集う者達
1、
普段我々が暮らしている下界から、さらに上空のかなたまで進んだところに存在する天界。
それは神々や天使達が暮らす、天の国を指し示す言葉である。
沢山の都市からなるその世界には、本来なら創造神たる神と、その神が創り出した10柱の下位個体である神がいるはずだ。
しかし、現在そこにいる神は創造神合わせてたったの4柱のみ。
というのも、残りの神々はパーティーという戦いのために下界の方に行っているからである。
「………、困ったわねぇ」
そんな中、この間の第三戦目にて風を司る神に敗北した精神を司る神のリズは困ったようにため息をついた。
彼女が今いるのは天界の中でも、神々と決められた天使しか入ることが出来ない中央都市と呼ばれる場所の更に中心部にあたる部分だった。
彼女の視線の先にあるのは全長10メートルを超える大きな白い扉であり、全体的に天使のようなものをイメージされた彫刻が彫られている。
また扉の両脇からはどこから流れてきているのかよくわからない水がとめどなく落ちてきていた。
壮大なこの扉の先には所謂創造神である自分たちの生みの親といえる上位個体たる神がおり、普段はこんなところにわざわざ出向くことはないリズなのだが今日は何故ここにいるのかといえば、
「別にいいのよ。用事があるからって人を呼び出すのは。けどねぇ」
彼女はため息まじりにそう呟いてから再び巨大な扉の方を睨み付け、
「………鍵あかねぇじゃねぇか!」
くわっ! と目を見開きながらリズはそんなツッコミを繰り出す。
用事があるといって人を呼び出しておきながら、待ちぼうけを食らわせるとはどういうことなのだ。
大体普段はこの扉に鍵がかかっていることなどほとんどなく、下位個体の自分たちでも自由に出入りが出来るようになっているのではなかったか。…まぁ、自らこんなところに来る神はあまりいないわけだが。
「あんのクソ上位個体…もしかして留守とかじゃねぇだろうな…」
イライラを隠し切れずにヒールのあるブーツで扉を蹴り飛ばすリズだが、そんな力では扉はびくともしない。
そもそもリズの属性は精神であり、こういった馬鹿力もとい野蛮力に関しては不得意なのだ。
困ったものだなと思いながらリズは再びため息をつく。
正直このまま帰ってもいい気がしてきた。そもそもこんなところに呼び出さなくても話などいつでも出来るだろうに。
『ま、こういう場所でしか話せない用事って可能性もあるがな』
そんな風に考えを巡らせていると、不意に後ろの方にある神の気配を感じ取ることが出来た。
それはリズが待っていた上位個体ではないが、誰であるかは聞くまでもなくすぐにわかった。
「なーにこそこそしてんだミカ」
「ひゃうっ!?」
名前を呼ばれると何故か過剰なまでに驚く金髪2つ結びの少女。
うさぎか、はたまたリスか、とにかく小動物的な雰囲気の少女だが、そんな彼女の属性は剛力。
いかついマッチョの男なんかより遥かに馬鹿力を持つ、自分とは正反対の属性の少女だ。
そんな彼女は相変わらず属性からは想像もつかないおどおどした動きのまま、こちらへ近づいてくると、
「い、いえ、あのですねっ」
「そんなビビりながら話すなよ、傷つくだろ」
「あ、いえ、ビビッてはないんですけど…」
だろうな、とリズは思う。しいて言えば警戒している、というのが正しい。
警戒されるようなことをしたのかと問われればそれを否定することはリズには出来ない。
というのも、パーティー第二戦目のアイとミカの戦いの際、標的になっていた少女から認識が外れるように認識疎外をかけたり、少々茶化したりしているのだ。
リズ的にはほんの悪戯程度の気持ちだったのだが、そもそも今回パーティー初参加だったこの平和ボケした少女にはそうとれなかったのかもしれない。
「…ミカ」リズはいつもの声より少しだけトーンを下げつつ、「…まぁビビッても仕方ないわよね。私、あなたに意地悪しちゃったものね」
「ふぇ!? い、いや、あの時は私もその…色々おかしかったというか…ですし…はいっ」
「ううん。それでも私がしたことはあなたにとっては悪戯じゃ済まされなかったと思うの。結果的に最後に標的にされた子が助かったからいいけど…もし助からなかったらミカの自責の念はもっと強くなっちゃってたわよね…」
リズはごめんなさい、と台詞を続け軽く頭を下げた。
普段の彼女からは恐らく想像も出来ない光景だったのだろう。それ故に、今度はミカが慌てだすのがわかった。
彼女は髪を左右に揺らしながらぶんぶん、と勢いよく首左右に振ると、
「そ、そんなことないです…! わ、私は大丈夫ですから、気にしないでくださいリズさん…!」
『……ちょろいわねー』
内心であっかんべーでもしてやりたい気分だった。
彼女の先輩もとい師匠にあたるアイであれば「気持ち悪い芝居はやめなさいよ」と一刀両断されていただろうが、この後輩のちょろさはなんだろうか。
流石下剋上されても怒らずに許してしまう甘ちゃんだ。逆上して相手を殺した自分とは正反対だ。
そんなことを思っていると、思考が思わず表情に出ていたのだろうか。ミカがきょとんとしながら、
「……? リズさん? 顔がこわばってますよ?」
「え、ああ、何でもないわよ。ありがと」
「あの、本当に私のことは気にしなくて大丈夫ですからねっ」
ええ、と頷きながらリズは内心で再びため息をついた。
そのため息は恐らくは目の前にいる女神への呆れと、はたまた自分への呆れだった。
この間の風を司る神との一戦以来どうも感情が表に出やすくなっている気がする。
属性柄もっとクールな振る舞いをするように気を付けていたのだが…、
「で、」そんな思考をぶった切るようにリズはミカと向き合うと、「ミカはどうしてこんなところにきたわけ?」
「え、そのですね、上位個体様に呼ばれて…」
「上位個体に? お前もか?」
「え、リズさんもですか?」
一体どういうつもりなのだろうかあの神は。
自分だけでなくミカのことも同時に呼び寄せるとは。
色々思考をめぐらせてみても、2人同時に呼ばれる用事がどうも思い当たらない。
そもそも既にパーティーで敗北している神に用事などないはずではないのか。
「まぁ聞けば一発でわかることよね」
余計なことは考える前にさっさと聞いてしまえばいいのだ。
となるとやはり問題は目の前の大きな扉だろう。鍵が開いていない状態なのは依然変わらないまま。
ミカが来たことによって特に変化したこともなさそうだ。
「リズさん、入らないんですか?」
「それが鍵があかねぇんだよ。困ったことにな」
そうなんですか? と首を傾げながらミカがリズの前辺りまで小走りで近づいてきた。
相変わらず小動物のような動きで走る少女だな、と思って見ていたが扉の前に立つと更に小動物感が際立ってみえた。
ただでさえ扉はでかいし、しかもこの少女の身長は女神の中でも最小だったりするから猶更だ。
しかし、忘れてはならない。彼女はどんなに小動物的な雰囲気を纏っていても女神…いや、下位個体の全神の中で一番の馬鹿力を持っているということを―――。
ミカはむーっとうなってから、そっと扉に右手を置いて、
「むんっ」
と、なんだかとても可愛らしい掛け声とともに扉を押してみせた。
ぱっと見た限りでは、ミカがたいして力を込めたようにはみえなかったが、次の瞬間扉の表面に明らかな変化が見られた。
まず耳に届いたのはギシギシ…ッ! と扉の軋むような音。
そして音とほぼ同時、扉に亀裂が入るといっきに扉が崩れ去ってしまったのだ。
「………、」
思わず目を丸くしてしまうリズだったが、別に驚くようなことではない。
神の中で一番の力の持ち主だ。これくらい余裕すぎるだろう。彼女がその気になればこの天界ごと破壊出来てしまう可能背もある。
ある意味彼女が平和的な性格であることは必然的だったのかもしれない。
そんなことを思っていると、ミカが嬉しそうに顔を輝かせながらこちらを見てきた。
「やりましたリズさんっ! 意外と簡単にあきましたよっ」
「……開けましたよの間違いじゃないのか」
思わず顔に手をあてながらツっこんでしまうも、目の前の天然少女はきょとんとするだけだ。
こんな装飾の施された大きな扉を修復しなくてはいけない人の身になるとただただ同情心しか湧かないが、まぁ致し方ないだろう。
少なくとも自分の手を煩わせることはないだろうからもう気にしないでおく。
「さて…で、中にあいつはいるのか?」
もしも中にいるのだとしたら、ドアが開かなかった訳がわからない。
それとも上位個体が扉を開けられなくなるような緊急事態でも起きたというのだろうか。
それ故に自分たちを招集したという可能性も…、
「……念のため、気を張っていくぞミカ」
「ほぇ?」
いかんせんミカの返答からは不安しか感じなかったが、リズは慎重に穴の間部分から向こうの空間へと足を踏み入れる。
キラキラと虹色に光るその空間はリズ自身何度か入ったことがあるがいまだに慣れないものだった。
そもそも扉自体は平べったく、向こうにこんな空間があるようには見えないことからおそらくここはまた別の空間なのだ。
今足を踏み入れている場が地面なのかも定かではなく、どこまで続いているのかも不確かな空間。
それが、大きな扉の向こうにある――一部の神々にしか入ることを許されていないこの空間だ。
『ルナならこの空間について少しはわかるのかね』
ある女神のことを思い出しながらリズはそんなことを考える。
まぁ天界自体不思議な場所なのだから今更疑問に思うことなどないのだが。
と、ようやくミカも後ろから入ってきたのかいつの間にか自分の後ろにちょこんとくっついてきたいた。
「わー…いつみても変なところですよねここ…」
「そうねぇ。実際どれくらい続いてるのかねこの空間は。この中じゃ人探しも大変だ」
仮に、もしも上位個体に何かあったのだとしたら。
内部の者の反逆でも起きたか、はたまた上位個体自身の身に何かが起こったのか。
どちらにせよ考えにくい可能性にリズが頭を悩ませていると、ミカが「あっ」と小さく声をあげるのが分かった。
リズさん、と自分の名を呼ぶ彼女が指さすのはこの空間の真ん中らしき点にある豪華なベッドだ。
レースで覆われたどっかの国の王様辺りが愛用してそうなその豪華なベッドに寝ているのは――、
「ふわぁ……、あれ。リズにミカ…なんだぁ…もうきたのかぁ…」
「…………、って寝てただけかこのクソ上位個体め!!」
「ええ!? お前なんで来た瞬間にきれてんの!?」
寝起きなんだから大きな声出すなよー…と呑気な声で呟くのは白髪の神だ。
女性にも、男性にも見える、中世的な外観で白色の髪は編み込んだ状態でも地面についてしまう長さがあった。
自分たち下位個体の神々から見て、上位個体にあたるこの世の創造神。全能を司る神。
「……なんていえば格好いいが実際は物凄いおちゃらけていて、何を考えているのかわからないぱっぱらぱーな神だよほんとお前は」
「いやだからなんで来た瞬間に私悪口言われてんだよ」
「ったく…お前が人を呼び出しておきながら扉を開けとかねぇからミカが扉壊しちまったぞ」
「あちゃー、それは大変だな」
「ふ、ふぇ!? 私壊しちゃいましたっけ!?」
「こっちはこっちで無自覚デストロイだよ…!」
「どうでもいいけど無自覚デストロイってとんでもない言葉だよなぁー」
まだ眠いのか、はたまた特に何も思っていないのか、まるで他人事のように上位個体は答える。
自分がいる部屋の扉のことなのにこんなに興味がなさそうなのはいったいどういうことなのだ。
そもそも心配するだけ無駄だったのはわかっていたが、それにしてもこの対応はどうなんだと文句を言いたげにリズが目を細めると、上位個体がすっと立ち上がった。
そしてそのまま扉の方を指さすと、――次の瞬間上位個体の瞳の色がエメラルドグリーンの色彩に変わった。
「え?」
疑問に思っている暇もなかった。
特に何か音がしたわけでも、光か何かが出たわけでもなかった。
ただ一瞬にして、気づけば、先ほどミカが壊した扉が新しく建て替わっていたのだ。
「……今の一瞬で…」
「当り前だろ。創造神だぞ」
そう言う時には、上位個体の瞳の色は元の金色になっていた。
この神の瞳の色は実に不思議なもので、力を使う時などに色が変わる特性がある。
その色彩も実にバリエーションが豊富で長く一緒にいるリズでもすべては見たことがなかったりする。
ぱっぱらぱーな奴だが、やっぱり間違いなく創造神なのだ。
「そ、それで…上位個体様。何か御用ですか?」
扉を壊してしまった罪悪感からか、少々おどおどしているミカが上位個体にそう尋ねる。
そういえばそれが本題だったな、と思いながらリズも上位個体と向き合いなおす。
わざわざ自分たちをこんなところに呼び出しておいたのだからまぁ流石に大した用事でないということはないのだろうが。
それに対して相変わらず緩い感じのテンションの上位個体は「ああー」と軽く間延びした返事をすると、
「なんだったっけ」
「お前人を呼びつけといて忘れたってのか!?」
「ああ、そうそう☆ 炎を司る神を保護してきてほしいんだよねん☆」
「あー、なるほ……ってなんだって!?」
「お前良いリアクションするよなぁ、最高だよそれ」
ははは、と屈託ない笑顔を浮かべる上位個体ときょとんとするミカに挟まれてリズは辟易してしまう。
今ここにもう1人ツッコミ役がいてくれれば助かるのだが残念ながらそもそも今天界にいる神の中で突っ込みをこなせそうなのは自分くらいなものだ。
なんだかここにくるまでの間だけで物凄く疲れてきたリズだが、話を整理しないことには先に進まないのでもう一度話を戻すことにした。
「えーっと…炎を司る神って…レン君のことですか?」
きょとんとしながらミカがそう問う。
レン、というのは自分たちと同じく下位個体の1柱で炎を司る神である少年だ。
だがしかし、パーティーに参加中の彼を保護してこいというのは少々おかしな話だった。
そして、リズは知っている。――彼のほかに、もう1柱炎を司る神が存在していることを。
「………、ナナさんが逃げたのか」
「…ナナさん…?」
おそらく、聞き覚えのない名前にミカが首を傾げた。
上位個体は「リズは話が早くて助かるな」といいながら、今度はミカと向き合う。
「ミカ。お前、下位個体最強の神が誰であるか、言えるか?」
「…最強はそりゃ……。ってあれ? だ、誰でしたっけ…?」
ミカの師であるアイは歴代2位の実力者といわれる神だ。
が、そういえば彼女の上であるはずの最強の神の存在を思い出せない神がほとんどであるはずだ。
いや、思い出せないというのともまた少し違うだろう。どういうわけか最強の神が誰であるかなどそもそも疑問に思ったことがなかったはずなのだ。
「最強の神がいたんだ。かつて。炎を司る神、ナナという名前の神が」
「…ナナ、さん…」
「実を言うと、お前もナナには会ったことがあるぞミカ」
「え、ええ…!? そ、そうでしたか…?」
一切記憶にないミ事にカは首を傾げる。
「そんな小さいころの話ですか?」と首を傾げるミカだが、しかし、それは仕方のないことで、
「覚えてないのも無理はないミカ。私が消したのよ、あんたらの中から記憶をね」
「……り、リズさんがですか…!?」
「ああ、上位個体に頼まれてな」
何故、とでも言いたげな目でミカは上位個体を見る。
さてどう説明するつもりなのだろうか。
実を言うとリズもナナの記憶をみんなから消すよう頼まれたものの、その事の真実はよく知らない。
もしくは、自分もそのことを覚えていないという可能性もあり得る。例えば、
『私自身上位個体に記憶を操られているとか…』
ありえない話ではなかった。
なぜなら上位個体は全能を司る神なのだから。…とはいえ、だとすると自分に記憶を消すよう頼んだいとも不明なわけだが。
だからこそ気になるのだ。この場をどう説明するつもりであるのか、と。
上位個体は「んー、」と少々考え込むような仕草をすると、
「本当はレンの前はナナが炎を司る神としてパーティーに参加してたんだが…いろいろあって今奴は弱体化してしまっているんだ」
「…弱体化、ですか…?」
「お前らも知っているだろう。我々神の弱点である、〝銀〟の存在を」
銀――それは、絶対的な力を持つ神の弱点のことである。
神々の力を抑え込む特別な力を持つ素材で、最悪暴走した神などを抑えるために使われる――リズたちからすれば厄介な一品である。
「アイツはその銀によって弱体化してしまってな。それでパーティーから外していたんだ。今も本当は治療中だったのだが…、」
「どっかへ姿を消しちまったと」
リズが続けると、上位個体がこくりと頷く。
「とはいえ、行先ははっきりしている。下界だ。…ともなれば、お前らのどちらかに行って保護してきてもらうしかない」
「おいおい。パーティーで敗退した私たちに頼むってことはそこまで切羽詰った状況なのか?」
「実は問題はそのナナのことだけでないんだ。私の手元にあった神具――銀の手錠が盗まれていてな」
「えええ…!?」
今度驚愕の声をあげたのはリズではなくミカの方だった。
銀の手錠、といえばこの辺の神なら誰でも知っている神具の1つだ。
先ほど言った、神の弱点である銀によって使って作られた手錠。つまり、効能はただ1つ。
「…つけたらたちまち私たち神が力を失っちまうアレか…」
リズはそれは確かに困ったなといった風に頷く。
誰が盗んだのであろうが、どの神に使われようが困ったことになることは間違いないだろう。
それにしてもそんな大事なことを間延びして話すこの神には困ったものである。
「……ってか、盗まれたっておい。仮にも全能の神だろ」
「いやー、お昼寝してたらいつの間にかなくなっちゃっててさてへぺろ☆」
「そ、そんなこと言ってる場合では…ない、ですよね…? 誰かに使われたら大変ですよ…!」
「まぁ使われるとしたらあのお人よしのクイーン以外にないだろうけどな」
「だ、だから問題なんじゃないですか…!」
リズに抗議するようにむすっとした表情でミカがそういう。
こういう時にしか人に食いついてこないのだから相変わらず師匠大好きっ子だ。
ミカの全然怖くない睨みを受けたリズはやれやれ、といった風にため息をつきながら、
「ならお前が行けよミカ。ミッションは銀の手錠の回収と、炎を司る神の保護。戦闘向けのお前が行ったほうがいいだろ、」
「で、でも私戦いとかは…」
「まぁ保護と回収ならドンパチやることはないだろ。私は面倒くさいからパスだわー」
わ、わかりました…とミカの頼りない返事が返ってきた。
心配になる感じの声だったが、まぁここは彼女に任せておくの良いだろう。
上位個体もリズの意図を読み取ったのか、特に文句などを言うことはなかった。
「じゃあ頼んだぞミカ。早速地上の方へ行ってきてくれ。…敗退した神を地上に派遣するのは少々異例だが…、まぁ仕方ない」
「わ、わかりました…! で、では準備してきます…!」
そういうと、ミカは慌ただしい感じに部屋から出て行く。
地上に派遣されるにあたって特に準備する必要もなさそうだが、まぁ放っておこう。
補佐天使への挨拶とか、武器の準備とか、ミカならなんかいろいろ持っていくものも多そうだ。
少なくとも真面目な少女だし、上位個体への忠誠心も持ち合わせているのでちゃんとミッションはこなしてくれるだろう。
「んで、」
リズは途端に真面目な声になると、上位個体をにらみつけ、
「今度はなーに企んでんだお前」
「おいおい、企むとは言い方が悪いな」
「阿呆。お前ほどの奴が神具盗まれるわけも、炎を司る神が地上に逃げるのをみすみすうっかり見逃すわけもないだろう」
根拠を述べたうえで、リズはもう一度問う。
何企んでるんだ、と。
すると、上位個体はオレンジ色に目を光らせてこう答えた。
「――面白いこと、かな?」
と。
2、
7月28日。
旅行当日、翔はスーツケースを引っ張りながら家を出る。
友達と旅行に行く、というとまぁ予想は出来ていたが母は二つ返事でオッケーをくれた。
その辺に関してはうちの母親は放任なので助かる。自分が第2子であることも関係していそうだ。
「しっかし今日はあっついなー」
もうすっかり季節は夏というだけあって今日も非常に暑かった。
立っているだけで汗がにじんでくる程だ。ニュースでは真夏日といっていた気がしなくもない。
汗を右手で拭いながら翔はちらり、と斜め後ろを歩くアイの方へと視線をやる。
流石に一緒のスーツケースは怪しすぎるので彼女にも少々小さ目なスーツケースを貸してみたもののほとんど物は持ってきてなさそうだ。
とまぁそれ自体は別にいいのだが、
「…ねぇアイ…それ、暑くないの…?」
「え?」
突然話しかけられると、アイはきょとんと目を丸くしてみせた。
翔が言ったそれ、というのは彼女が私服の上から羽織っている大き目な黒のジャケットのことだ。
何故かどんな服を着る時も彼女はそれを上から羽織っているのだが…流石に夏その恰好は暑そうだ。
そう思って聞いてみた翔だったのだが、
「…何言ってんのよ。私は氷を司る神よ。自分で自分のこと冷却してるからクーラーなんかなくても熱くなんかならないのよ」
「さらっとうらやましいこと言われた…!」
夏にほしい歩く冷房状態ではないか。
というかアイがいれば家にいる時もクーラーとかつけなくてもよさそうだ、と翔は思わず神の力の無駄遣いを考えてしまう。
しかしまぁ本人が大丈夫なのはいいとしても、あのジャケットは見ている方としては暑くて仕方ない。
『っていうか…毎日毎日羽織ってるけど何か大切な物なのかな…?』
彼女の私物にしてはどう考えても大きすぎる。サイズやデザインで考えて恐らくは男性ものだろう。
ということは、誰かからの貰い物である可能性が高いわけだが…、
『兄さん…のではないよなたぶん…。ああいうジャケットを着てるの見たことないし…』
だとすれば誰なのだろう。
自分が知らない、彼女の大切な誰か。
想像もつかないその存在に対して翔はすこしもやっとしてから、
『ってあれ…なんで今もやっとしたんだ…?』
「何急に黙り込んでんのよ」
と、アイが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
ここでさらっとそのジャケット何? と聞ければよかったのだがなんとなく地雷になる気がしたので、「別に…」と言っておくと、アイの方も特にそれ以上聞いてこなかった。
そう、と彼女はやけにそっけない感じに応えるとすたすたと先を歩いて行ってしまう。
…やはりなんか変だ。
この間の、――リズとの戦いの後くらいからずっとあんな感じだ。
普通に会話はしてくれるのだが、どうも素っ気なさが増した気がする。
何か怒らせるようなことをしたのだろうか? どうにも思いあたりがない。
とはいえ人間なんて知らず知らずのうちに人を怒らせていたりもするので心当たりがなくても怒っている可能性は十分なわけで。
んー、と考えていると前を歩いていたアイが「あ」と声をあげた。
「……あそこね待ち合わせ場所。もうみんないるわよ」
「…ん? あ、ほんとだ」
アイが指差す方向を見ると、すでに自分達以外のみんなが集まっているのがわかった。
翔は「行こうか」とアイに声をかけてから少々早足でそちらへ向かう。
まだ待ち合わせ時間の10分前のはずだったが、もう来ているとは時間にしっかりしたメンツである。
「お待たせしましたっ!」
「我々も今来たばかりですから気にしないでください」
そう言ってにこりと笑ったのは桜澤だ。
主の分の荷物も持っているか、彼だけ偉い大荷物だった。
こんな真夏だというのに長袖のスーツを身に着け、なおかつあんだけ重そうな荷物を持っていても笑顔を崩さない辺りは流石執事というべきなのだろうか。
一方でその横に立つ彼の主である五十鈴は彼とは対照的に小さなポシェット1つしか持っていなかった。
「あ、高嶺沢先輩! 今回は急にお邪魔しちゃってすみません」
「気にすることはないわ。別に何人いようが関係ないから」
ありがとうございます、と翔はもう一度頭を下げる。
それにしても五十鈴を間近で見るのは初めてだが本当に美人だ。
美人であることは入学式で見た時から知っていたわけだが、近くで見ると更にその美しさが際立っている。
モデル業もやっていると聞いたし、プロポーションも実に整っているのが見てとれる。
思わずほーっ、と見とれていると、
「あ、翔くん今五十鈴様に見とれてたでしょー?」
「………ん?」
物凄く聞き覚えのある声に翔は首をかしげる。
何故かいつもこんな感じで唐突に自分の後ろから現れる聞き覚えのある声。
誰か思い出せないまま声の主の方へ視線を向けると、
「……って、え…!? シャ、シャロンさん…!?」
やほーっ☆ と軽いノリで挨拶をしてきた少女は確か波音と同じクラスの少女だ。
3度くらいしか話したことはないのだが、これだけ目立つ外見の美少女なのでインパクトにはよく残っている。
そしてやはりというべきなのか、シャロンが現れた途端にアイがすすっと翔の背中の後ろに隠れてしまったが…そんなに苦手なのだろうか?
以前シャロンと会話した時もアイはこんな感じだった。
「えーっと…な、何故シャロンさんが…?」
「んー、五十鈴様に招待されたんだよ☆ 私にどーしても来てほしいっていうから…」
「言ってないわよ!! た、助けてもらった礼に来てもいいわよって言っただけ!!」
何故か顔を真っ赤にしながら反論する五十鈴にシャロンは「えー」とけらけら笑いながら応対する。
先輩相手だというのに本当に物怖じしない性格というか…大物だ。尊敬してしまう。
道理であの波音にもずかずか絡みにいけるわけだ、としばらく顔を見ていない神々しい外見の少女のことを翔はふと思い出す。
「で、これで全員揃った?」
と、ユウマが話を区切るようにそう問う。
そういやまだ挨拶してなかったなと思ったので翔はよっ、と手をあげてみるとユウマからも笑みが返ってきた。
それにしてもユウマもかなり小さめなスーツケースしか持っていなかったが荷物は足りているのだろうか。
あれだけ荷物が小さいと逆に何を持ってきたのか気になるものだ。
「…うん、人数を数えた限りこれで全員ですね。ヘリに乗れる人数の関係で一夜達は先に行ってもらってるし」
桜澤のその言葉に翔は首を傾げる。
今翔の聞き間違いでなければ間違いなくヘリ、という言葉が聞こえてきたような気がするのだが…、
「…え、ヘリで行くんですか…?」
「ああ、言ってませんでしたっけ。高嶺沢家の持つヘリで行きますよ」
「………そうなんですかぁ…」
なんかすげぇなぁ…と翔は思う。
天道家だって決して貧乏というわけでないわけではないが、格が違う。
流石に島を持っているくらいのお金持ちとなればヘリくらいは簡単にチャージできるのだろう。
アイはヘリは初体験だけど大丈夫かな…と一瞬心配した翔だったがまぁ普段から空を飛び回る少女だし別に問題はなさそうだ。
「桜澤、ヘリの方はもうばっちりなわけ?」
「ええ、いつでも出発できますよ、お嬢様」
では行きましょうか、という桜澤の声にみんな「はーいっ」とゆるく返事をする。
しかし、なんだか先行き不安な旅行になりそうだ。
シャロン相手に警戒するアイのことも不安だが、向こうで何か起こらないかも不安だ。
もし起こったとして、無駄に鋭いユウマにパーティーのことを知られたりしないかも不安だ。
しかも今回は何か起こっても波音やフウが傍にいないのだ。
『…今ほど波音さんたちの存在が恋しいことってないよな…不安すぎる…』
尚、翔の不安は見事に的中することとなるのだが今は知る由もない。
小さな無人島に、トラブルメーカーたちが大勢集まって果たしてどうなっていくのか。
それはまたこの後の話である。
無事に旅行が終わるわけなんてないんだぜっ
久々の更新になりました…なんとか一か月で済んでよかった…!
ということで旅行が始まりますが、天界の方でも何かうごめいていたり…な感じですね。何が起こるのかはまた次回以降に…!
私事ですが最近デジタル絵を始めてみました(ツイッターによくほっぽってます
そのうち挿絵とかにも使いたいので挿絵がデジタルになっていたら「おお、これかー」くらいに思ってみてください!←
それではまた次回の更新で…!




