Record of Later
1、
大ピンチ。
それが今の天道翔を表すのに最も的確な4文字だ。
『やっべ、遅刻するぅぅぅぅぅううううううううううううううううううう!?』
まぁ、この心の叫びだけで事情のほぼ全てが分かると思うがつまりはこういうことである。
只でさえお花を踏んでしまった事件で翔は遅刻ギリギリかもしれない状況に追い込まれていた。
そこにきてあの徳永波音の長い話である。そりゃ当然遅刻だヤベェ!? という状況になるのは致し方ない事だろう。
しかし今回の遅刻の主な原因である波音自体は全く焦らず学校へ向かっていたが、果たして彼女の方は出席状況とか大丈夫なのだろうか?
まぁ入学して2か月でここまで遅刻記録を作っているのは自分くらいだろうし一度の遅刻くらいならきっと大丈夫なのだろうが…。
『しっかし…、』翔は目線の先にある自分の通う学校を見て、『いつ見ても大きい学校だな…』
芳城ヶ彩共同高等学院。それが天道翔の通う学校の名前だ。
この学校は三校同意で建設された『クロック・バベル』を取り囲む形で建つ3つの学校から成り立つ三校共同高校であり、入って右手にあるのが、セイゼンという愛称で親しまれている青善雪男子校。
入って左手にあるのが、ミカアカという愛称で親しまれている美花赤女学院。
そして、入って奥にあるのが翔達の通う真白月共学高校。通称シラヅキである。
中央には生徒会の在籍する『統治時計塔』、周囲には森林、地下には図書館庭園という名の図書施設…とさまざまな施設が充実。
ちなみにそれぞれの学校の理事は名家の当主が行っていたり…とまぁ凄い所尽くしの学校なわけだが、
『まぁぶっちゃけ僕にも何がどうなってんだかわからないからなぁ…たはは…』
両親と兄がここの卒業だったのもあり、ここを受験することを決意。
苦手な勉強を頑張った末、ここへの合格を勝ち取ったわけだが入学しておよそ3カ月。
学校について知れば知るほど、謎が増えていく一方だ。
『敷地広いしお金持ちいっぱいだし…本当凄いよなぁ…。そういやシラヅキも名家が運営してたよな…確か名前は徳永…』
と、そこで。
翔は「ん?」と首を傾げた。この徳永と言う名字…先程聞いたばかりではないだろうか?
『徳永波音…って…ええ!? もしかしてさっきの子って…』
理事長の血縁者か何かなのではないだろうか。
そう思った瞬間、キーンコーンカーンコーン、と聞きなれたチャイムの音が響いた。
ああ、これはあれだ。毎日聞いている音だから考えなくても分かる。朝のHRの開始を告げる8時半のチャイムだ。
それが分かった瞬間翔は「ふっ」と笑ってから、
「笑ってる場合じゃないし遅刻だぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
こうして、平和な学園内の1人の少年の叫びが響き渡ったのだった。
さて、教室前についた。
クラスの中から女性担任の声が聞こえているので、絶賛HR中といったところだろうか。
時刻は8時35分。完全に遅刻を免れない時間である。
『どうすれば怒られずに済むかなぁ…』
遅刻した時点で怒られずに済む方法などないのだが、一応考察をしてみる翔。
そんな時間があるのなら、さっさと教室に入れよコラといったところではあるのだが、人間怒られると分かってて馬鹿正直に教室に突入するのはなかなか勇気がいるものなのだ。
ってなわけで、作戦その1。馬鹿正直に「ごめんなさい遅刻です!」という。
『いやいや、普通に怒られるよこれ…! 何の解決策にもなってないよ…!』
作戦その2。「すいません先生…! 奴らに追われて…!」
『誰だよ奴らって…! 絶対クラス中の冷めた目線が突き刺さるよ頭おかしい人だよ…!』
作戦その3。「なんか女の子に逆ナンされてました…!」
『何だろう事実に一番近いような遠いような言い訳だけど、おめーがされるわけねーだろで一蹴されるし男子たちの目線怖そう…!』
作戦その4。「遅刻してないですよ何言ってるんですか?」
『いやしてるよ…! そこは揺らぎない事実だよ…! こんなこと言ったら殴られるだけじゃ済まないよ…!』
というわけで、まともな作戦が出てくる訳もなく。
ちなみにここで仮病などといった選択肢が出てこないあたりは、彼の真面目さを表しているような表していないような感じである。まぁ言い訳を考えている時点で真面目とは言えないだろうが。
さてどうしようか、と翔はもう一度塾考し始める。
とはいえ良い策などないし、もうここはいっそのこと正直に謝るのが得策ではないだろうか。
よくよく考えると正直に言って許されるパターンと言うのは割と存在しているし。
『そうだよリンカーンだって桜の木の枝を折った時に正直に謝ったら許してもらえたし…!』
うんうん、と納得している翔だがそれはリンカーンでなくワシントンであることには気づいていなかったりするがこの際そこはツっこまないでおいてあげよう。
彼はちょっと人よりお馬鹿でアホの子なのだ。
『謝るのは人として当然の行為だしなうん…!』
言い訳など考えた自分が悪かった。ここはやはり真面目に、正直に謝る。
それが人間として通すべき当然の道だろう。
そう決意した翔はガラガラッ、と教室の扉を開けて、
「すいません遅刻しましたげふっ!?」
開けた瞬間灰色に染まる視界。
それが出席簿で顔面を殴られたのだと気付くのにほとんど時間は必要なかった。
あたたた…と涙目になりながら視界を前方へ向けると、出席簿でとんとん、と肩を叩きながらこちらを睨んでいる女教師が1人。
若く美人な女性であるのに、化粧っ気ゼロと色気のないジャージ、適当に結んだ髪のせいでその魅力を格段に落としてしまっているその女性の名前は慶田瑞希、通称よっしー。
なんか某湖の怪獣の名前やら、某ゲームのキャラクターなどを連想するような綽名のこの女性こそが、翔とユウマのクラス在籍する1年E組の担任であり、今翔を閻魔帳で殴った張本人でもある。
「いい度胸してんなーおめぇもよー。遅刻して来て前の扉から馬鹿正直に入ってくるとは…本当正直の上に馬鹿がつくし、真面目の上にクソがつく奴だぜ」
よっしーという可愛らしい綽名からは想像できないほど乱雑な口調が彼女の口から発せられる。
ちなみに乱雑なのは口調だけではなく行動もだ。
この教師はモンスターペアレンツが増えている昨今の日本に珍しい鉄拳制裁タイプの女性教師である。
保護者からの評価は良し悪し色々あるものの、翔は結構このきっぱりとした態度の女性教師へは好評かな部分も多かったりする。何だかんだ面倒見もいいし。
「い、いや…」相変わらず涙を浮かべる目を右手で覆いながら、「やっぱそこは正直に謝ろうかと…」
「ほう?その割には結構長い間廊下で迷ってたみてーだけどな」
「バレてたぁ!?」
そりゃあんだけブツクサいってりゃバレるだろ、と瑞希が言うとクラスメートもくすくす笑い出す。
唯一後ろの方の席に座っているユウマだけが「何やってんだか…」と呆れ顔を浮かべていた。
「んでお前これ何回目の遅刻だよ? 今回は何で遅刻しやがった? お花か? まーたお花のお墓つくってたのか?」
「いや確かにお花のお墓はつくりましたけどそれは原因ではないです…! ユウマが手伝ってくれたおかげでそっちはすぐ終わりました…!」
「ほう?」瑞希はニヤニヤ笑いながら今度はユウマの方へ視線を向け、「新橋ぃー。おめーも大変だな、高校生になって男子2人でお花のお墓とは」
「………翔、後で覚えとけよ」
「ユウマぁ!?」
なんかユウマの不機嫌指数があがっているのが遠くからでも目に見えていたのでこれは後で飲み物かなんか奢った方がよさそうな気がしてきた。
…もっとも、彼はその程度で上機嫌になるような単純脳ではないから大変なわけだが。
「んで? じゃー、何で遅刻したっていうんだ?」
「…えっと、いや…その…ちょっと女の子と話をしてたというか…?」
「女の子と話…?」と、瑞希はここ一番の驚愕の表情を見せて、「お前みたいな女顔も逆ナンされることがあるんだな」
「お、女顔は関係ないです…!」
「いやだってヅラかぶってドレスきてみ。完全女子だから」
「否定できないのが悲しいけど話を戻してください…! とにかく話してたんですよ徳永さんと…!」
と言った瞬間。
今までからかうようにケラケラ笑ってた瑞希の表情が急に強張る。
それが徳永、という名前を聞いたからだというのは誰もが分かった。
「…徳永って…あの理事の娘か」
「え、やっぱ理事の娘なんですか…?」
「………、」瑞希は少し黙ってから、「まーいいや。さっさと席つけHRの途中だ」
といつもの口調に戻ると、翔の後頭部をとんとんと出席簿で叩く瑞希。
左程怒られずに済んだ事に安堵しつつ、翔はいそいそと自分の席へとつくのだった。
2、
「くしゅんっ」
同時刻学園内にて。
徳永波音は鼻をおさえながら首を傾げる。
風邪はひいていないはずだが…誰かに噂でもされていただろうか。
そんなことを思いながら波音が歩いているのは学院内の森林だ。
「この辺だと思ったんですけどね…ああ無駄に広いから本当大変…」
む、と顔をしかめながら辺りを見渡す波音。
その神妙な面持ちのせいか、傍から見たら獲物を探す獣のような感じになっている気がしなくもないが今はHRの開始時間。
周りに人はほとんどいないし、左程気にしなくてもいいかということで探索を続行する。
別に探しているのは獲物でも、敵でもない。――1人の少女だ。
「うみゃー♪」
と、どこからか聞こえてくる猫の声。
それを聞いた途端に波音はビンゴだったな、と確信する。探している少女はすぐそこだ。
猫の鳴き声が聞こえた方へ足を運んでみると、視界に3匹の猫と戯れている少女が目に入ってきた。
宝石のように輝く緑色の髪に、晴天の空のような綺麗な青色の髪。
波音が着ている白を基調としたシラヅキの制服とは違って、ミカアカの赤を基調とした豪奢な制服を身に纏っている。
「亜里沙」
名前を呼ばれるとその少女は、パァッと顔を輝かせてこちらへと視線を向けてきた。
「おはよう波音♪ よく分かったね私の居場所…!」
「…まぁ幼馴染の勘と言う奴ですかね」
「勘かぁ…! 凄いなぁ波音は♪」
勘というのは適当で言ったつもりだったのだが、案外真に受けているらしく、亜里沙は本当に尊敬しているように目を輝かせていた。
橘亜里沙。波音の幼馴染に当たるこの少女はまぁとにかく天然で純粋な性格である。
実は幼い頃に両親を亡くしたりと暗い過去の持ち主であるが、それを感じさせないようなほわーっとした優しい笑顔が特徴で、波音も何度この笑顔に救われたことだろうか。
両親がいないということで今は徳永家に引き取って一緒に暮らしているため、波音が最早保護者のようなものなわけだが、この天然っぷりには日々苦労させられる。
ドジしないか、人に迷惑かけないか、悪い虫がつかないか…などなど彼女の不安はつきない(最早完全に保護者である)。
「そういえば何で波音はここにいるの? もう授業始まっちゃうよー?」
「そのセリフ、同じ学生の貴方自身には適応されないんですか?」
「えへへ…私は猫さん追っかけて来たら迷子になっちゃったからさ…」
「おかしいですね、私貴方のそのセリフを入学してから既に70回くらい聞いているのですが」
これも亜里沙の天然の特性の一つである。
最早天然と称していいのかもわからないが、とにかくいろんなところでボケをかます。
毎朝猫を追っかけては学園の端まで来てしまい、学校へたどり着けずに波音が迎えに行く。
波音にとってこれは最早毎朝の日課のようなものになっていた。…どんな日課だ。
「まぁとにかく今日も連れて行ってあげますから。というかそんなに猫が好きならうちでも飼いますか?」
「えっ、いいの!? …あ、でも波音のお父さん動物嫌いじゃなかったっけ?」
「そんなのメイドのカレンが説得すれば一発でオッケー出ますって」
「な、なんか悪い気もするけど…でも飼えたら嬉しいなー♪」
と言って嬉しそうな笑顔を浮かべる亜里沙。
そんな笑顔を浮かべられたら、早速メイドのカレンに猫を飼ってきてもらって父を説得するよう頼むしかなくなるではないか。
…と、口に出さずにそんな事を考える波音。すると亜里沙が「あ」と何かを思い出したように、
「そーいえば、今日天道翔くんに会ってきたんでしょ? どうだった? パートナーのこと承認してくれた?」
「………承認も何も…」波音はふぅ、とため息をつき、「曖昧な返事でしたね…、まぁ事情を知らなかったようですけど。しかしまぁ、優柔不断そうでヘタレそうでなんか残念な少年でした」
「き、キツいなぁ…波音は…」
あははは、と苦笑しつつ亜里沙は返してくるが全て事実なので仕方ない。
そしてこんなところで自分が散々な評価を受けているとは知らない翔が憐れ極まりなかったりするがそこは放置しておこう。
「…あんなんじゃ戦力として期待できそうにないですし、本当困った物です」波音はそう言ってから表情を曇らせ、「……本当に…あの人の弟なのかしら…」とボソッと呟く。
最後の呟きは小さくて亜里沙には聞こえていなかったようで、「何か言った…?」とぽかーんとしていたが「いえ」と返事をしておいた。
説明する気はないし、どちらかといえばしたくなかったからだ。
波音はただ懐かしい表情になると「 」と今亡き男性の名前を、そっと呟くのだった。
ってなわけで第三話でした…! 題名にツっこむのはなしの方向性で←
今回亜里沙ちゃん超重要キャラです! あんま今の時点では目立ってないけど超重要キャラなので…!←
さて、久々な更新になってしまって申し訳ない…次回はもう少し早めに更新したいなぁと思うばかりです。
それではまた次回の更新時にー♪