全敗してるってわかるの…!?」
「そりゃこのメンツでお前が勝てるわけないって」
桜澤も一夜も、どちらも頭のキレる少年たちだ。
ましてや一夜に至ってはブレインとして、実際に事件の調査などに呼ばれることもあると聞く。
そんなメンツに囲まれた状態で、おっちょこちょいであり、何より致命的にわかりやすい翔が、ポーカーフェースの求められるババ抜きというゲームで勝てるわけがない。
そんな事は火を見るよりも明らかだ。
そう思っての発言だったのだが、当の翔は非常に不服そうな顔をしていた。
「1泊2日なんですし、もう海に行けばいいんじゃないですか? 明日はそんなにゆっくりしていられるかもわからないんですよね?」
丁度麦茶をもって戻ってきた桜澤に尋ねると、どういうわけか彼はにやりと笑みを浮かべる。
彼はユウマの前にオシャレなコースターと、綺麗なグラスにそそがれた麦茶を置きながら、
「…なんだ、お前もうそっちの方に悟り開いてるのかと思いきややっぱり女子の水着が見たいのか」
「この麦茶、頭からかけますよ」
「なんだよ、恥ずかしいことじゃないだろ男なんだから」
間髪入れずに返答をしたつもりが、向こうも間髪入れずに訳のわからない事を言ってくる。
眉間に皺を寄せたユウマだったが、ひとまず彼にかけるために使ったら勿体ないので麦茶は飲むことにしよう。
とりあえず一口、麦茶に口をつけてから、
「…大体俺はあなた方みたいに目当ての女子がいるわけじゃないんで。女子の水着云々なんて、どうでもいいですよ」
「どう思うよ、天道くん。こいつ。草食系というか絶食系だな」
「イケメンなのにこんなことばっかり言ってるんですよ、ユウマ」
「………、」
世間の女子たちが可哀想だなぁ、などという訳のわからない戯言も聞こえてきたがもう相手にする気力を失ったのでユウマは再び麦茶に口をつけた。
だが、先ほど言ったことは事実だ。
桜澤は明美がいるし、まぁ五十鈴もいる。
翔にはアイがいるし、一夜だって心和に気があるのは明白だ。
最初から予想はついていたが、このメンツでくるとどうしても自分だけ浮いてしまうのだ。
相手が決まりきっている女子ばかりの中で、そんな楽しみなど抱くだけ無意味だろう(元々確かに興味もないのだが)。
「でもまぁ、新橋の言う通りだろうな。それに俺もこのまま延々とババ抜きしてるのも飽きてきたし、」
と、そこで台詞を挟んだのは一夜だ。
彼は右手にスマホを持ったまま、長い親指でとんとん、と画面を押し、
「ってことだから、とりあえず女子勢には提案してみるよ」
2、
「ねぇみんなみんな! いっくんが海行こうぜーって言ってるー!」
女子ロッジの真ん中、ソファーの上。
はい! と挙手をするかのようなポーズで心和が提案をし、それに便乗するようにシャロンが「わーいいねー☆」と返事をしたので海行きが即決定。
各自、タオルやら水着やらを持って海に行く準備に取り掛かり始めた。
まぁ確かに明日帰るんだし今日行っておいて正解よね、と内心で思いつつ五十鈴も準備に取り掛かる。
先ほど戻ってきたばかりのアイと明美にとっては少し急な話だったが、まぁ折角のリゾート地だし良いだろう。
「ねーねー! ちなみに、みんなどんな水着持ってきたの?」
花柄のワンピースタイプの水着をじゃんっ、と見せびらかしながら心和が言った。
華奢で、可愛らしい彼女によく似合いそうなデザインの水着だった。
心和はふふーっと笑みを浮かべつつ、五十鈴の方をじっと見ると、
「五十鈴ちゃんとか大人っぽいからビキニとか着こなせそうだよね…!」
「い、五十鈴ちゃん…!」
刹那、五十鈴に衝撃が走る。
五十鈴ちゃん。なんと心躍る六文字だろうか。
同級生の女子に下の名前で呼ばれたのは初めての経験だった。
今まで女王とか、女王とか、女王とか、女王とか。まぁせいぜい呼ばれても名字程度だったというのに。
五十鈴ちゃん。まるで友達のような扱いの呼び方に、ときめきすら覚えてしまう。
それが嬉しくて思わず瞳をキラキラを輝かせていると、
「五十鈴様反応するとこそっちじゃないんじゃないかな」
と、シャロンに横やりをいれられて現実に戻った。
五十鈴はこほんっ、と咳ばらいをしてから、
「ま、まぁ確かに私はビキニ…だけど…。でもモデルの仕事に影響するといけないし基本パーカー着るようにするわ。日焼けしたら困るからね」
「モデルさんとかって大変だよねー。でも五十鈴ちゃん本当肌綺麗でいいなー」
「あっ、なっ、そっ、そういうあなたもなかなかよ!」
嫉妬とか、そういうのではなくて、真っ直ぐに褒めてくれるのが伝わる。
なんていい子なのだろう、と思いながら五十鈴は思わず笑みをこぼした。
やっぱり旅行に来て良かった。そう思って笑みを零していると、横でシャロンがにまにまと笑いながらこちらをじっと見ていた。
「…な、なによ」
「いやー? 嬉しそうにしちゃってなぁ、と思って」
「ってか! そういうアンタは水着、どんななのよ?」
さっきから1人だけ茶々をいれてばかりで、一切準備する気のないシャロンを指さして尋ねる。
彼女が持っているものと言えばレース地の日傘くらいなもので、さっきから一切着替えようとも荷物を持とうともしていない。
「ああ、私着ないよー。泳げないし、日焼けもしたくないからね」
へらへらと笑いながら告げるシャロンに、五十鈴は「え?」と首を傾げた。
なんだろう、今の発言におかしな点は特にないのだが、なんとなく違和感を感じた。
シャロンが泳げない、というのが五十鈴的には結構意外だったのだ。
『へぇ…、こいつにも苦手なこととかあるのね…笑顔でなんでも出来ちゃうタイプかと思ってたわ』
旅行に誘っておいてなんだが、五十鈴はこの少女に関しての詳しいことはほとんど知らない。
知っているのはクラスの委員長であること、そういえば2年の男子たちが可愛い1年がいると騒いでいたこと、成績がクラストップであるということ。
別に仲良くなくても知ることの出来る事ばかりだ。
例えばどこに住んでいるのか、家族はどんな人なのか、苗字からしてハーフなのか、などといった事は何一つ知らないのだ。
『…不思議。何も知らないのに、私なんとなくコイツは自分と同じような感覚がしたのよね』
いや、性格や何かはむしろ真逆なのだが。
そうではなく、根本的な何か――それが一致しているような、類似しているような、そんな勘。
『…ま、今後知っていけばいいんだけどね』
聞いても答えそうにない彼女を横目に、五十鈴は続いて残る1年生の方へ目をやった。
「そ、それで? 1年生組はどうなの?」
「ふぇっ!?」
勇気を出して話しかけてはみたものの、急に年上に話しかけられて驚いたのだろうか。
メガネをかけた、いかにも委員長というような見た目の少女は何故か自分の手元を五十鈴を交互に見ながら、
「あ、わ、私は…全然…ふ、普通な…やつ、です…」
「明美ちゃんまさかと思うけどスク水とかじゃないよね? その容姿でスク水はマニアックなことに…」
なんか話しかけたのを申し訳なく思うくらい怖がられていたが、シャロンが仲裁に入るように会話に参加してくれたお陰で彼女の表情が少し和らいだ気がした。
雰囲気を緩和してくれたことには感謝する…のだが、その茶化しはどうなのかと思いつつも、少々五十鈴も同様の不安を抱いてしまう。
が、どうも彼女は言っていることが分からないようで、きょとんとしてから、
「最初はそうしようと思ったんですけどお母さんに止められて…」
「良かったね、正解だと思うよ」
今度もシャロンが間髪いれずに答えた。
そ、そうなんですか…? と首を傾げる明美だが、シャロンの言う通り正解だろう。
あの見た目でスク水は、なんというか、うん。
それ以上はもう何も考えないようにしようと思い、五十鈴は今度はアイの方へ視線を向けた。
「そ、それでっ。あなたの方は?」
こちらは横の少女とは対照的に先輩に話しかけられたからといって怖がったりしている様子はなかった。
…まぁ最近転入してきたらしいし、自分が女王と呼ばれていることも知らないのだろう。
彼女は特に驚くこともなく、ただきょとんとした表情のまま、
「…私、持ってきてないわ」
「「「え!?」」」
その言葉に、一斉に視線がアイの方へ突き刺さる。
海なのに何で!? と皆が驚く中で、彼女は彼女で驚かれた事の方が意外だったようだ。
と、横でシャロンが凄く楽しそうな笑みをしているのがわかった。
短い付き合いだが、なんとなく五十鈴には理解できた。これは間違いなく、何か企んでいる笑みだ、と。
「えー、でもアイちゃん? 折角の海なのに水着着ないなんてもったいないよー?」
そう言いつつ、シャロンがアイの方へ近づいていくと、アイが警戒するように「何よ…」と呟いた。
警戒すればするほど、シャロンの笑みはどんどん輝かしさを増していた。
彼女はにまーっと笑ったままアイの目前まで歩みを進めた後、五十鈴の方へ振り返ると、
「ね、五十鈴様! この島勿論水着とかも売ってるんでしょ?」
「え…、まぁ…一応」
わー。なんて楽しそうな笑み。
もうここまで来たら、勢いで突っ走るシャロンを誰も止めることは出来ないだろう。
シャロンは「よーしっ」と楽しそうに言うと、再びアイの方へ顔を向け、
「じゃ、みんなでアイちゃんの水着見繕ってあげるね☆」
「………、は?」
アイは呆気にとられたような顔をするが、もう遅かった。
「わーいいね! アイちゃんの水着! 可愛いのにしよー!」
「えーでも大人っぽいから可愛い系じゃなくてもいいんじゃないかな?」
「え…、あの…」
シャロンの提案に心和がのり、事態は既に収拾がつかない方向へと向かい始めっていた。
このコンビが暴走を始めたことにより既に拒否権を失ったアイは、この10分後には島の水着を売っているお店へと連れ込まれていくのだった。
3、
ざーんっ、ざざーんっ、と波打つ音が聞こえる。
そんな中で、翔はキラキラと目を輝かせながら、両手を広げて見せた。
目の前に広がる、空との境界線が分からなくなるくらいの美しい青。
「お、おおおおおおおおおおおおこれが海かぁ…!」
「え、翔…。海見たことないの?」
初めて生で見る海にテンションがあがっている翔に対して、ユウマは冷静だった。
相変わらず潮風を受けた状態のまま、ないよー、と言うとユウマが少し意外そうな顔をしたが、実はちゃんとした理由がある。
「うち、お母さんカナヅチなんだよね…」
「ああ…なるほど…」
ほぼ母と2人暮らしである翔にとって、母がカナヅチだった場合海に行く機会などすべからく失われるといっても過言ではない。
中学時代友達などと行く機会も無論なかったわけではないが、いかんせん友達全員女子との関わりが薄い奴で女子もいないのに海にいくなんてつまらんと却下されてしまった。
そりゃまぁ確かに上半身裸になって男たちだけできゃっきゃしても楽しくないのは翔にも理解出来たが。
「で? その浮き輪やらなんやらは初めての海にテンションあがった結果ってわけか」
ユウマの言う通り、現在翔の手には浮き輪やら水鉄砲やら、海で遊ぶに十分な装備が整っていた。
格好も水着にパーカーと、今すぐにでも飛び込めます! といった服装で来ている。
というか、今回の旅行の荷物の7割は海のために持ってきたものだ。
そんな翔を見て若干呆れ気味に言うユウマに対して、少しむすっとした表情をし、
「ってかユウマはむしろなんで普通に私服きてるの? 海要素ビーサンくらいしかないし」
「…入る気なかったからね」
………、なんという塩対応。
普段以上の適当な応対に翔はふっ、といい笑みを浮かべて両手を構えると、
「ふんっ、私服で来たこと後悔させてあげるよユウマ…! 塩でべとべとになるが良い…!」
「お前の体格と力で俺を海に突き落とせると思ったら大間違いだからな」
「冷たい笑みでひどく馬鹿にされた……!」
そりゃあ確かに身長も体格も力もユウマには適わないのは翔が一番良く理解している。
それにしたってもう少し、翔の海デビューのテンション的にのってくれてもいいというのに。
何かおかしいなぁ、と思ってユウマの方をちらり、と見ると、
「そいや、女子用水着売ってるみたいだけど着なくていいの?」
「なんでスルーして女装を勧めてくるの!? 大体水着の女装とかハイレベルすぎるよ…!」
いや、やっぱりいつも通りだった。
全力でNOと意思を示す翔に対して、そうかな、とユウマは呟く。
彼はイケメンな顔立ちを最大限利用した感じの良い顔で、翔の肩に手を置くと、
「お前ならできるよ、自分を信じろって」
「………良い顔と良い声でいってごまかそうとしても無駄だからね!? 大体セリフの根幹にあるのが女装ってなんなのさ!?」
「ま、実際気持ち悪いから見たくないけど。お前細そうに見えて意外と体格しっかりしてるし」
「じゃあ勧めないでよ、相変わらず人をからかってばっかなんだから…!」
「……お前ら2人、仲良いな」
ギャーギャー言い合いをしていると、突如横から声が割り込んできた。
翔と同じく、水着にパーカーといつでも泳げそうな状態の一夜である。
だが、相変わらずメガネはかけたままだった。泳ぐまで外さないのか、泳ぐ気はないのかは不明だ。
「あ、後藤先輩」
「後藤だとたくさんいるし、下の名前でいいよ。そいや、さっき聞こうと思ってたんだけど新橋って確か委員会一緒だよね」
「あ、そうですね。図書委員です」
「へー、委員会一緒なんだ!」
ユウマが図書委員なのは知っていたが…、そういえばあまり仕事をしているところは見たことない気がする。
そもそもあの学院の図書館は非常に膨大であり、図書委員もそれなりに大変なわけで。
面倒くさがりなユウマが図書委員というのはなんだか少々意外なわけだが…。
「新橋、本好きなの?」
「あ、いえ、普通です。面倒臭かったのでその辺の適当な委員会に」
「やっぱりそんな理由だったか!」
先述の通り、膨大な図書館であるが故に図書委員が楽…ということは一切ない。
が、確かに他の委員会に比べて無難といえば無難ではある。
ちなみに翔は美化委員に入っているわけだが…、今はその話は割愛しておくとしよう。
「コイツ本当に変わらないんですよ」
と、今度は一夜の後ろからひょっこり桜澤が現れた。
彼はこんなくそ熱いというのに、相変わらず青を基調にした執事服を身に纏っていた。
しかし、そんな中でも相変わらず笑顔を絶やさない辺りは流石プロの執事というべきなのだろうか。
「昔っから面倒臭がりでしたよ本当。三つ子の魂百まで、ですかね」
「あ、そういうこと言うんですか? …明美にバラしちゃおうかな桜澤さんの凄いチャラかった時代」
「やめろよそれは!? 黒歴史!?」
やっぱり元主従コンビ仲良いなー、と思いながら翔は2人のやりとりを見つめる。
それから少々首を傾げて、
「桜澤さんやっぱりチャラかったんですか?」
「やっぱりって何ですか天道くん!?」
「初めて見た時なんとなくチャラそう…っていうか、ホストみたいだなぁと…」
「抜けきってないんだな、お前のチャラさ」
翔の正直な言葉と、最終的には一夜の言葉が止めになったのだろう。
桜澤は頭を抱えながら、ため息交じりに地面に蹲ってしまった。
「ってか俺も気になるんだけど桜澤のチャラかった時代。教えてよ、新橋」
「ああ、中学の時サッカー部でそれなりにモテてのたで寄ってくる女の子に端から端まで手を出して――、」
「もうやめて!?」
「……桜澤先輩」
「………、最低だな」
「みんなして俺をいじめるのやめろよぉ…!?」
翔に苦笑気味にみられ、一夜のストレートな言葉に完全に心が折れたのか、桜澤は今度こそ頭を抱え込んでしまった。
しかし黒歴史と思うくらいなのだから、今はしっかり1人の女性を想っているということだろう。
それならそれで良いのではないだろうか、と思ったわけだが、彼の中ではそういう問題ではないのかもしれない。
「おい、ユウマ。本当に明美にだけはいうなよ…?」
「ああ…、まぁ言わなくてももう知ってると思いますけどね。雰囲気で感じてるかと」
「なんでだよぉぉおおおおおおおお」
……なんだか少し可哀想に見えてきた。
先輩相手にそんな同情を抱いていると、ぬっ、と翔達の後ろから1つの影が現れた。
「…何してんのよアンタ」
その凛とした声ですぐに誰かわかる。五十鈴だ。
恐らく水着は来ているのだろうが、パーカーのチャックを全てしめているのではっきりはわからなかった。
だが、パーカーを羽織った状態でもスタイルの良さが見て取れることだけは確かだ。
そういえばモデルをしていると聞いていたが…、なるほど、流石に常人とは違うオーラが漂っている。
「あ、お嬢様」
「そんなところで蹲ってる暇があるなら、日焼け止め塗って頂戴」
「そうでしたね。あっちにパラソルをたてておいたのでそちらで」
先ほどまで項垂れていたのに、主が現れたら即仕事モードに入るのは流石である。
五十鈴をつれてパラソルの方へ案内する桜澤の後姿を見送っていると、続いて一夜の肩をとんとん、と叩く人物がいた。
「いっくん、いっくん! どうかな、私の水着!?」
じゃんっ、と見せびらかすように一夜の横に現れたのは心和だった。
華奢な彼女はワンピースタイプの水着を着用しており、それは勿論非常に似合っているわけだが、見せられている一夜はというと一切表情を変えないまま、
「…あー、うん。毎年恒例の花柄の水着ね。うん、似合ってる似合ってる」
「何それ、いっくん本当適当っ!」
「だって去年も一昨年もそれだったし。高校生なんだからもう少し大人っぽいの着ればいいのに」
「大人っぽいの…」
そう言われると心和は桃の色彩の瞳を自分の水着姿に視線を落とし、しばらく黙り込んだ。
それから、きゅっ、と両手を握った状態で、
「大人っぽいの着たら……、大人に見てもらえるのかな…」
と、小さく呟いた。
何だか意味深な発言だ。そう呟く彼女の頬は少し赤く染まっている。
それに対して、一夜はふぅ、とため息をついてから
「………、まぁ元々のスタイルがお子ちゃまだからどうだかね」
「あー、またそういう意地悪いう! いっくんの馬鹿!」
ぽかぽかと両手を振り回してくる心和に対して、一夜は心和の頭を軽く手で押しながら「はいはい」と冷静だ。
それは非常に仲慎ましく、ほほえましい光景であるわけだが、翔は少し首を傾げて、
「…ねぇ、少し疑問なんだけど、あの2人って付き合ってるの…?」
「何でそれを俺に聞く」
同じやり取りを一緒に見ていたユウマはふぅ、と一息ついてから、
「…付き合ってはいないんじゃないかな。幼馴染っていうならあんなもんでしょ」
「……、そ、そうかなぁ…」
自分の幼馴染というと栞菜がそれにあたるが…、まぁ彼女は年下だし妹みたいなものに近い。
それに離れていた期間も多いから、通常の幼馴染というのとは少し関係性が違うのかもしれない。
しかし、
『…今の発言からすると、ユウマにも幼馴染がいるんだろうけど…』
ちらり、と翔は横目でユウマの方を見る。
まただ。また、何かを憂うような、そんな悲しそうな表情をしている。
仲良くなってから、たまにユウマはこういった表情を覗かせることがあった。
そして、この表情をしている時は大体何も聞かないのが吉だ。
『……、やっぱ気のせいじゃなかったか。さっきから妙にこっちのテンションにのってこないと思えば…』
明美を探しに行って帰って来た時から、そういえばどことなく元気がないように見えた。
その短い時間の間に何かあったのだろうか。
「………、」
翔は少し黙ってから、右手でぽんっ、とユウマの背中をたたいた。
叩かれた方のユウマは少しきょとんとしていたが、翔はにっと笑って、
「ほら! 海に入らなくても遊びには参加だからね! ビーチボールとかやろ!」
「………、」ユウマはきょとん顔の後、少し笑って、「…仕方ないなぁ」と呟いた。
その笑みに、また答えるように笑ってから、翔はおや? と疑問に思った。
五十鈴に、心和。そしてよく見ると明美もこのビーチに来ているというのに、どういうわけかアイの姿が見当たらない。
そもそも彼女は水着をもっていかないと言っていたし、着替えなどの準備に時間がかかるとは思えないのだが……、
「あの、心和先輩」
まだ一夜にぽかぽか攻撃を続けていた心和だが、翔が話しかけると笑顔で、「んー? なぁに?」と返答してくれた。
「アイが見当たらないんですけどどこに…?」
「ああ、アイちゃんっ! アイちゃんなら…」
そういって心和が指さす方を視線で追うと、少し離れた場所で、私服に日傘を差した状態のシャロンが誰かの手を引こうとしているところだった。
翔は首を傾げながらそちらへと歩み寄っていき、
「…シャロンさん?」
「あ、翔くん、いいところに! アイちゃんがみんなのところに出ようとしなくってさー。代わりにつれてきてよ」
話しかけられると、シャロンは何故か一瞬にやっと笑ってそういってきた。
一瞬のそのにやり笑いが何か企んでいるような笑顔だったので、翔は少し恐怖を覚えたのだが、すぐに疑問を覚えた。
「…みんなのところに出ようとしない?」
なんでまた、と思って翔はシャロンの方に近づいていった。
翔が近づいてくると、やはりシャロンは面白ように再び笑みを浮かべて、
「はい、じゃ、バトンタッチね」
と言って、翔の手に軽くタッチをして去っていった。
へっ? と首を傾げる翔だったが、どうやらシャロンは完全に答える気がないらしい。
なんだ…? と思いつつ、翔は右手で頭をかきつつ、翔は壁の後ろ――恐らくアイがいると思われる場所を覗き見た。
「…んと…、アイさーん?」
声をかけると、自分の3歩先。
どういうわけか、砂浜にしゃがみこんだ状態の銀髪の少女がいた。
こんなに暑いというのに相変わらず黒いジャケットを羽織ったままの彼女は、呼んでもこちらへ振り返ろうとする気配すらなかった。
「もしもーし…?」
「………、何よ」
ようやく返事が来るも、やはり振り返る気配はなかった。
「折角の海だよ? こんなところに蹲ってたら勿体ないって」
「………、」
「もー、ほら、こっちおいでってば」
意地でも自ら動こうとはしないので、翔はそう言いながらアイの腕を引いた。
それと同時に、アイが羽織っていた黒のジャケットが地面に落ちる。
「………!」
そこで気づいた。
どういうわけか、そのジャケットの下は着てきた私服ではなく、――白色の水着だったのだ。
「………、へ」
水着を持ってきていなかったことを知っている翔は、今の出来事が予想外すぎて面食らってしまう。
一方で、見られたアイは顔を少し紅潮させてから再びジャケットを羽織って立ち上がると、
「そ、その…私は着ないって言ったのよ…! なのにあいつらが…!」
あいつら、というか先ほどの様子から見てほぼシャロンのせいなのだろう。
内心でぐっじょぶ、と思いつつも、顔に出したらアイが余計嫌がりそうなので「そっかー」とポーカーフェースを貫くことにしておいた。
「でも、凄い良く似合ってたよ? 一瞬しか見えなかったけど」
「………、」
ほめると何故か凄く冷たい目で睨まれる。
が、頬が少し紅潮した状態の今のアイに睨まれても、翔には痛くも痒くもなかった。
「あ、そうだ。海に入るんだったら髪の毛邪魔だし…、結ぼうか?」
そういって、笑いながらアイの頭に手を乗せた瞬間だった。
ぱしんっ、という小気味の良い音が響いて、翔は宙を舞っている自分の手に驚いた。
――アイに手をはたかれたのだ、という認識が出来たのは、しばらく沈黙した後だった。
「………、え…?」
翔が驚いたのと同時に、アイも目を見開いていた。
「あ……、えっと…」
彼女は、何故か気まずそうに視線をそらすと、珍しく言葉を濁らせていた。
どうして。
そう聞こうとして、翔は首を振った。
「あー…、ご、ごめん。急に触ったらびっくりするよね。…あ、ほら、海行こうよ! 綺麗だからさ…!」
「え……、う、うん…」
それ以上、アイが何かを説明することはなかった。
翔も、それ以上何かを聞くことはできなかった。
『……、なんで…?』
ただ、疑問にならない声は、翔の頭の中だけを駆け巡る。
何度尋ねても、わかるわけがないのに。ただひたすらにその言葉を繰り返す。
『……アイ……?』
4、
みんな楽しそうにわいわいやっている。
きっと今なら、少し離れたくらいばれないだろう、と明美は思った。
元々あのメンツの中では自分はかなり目立たない方だ。一瞬いないくらいなら平気だろう。
そう判断し、彼女はみんなの方から少し遠ざかり、何か建設中の建物の後ろに隠れた。
いそいそと手持ちのポーチからケータイをとりだし、ある番号へかけようとしたところで、
「よっ、明美」
頭上から声が降ってきた。
「…!」明美は少し驚いてから、彼を見て、「レンくん…!」とその名と呼んだ。
それは今、丁度電話をかけようとしていた人物だった。
目の前に現れたのは炎のように燃える色の髪に、灼眼の瞳を持つ少年。
すっかりリゾート気分なのだろうか。
アロハシャツにお花のネックレスまでつけて島を満喫しているようだ。
年齢で言えば小学生くらいに見えるこの少年。しかし、実際は明美よりもはるかに年上である。
「……す、すごく夏満喫してますね…」
「天界じゃこうも楽しめねぇからな。こっちにいる間にはっちゃけておかねぇと」
「はぁ…」
思わぬ登場に少し面食らいつつ、明美は自分の三つ編みに右手でいじる。
緊張した状態で相手と話すときに出てくる癖だ。
「っていうか、な、なんでここに…」
「お前頭よさそうなのに記憶力悪いのか? 言ったろ、パートナーは基本傍にいなきゃいけねぇって」
「す、すいません…」
いや、それは覚えていた。
覚えていたが、明美が聴きたいのはどうやってきたのかとかそういったものを含めた質問だったわけだ。
そんなことより、といいながらレンはぺろっと舌を出すと、
「上手くやったもんだな。アイと友達になったのか」
「………え?」
一瞬。レンの言った言葉の意味がわからず、明美は固まってしまった。
そんな反応を見て、レンの方は眉を訝しげにひそめると、
「…は、お前知らずに友達になったわけ?」
「…い、いえ…。そうだろうとは思ってました…けど…」
「けど、ってなんだよ? 怖気づいたなんていうなよ?」
友達になりましょ。
そういった時の、アイの笑顔が脳内に浮かぶ。
別に怖気づいたわけではない。そうではないのだけど、でも、
言葉にしようとすると上手く出てこなくて、目の前の少年の目を見たまま、黙り込んでしまう。
が、
「ちゃんと協力しろよ明美」少年は、それを見越したように笑みを浮かべると、「お前の家のためだろうが」
一言。
ただ、その一言で、明美の目が見開かれた。
彼女は言おうとした言葉を飲み込むと、少年から目を反らし「協力って…いっても…」と小さく呟いた。
「別にそんな難しいことをやれとは言わねぇ。お前にこれをやる」
そう言いながらレンはひょいっと何かを投げてきた。
緩やかな曲線を描きながら明美の手元に落ちてきたそれは、――手錠。
テレビなどで、警察が持っているのしか見たことがない物だったが、それとは美しさが違った。
明美が今手に持つそれは、テレビで見る物とは違い、銀色に光り輝いていたのだ。
まるで、――あの少女の髪の色のように、美しく輝いていた。
「…こ、これは…?」
「ある神具だ。お前はどこかのタイミングでアイを誘い出して、それをつけろ」
「あ、アイちゃんにこれを…!?」
驚いたように声をあげる明美だが、レンはそれに対しては何も答えなかった。
彼はにやり、と笑みを浮かべると、
「安心しろ。別に死んだりするわけじゃねぇ。そして、それさえしてくれればお前はもう何もしなくていいからな」
頼むぜ明美、とレンは念を押すように、もう一度言う。
「――自分の父さんを助けてぇんだろ?」
「………!」
じゃーな! というと、レンはそのまま空へ飛び立っていった。
レンくん、と声をあげた時にはもう彼の姿は空の彼方にも見当たらない。
「………、」
銀髪の少女の笑顔と、そして、――病院のベッドに横になる父の姿を思い出す。
目の辺りがあつくなった。
どうすればいいんだろう。
そう呟いた彼女の声は、潮風にのってどこかへと消え入ったのだった。
5、
「………、」
ちらり、と翔とアイの方に視線をやり、それから明美の方に視線をやり、ユウマはため息をついた。
「…なんか雲行き怪しくなってきたな…」
「えー? こんなに天気良いのにそうかな?」
独り言のつもりが、目の前の少女から返答が返ってきてユウマは少し驚いた。
そこには先ほどまで翔たちと一緒にいたシャロンがにこにこ笑いながら立っている。
「…グランディス」
「ファーストネームでいいよ。ユウマくん」
「………、遠慮しとく」
えーつれないのー、というシャロンに対して、ユウマはしばらく黙ってから、
「……あのさ、グランディスって…」
「ん、何?」
「………、」その笑顔に、やはり何かを感じる。そして、何かを感じてから、「…いや、やっぱりいいや」
そういうと、ユウマはシャロンに背を向けて海の方へ歩いて行った。
ユウマが立ち去った後、シャロンはくすり、と口元に笑みを浮かべる。
そして、いたずらをした後のような、楽し気な笑顔のまま、
「おーおー、流石におっかないことで」
と呟きながら舌をペロッと出した。
日が沈み、夜が来る。
また1つ、平穏が終わりを告げる。
堕ちるのか、飛ぶのか、選択の時間は、すぐそこまで迫りつつあった。
………お久しぶりです?←
前回の時に2か月も空いてしまった、とか言ってたら今回はその倍ですね
と、まぁ実はいろいろ苦戦して書いた今回なのですが、海回です
全然いちゃつきもへったくりもない、ほんのり切ない海回です←
しかも残念なことに今回でほのぼの(?)はほぼ終わり、次回からはクライマックスに入っていきます…!
翔やアイだけでなく、周りの皆も色々と振り回されつつ、この旅行はただでは終わらなさそうです。
次回こそ皆様が忘れる前になんとか更新できるように…頑張りたいと思います…。
それでは、また次回でお会いしましょう…!
(更新してない間にタイトルを変えたり、挿絵差し替えたりしたのでそちらもお願いします)




