Be Friends
1、
どうしたものか。
ユウマは砂浜にしゃがみこみ、目の前に広がる海を見つめては1人でため息をついた。
つい先ほどまでアイと一緒に明美を探していた彼だったが、今は1人だった。
というのにも理由があり、
『洞窟…?』
明美を探し始めたおよそ10分ほど。
今2人の目の前に広がる光景は、一言で表すのならば壁に突き刺さった大量の岩。
が、よく見ると岩の1つ1つが微妙に隙間を生じさせており、奥になんらかの空洞があるのが分かった。
アイはそんな岩の隙間を指さしながら、
『ええ。あの岩の奥。入口が岩でほとんど隠れちゃってるけど風が通ってるのをかすかに感じる。…多分中は空洞――即ち、洞窟になってると思うわ』
『まぁ、そうか…元が無人島なら確かにそういうのがあってもおかしくはない…けど』
だからどうしたのだ、と聞くようにユウマはアイを横目でちらりと見る。
するとアイはそんなユウマの意思を察したのか、くすりと口元に笑みを浮かべて、
『あの中に明美がいる…と私は睨んでいるのよ』
まるで確信を持っているかのような、そんなアイの一言に思わずユウマは面食らってしまった。
いくらなんでもあんな薄暗いところにわざわざ入っていく女子高生など…、
『よく見て、入口の岩のところ。人が通った形跡があるのよ。しかも時間はおそらくついさっき。今いるのが私たちだけ、と踏まえると…入っていったのは…』
『…ま、まぁ確かに小さいころから部屋の隅っことか暗くて狭いところ好きだったなぁ、あいつ』
結果否定することも出来ずに、ユウマは呆れたようにぼそっと呟いた。
それにしてもこんなところの洞窟に入るなんて少々危険意識に乏しすぎないだろうか。
まぁ彼女の危険意識について問う前に、とりあえず彼女を連れ戻すのが先決な訳だが――ここで1つ問題が浮上した。
ユウマは目を細めながら、
『……あの、すいません』
『何よ』
『この入口のサイズ恐らく俺通れません』
そう、その洞窟の入り口は大半が岩で塞がれている。
岩の隙間を通って中に入る…としたら、それが可能なのは小柄な女性か子供くらいだろう。
少なくとも男子の中でも身長が高く、そこそこガタイの良いユウマにあの隙間を通ることは不可能だ。
『………、』アイは入口と、それからユウマを交互に見てから、『いいわよ私1人で探してくるから。万が一入れ違っても困るしここにいて頂戴』
『それだと俺あんまりついてきた意味ないんだけど…』
『せいぜいそこで男に生まれた事を呪ってるのね』
んなことで、と言い返すとアイはふっと笑みを浮かべ、それから洞窟の中へと進んでいった。
…とまぁ、そんな経緯により1人外に置いて行かれたユウマであった。
『ま、翔は心配してたけどあの子は平気じゃないかね』
短時間ではあるものの、ここまで接した限り彼女が凄くしっかりした少女であることはわかった。
少なくとも、ぽけーっとしている翔よりは遥かにしっかりしているだろう。
…とはいえ、翔の心配を拭うためについてきたのにこれではあまり意味のない気もするが。
『…まぁでも、入れ違うのは確かに避けたいし…いいのかなぁこれで』
潮のにおいを全身で浴びながら、ユウマは再び息ため息をついた。
この島についてから、翔が飛行機酔いしたり、明美が迷子になったり…と、どたばたしていてあまりちゃんと観光などはできていないが、
「…しかしまぁ、綺麗なところだな」
海も綺麗ななエメラルドグリーンだし、空気もよく澄んでいた。こういうところならたまには外出するのもいいかもしれない。
元々彼はインドア派すぎる所以か、海に来るのはかなり久々だ。
最後に海に来たのを記憶に思い起こせば、子供のころ。従兄弟と幼馴染に一緒に来たのが最後だろう。
と、そこまで考えてユウマはふっと顔を曇らせた。
〝ゆーま、ゆーまっ! 海、綺麗だよー! 泳ごうよ!〟
相当昔のことでも、かなり鮮明に思い出せるものなのだな、と思った。
そして鮮明に思い出せることが、彼女への想いの強さを更に実感させた。
『アイツ、結局泳げなかったんだよなぁ…。まぁ運動神経なかったもんな』
そこまで彼女のことを想い出してから、ユウマは振り払うように首を軽く横に振った。
彼女のことばかり考えるのはよそう、と。
このままだとどんどんネガティブになってしまいそうな気がした。
『そういえば』
先ほどアイと喋っているときに感じたのだが、アイが自分のことを見る目がなんだかすごく複雑そうな目線だった。
あれは、そう、まるで好きな人を見つめるような目。――しかし、それにしては彼女の目はもっと切なげで儚げなものだった。
自分と、もう会えない誰かを重ね合わせているような。そんな。
『……、昔好きだった人が俺に似ている、とか?』
そんなほとんどあたった推測をたてるユウマだが、この鋭さには理由があった。
今目の前にいない大切な人と、瓜二つな人物が現れる…という出来事を彼自身も最近経験していたからだ。
そう、もしも今彼の目の前に、そんな人物が現れたとしたら。
新橋ユウマも、彼女と同じような目線をその少女に向けるだろうから―――。
「あのー…すみません…?」
座っているユウマの頭上から、綺麗な声が降ってきた。
まず視界に入ったのは潮風になびく、綺麗に輝く金髪。
視線を徐々にあげていくと、白くてきめ細やかな肌、細い腕、桃色の唇、そして青い瞳が入ってくる。
下の方で2つに結んだ髪型のせいか少々あどけない感じの雰囲気のその少女を見て、ユウマは思わず目を丸くした。
「……え、」
金髪に青い瞳の少女なんて、海外に行けばいくらでもいるだろう。
それでも、それを差し引いたとしても、良く――〝彼女〟と酷似した少女だった。
「ここって紅海島…ってところであってますか?」
オドオドと心配しながら話しかけてくる少女の声が、3秒くらい遅れて脳内で認識された。
ユウマは「え、ああ」と少し言葉を濁してから、
「…うん。あってるよ」
敬語ではなく、つい普通の喋り方になってしまったのはやはりその少女に似ていたからかもしれない。
シンプルな答えだったが、それに安心したのかその少女はぱぁっと顔を輝かせた。
「…わー、良かったです…! 方向音痴だから違う島に来ちゃったのかと…!」
嬉しそうに両手を組み、よかったーと安堵の感想を漏らす少女だったが、ユウマはふいに首を傾げる。
そうだ、彼女によく似ているこの少女、
『…前にも会ったことある子だよな…たぶん』
向こうは気づいていなさそうだが、以前茶髪の少女連続殺人事件の際に被害者を見つけた際に出会った少女だ。
あの時は更にオドオドしていたし雰囲気もこんなに明るくなかったからすぐに思い出せなかったが、この容貌は間違いないだろう。
おどおどしていた時以上に、今の雰囲気のほうが彼女に近しいものがあり、猶更ユウマの中での彼女の記憶が濃厚になる。
今の自分も、さっきのアイと同じような表情をしているのだろうか。
そんな事を思ってから、ユウマはふと疑問に思う。
『…って、あれ…。この島って今は俺たちしかいないんじゃ…』
普段すぐ気づくようなことにこんな遅れて気づくとは今の自分は相当腑抜けなのではないだろうか、とユウマは少し落胆する。
だが、そうだ。この島は高嶺沢家の所有地。そしてまだオープンしていないリゾート地だ。
まぁもしかしたら桜澤が自分たち以外を招待している可能性もあるから一概にどうとは言えない訳だが。
「…あのー、大丈夫ですか?」
「へっ、ああ、うん。大丈夫」
急に真剣な顔で黙り込んだせいか心配そうにしていた少女は、大丈夫の声を聞くなりにこりと少し微笑んだ。
それからぺこり、と頭を下げて、
「親切な方、ありがとうございましたっ。私はこれから人探しをしないとなのでここらへんで失礼しますね♪」
「え、人探しって…」
「それでは♪」
足場の悪い砂地にも関わらず、それだけ言うとなかなかな速度で少女は走って行ってしまった。
ユウマの脚力なら追いつけなくもない…が、別によく考えれば追う必要もないことに気づく。
『……あいつに似てるからって、知り合ってどーすんだ…』
そう、今の少女は自分の知っている〝彼女〟ではない。
知り合って話したからって、自分の中のしがらみが解消するわけではないのだ。
それに、
『ま、もう二度と会わないだろ』
そう思い直し、ユウマはため息を一つついた。
そうしてもう一度洞窟の奥のほうへと視線をやって、少女たちの帰還を待つのだった。
2、
いくら避暑地とはいえ、全力で走ったら流石に暑くなった。
ただでさえ肌を隠すように長袖ロングスカートでやってきたのであれば猶更である。
とまぁそんなわけで、少女――桜井明美は暑さを凌ぐべく一時的に洞窟の中に入ってみたのだが、
『…1人って…気楽だ…』
静かだし、明るすぎないし、涼しいし、何より気を遣わなくていい。
最早旅行中ずっとここにいたいくらいだ、とまで考えてから明美は小さくため息をついた。
『ああ…ってそんなこと考えてるから私は駄目なんだ…! さっきも気まずいからってロングスカートで全力で走って…! 女としても人間としても駄目駄目すぎる…!』
ああああああ、と叫びたくなりたい気持ちをぐっと堪えて明美は頭を抱えた。
どうしてこんなに人と話すのが苦手なのだろう。
両親はどちらもそれなりにコミュニケーション能力があるというのに。
これじゃあ何の為に旅行に来たのかわからない。このままぼっちでバカンスを終えるのは虚しすぎる。
「…お母さんの、馬鹿」
明美はぽつりと、呟くように言葉を振り絞ると体育座りをした。
旅行のことを母に話して反対してくれれば、それを口実に断われると思って暗い表情で聞いてみた明美だったのだが、母の反応はというと「アンタも女子高生らしいイベントに行くようになったのね!」からの笑顔での「いってらっしゃい」だった。
年頃の娘が男子もいる旅行に行くというのにどうにも楽観的すぎなのではないだろうか、と内心で明美は憤慨する。
まぁ男子…とはいえ、母も良く知っているユウマなり桜澤などなので仕方ないのかもしれないが。
明美はスカートに顔をうずめると、「馬鹿」ともう一回口で呟いた。
『これからどうしようかな…』
どうするも何もまぁ皆のもとへ戻る以外に選択肢はないわけだが。
いつまでもこんなところで蹲っていたら誘ってくれたユウマにも失礼だし、島の所有者である高嶺沢五十鈴にも迷惑がかかるだろう。
『あの先輩怖いって噂あるけど大丈夫かな…う、ううん、でも桜澤さんのお嬢様だし…』
どちらにせよ汗も既にひいているし、早く戻らなくては。
ゆっくりと重たい腰を持ち上げてから、明美は「あれ」と間の抜けた声で呟く。
戻るといっても、戻る場所はいったいどこなのだろう。
考えなしに走ってきてしまった明美はしばらく沈黙してからぶんぶん、と首を振って、
『だ、だだだだだ大丈夫、こ、こんな時こそ文明の利器の出番ですっ』
明美は手を震わせながらメモリーに家族以外が登録されていない携帯電話を取り出した。
未だにスマートフォンではなく、俗にいうガラパゴスケータイだったが、彼女は親との連絡以外のツールで使っていないので何一つ困っていない。
困っていない…のだが、ケータイを手にした瞬間に彼女はある事実に気づいてしまった。
『…って!? 親以外の連絡先が入っていないこのケータイを使ってどうすれば…!?』
そう、それは更に根本的な問題だった。
電波が通じない、などの問題ではない。それより更に根幹。
この島にいる誰の連絡先も彼女は知らないのだ。
『……ど、どうしよう、と、とりあえず洞窟から出て…』
このまま帰れなかったらどうしよう。
ふっ、とそんな考えが脳内をよぎる。それと同時に自然と血の気が引いていくのがわかった。
『い、いや、洞窟から出ればきっと、道もわかる…わかるよね…そんな大きな島じゃないはずだよね…!』
自分に言い聞かせるように心で呟く明美だったが、傍目から見れば誰がどう見ても表情は真っ青だった。
もし自分も帰れず、誰も自分がいないことに気づいていなかったら。
このまま放置されて、リア充のイベントに来て女子高生が1人餓死なんてことになったら。
かなり被害妄想ではあったが、今の彼女には冷静にそれを否定することも出来ない。
「と、とにかくここから…」
と、そこで明美のセリフが途切れた。
それには実に明確な理由が存在しており、自分の頭上から嫌な音がしたからだ。
文字に表すなら〝めきっ〟――具体的に言うならば頭上で何かが崩れ落ちてくる前兆のような、そんな音。
見ない方が分かっていいと思っていても反射的にその音源を見上げると、もうすでに視界の目の前まで危険は迫っており――、
「ひゃあっ!?」
…………。
……………………。
意味がないとわかっていても腕を組んで上に突き出すも、いつまで経っても痛みはやってこなかった。
どうして、と思って、明美は思わず閉じた目をそっと開いてみる。
ぼやーっとしていた視界が徐々にクリアになっていって、最初にうつったのは綺麗な銀髪。
続いてうつったのは肩にただ羽織っただけの黒のジャケット。
後姿しか見えないその少女は、なんとあろうことか右手だけで頭上から崩れ落ちてきた瓦礫を受け止めていた。
「え…っと、」
驚愕のあまり、声が出てこない。
とはいえ彼女が誰であるか、その認識は明美にもすぐに出来た。
今回の旅行メンバーの中で銀髪の少女なんてただ1人――その少女しかいないからである。
瓦礫をそっと地面におろすと、その少女は髪をなびかせながらゆっくりとこちらへ振り返り、青い瞳で真っ直ぐ明美を見た。
「……大丈夫?」
「へ、え、あの、えっと…?」
「結構古い洞窟だから、天井の瓦礫が崩れ落ちてきたみたいね。間一髪…ってとこだったかしら」
冷静に述べているが、とてもそんなあっさり言うべき内容ではないだろう。
だが、あまりにさらりと言われてしまうとそれが普通なのだろうかと思ってきてしまい、それ以上何も聞くことはできなくなってしまった。
『…転入生の…アイ、さん』
綺麗、とか。神々しい、とか。そんな言葉じゃ表現できない程の独特な雰囲気を身に纏う少女だった。
転入してすぐに校内で話題になってしまうくらいな、それくらいの存在感のある少女。
そうまるで、――明美とは正反対に位置するような少女だった。
『なんでここに…?』
見ず知らずの自分をわざわざ探しにくる意味がわからないし、リスクを冒して助けてくれた意味もわからない。
まぁ当の本人は全然リスクを冒して助けた、という意識もないくらい軽い感じではあったがそれにしてもだ。
訳が分からずきょとんとしていると、アイは明美に歩み寄りつつ、
「アンタよね。桜井明美、って」
「え」
自分の名前を、それもフルネームで呼ばれたことに対して明美はぴたりと静止した。
彼女と自分の間には一切接点がない。にも関わらず、自分なんかの名前を覚えているとは思っていなかったのだ。
静止して反応がなくなった明美に疑問を抱いたのか、アイはきょとんとして、
「…違うの?」
「へ、い、いえ、その通りですっ!」
噛み噛みながらも肯定すると、アイはただ冷静に「そう」と一言答えただけだった。
彼女は青く輝く瞳でじっ、と明美の目を見つめ、
「アンタ、確か同じクラスよね」
「え…?」
続いてもまた予想外な言葉が飛んできたので、首を傾げた。
確かに転入して一か月もすれば、同じクラスのメンバーならば「顔を見たことあるなー」程度の認知を持てるかもしれない。
だが、正直言って明美はあのクラスの中でかなり目立たない方に位置する少女だ。
転入してきて早々、周りの目線をかっさらっていった目の前の少女とは全く正反対。
そんな正反対な少女が、わざわざ自分の存在を認知していたこと――これが明美の反応を鈍らせた、彼女にとって予想外な出来事だった。
『…ぎゃ、逆に地味すぎて覚えられてたとか…? そ、そうよね、でなきゃ私みたいな地味って言葉を体現したかのような少女をいちいち記憶に留めておく必要なんて…』
いや、でも…? と様々な思考を繰り返していると、目の前の少女がため息をつくのが分かった。
今この局面、自分と彼女しかいない状態でつかれるため息の原因といえばまぁ自分しか思いつかないわけで――、
「アンタさ、いろいろ考えてるのかもしれないけど返事くらいしなさいよね」
「へっ」そこで初めて自分がアイの問いに受け答えしていなかったことに気づき、「はっ、す、す、すみません…っ」
どうしてよー! と内心で叫びながら明美は咄嗟に謝罪の言葉を口にした。
頭の中でならちゃんと会話が成立しているのに、どうしてそれを文字情報として口からアウトプットできていないのだろうか。
とまぁ誰かとの会話の度に脳内で自分に悪態をついている明美だがそれで変われる訳ではない。
土下座しそうな勢いで謝ると、今度はアイの方がきょとんとしつつ、
「…いや、何もそこまで謝らなくても。返事してくれればそれでいいわよ」
「あああ、本当にすみませんすみません…!」
「あー、もう…! だから謝らなくていいわよ、別に怒ってないから」
恐る恐る顔をあげて彼女の綺麗な顔をじっとみると確かに怒ってはいなさそうだった。
いや、怒ってはいなさそうだったが、なんだか呆れてしまっているような表情だった。
また咄嗟に謝りたくなった彼女だったが、それ以上謝ったら更に呆れられそうだったので明美は口をもごもごさせつつも一旦口を噤んだ。
「…あの…」少し落ち着いたところで、明美はもごもごしていた口をしっかりと開き、「何故アイさんはここに…?」
ファーストネームでいきなり呼ぶのは憚られたが、実は明美彼女の名字が分からない。
分からない、というか覚えていないのだ。確かイギリスの名家のお嬢様だったはずだが、どうにも横文字の名字を覚えるのは苦手である。
それ故こうなってしまったわけだったが、向こうは存外気にしたそ素振りを見せることはなかった。(よく考えれば海外はファーストネームが当り前だし当然なのかもしれない)。
「何故、って」アイは相変わらず落ち着いた声のトーンのまま、「アンタを探しに来た以外に何の理由があるのよ」
「へ、わ、わたし、を…?」
同じ内容をもう一度聞き返すとアイは今度は言葉ではなく頷くという仕草で返してきた。
ぽかんとする明美だったが、アイからしてみれば人探し以外でこんな洞窟に来てたまるか、といった感じであった。
アイは続きざまに動作で洞窟の入り口の方を指さし、
「一応新橋も外に待ってるわよ」
「し、新橋君にも…」
ご迷惑をおかけしましたか、と言おうとしたところで明美は言葉を飲み込んだ。
さっきからこんな台詞ばっかでは、更にアイに呆れられてしまうかもしれない。
咄嗟に脳内に浮かんだその考えが彼女にそういった行動をとらせたのだった。
「…ってか、アンタは何1人でこんなところに来てるのよ。右も左もわからないところで単独行動なんて馬鹿のすることよ」
「うっ」
あまりに全うすぎる言い分に今度はコミュニケーション能力云々以前の問題で言い返せなくなる。
知らないところで地図も持たずにうろちょろするなんて子供のすることだ。
確かに馬鹿すぎる行いではあったことは明美自身認めている。
しかし、
「その…、わ、私…人と話すのが苦手で…」
目を泳がせつつ、明美はぽつりとつぶやく。
そもそも桜澤とか、誰かしら知り合いが一緒に来てくれると思ってたのに。
まさか見知らぬ先輩2人と先に行かされるだなんて思っていなかったのだ。
知り合いと話すのすらままならない明美には、かなりの耐え難い拷問だったのだ。
「……人と話すのが苦手なのはまぁさっきからのやり取りでなんとなく察したわ」
「うっ、で、ですよね…!」
「話すの苦手、って…友達は?」
アイの何もかも見透かすような青い瞳に明美は再び目を泳がせる。
質問も質問だし、「え、えと…」とどもっていると再びこちらの心の内を察したのだろう。
彼女はなるほどね、と言ってから
「……いないのね」
「はあうっ!」
あまりにもストレートすぎるアイの言葉が今度こそ明美に突き刺さった。
自分に友達がいないことに関しては左程気にしていなかったものの。他人からはっきりと言葉にして指摘されるとつらいものがある。
わかりきっていたことではあるが、なんとなく明美は胸をおさえる仕草をしつつ、
「う、すみませ…」
「別にアンタに友達がいないことで私が困ることないから謝らなくていいわよ」
「そ、そうですねた、確かに…」
しん…、と途端にその場が静寂で包まれた。
先ほどから分かってはいたが、なんてはっきりと物事を主張する少女なのだろう。
どうやら存在感以前に性格も真逆なようだった。
いや、それとも性格が正反対だから、存在感に感じても正反対なのか。
もうそれ以上の会話を見つけられず、明美はすっかり沈んだ表情になってしまった。
「………、」アイはそんな明美をちらりと横目で見つめると、「じゃ、私と友達になりましょ」
「ふぇ?」
本日何度目か分らない、明美の意表をつくその発言に、明美は顔をあげると再び目を丸くした。
まさかこの会話の流れで、目の前の少女からそんな言葉が飛び出してくるとは微塵も思っていなかったのだ。
いや、むしろ呆れられたと思っていた。だから…、
「実を言うと私もクラス内に友達いなくってね」
さらりと告げられた一言に明美は意外そうな表情を示すが、実はこれは意外なことではなかった。
彼女は知る由もないのだがそもそもアイは誰かと関わることに拘りは持っていないし、友達の必要性も感じていない。
しかも、転入生で尚且つハイスペックすぎる美少女故友達というよりかは羨望のまなざしで見られ一線ひかれてしまっている側面があるのだ。
一応話しかけてみる努力をしてみた時期もあったが、
「……なんか…こう、友達というかファンを養成してしまってね…」
「へ?」
何故かげっそりしたように話すアイに首を傾げると、彼女はこほんっと軽く咳払いをし、
「とにかく、私も全然人と話してなくて友達いないし。お互い友達いない者同士仲良くしましょうよ」
ましてやこの後旅行も一緒なわけだし、とアイは続ける。
すらすら話が進められていく中、明美のぽかんとした表情は一向に戻る気配はなかった。
遂に言葉すら発さなくなった明美を見て、アイは少し訝しげな表情になると、
「……何よ、嫌なの?」
「い、いえ! と、とんでもないでございますです!」ただ…と明美は続け、「…わ、私と友達になっても…何の得もないですよ…?」
「はぁ? アンタ、誰かと友達になるたびにそんな面倒なこと考えてるの?」
今度はアイが面食らう番だった。
明美としては正直な思いを伝えたつもりだったが、アイとしてはそんなことはどうでもよかった。
彼女は相変わらずすべてを見透かしているかのような青い瞳で真っ直ぐに明美を見つめると、
「……利害が一致しなきゃ友達にならないわけ? そんな面倒なものだったかしら」
さらり、と。
今度の言葉もさも当然であるかのように、アイは告げた。
「………、」
〝なんであんな子が…?〟
〝あんたみたいなの相手にするわけないじゃん、ばーかっ〟
今まで明美の中で当然のように告げられてきた言葉の上に、その言葉はすっと入っていった。
それでも言った当人は特に何も意識していないのだろう。
すっ、と体を翻すと、
「さ。帰るわよ明美」
「は、はいっ!」
なるほどファンを養成してもおかしくないくらいの格好いい笑みに納得しつつも、明美はこくこくと数度頷いた。
歩きながらアイは「あ」と何かを思い出したような声を出すと、
「そうそう。さっきも言った通り新橋を外で待たせてるんだけど…さっきのは内緒ね」
「さっきの、というと…?」
「ほら、その」アイは言いづらそうに頬をかきながら、「明美を守ったこと…ね」
そう言われて、颯爽と現れて自分を守ってくれたアイの格好いい登場シーンを思い出す。
それで「ああ…」と納得してから、
「内緒なのはいいんですけど…、あの、あれ…かなり人間離れしてたような…」
「ん、ああ…私結構腕っぷし鍛えてるから」
ははは、と笑いながら誤魔化すアイを見ながら明美は少し目を伏せる。
そうか…、やっぱりこの少女が。
そう思いつつ、明美はきゅっと拳を握った。
「アイさんって…やっぱり…本当に…………、 み…なんですね…」
「え? なんか言った?」
きょとんと尋ね返してくるアイに対して「いえ」というと明美は悲しげな表情のままアイの後についていくのだった。
3、
ユウマとアイは大丈夫だろうか。
そんなことを悶々と考えながら歩いていたら気づけば目的地についていたようだ。
「つきましたよ」
桜澤の優しい声と共に顔をあげて、目の前に現れた建物を見る。
それは木造建築のロッジだった。
1つではない。恐らく家族で別々のところに泊まれるようになっているのか、木造のロッジがそこにはたくさんあった。
真ん中にあるコンクリート出来た建物が所謂フロントのような役割を果たす場所だろうか。
こういった避暑地ならでは、といった感じのロッジを見て翔はははぁ、と感嘆の声を漏らした。
『…しかし、高嶺沢家が開発したって聞いたからてっきり豪華ホテルでも出てくるのかと…』
「一般向けへオープンする島ですからね。民衆受けするような木造建築にしたんですよ」
翔の方を向きつつにこりと微笑む桜澤に、翔は少々驚きつつも「なるほど」と頷いた。
今の返答はまるで自分の心を見透かしたかのようだったが、彼くらいの執事になれば心を読むことも出来るのだろうか。
尚、翔本人は気づいていないがその答えはNo。単純に翔が分かりやすいだけだろう。
「さて」桜澤は手前のロッジと奥のロッジを指さしつつ、「男子は向こうのロッジ、女子はこっちのロッジ…でいいですか?」
まぁ内装は特にかわらないのでどこでも良いとは思いますが、と桜澤は付け足す。
いくらロッジ内に部屋がたくさんあるとはいえ、一応ロッジ自体を男女で分けるようであった。
確かにその方が風呂や着替えなどは楽なわけだが。
『…ま、この距離ならアイも体力云々とか気にしなくていいし別にいっか』
桜澤がロッジやら部屋やらを手際よく決めていく中、翔の横に立っているシャロンが何故か苦虫を潰したような、変な表情をしていた。
出会って以来、シャロンのこういった表情を翔は見たことがなかった。
いつ会っても、明るく飄々としている。それが彼女のキャラクター性だったのだ。
なので今まで見たことのない表情に翔はきょとんとし、
「シャロンさんどうかしたんですか?」
「ん、いや別に?」
と、翔が次に話しかけた時のシャロンの声はもう既に普通に戻っていた。
今の一瞬の表情は気のせいだったろうか、と翔が首を傾げていると、
「…どうせなら翔くんに寝起きドッキリとか仕掛けたかったなってだけだよ☆」
「そんな理由でがっかりしてたんですか!? やめてください!?」
…うん、どうやら気のせいなようだった。
すっかりいつも通りな(これがいつも通りなのもどうかと思うが)シャロンを見て翔はそう確信する。
「えー、なんでー? ああ、どうせなら寝起きとかじゃなくて夜這いの方がよかったかな?」
「よば…っ!?」
今度は頬を赤く染めて言葉を飲み込むと、それもつかの間。
シャロンの後ろの襟を思いっきり引っ張った人物がいた。
「アンタ、私の前でなんて会話してるのかしら?」
ラベンダー色のふわりとした髪。高嶺沢五十鈴だ。
間近で見ると今まで思っていた以上の美人…と感嘆していると、彼女は白い肌を紅潮させていた。
その状態のまま、五十鈴はシャロンを更に自分の手元まで引き寄せると、
「夜這いなんて、そ、そんな不道徳なことさせるわけないでしょう私の島で! 女子のロッジと男子のロッジは完全にわけておくわよ! 全く…!」
何故か語調を強めていう彼女に、シャロンは苦笑しつつ、
「はは…五十鈴様そんな顔真っ赤にしてー…純だなぁ」
「う、うるさいわねっ!」
目の前でぎゃーぎゃー始まる言い争いに、今度は翔が苦笑する番だった。
しかし凄く理性的で落ち着いていそうだと思っていた五十鈴だが…、意外と普通な女の子だ。
身近にいる紅色の髪のご令嬢を思い出しつつ、シャロンはこういう少女の扱いがうまいなーと感心してしまった。
「お嬢様」
と、ぎゃーぎゃー言い争っているその中に桜澤が呆れた表情で割って入って行った。
彼はポケットの中から銀色に輝く装飾の施された鍵を取り出すと、
「これ、ロッジの鍵です。女子側のはお嬢様に預けておきますからなくさないでください」
「え、ああ…」
桜澤に話しかけられて落ち着いたのか、五十鈴が普段のつんとした感じに戻って鍵を受け取った。
が、
「あと夜這いくらいで真っ赤になるなんて、本当男性経験に乏しいですね」
「ぶっ! さ、桜澤あああああああああああああああああああああああ!!」
あー、またやってるねぇ、とのんきに見つめる心和達と、面白そうに見つめるシャロン。
……やっぱりユウマの方についていけば良かった。
五十鈴の叫び声がこだまする中、翔はそっとため息をつくのだった。
気づけば前回更新から2か月…お久しぶりです!
かなり悪戦苦闘して書いた回だったのですが…どうでしたか?
今回でキャラクターがはっきりしてきた明美ちゃん。
私の作品には珍しい内向的な女の子で書くのに苦戦しました
基本みんなざっくりきっぱりばっさりな子なので←
今のところ空気な主人公sideにも話を戻しつつ…な次回です
夏休み中にHero編が終わることを祈りつつ。
テストに合格して単位をとれることを祈りつつ。
また次回もよろしくお願いいたします…!




