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アヴェク・トワ  作者: リラ
Ⅳ HERO
45/49

気になる人

1、


 横浜からヘリコプターに乗り込んでおよそ30分。


 ついたその島――紅海島(コウカイジマ)という名のその島は非常に長閑でさわやかな風の吹く良い島だった。


 海もエメラルドグリーン色に輝き、リゾート地にはうってつけ、といった場所だった。


 …が、そんな綺麗な島についたというにも関わらず翔がそこでバカンス気分に浸ることはできなかった。


 というのも、


「き、気持ち悪い…」


 アイはヘリコプター大丈夫かな、なんて心配をしていた少し前の自分に言ってやりたい。


 大丈夫じゃないのはお前だよ、と。


 そんなことを思いながら翔は口元を押さえながら、島につくなり地面に突っ伏していた。


 普段車や電車を利用する翔だが、実を言うとそれらの乗り物で酔った経験は一切ない。


 だが、空中で尚且つ不安定な乗り心地のヘリだけはどうも合わなかったのだろう。乗って10分もしない内に気持ち悪くなってしまった。


「大丈夫?」


 流石に朝食がリバースするということはなかったが、どことなく喉の奥が気持ち悪い感じが抜けずにいる翔の頭をユウマが小突いてきた。


 ユウマの手にしてはやたら固いな、と思ったらどうやら頭を小突いてきたのは彼の手ではなく、彼が持つペットボトルだったようだ。


 ラベルが見えないが中身が無色透明なことから推測するに恐らく中身は水だろうか。


「今そこで買ってきた。飲む?」


「ありがと…僕なんて言うか…招待された身なのになんか…」


「まぁ正直凄い迷惑な後輩だよねこれ」


 内心で心配していたことをユウマにはっきりと指摘されて、いたたまれない気持ちが更に上昇していく。


 今すぐにみんなの前に飛び出しては、スライディング土下座でもかまして全力で誤ってしまいたい気分だ。


 そんな風に悶々とする翔を横目にユウマはふっと優しい笑みを浮かべると、


「なんてな。桜澤さんは人の世話するの好きだし慣れてるし平気だよ。乗り物酔いなんて自然と起こるものだし仕方ないよ」


「…相変わらずユウマってば優しいねぇ…」


 ほろり、と涙を流しそうになるとユウマが苦笑を浮かべるのがわかった。


 こういう時にいれてくれるフォローが本当に優しい。なんて紳士なのだろうか。


 自分もこういう男になれればいいんだけどなぁ、と思いながら翔はユウマから貰ったペットボトルに口をつけた。


 避暑地とはいえ季節は夏。炎天下の元で飲む、キンキンに冷えた水はすっと翔の体内の中に入ってきてくれた。


「ん…、おいしい…」


「飲むだけ飲んだら頭でも冷やしてな。もしロッジについても酔いが続いてたら横になるなりなんなり…」


「ああ、ごめん、たぶんもう大丈夫だと思う…!」


 そこまで気を遣われると流石に申し訳なさからの罪悪感のメーターが振り切ってしまいそうだ。


 しかし自分が弟気質で向こうが兄気質なのもあるのかもしれないが、本当に面倒ばかりかけてしまっているような気がする。


 同じ年だというのに偉い面倒見の良さだ。やはり下に義理とはいえ妹がいるせいだろうか。


「ユウマって面倒見いいよねぇ」


「しみじみと急に何言ってんだか。…ま、年下が多い環境で育ってるし」


「そうなの?」


「小さい頃、うちで年下の親戚を引き取ってたこととかあってね。そいつらがどっちも年下だったし。…あとはまぁエリカっていう目の離せない妹がいたりもするし?」


 目の離せない妹、と語る時のユウマの表情の優しさから本当に仲良いんだなぁ、と翔は思う。


 それにしても年下の親戚が多い、と言われると猶更彼の面倒見の良さに合点がいった。


 周りの環境というのはやはり正直だ。翔の周りで年下といえば栞菜くらいだったし、その結果今の翔はとても兄気質とはいえないだろう。


 でも弟気質かと問われるとまた違う気もする。一番近しいのは、


『一人っ子、だな。…そりゃそうだよな。兄さんがいたのは6年、一人っ子になってからが10年なんだから』


 優しくて、面倒見がよくて、なんでもできる格好いい憧れの兄。


 目の前にいる友に良く似た自分の憧れを思い出しながら翔はふっ、と笑みを浮かべた。


 そういえば最初にユウマと仲良くなったのも、そもそも兄と似ているな、と思ったのがきっかけで話しかけたのが最初だった。


 いなくなってから10年経っても、やはり天道光はそれだけ大きな存在なのだ。


「あ、みんな来てた! 思ってたより早かったねー!」


 そんな思考にどっぷりつかっていると、不意に溌剌とした明るい少女のソプラノボイスが耳に入ってきた。

 

 声の発信源は自分たちからおよそ10m程度離れた場所。そこに2人の男女が立っていた。


 1人は見覚えのある――というよりはむしろ、一応少しなりとも面識のある少年だった。


 名前は後藤一夜。さらっとした黒髪の眼鏡をかけた、端正な顔立ちの文科系っぽい見た目の少年。


 以前、体育祭の事件の時に話を聞きにいったマスコミ社の一人息子だ。


 あれ以来一応向こうが認識してくれているようで、会うと手を振って挨拶を交わす程度の仲にはなっている。


 そして、もう1人。声の発信源にして、こちらへ向かって元気よく手を振っている少女。


 緩やかなウェーブの茶髪のポニーテールに、桃色の瞳。


 綺麗というよりはむしろ可愛い顔立ち(年上にしては少々幼く感じる)で、ノースリーブに短パンと全体的に肌の見える格好が非常に際立つ華奢な少女だった。


「ほとんどの子が初めましてだよね! 2年G組の宇田川心和です♪」


 爽やかな笑顔でそう挨拶する彼女を、翔は直接見るのは初めてであった。


 そう、あくまでも直接見るのは、である。


「あ…宇田川先輩、怪我治ったんですね…!」


 宇田川心和。生まれは警察署長の一人娘であり、また隣にいる一夜の幼馴染であり、学院では生徒会の役員も務める少女。


 そして、翔にとっての認識として残っているのは、体育祭の頃起こっていた茶髪少女殺害事件の1人目の被害者である…ということであった。


 波音から彼女が入院していたことを聞いて、顔写真も見たことがあった翔としては、「芸能人を見かけてつい知り合いのように話しかけてしまった」くらいのノリで親しく話しかけてしまったわけだが、心和は違う。


 彼女にとって翔は、あくまでも今日初めて会った同じ学校の後輩なのだ。となると、


「ってあれ、私が入院してたこと知ってるの…?」


 きょとんとしている彼女の顔を見て、翔は内心で瞬時にしまった、と思った。


 そういえば心和が入院していた事に関しては学院内どころか世間でも公表されていなかったのだ。


 波音が知っていたのはあくまでも理事長の家の娘だからであり、それは他言無用な事態であるため本来翔のような一般生徒が知っていていいはずがない。


 そこまで状況を認識した瞬間に翔は再びしまったな、と心の中でつぶやく。


 下手に説明しようにも彼は説明下手だ。しどろもどろするのは間違いないし、それだと怪しすぎる。


 それに、体育祭の時の話題は出来れば今横にいるユウマの前では出したくないというのもあった。


『ど、どうし……』


「俺が教えたんだよ」


 と、今までずっと沈黙を貫いていた一夜が、不意に静かな声でぼそっとそう告げた。


 元々無口なのか、特にそれ以上何か説明することなかったのだが幼馴染故にそういう性格を理解しているからなのかそれとも気にしない性格なのか、心和も特にそれ以上は疑問に思わなかったようである。


 普通ならなんで見ず知らずの少年に教えたのかとかどうとか聞きそうなものなのに、「あー、なるほどねぇー」とすぐに納得してしまい、特に翔に質問を重ねてくることはなかった。


 どうやら彼女の方は誤魔化せたようである。しかし、あくまでも彼女の方は――である。


「………、」


 なんとなく横から鋭い視線を感じたので、一瞬そちらの方を見てみると納得していないようにこちらを見ている少年がいた。

 

 そう、新橋ユウマだ。


 そもそも彼からすれば、翔が1つ年上でしかも無口な先輩である一夜と面識があること自体謎だろうし、ましてやあの事件に関してはユウマも関与している。


 となると、薄々何かを感じ取っていても不思議じゃないわけで。


『ま、ま、マズイなぁ…!?』


 どうにかしてこの場を切り抜けたい翔は必死に思考を巡らせてから、


「あ、あ、あー、そういえば桜井さんも一緒にいらっしゃってたんじゃ…!?」


「そうだ、明美はどうしたんだ?」


 不自然なように話題をそらしたので無理があったかと思ったが、幸いチョイスした話題がよかったようで、桜澤も話題にのってくれたので翔はこっそり安堵の息を吐く。


 適当に選んだ話題だったとはいえ、翔的に少し気になっていたことでもあったのだ。


 というのも単純で、自分達と一緒にいなかったからてっきり明美も心和達と同じグループで先に来ていると思っていたのだ。


 にも関わらず今ここへ迎えに来たのは心和達だけ。となればまぁ気になって当然である。


 すると、心和は「ああ!」と軽く手を叩きながら、


「明美ちゃんなら…先輩2人と一緒にいるって重圧に耐えられなかったのかちょっと島を散歩してきますって言って物凄いスピードで走っていっちゃったよ?」


「…っておいいいいいいいいいい!? 追いかけろよ一夜!?」


「ごめん。凄い情けないこといっていい? 追いかけようと思ったんだけどあの子凄い足速くて俺じゃ追いつけなかった」


「いっくん無駄にリーチ長いくせに体力ないし運動音痴だもんね…」


「そして心和は方向音痴だから行かせたら2人そろって自滅するなーと思ったから桜澤を待ってたんだよね」


 それならそれで早く言えよ!? と完全に友達と接するモードの桜澤はキレ気味に一夜に反論する。


 しかし明美が足が速かったとは意外である。体育祭の時は彼女のことを認識していなかったから走っていることを見たことないのでまぁあくまでもイメージ論だが。


「……明美、あれで中学陸上部だからね。普通に足速いよ」


「え、そうなの!? ってか今僕の心読んだ!?」


 さらりと横で告げられた事態と、はたまた自分の内心に答えるかのようなユウマに翔は思わず驚愕の表情を浮かべるもユウマの方は相変わらずしれっとした表情であった。


 どう見ても一夜同様文科系にしか見えない少女だというのに陸上部だったとは。


 やはり人は見た目で判断するべきではないという教訓だろう。


「うーん、明美を探しに行った方がいいよなぁ…」


 そんな話をしているうちに、苦労人執事桜澤はうーむ…と唸っていた。


 彼的にもやはり右も左もわからない場所に明美を置いておくのは心配だろう。ましてや想い人ならなおさらだ。


 しかし、彼が明美を探しに行くのには少々の問題があり、


「泊まる場所僕しか知らないんだよなぁ…。お嬢様が把握してるとも思えないし…」


 そう、ここである。


 彼は五十鈴の執事という身分上、今回の旅行にあたって下見でこの島に来たことがあるのだが、他のメンバーに関しては今日ここに初めて来たのだからこの島の地理状況など把握してきていないのは当然のことである。


 しかし、その言葉に馬鹿にされたように感じたのだろうか。彼の主である五十鈴はむすっとした表情で桜澤の脇腹を小突くと、


「聞こえてるわよこの馬鹿執事」


「じゃあ把握してきていますか?」


「………、この高嶺沢五十鈴がこんなちっぽけな島の地理状況を把握しているわけないでしょう!」


「どういう見栄の張り方なんですかそれ」


 桜澤の冷静な指摘を受けて、それ以上言葉が出てこなくなってしまう五十鈴。


 そして、そんな五十鈴をしれっと無視して考え込む桜澤だが、これは執事として大丈夫なのだろうか。


 従者だというのに随分と主人への扱いが雑すぎやしないだろうか。


 翔がそんなことを心配していたその時である。


「私が探してこようか?」


 凛とした声が、その場に唐突に割り込んできた。


 一斉に全員がそちらへ振り返ると、翔にとって最近身近で最もよく聞く声の主がそこで佇んでいた。


 そう、旅行開始からなかなか喋らず先ほどまで沈黙を守り抜いていたアイである。


「人探しは結構得意なのよ」


 相変わらず淡々とした喋りでそう告げるアイだが、唐突な申し出に桜澤の方がきょとんとしてしまっていた。


 しかしまぁ、アイが人探しが得意というのは紛れない事実である。


 彼女は神であり、それゆえに神もしくは人間、天使など別の生命体の気配を察知するのにすぐれている。


 身近で言えばフウがダントツで気配を読むのは得意だそうだが、この小さな島で少々離れた位置にいる少女を見つけるくらいは彼女にも余裕で出来ることなのだろう。


 しかしそんな事情を一切知らない桜澤は少々たじたじとしてから再び考え始めた。


 任せていいのだろうか、という期待と、いくら名乗り出たとはいえ年下の後輩にそれを任せるのは、という葛藤だろうか。


 が、アイは桜澤のそんな思考を中断させるように、


「一応ケータイは持ってるし。いざとなったら連絡はできるから心配しないで頂戴」


「でも泊まる場所の方も分らないですよね?」


「見つけたら連絡するからそしたらこの場所待ち合わせにすればいいんじゃない? …まぁそうでなくても分かると思うわよ」


 さっきも言った通り人探しは得意だから、とアイは続ける。


 そこまで言われると、流石に桜澤も納得する以外になかったのだろう。


 渋々ではあったが、「じゃあお願いします…」という言葉とともに頭を下げた。


 それを見るとアイは頷き、すたすたとその場から去って行ってしまう。


 一直線に歩いているところを見るともうすでに場所がわかっているのだろう。流石だ。


 しかし、


『うーん…大丈夫かな…?』


 自分より遥かで有能であるはずの彼女なのに、何故か無性に心配になる。


「…うーん、やっぱり女の子1人で行かせるのはちょっとなぁ…」


 と、また別の方向で心配そうな桜澤がアイの後姿を見ながらそうつぶやく。


 別にアイ1人だからって何かが起こるという心配は翔から言われればほぼ皆無なわけだが、彼女が神であることを知らない桜澤からすれば当然の反応なのだろう。


「…流石フェミニストですね、桜澤さん」


「うっさいな。執事としてここに招いている以上当然だろう」


 ユウマは「へー」と適当にうなずきながら、桜澤と、そして翔の方へと視線を移すと、


「じゃあ俺がついていきますよ」


 ……………え? 

 

 予想外なユウマの発言に、翔は思わず面食らってしまう。


 性格的に考えて、そこでまさかユウマが名乗りをあげるとは思っていなかったのだ。


「ユウマが行ってくれるなら俺的には安心だけど…」


「俺なら翔とか桜澤さんとか、結構みんなの電話番号も知ってるし。連絡もとりやすいですし。方向感覚もまぁそこそこあるし」


「じゃあ任せていいか?」


 桜澤に問われると、ユウマにしては珍しく笑顔で「はい」と受け答えをしていた。


 翔は横から信じられない、といった目線でユウマの肩をとんとん、と叩くと、


「ちょっとユウマ…? いったいどうして…」


「俺がこういう行動に出るのがそんなに意外かな」


 まぁ確かにもとは面倒見のいい少年だから、アイを心配していくこと自体は別に普通なのだ。


 ただ話は単純で、ユウマがほかの女子を気に掛ける場面を見たことがないから驚いた、というのが素直な翔の感想である。


 ましてやその相手がよりにもよってアイだというのは…、


「だって心配なんでしょ? グラハムのこと」


「え?」


「心配そうに見てたじゃん? けどなんとなく避けられている気がするから、翔は追うに負えない…ってかそもそもグラハムが番号知ってるのは翔だけなのにその翔が一緒に行ったら意味ないし。だから俺が行こうかなって」


 どうやら面倒見の良さはアイに対して発揮していたというよりむしろ、またしても翔に対して発揮されていたようである。


 まぁ確かにユウマがいれば翔的にも安心できるような、むしろ不安になるような感じではあるのだが。


「……ま、安心しなよ。別に追いかけて取って食うわけじゃないんだから」


「当り前だよッ!!」


「………、」必死な様子の翔を見てユウマは少々黙って、「ったくなんでそれで認めないかねー」と小さくつぶやく。


 それから任しておきな、と一言いうとそのまま荷物だけ翔に預けてアイを追うように走って行ってしまった。


 最後の一言の意味はよくわからなかったが、まぁこれで安心……なのだろう。


 そう思うようにして、翔は先を進む桜澤の後へとついていくのだった。


 



2、


 桜井明美という少女を探すべく皆と別れてからまだ3分と経っていないであろう。


 しかし、その僅かな時間だけでもアイは既にこちらへ来たことに後悔していた。


 別に人探しが苦なわけではない。原因は、1人じゃ危ないからといってついてきたクラスメートにあった。


 風が吹くたびにさらっとなびく綺麗な黒髪に、澄んだ藍色の瞳。


 美男子美女揃いの学内で埋もれることのない、イケメンと形容するに十分な容貌。


 そんな少年――新橋ユウマを横目で見ながら、アイはそっと息を吐いた。


「…ねぇ、新橋くん。私は1人で大丈夫だから、みんなのとこへ戻っていいのよ?」


 今までのパーティーの際にもパートナーの学校に転入しては人付き合いを行ってきた彼女は争いを起こさぬように毎回猫かぶりなテンションでクラスメートとは接するようにしている。


 ユウマに対しても、また同じように普段より穏やかで猫をかぶった対応でにこやかにそう告げた。


 しかし話しかけられた方のユウマはというと、特に表情を崩すこともなく、


「いや、今から戻っても場所分からないし良いよ。ついてくから」


『ついてこないでほしいんだけどねぇ…』


 ユウマの返答にそんな事を思うも、流石に本人に向かって告げることは出来ずにアイは何度目か分らないため息をついた。


 そもそもこんな小さな島で起きる危険など、自分にとっては小指をひねるだけでも解決できるようなものなのだからついてくる必要などないのに。


 というよりむしろ、彼女に解決できないような危険が起きた場合はここにいるほかのメンツの誰にも解決は不可能だ。


 まぁ彼はアイがどういう身分の少女か知らないから仕方ないわけだが、知っている人が聞けば彼女を心配する…なんて大笑いものだろう。


『っていうか…、せめてついてくるにしても他の奴ならまだよかったのに』


 正直なところ、アイはこの少年が苦手であった。


 シラヅキに編入して2か月。この少年についてわかったことは多々ある。


 成績は学年でも上位層に食い込むことが出来ること。


 妹がいて、非常に面倒見もよく、また体育祭の時はパートナーを倒すという功績を残していること。


 面倒臭がりではあるものの、運動神経も非常によく、体育の時は女子からの黄色い声援が絶えないこと。


 そして面倒見の良さからかなんなのか、パートナーである翔とは一番の仲良しであるということ。 


 それらの中にマイナスイメージなど1つもないし、むしろプラスイメージのオンパレードだ。


 だが、それがどうしてもアイにとってはある人物と重ね合わせてしまう原因となった。


 やはり同様頭がよく、運動神経もよく、クラスメートからも慕われていて、なんでもできた1人の少年と。


 即ち――アイの前パートナーであり、想い人でもあった天道光と。


『思い出すからなるべく関わらないようにしてたのに…』


 正直翔は兄弟でありながら、光の面影を感じられる面が“全くない”という訳ではないが非常に少ない方である。


 それについては本人も言っていたが、光は父親似で翔は母親似であるためにあまり兄弟同士では似ていないのだ。


 故に翔とは割と落ち着いて話せることに安心していたのに、まさか赤の他人で雰囲気が良く似た少年が身近にいるだなんて思いも寄らなかった。


『…ま、似てるからこそ翔はコイツと仲良くなったのかもしれないけど』


 アイは、光が好きだったからこそ思い出してしまうこの似た少年とは関わりたくない。


 しかし、翔の方は違うのかもしれない。


『…そう思うと、翔の方がちゃんと吹っ切って前に進んでる感じね』


「ねぇ」


 そんな事を考えていると、不意に後ろから声をかけられた。


 考え事をしている際に唐突だったせいか、普段の猫かぶりテンションに比べてかなり素のトーンで「何よ?」と返してしまったが、ユウマの方が特に気にかけていないようだ。


 というよりむしろ、彼が気にしているのはそんな事ではなさそうだった。


 彼は真剣な表情のまま、「いや」と一旦話を区切ってから、


「よくそんな真っ直ぐと歩いて行けるなって。明美がどこにいるか最初からわかってるみたいな」


 澄んだ藍色の瞳が真っ直ぐにアイを捉える。


 その言葉を聞いてからアイは「しまった」と内心でつぶやいた。


 そう、彼の言う通り。アイはわかっているのだ。明美が今どこにいるのかを。


 彼女を探すべく歩き始めた時点で、アイは即座に彼女の気配を察知して居場所を理解していたし、そもそも最初は1人で向かってさっさと帰ってくるつもりだったから自然とそちらへ足を向けていた。


 しかし、事情を知らないユウマからすればそれはかなり不自然な行為に見えただろう。


 人探しだというのに左右をきょろきょろ見渡すことなく、ただ真っ直ぐに前へ歩き続けていたのだから。


「…あ、ああ…ごめんなさい」


 アイは動揺を隠すために少し笑顔を浮かべて、


「ちょっと考え事してたから考えなしに歩いていたわ。こっちの方にいればいいんだけど」


 正直こんな言い分で誤魔化せるかどうかは微妙だろうと思った。


 が、ユウマは少し間こそはあったものの、


「…うん、そうだね。そっか」


 と、目を伏せながら優しい返事を返してくれた。


 その優しい声色が、また光を彷彿とはさせたもののアイはそれを振り切るように軽く首を振る。


 親族である翔ですら、もう前に進んでいるのだ。


 自分もいつまでも思い出にすがりついているわけにはいかないだろう。


「…ねぇ、新橋くんっていつから翔と仲良いの?」


 そんな思考を断ち切りたくて、話題を振ってみたものの少々唐突すぎたのだろう。


 まさか話しかけられると思っていなかった、というようにユウマは少々面食らった顔を浮かべ、そしてそれからどういうわけか今度は楽しげな笑みを浮かべると、


「…気になる? 翔のこと」


「…ばっ、」


 思わず素で返答しそうになり、アイはぱっと自らの口元を押さえた。


 が、ユウマの方は相変わらず笑みを浮かべたまま、ゆっくりアイの横まで歩いてくると、


「素の方で喋りなよ。演技やりづらいでしょ。…それにそっちの方が俺も喋りやすそうだし」


「………、」


 演技を見抜かれていたことに、アイは口元に手を残したままむすっとした表情を作る。


 ここにきてようやく光と違う点が見つかった、とアイは思った。


 光は正直言って手に負えない程に鈍かった。彼の唯一の欠点はその天然ボケだといってもいいだろう。


 しかし、この少年はそれとは正反対に実に鋭いようだ。

 

 先ほどのような物事の洞察力は勿論、それ以外に人の気持ちとかそういうことに対しても。


「…よくわかったわね。私が猫被ってるって」


「んー、だって翔と話してる時とはだいぶ雰囲気が違ったし。それにさっきからずっと口元ひきつってるし」


「……今度から気を付けるわ」


 演技力はそこそこ自信があるつもりだったのだが、意外と顔に出てしまっていたとは。


 彼からの忠告を肝に銘じておくこととしよう。

 

 そんな事を思いつつアイは咳払いをし、


「じゃあ普通に喋るけど、…別に翔が気になってるわけじゃないわよ。ただアンタら相当仲良いからいつからの付き合いなのかなって思っただけ」


 今度は少々迂回して、明美をさぞ探しているかのように歩きながらアイはそう答える。


 先ほどまでの喋り方とはがらっと雰囲気が変わったにも関わらず、彼の方に驚いている様子はなかった。


 元々そういうのを気にするタイプではないのかもしれない。


 ただ先ほどまでと同じく楽しげな笑みを浮かべ、


「まぁそういうことにしておいて、」


「そういうことなのよ」


「はいはい。んー…、俺らは普通に高校入って入学式くらいからずっとつるんでるよ。高校での最初の友達ってやつかな」


 なんか適当な応対に少々辟易しつつも、「へぇ」とアイは相槌を打った。


 まぁ高校の友人の中では長い付き合い、ということだろうか。とはいえ入学からまだ4か月しか経っていないから長いも何もないとは思うが。


「名前順の席順だった時に丁度隣でね。それで向こうに話しかけられたのがきっかけ」


「あら…翔から話しかけてきたの?」


 なんとなく意外な感じではあったが、そういえば翔はコミュニケーション能力はそれなりに発達している方だった。


 思えば知り合いの少ないこの旅行にも前向きだったし、そういうところは存外積極的なのかもしれない。


「とはいえあれだけどね。筆箱忘れたから貸してくれませんかって」


「…ああ…」


 彼のドジっぷりならありえそうだ、と即座に思った。


 登校初日から筆箱という必須用具を持っていないとは、中学でもちゃんと学生をやっていたはずなのに抜けすぎではないだろうか。


 一体鞄の中に何をいれてきたというのだろうか。まさか空っぽで登校したんじゃあるまいな、と思うが彼ならありえそうである。


「しかもアイツ、緊張してたのか知らないけど盛大に噛んだんだよね。貸してくらさい、って」


「あー…凄く想像がつくわ…」


「やー、今思い出しても面白いかったなぁ」と言いながらユウマが笑みを漏らす。


 今でもたまにネタにして弄ってるんだけど、という台詞にそれはそれでらしいなと思った。


 翔はどう見てもいじられキャラだし、反対にユウマはドSであるという話もよく聞いていたからだ。


「俺と翔さ、名前順の席だと周りが全部女子で唯一の男子がお互いだけだったんだよね。…とはいえ、俺は翔と仲良くする気はゼロだったんだけど」


「あら、そうなの」


 それは少々意外だった。


 人間的な感覚はちゃんとはわからないが、周りが女子ばかりで、しかも入学当初ならとりあえず隣にいる奴と仲良くしようと思うのは自然な流れに思えるが。


 …と、そこまで考えてからアイは途端にユウマの方をじっとりと睨みつけ、


「……まさか女子としか仲良くする気がなかったとか…」


「まさかねぇ」


 声が真剣なトーンだったことから察するにどうやらそれは本当に「まさか」な想像だったようだ。


 そういえば翔も、ユウマは折角モテるのに女子に全然興味がないとか言っていた気がする。


 だったら何故、と思っているとユウマは少し笑みを浮かべ、


「俺、中学の最後の年にいろいろあってさ。…それで高校ではなるべく人と距離を置こうとかなー…みたいなね」


「…ふーん」


 何があったのか、とは聞かない方がいいだろうとアイは判断した。


 彼女は1000年以上生きてきて、それなりの数の人間と関わってきている。


 そこから学んだこととして、左程親しくない人には必要以上に干渉しないということが1つある。


 この場合は深く聞かないのが吉だろう。彼女に解決できる事ではないのだろうから。


「……まぁ、とか思ってたんだけど、あまりにも必死の形相で盛大に噛みながらシャーペンを貸してくれと頼んでくる奴を見てたらそんなのもなんか馬鹿馬鹿しく思えてきたというか」


「…うわぁ…」


 素から出た反応だったが、わからなくもないなとアイは内心で相槌を打った。


 翔を見ていると、なんとなく難しい悩みとかがどうでもよくなってしまうような感覚になることがある。


 それが良いのか、悪いのかはまた人それぞれかもしれないが。


 暑くなってきたのか、ユウマはぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、


「だから最初はなし崩しで仲良くしてたけど、まぁアイツの人間性を知れば知るほど仲良くなって良かったと思えるよ」


「…随分と仲良しね。まぁ傍から見ても分かってはいたけど」


 そう、翔とユウマが仲良しなのはわかっていた。


 彼女が傍から見ていても、翔が一番心を許している友人はユウマだろう。


 そして、それ故にアイは罪悪感も感じていた。

 

 翔に、ユウマに対して隠し事をさせているという事に対して。


 以前、ユウマは勘が鋭いから薄々何かに気付いているんじゃないか、と翔が言っていたことがある。


 しかしそれに対してアイは「誤魔化しなさい」としか言うことが出来なかった。


 仲良しの相手に対して、仕方ないとはいえ隠し事をさせなきゃいけないとは、


『本当私の存在って…つくづく人を苦しめるわね』


 昔からずっとそうだった。


 だから、刃を向けられてきたことも実際何一つ不思議じゃないわけで。


「……心配しなくても平気だよ」


「え?」


「…何でかは聞かないけど、最近ある理由で翔のこと避けてるでしょ?」


 うっ、と声を漏らすとユウマが再び笑みを浮かべるのがわかった。


 わかりやすいな、とでも思われたのかもしれない。


 しかし、今度は馬鹿にするような笑みではなく、光のような優しい笑みを浮かべると、


「…あいつのこと信じてやってよ。抜けてるけど、アイツはしっかりしてるとこはしっかりしてるし、約束は守ってくれるし。人として信頼のおける良いやつだよ」


 まぁ女子から見ると良い奴で止まっちゃうタイプだけど、とユウマはからかうように付け足すがアイはそれに対して反応することが出来なかった。


 そんなことは、言われなくても十分わかっていた。


 パートナーを認めたあの日、彼の手を自分でしっかり握った日から、わかっているつもりだった。


 では、だったら何故、今自分はあの少年を避けているのだ?


 ――結局自分は誰のことも信じていないからではないのか?


 奥底から浮かび上がってくる疑問に対して、アイは答えることが出来ない。


 答える事が出来ないのはつまり、それが図星であるからなわけで。


 そんな思いに唇を少し噛み、目を伏せると、


「…まぁ信じるっつっても難しいよね」


「え…」


 まるで、自分の内心を読んだかのような発言にアイは再び面食らった声を出してしまった。


 自分でも中々聞くことのない間の抜けた声に内心驚いていると、


「ま、もーちょいじっくり付き合ってみてやってよ。時間をかければわかることもあるだろうし」


「………、」


 そんな事を優しく言うと、ますます光にそっくりだ。


 そう思いながらアイは「ええ」ととりあえず頷いた。


 自分が人生を狂わせてしまった、彼によく似た少年の目を見つめながら自分に問いかける。


 今度こそ自分は、大切な人の人生を狂わせずにいけるのか、と。

アイさんがリズ編からセンチメンタルを引きづっている。そんな回。

そして2か月程開いた更新・・・ごめんなさい・・・←

次こそもっと早く…って毎回言ってるよねごめんなさい←


それはともかくとして。

ユウマと光が似ているというのがようやくアイ視点で明らかになった回です

アイとユウマの関係性って微妙な距離感なんだけど書いてて楽しいです

こっから徐々に変化が出ていくのでお楽しみに…?


ちなみに明美ちゃんが忘れ去られている雰囲気ですがちゃんと次回出ます←

ということで、また次回…! それでは♪

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