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アヴェク・トワ  作者: リラ
Ⅳ HERO
43/49

女王様

0、


「無駄よ」


 今でも、よく思い出す。


 赤い口紅を塗った、くすんだ金髪の女のことを。


 彼女は右手に1人の女性を抱えていた。


 血に染まった、――綺麗なラベンダー色の髪の女性を。


 残虐な姿になってしまったその女性が、自分の母であることに気づくのに時間はかからなかった。


「お…かあさん…」


 声が、震える。


 恐怖が全身を支配する。


 そんな中、女性は再び口元に笑みを浮かべた。


「無駄よ。助けを乞うたところで、アンタを助けてくれる人なんていないのだから」


 思えば、その日からだったのかもしれない。


 自分のことを助けてくれる人などどこにもいない、と思ったのは。


 自分は1人で生きなくてはならないのだから、強くならなくてはならない、と思ったのは。






1、


 テスト終了のチャイムが教室に鳴り響いた。


 その無機質な音と同時に、2年生の教室内がいろんな声に包まれる。


 「結構できたなー」という声。「今回やばいわー…」という声。それらは嬉しそうだったり悔しそうだったり実に様々であった。


 そんな声が飛び交う中、生徒たちが後ろから前に解答用紙を回していく。


 しかし、これでテストは終わり。楽しい夏休みが待っているということでなんだかんだ声は皆楽しそうだ。


 夏休み遊ぼうよー、などといった声が飛び交う中、その少女はため息をついた。


 別に、テストの出来が悪かったわけではない。


 むしろ、出来で言えばかなり良いだろう。クラストップの成績でもおかしくはない。


 実際に彼女は1学期の中間テストでも学年トップの成績を記録しているだけの実力の保持者であるのだから。


 そう、だから少女のため息の理由はそんなものではなく、


『……何が友達よ…。馬鹿馬鹿しいっ。夏休みに私はこいつらとなんか遊んであげないんだから…!』


 テストが終わり、クラスのみんな友達と楽しそうに夏休みの予定などについて話題を膨らませている頃、


 その少女は、教室の真ん中で1人ぼっちだった。


『ふんだっ。折角、夏休み、島に行ってリゾート三昧するのに誰か誘ってあげようかと思ったけどやめたわ! さっさと帰ろ』


 そんなことを思いながら、彼女はゆっくりと席を立つ。


 席から立つと、まずスタイルの良い少女であることが一目うかがえた。


 背が高く、手足も長い、全体的にすらっとした少女だ。


 髪はラベンダーのような薄紫色で、瞳はそれよりやや濃いほぼ色彩のものだった。


 顔立ちは可愛い、というよりかは綺麗、美人といった類に入るだろう。


 髪は腰のあたりまで伸びており、日本人離れしたその美貌は人目を惹きつけるのには十分すぎていた。


 高嶺沢(タカネザワ)五十鈴(イスズ)


 成績クラス内トップ、顔面偏差値、スタイルなどの見た目もクラス内トップと言っても過言でないハイスペック少女であった。


 更に彼女がほかの生徒と違っている点として、制服の上から羽織っている白のケープがあげられる。


 白と金と基調につくられたケープで、真ん中には誕生石の宝石が埋め込まれた高価な一品。


 これは生徒会に所属する面々しかつけることを許されていないものであり、つまり彼女がこの巨大な学院の生徒会の一員であることを示すものである。


 とまぁこれだけハイスペックな少女なので当然学院内でも相当有名な少女、といっても過言ではない。


 だが、少女は良く知っていた。


 有名と人気というのは直結しないものであるということを。


「あ、高嶺沢さんよ…」


 席を立って教室から出ようと歩いていくと、扉付近で話す女生徒2人がひそひそと話ながらこちらをへ視線を向けていた。


 特に気にせずに歩みを進めていく五十鈴だが、いつまでもそのひそひそ話が終わることはない。


 何を言っているかまでは聞こえないがその表情から良い話でないのは大方想像がつく。


『わかりやすいやつら』


 そんなことを思いながら五十鈴ははぁ、と軽くため息をつくと、女生徒達の横で歩みをとめた。


 特に目線をそちらに向けたりはしない。


 ただ彼女たちの横に堂々と立ったまま、「何よ」と声をかけた。


 どうやら声をかけられるとは思っていなかったらしい。彼女たちは驚いた表情でこちらを見ていた。


「…え…、な、何って…」


「言いたいことがあるなら本人に直接言えば? ひそひそひそひそ、感じ悪いわ。それとも何? 直接いう勇気もないわけ?


 あ…、と少女が何も言い返せない中、五十鈴はふんっと言いながら教室を後にする。


 一瞬教室内が静まり返っているのを背中で感じた。


 自分が適度に去ったころには教室内で自分の悪口大会でも始まるだろう。


「…くだらない奴ら」


 群れたりつるんだりしないと人の悪口すらいえないくせに。


 正直五十鈴は自分が悪口を言われているとか、嫌われているとか、別にそんなことはどうでもよかった。


 言われるのが、自分のこの高飛車で高慢な態度が原因であることは良く知っていたから。


 そんな彼女の態度から、彼女にについた綽名は――女王様。


 高慢で、我儘で、家臣を引き連れているだけの性格の悪い女王。


 そんな意味を含んだ綽名であることも、彼女は十分によく理解していた。


『何よ、桜澤の奴…』


 むすっ、と頬を膨らませながら五十鈴はアホ面の執事の顔を思い出す。


 思えば五十鈴に調子が狂うようなことを言ったのは彼だ。


 …とはいえ、別に彼が言ったのは無理難題でもなんでもない。ただ、単純なこれだけのことだ。


 折角の夏休み、島に遊びに行くならお友達の1人や2人誘ったほうがいいのでは、と。


 そんな彼の言葉を思い出し、今さっきの教室での皆の自分への態度を思い出し、五十鈴はふっと笑うと、


『無理にきまってんじゃない! 悪かったわねどうせ私は女王様よ、家臣はいても友達はいないわよばかぁぁぁぁあああああああああ!』


 思いっきり拳を握りながら内心で悪態をつく。


 今目の前にサンドバックがあったらいい感じに殴ってしまいたいくらいだ。


 大体自分は、執事という立場でもクラスメートと明るく話せる桜澤とは違うのだ。


 誰かに媚を売って友情関係を買うなんて冗談ではないし、そんなことはできない。


 素の自分を受け入れてもらえないのなら、別に友達なんていらない。


 女王様として、孤高の存在として、1人ぼっちで生きていく方がよっぽどましだ。


『生憎、私は今の自分は嫌いじゃないしね』


 別に自分への慰めなんかじゃない。そうだ、断じて違う。


 そんなことを思いながら五十鈴はうんうん、と頷いた。


 それにしても、と今朝の桜澤の様子を思い出し、


『桜澤の奴、やけに旅行のことウキウキしてたわね…。人を誘ってもいいですか、って言ってたけど誰を誘うつもりなのかしら』


 相変わらず仏頂面のまま五十鈴は考える。


 まぁ正直彼ほどのコミュニケーション能力なら友達の数は数えきれないだろうし誰が来てもおかしくはないのだが、あそこまで誘いたい相手となると特別な相手なのだろう。


 尚その頃、桜澤は自身の想い人を旅行に誘おうとしていたことを主である彼女は知らない。


『まったく…執事はあんなに楽しそうに学校生活エンジョイしてるのになんだって私はこんなにうまくいってないのかしら…』


 ったくもー! と内心で憤慨しているとついつい動作にも怒りが表れてしまう。


 気づけば歩く時の足音が大き目になっていたことに気づいて、五十鈴は慌てて静かに歩きなおした。


「あ、お嬢様!」


 と、タイミングがいいのやら悪いのやら。丁度そこに諸悪の根源もとい桜澤がやってきた。


 誘いたい人を誘えたのかは知らないが、普段からにこにこしている桜澤がいつも以上ににこにこしているような気がした。


 まるで自分とは対照的な、そんな執事に対して少しいらっとしながらも五十鈴はにこりと笑い、


「あら、桜澤楽しそうねごきげんよう」


「お嬢様はご機嫌麗しくなさそうですねー♪ …お友達お誘いできませんでしたか?」


「悪かったわねアンタだってクラスこそ違えど2年に在籍してるんだから私が悪口言われてることくらいわかってるでしょどうせ友達なんかいないわよこの馬鹿執事!」


「まぁ確かにあんな子の執事なんて大変じゃない? ってよく言われますけど…」


「それを本人にいえるんだからアンタ本当大物ね」


「ははは…、まぁお嬢様は少々言葉がキツいですからなかなか人に理解されないでしょうからねぇ。でもどこかにちゃんと理解してくれる方が…」


「もういいわよそういうよく聞く慰めの言葉は」


 少々強めにいうと、桜澤が苦笑を零すのがわかった。


 可愛くないですねー…という桜澤に対して、五十鈴はつんとそっぽを向く。


 そういう言葉なら腐るほど聞いてきたが、現に自分のことをわかってくれる人など出てこないのだ。


 それならもう1人で生きていけばいい。これ以上の期待はいらない。


 可愛くなかろうがなんだろうが、そんな自分のことも別に嫌いではないしいいのだ。


「で、」五十鈴は再び桜澤と向き合うと、「あんた誰か誘えたの?」


「あ、はい。結構人数増えちゃいました。…みんな1年生ですけど」


「なんだって年下ばっかり…。同級生も誰か誘わないの?」


「うーん、一夜と心和ちゃんでも誘いますか? 心和ちゃんならお嬢様生徒会もご一緒ですし…」


「私のことは考えなくていいわよ。アンタは向こうでみんなと楽しくやってる中、私は1人家の中でゲームでもやってるから」


「それは旅行に行く意味がなくなるのでは…」


 慎重に言葉を選んで発言したであろう桜澤の言葉を、うるさいわねと一刀両断する。


 このように断じれば桜澤がそれ以上何も言ってこないことを五十鈴は理解していた。


 彼はいかんせん空気の読める執事なので自分が不機嫌なときは余計なことはしてこないのだ。


 そういうところが彼の優れた点…というか、少なくとも五十鈴が彼の気に入っている点である。


「ともかく私は帰るわ。旅行のメンツはアンタに任せたかね! 私自身の友達事情は無視して頂戴!」


「はぁ……って、え、お嬢様1人で帰られるんですか!? 僕がいなきゃ学院内からそもそも出られないと思いますが…」


「ば、馬鹿にしてんじゃないわよ! クラス成績トップの私がそんなに地理状況覚えられないわけないでしょ! 1年通ってんのよ!? 1人で家まで帰られるわよアンタはついてこないでよねこの馬鹿執事ぃ!」


 言いたいことを叫ぶだけ叫ぶと、五十鈴はすたたたーっと走っていく。


 廊下で生徒たちがまた女王様のご乱心か…? といったような目で見ていたが、そんなの彼女は気にしない。


 周りの目を気にするような可愛らしい性格の持ち主ではないのだ。


 ただ、嵐が去った後のような空気の中取り残された桜澤が、「………大丈夫かなぁ…」と呟いていることを主は知らなかった。






2、


 案の定桜澤はついてはこなかった。


 流石空気の読める男、と思いつつも五十鈴は再びむくれる。


「何よ桜澤の奴馬鹿にしちゃって。私1人で学校から出られないですって!? 確かに今まで校内を1人で歩いたことってほとんどないけど、私の記憶力は確かなんだから」


 よりにもよって執事に馬鹿にされて女王様はすっかりご乱心であった。


 相変わらず不機嫌な表情のまま、五十鈴は靴をはきかえると校舎を後にする。


 校舎からも出たし、後は別になんてことはない。


 広い学校だろうがなんだろうが帰るときは門の方に向かって歩いていけばいいのだ。それだけだ。


『生徒会の仕事は終わらせておいたし…今日は何もないわね。うんうん、私は家臣に世話されなきゃ生きていけない情けない女王様じゃないのよ』


 誰か家臣に守られるだけの女王になるものか。誰が友達に媚びる女王になるものか。


 女王は、自分1人でも十分生きていけるのだ。


 王様などいなくたって、全然大丈夫なのだ。


 成績だって優秀だし、生徒会の仕事だってソツなくこなすことができる。


 そんな完璧な自分がこんなまさか1年以上通った学校で迷子になるなんてそんなアホなことあるわけが―――、





 ………あったようだ。


「……どこかしらねぇ、ここ…」


 校舎を後にして早10分。


 見覚えのない景色に五十鈴は格好いい笑みを浮かべながら佇んでいた。


 アホーアホー、というカラスの泣き声が妙にリアルで腹が立つ。


『おかしいわね…門をめがけてきたつもりだったのに』


 どういうわけか辺りは一面山々。


 妙な動物達がその辺を走り回り、見たことのない植物などが生い茂っている。


 こういうのなんていうんだっけ、と五十鈴は考える。フラグだ、とすぐに思い出す。


 そんな感じに物の見事にフラグをたててしまった彼女は、


「……何よこの学院広すぎなのよ大体あほーあほーってあんたらのほうがあほだわ―――!」


 女王様のご乱心part2を披露してみせた。


 が、叫んだりカッカするほど自分が惨めになるだけなわけで。


 それを自覚した上で五十鈴は冷静な思考を取り戻すと、もう一度辺りを見渡してみた。 


「えっと…ここは何学区だったっけ…。自然たくさんのとこだから…えっと…」


 とりあえずポケットの中に手を入れてケータイを探してみることとしよう。


 ケータイさえあればいまどきは迷子など一瞬で解決だ。いや、そもそも迷子になったわけではないのだが。


 そんなことを思いながらポケットをあさって、何も掴めない感覚に嫌な予感がしてくる。


『そういえば朝…桜澤が今日はテストだしケータイなくても平気ですよねーとか言って…そのまま置いてきたような…』


 その予感は的中しているようで、どんなにポケットの中を探してもケータイは入っていない。


 念のため鞄の中も漁ってみるがそちらからもケータイは出てこない。


「……くっ、あ…あのバカ執事ぃ…!」


 さっきからとばっちりの多い桜澤である。


 今日家に帰ったら思い切りとっちめてやろうと心に決めながら五十鈴はもう一度辺りを見渡す。


 もう何度見ても周りは植物しかない。他にもう少し何かあってもいいではないか。


 というより、


「…なんで人が誰もいないのよ…」


 確かにテスト期間は部活動は行われていないから誰もいなくてもおかしくないが、今日でテストは終わりだ。


 部活も解禁するのだから山岳部辺りがこの辺を通ってもいいのではないだろうか。


『…くっ、山岳部なんか潰してやるわ…!』


 桜澤に続いて山岳部もとばっちりである。


 徐々にイライラも増してきたが、怒ると余計に虚しくなることもわかっていた。


 どちらにせよ、この辺の自然だらけの環境から抜け出すのが先決というものだろう。


『自然から抜ければいつもの道があるはず…。なんかもうどこがいつもの道かとかわからないけどここで佇んでるよりはましね…!』


 来た道をそのまま戻ればいいということに気づかない彼女はそう思って歩みを進めようとしたところで、あるものに気づいた。


「……ん?」


 自分の立っているところの2,3歩先。


 〝この先落とし穴注意〟という赤いペンキで書かれた木造の立て看板がある。


 正直即席としか思えないくらい酷い出来の立て看板だから急遽設置したものかなんかだろうか?


『…何よ落とし穴注意って…。掘ったならちゃんと埋めなさいよ…』


 しかもただの穴ならともかく何故落とし穴なのか。誰かをはめるつもりなのだろうか?


 それにしては立て看板をたててあるのは親切な気がするし…と考えてから五十鈴は首を振る。


 そんなくだらないことを気にしている場合ではなかった。


 何はともあれ注意と書いてあるなら簡単で、その上に行かなければいい話だ。


 立て看板の奥をよく見てみると確かに土がこんもりしている箇所があるのでそこが落とし穴だろう。


 しかし立て看板がなければ気づかないだろうな、と思いながら穴を避けるようにその左側を五十鈴は歩いていく。


 そのままその個所を超えようとして、――その時不意に足元を何かが通った感覚があした。


「…え?」


 にゅるっ、とした気持ち悪い感覚だった。


 正直自分の中で見ない方がいいのでは、とも思ったのだが妙な感覚があるとそれが何か確かめたくなってしまうのは本能なのだろう。


 思わずそちらの方を見ると、そこには彼女が苦手とするにょろにょろ地面を這いつくばる緑色の生き物がいた。


 そう、舌をにゅるっと出しながら五十鈴の足元に巻き付こうとしてくるそいつは――蛇だ。


「き、きゃぁぁぁあああああああああ!?」


 元々哺乳類以外の動物がさほど得意ではない彼女は大きな悲鳴をあげてしまう。


 そしてこれもまた悲しいことに、嫌なものが目の前に現れるとどうしても後退してしまうもので。


 後退した瞬間に彼女は気づいた。そういえばここは、この土がこんもりした場所は、


 ――落とし穴注意の看板が示していた場所ではなかっただろうか、と。


「いっ、」


 後退したところで、ズボッと足がはまるのがわかった。


「…いやぁぁぁああああああああああ!?」


 叫ぶ間もなく、そのまま全身が重力で下に持っていかれる。


 どんっ、と尻餅をつくまではほんの一瞬だった。


 とてつもない衝撃が彼女を襲ったところで五十鈴は「っつー…」といいながら涙目になった。


 正直想像していたよりも深い落とし穴だった。下半身が埋まるくらいならなんてことはなかったのだが、見事全身埋まってしまった。


 ぱっと見2メートルより少し高いくらい、といったところだろうか。


「2メートルか」


 なかなか深い穴とはいえ、彼女の身長は168と女子の方ではなかなかに高身長なほうだ。


 そのため、腕を伸ばして腕の力を使えばこれくらいの穴余裕で抜けられるに決まって――、


「……ないわよ! 私の運動音痴っぷりなめんじゃないわよ! 腕伸ばして縁に届いたところで腕の力ないんだからどうせ登れないわよ阿呆ぅぅぅぅぅ!」


 なかば逆切れ気味に叫ぶと、やまびこで自分の叫びが返ってくる。


 なんて散々な日なんだ。すべては桜澤と、山岳部と、先の蛇のせいだ。


 そう思いながら、五十鈴は蹲った。目のところがじわぁ、とあつくなってくるのがわかる。


「…もう…っ、なんでいいことないのよぉ…」


 本当はわかっている。


 クラスで悪口を言われているのも、友達がいないのも、今こんなことになっているのも、


 桜澤のせいでも、山岳部のせいでも、蛇のせいでもなくて、


 思ってることと反対のことを言ってしまう、この天邪鬼な性格のせいなんだということに。


『このまま穴から出られなかったら…どうしよう…』


 生徒会の書記が、クラス内成績トップの女王様が、こんなところで野垂れ死になど笑い話もいいところだ。


 誰もそんなんではお葬式に来てくれないだろう。どのみち嫌われてるから来てなどもらえないのだが。


『……そんなアホなこと考えてたら流石にここで野垂れ死には嫌になってきたわ。とりあえず出れるように努力しよ』


 我ながら頼もしい性格だ、と思いながら五十鈴は目の涙をぬぐう。


 先も言った通り。


 自分は女王様だ。一人でだって生きていける。家臣も、友達も、何もいらない。


 小さい頃、ある存在に言われたのだ。


 こんな自分を助けてくれる人なんていないのだ、と。


 ならば話は簡単だ。逞しく、孤高の存在であり続けていけばいいだけなのだから―――――



「あーあ、女王様ともあろう人がそんなところで泥遊び?」



 不意に、上から綺麗な少女の声が降ってきた。


 ぱっと顔を上げると、穴の上から凄く整った顔立ちの少女がにこにこ笑いながらこちらを覗き込んでいた。


 特徴的な髪の色だ、と思った。あえて表現するなら茶髪なのだろうが普通のそれとは違ってやや桃色がかった感じの綺麗な髪の色だった。


 自分もそうとう髪は長いほうだと思っていたが今そこにいる少女も同じくらいまで髪が伸びていて、サイドで赤いリボンで髪を一部結んでいた。


 ややあざとい感じのする髪型であるのに、似合っているからそんなことを感じさせないだけの美貌の持ち主。


 そしてなによりも、五十鈴の目をその一瞬で奪ったのはそんな美貌などではなく彼女の目だった。


 真紅に輝くその瞳が、真っ直ぐにこちらを見ているだけで吸い込まれてしまうそうな、そんな感覚に陥ってしまったのだ。


 3秒くらいその少女に見とれてから五十鈴ははっとすると、我に返る。


『…ってぇ! 何女子相手に見とれてんのよ私は…!』


 そもそも今は目の前に現れた少女に見とれているだけの余裕ある状況ではなかったはずだ。


 相変わらずこちらを見ている少女を一瞥してから、五十鈴はこほんと咳払いをし、


「どこをどうみたらこれが泥遊びに見えるっていうのよ」


 言ってから、またキツイ言い方をしてしまった…! と即座に反省する五十鈴。


 自分自身ではそんな言い方をするつもりはなかったのだが、いかんせん言い方がキツすぎだ。


 今はこの少女に助けを求めるくらいしか手段がないというのにこんな言い方では向こうも呆れて帰ってしまう。


 そうなれば今度こそ野垂れ死ぬ運命が見えているわけで。


 しまった、と思って思わず頭を抱えそうになる五十鈴だが、その心配は杞憂だったようだ。


 キツイ言葉をぶつけられたその少女はというと、へらーっアホっぽい笑みを浮かべ、


「やだなー、冗談だって♪ …んー、ドジって落とし穴に落ちちゃったところかな。…シラヅキの女王様ってもっと完全無欠なイメージだったのにドジっ子なの?」


「ぬぁっ、だ、誰がドジったのよ誰がぁ!」


「でもドジらなきゃこんなところ落ちなくない? そこに落とし穴注意の立て看板があるし、見てなかったわけじゃないでしょ? 気づいてたのに落ちるなんて相当なドジとしか」


「うっさいわね悪かったわねドジで!!」


「ほんとにねー」


 虚勢を張ってどんなに叫んだところで相手の反応は薄い。


 彼女はふむ、と唸ってからもう一度穴の深さを確認すると、


「この穴そんな深くないけど登ってこれないの?」


「………、」


「ああ、跳躍力も腕力もないタイプか☆」


「何よさっきから失礼ねぇ! 悪かったわね運動音痴なのよ!」


 思いっきり叫んでみるも返ってくる返事はそっかー、と間延びしたものだった。


 助けが来てくれたことを喜ぶべき場面なのかもしれないが、話していると苛立ちが増していく一方だ。


 そんな彼女のイライラに気付いているのかいないのかはわからないが、目の前の少女はもう一度「ふーむ」と考え込むと、


「――助けてあげよっか?」


「……へ?」


「助けてください、って言えば助けてあげるよ?」


 にこにこしながら告げられたその言葉に、思わず五十鈴は言葉を失う。


 助けあげようか、という台詞も上から目線ながら、助けてくださいといえば、などという偉い条件付きだ。


 改めて言っておくが、高嶺沢五十鈴という少女はプライドが高く、強情な性格である。


 故に、そんなことを言われた彼女の選択はというと、


「アンタみたいなのに助けを乞うくらいだったら1人で這い上がってやるわよ!」


 ………。


 …………………。


 叫んでからしばしの間、静寂がその場を支配する。


 静寂の間に自分が言い放った言葉を確認して、五十鈴は頭を抱えた。


『またやっちゃった…! どうして素直に助けて、って言えないのよぉぉぉぉおおおおおおおおお!』


 女王様であり、お嬢様でもある彼女は基本的に、お願いなどしなくても誰かしらが自分のために動き、自分を助けてくれた。


 だからこそ下から物を頼む、などといった経験はほとんどないわけで。


 しかし、流石にアホでもわかる。ここで助けを求めないのは本当に馬鹿であるということに。


 どうしよう…と頭を抱えていると、


「そっかー、うん」


 今まで間延びした声だった少女は急に真面目なトーンになると、


「…噂通りの強情な女王様だなー」


「…え?」


 すっ、と目の前に白い綺麗な手が現れる。


 それが少女のものであることを認識すると、五十鈴は驚愕の表情を浮かべた。


 今まで、物事の大小関わらず自分のことを助けてくれる人などいなかった。


 どんなに泣き叫んでも、辛くても。


〝助けを乞うたところで、アンタを助けてくれる人なんていないんだから〟


 幼少期、赤い口紅を塗った女にいわれた言葉がフラッシュバックする。


 そうだ、まさか、こんな自分に手を差し伸べてくれる人がいるなんて――そんなわけが…、


「…折角可愛らしい外見を持って生まれたんだから、素直に助けてーってお願いすればいいのに☆」


「…なっ、私がそんなこと言うわけ…!」


「はいはい、わかりましたよ女王様、別に助けてなんかもらわなくても平気なんでしょ? けど流石にこの状況の人を置いていくのは私の良心が咎められるので素直に私に引き上げられてください」


 まるでこちらの心境をすべてお見通しかのような向こうのセリフに五十鈴は恥ずかしくなる。


 自分の強がりがすべて見透かされて、うれしいような、恥ずかしいようなそんな気分だった。


 けれど、


「……っ、わ、わかったわよアンタに助けられてあげるっ」


「はいはい、いいからつかまってください」


 五十鈴は両手を伸ばして少女の手につかまった。


 差し出された手が、こんなに暖かいものであることを、五十鈴は今まで知らなかった。


「…ってかアンタいくらなんでも私の体重が全部かかる状態で私を引き上げるなんてキツイんじゃ――きゃっ!?」


 どうやらそんな心配は無用だったようだ。

 

 少女はそんな質問など無視して軽々と五十鈴を引っ張り上げると、そのままくいっと少女の方へ引き上げた。


「わわっ」


 急に引き上げられたので思わずバランスを崩してしまう五十鈴だったが、それも見越していたのだろう。


 少女は自分の方へ五十鈴を引き寄せるとしっかりと肩をつかんでバランスを取らせてくれた。


 ようやく地面に足がついてほっとしていると、密着した状態のまま少女が「よかったね」と静かに呟く。


 身長がほぼ同じなこともあり、ほぼ耳元で囁かれた状態になり、五十鈴の心臓が思わずドクンとはねるのを感じた。


『な、何さっきから女子相手にドキドキして…。わ、私にその気はないわよ…!?』


「どうかした?」


「な、なんでもないわよありがとねっ!」


 ぱっと少女から離れると、五十鈴はつんっとした態度で礼を言った。


 一応ちゃんとお礼を言えたことにほっとしていると、相手の少女は相変わらず笑顔のまま「はいはい」といった。


 これまたこちらの性格を完全に見透かされているようで、くすぐったいような感覚だった。


「…そいや、あんたなんで私のこと知ってるわけ?」


「知ってますよー、女王様の噂はよくきくからねー。しかも生徒会の書記だし」


 ああ、そうか…と五十鈴は思う。


 自分は良くも悪くも有名人だし、この学院内ではそれなりに名前が知れている。


 とはいえ女王様、という綽名を知っていることからこの少女も良い噂は聞いていないだろう。


 そう思って顔を曇らせる五十鈴だったが少女はにこにこ笑いながた、


「いやー、けど噂で聞いていたより間抜けな人でびっくりしたよー☆」


「だから間抜けじゃないわよ失礼ね…!」


「だってー、全然年上とは思えないもんー☆」


「何言って…!」


 食って掛かろうとしてから、五十鈴は「ん?」と首を傾げる。


 今、この少女はなんといったのだろう?


 聞き間違いでなければ間違いなく、年上には見えない、といった。


 自分のことをあらかじめ知っていたころから勿論年齢も知っているだろう。


 だとすると、さっきから偉くなれなれしく話しかけてくるこの少女は……、


「あ、あんた…どこのクラス?」


「はーいっ、1年A組のいいんちょです☆」


「い、1年なの…!?」


 まさか年下とは思わず、五十鈴はあんぐりしてしまう。


 そもそも、自分に対して馴れ馴れしく話してくる奴は年下は愚か同級生にすらいないというのに。


 噂をいろいろ知っているうえでこうも気さくに話しかけてくるこの少女は何者なのだろう。


「………アンタ、な、名前は」


「シャロン・グランディス」


 それは、五十鈴の今後の人生を大きく揺るがすことになる人物の名前だった。


 真紅の瞳でまっすぐにこちらを見据えながら、少女は言う。


「よろしくね、高嶺沢五十鈴先輩っ☆」


 凶悪なほど可愛らしく笑うこの少女が、今後の五十鈴の人生を狂わせることになるなんて。


 女王様はまだこの時は気づいていないのだった――。






2、


 同日の夜。


 大きなお屋敷の廊下を、1人の執事がすたすたと早歩きしていた。


 本来なら走ってしまいたいくらいだったのだが、流石に従者的にそれはマズイだろう。


 しかし、どちらにせよマズイ状況であることに変わりはなかった。


『やばいやばい、こんなに帰りが遅くなるとお嬢様にどやされるぞ…!』


 放課後、親友である一夜やその幼馴染である心和とすっかり話し込んでしまった桜澤は冷や汗を流す。


 今日は夕飯の時間までに家に帰ると伝えてあったのにすっかり遅れてしまった。


 実際自分がいなくてもあの主は困らないはずなのだが、いかんせん不機嫌な彼女はこちらに何かミスがあると何かにつけて文句をつけたい症候群なのだ。


『ああもうほんとに広い屋敷だなぁ…!』


 相変わらずスペースの無駄遣いにしか思えない長い廊下に文句をつけながらも、歩みを進めていく。


 そして廊下の途中、大きな扉の前で桜澤は足を止めた。


「っと、ここだったな」


 五十鈴の部屋、と可愛らしい文字で書かれたプレートがぶらさがった部屋だった。


 尚この字は断じて五十鈴によるものではなく桜澤によるものである。


 可愛いプレートを作りなさいという無茶ぶりをされたので頑張って丸文字を取得して書いたのだ。


 …とまぁそんなことはさておき、とんとん、と軽くノックをしてから、桜澤は軽く深呼吸し、「さ、桜澤です」と緊張しながら言った。


 なんという返事が返ってくるだろう。


 不機嫌そうに怒った主が出てくるのだろうか


 そう思って思わず身構えていると、ばんっ! と勢いよく内側から扉が開かれ、


「あら桜澤? お帰りなさい」


 ………は、と桜澤の動きが思わず止まる。


 中から出てきたその少女は、まぎれもなく自分の主だったが、自分が想像していたものとは大きく違っていた。


 普段滅多に見れない優しい笑顔を浮かべ、にこにことこちらを歓迎しているかのようだった。


「もう、遅かったわねー、心配しちゃったじゃない」


「え、あ、あの」


 基本不機嫌がデフォルトな少女なので、機嫌がいいと逆に気持ち悪くなる。


 もしや怒りが絶頂までいってこの状態になってしまったんじゃ…などと失礼なことを思っていると、


「そうそう、お友達…誘ったわよ。旅行」


「え、お友達が出来たんですか…!?」


「今日知り合ったばっかなんだけどね。助けてもらったからお礼に是非招待するわって」


「初対面相手にして意外とこの人ズイズイいくんだなぁ…!? ってか助けてもらったって…」


 やはり自分がいなくて迷子にでもなったんだろうか…と割と当たっている予想をする桜澤。


 ついていくべきかあの後も迷ったのだが、ついていったらそれはそれで怒られそうなので一応やめておいたのである。


 ……ちなみに実際は迷子になったどころか落とし穴に落ちていたとは思いもしない執事である。


 けれど、


『…なんだ、やっぱり普通に話せる存在がほしかったんだなぁ…』


 偉い機嫌のいい主人を見て桜澤は思う。


 しかし、わかりやすい主人だ。それだけであっさり機嫌がよくなるとは。


 旅行の時の服どうしようかしらー、などといっている主人を横目に桜澤はこっそりため息をつく。


『それにしても…、』 


 結局主が誰を誘ったのかは知らないが、


『……なんか…凄いメンツの旅行になりそうだなぁ…』


 五十鈴、自分、一夜、心和、ユウマ、翔、明美、あともう2人。


 とんでもない面々が集結する中、旅行の日は近づいてくるのだった。


と、いうわけで前からちょいちょい名前の出ていた五十鈴様登場話。

ハイスペックにみせかけたポンコツ少女です←おいこらw

更に見覚えのあるあの女の子もセットで出てきたわけでして…!

このコンビを加えて夏休み旅行スタートです。間違いなくユウマの苦労が目に見えます←


ヒーロー編は次回からがいよいよ始動、って感じだったりします!

次回はちょっと懐かしい子たちが出てたりするのでよろしくですv

それでは次回――「集う者たち」

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