メイド200%
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主の生活のサポートを行うために、メイドの朝は基本的に早い。
中でも、徳永家の一人娘、波音の専属メイドである咲城カレンは毎朝4時起きで活動している。
長年この生活をしているとすっかりそれが身にしみるもので、目覚まし時計なんていうものに頼らずともこの時間になると自然と目が覚めるようになった。
ベッドから起き上がり、髪をささっととかし、着なれたメイド服に着替える。
こうして、彼女の――徳永波音のメイドとしての1日が始まる。
『さーて、今日はどこから準備を…』
そう思いながら広い屋敷の長い廊下を歩いていると、ある部屋から「…うう…」とうなり声が聞こえてきた。
基本的に部屋の中の声が聞こえるということはまずないのだが、まぁそこはメイドさんの聴力がよすぎるのだとしておく。
さて、どうしたのだろう。そう思いながら彼女が視線を向けたその部屋は居候の少年の部屋だ。
風を司る神のフウ。
珍しく、彼が眠りながら唸っていた。
『何か嫌な夢でも見てるんでしょうか…』
カレンはそっとその部屋の扉に触れ、物憂げな瞳のまま呟く。
「…頑張ってくださいよ…信頼してるんですから…」
何らかの呪縛と戦う少年に、
届かないと知りながらも彼女はそう声をかけるのだった。
1、
「………ッ、いって…」
頭に何か固い感触を感じ取って、フウは目を覚ます。
目覚め方としてはなかなかに最悪な目覚めだった。
チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえる中で彼はそっと体を起こす。
最初はぼやけていた視界だが、段々はっきり目に映るようになり、そうして理解した。
今自分が寝かされているこの場所は、日向と初めて会った川であるということを。
日が昇り、空が明るいということはつまり、今日は七夕の翌日の7月8日…ということでいいのだろう。
どれだけ長いこと自分は眠っていた…もとい気絶していたのかと思うとすごく情けなくなる。
「…そうか、俺…リズに…」
ふとした拍子に昨晩の記憶がしっかりと思い出されてきた。
リズと対峙して、かっとなって、気づいたら気絶していて………。
「…くっそ…」
リズが何の目的で、自分をここに連れてきたのかなんてもう十分わかりきっていた。
自分が死なせてしまった少女との出会いの場だ。
思い出さずにいられるなんて、そんなことがあるわけがない。
「…はは…っ」
フウは思わず乾いた笑みをこぼした。
日向のことを思い出し、考えただけで、頭が割れそうな勢いだった。
もうダメだ、とフウは思う。
もう何をどうしたってダメだ、と。
そんな情けないまでに否定的な感情が自分の中でどんどん強くなり、あっという間に全身を支配していく。
くよくよすんな、立ち上がれよ! …何でそんなことしなくちゃいけないんだ。
いいかたとにかく頑張れよ! …どうせ無様に負けるだけなのに?
川辺に体育座りをしたまま、彼はもうすっかり無気力だった。
自分には何も出来ない。何をやっても無駄なんだ。
あんなに失いたくなかった少女を失って、――それで立ち上がれっていう方が無理なんだ。
『今、俺どんな面してんだろうな…』
あまりの情けなさに思わず、自分に対して嘲笑を浮かべてしまう。
偉そうにアイの過去とかを気にかけておきながら、自分のことになった途端このザマだ。
どうしようもない。
そんなこと思っていたその時、と背後からどことなく聞きなれた足音が聞こえてきた。
それは彼の知り合いが好んで履くブーツによってならされる足音だ。
そう判別した彼は、特にその音に振り向くことはないまま、ゆっくりと後ろに声をかける。
「……、なんだよカレン」
「あ、わかりましたー?♪」
横目で後ろを確認すると、案の定予想通りの女性がそこにはいた。
おどけるような声。綺麗な茶髪。メイド服。
それだけの特徴を持っているのだから、そりゃあすぐに認識できるに決まっている。
特に返答をしないでいると、カレンは何も言わずにフウのすぐ後ろにまで近づいてきたから、
「…うーん、座ってると余計小さいですね」
「お前はいきなりなんなんだよ!?」
「いえ別に♪」
屈託のない笑顔に、フウは思わずため息をつく。
一体どういうつもりでやってきたのだろうかこのメイドは。
なんて、そんな疑問の答えはそんなこと考えるほどのことでもない。
どうせこっちの心境なんて全てお見通しで、その上でやってきたのだろう。
フウはしばらく黙ってから、腕を組みながら川辺の景色を見つめ、
「……俺は…どうせ、何をやっても無駄なんだよ…」
と呟いた。
それは、慰めが欲しいのか、本心から言っているのか彼にもよくわからなかった。
対するカレンは真面目な表情でしばらく黙っていた。
コメントしづらい内容に、何か考えているのか。そう思っていると、カレンは唐突にいつもの笑顔をうぁべて、
「あははー♪ そうかもしれませんねー♪」
「……お前は何しに来たんだ。慰めに来たのか落ち込ませに来たのか…」
「えー、優しい言葉でもかけてほしかったですか?」
当然のようにこちらの心境をお見通しな感じの言葉にフウは思わず黙ってしまう。
そうだ、別にフウが望んでいるのは優しい言葉ではない。慰めてほしいわけではない。
それで立ち上がれるのだったら、もっと早く波音か亜里沙のところにいっている。
あの2人なら、事情を話せば間違いなく優しい言葉をかけてくれるだろうから。
「それに私、」カレンは少しだけ真面目な声色で、「今のフウくんには死んでも優しい言葉はかけたくないので♪」
「……なんだそりゃ」
「でもだからといってこのままっていうのもモヤモヤが残りますしー、」
カレンはどうしようかなーと言わんばかりに腕を組み、ほとんど考えるそぶりなどは見せないまま、
「……ってことでフウくん、デートしましょっか♪」
「……………、はい?」
にぱっとあまりにも明るい笑顔のカレンに対して、フウは思わずきょとんとしてしまう。
が、彼女の方は変なことを言った…なんて認識はなく、
むしろこれは名案だと言わんばかりにこくこくと頷きながら、
「うんうん、それがいいですよね。いやー、流石私名案です」
「いやいやいや…!? 何言っちゃってんのお前…!?」
「初デートの相手が私では不満ですか?」
「何で俺デートしたことないことにされてんの!?」
「え、あるんですか?♪」
フウの「うっ」という声に彼女は自分が正しい事を理解したのか「当たりですね♪」と満足げに明るい笑顔で言った。
フウはポリポリと頭をかきながら、
『あれ、そういや日向とここで会った時も同じようなやり取りを…』
「ほらほらーっ、行きますよーっ♪」
「待て待て歩くからマントひきづろうとしてんじゃねぇよ!?」
ああ、なんだか懐かしい。
強引なのになんだか嫌じゃない。
こっちの話しを聞かずに突っ走って行ってしまうこの明るさ。
そんな懐かしい感覚を抱きながら、フウは仕方なしにカレンの後についていくのだった。
2、
川辺からすぐ近くの街中を歩き始めてからおよそ3分が経過した。
そう、3分のはずなのだが、現状どういうわけか街中の視線が2人に集中している。
まぁ理由はそんな考えるまでもないことをフウはよく理解できていたが。
なんだかやりづらいなぁと思いつつフウが溜息をついていると、
「フウくん…」カレンが真剣な声色で、「私達凄い目立っていませんか?」
「……いやいや、きょとんとしながら言う事じゃねえだろ!?」
言い返すと、カレンが「はて」と首をかしげる。
このメンツで歩いていて目立つ要因など決まっている。今この2人の特徴を羅列してみればいいことだ。
かたやもの凄い美人でスタイル抜群なメイドさん。
もう片方はそのメイドさんと関係性のつかめない眼帯マントシルクハット。
文章だけでも十分伝わるこのインパクトから考えて、この面々で歩いていて目立たないでいられるわけがないのだ。
何故普段ハイスペック超人なのに妙なところで天然が入るのだろうかとフウは思わず疑問を抱かずにはいられなかった。
『まぁ俺も最近この格好になじんでたからあれなんだが…こいつもこいつでメイド服がもう私服なんだろうな…』
「そうなんですよね、もう私服気分だから気付きませんでしたなるほど、そういうことですか」
「…っていやいや、だから何人の心勝手によんでんだよ!?」
ナチュラルに心を読まれることに焦るフウだが、いつもそんなことをやってのける当のメイドさんはあまり気にしていないようだった。
彼女はフウの突込みなどおかまいなしにきょろきょろと辺りを見渡すと、手近な店をすっと指差し、
「よし、あそこのお店で私服を調達しましょうか。その方がデートぽいですしね♪」
「いやだからお前デートって何言って…」
「ほらほらいきますよー☆」
相変わらず人の話を聞かないやつだ。
そう思いながらフウはまたしても強引に、引っ張られていくのだった。
カレンがあまりにナチュラルに入っていくものだからあまり意識をしていなかったのだが、どうやらこのお店はなかなかの高級店らしい。
店構えがまず立派だし、扉の装飾も黒と金で統一されていて実に綺麗だ。
そして、なによりも決定的に高級店だと確信したのは――、
「いらっしゃいませ咲城様…!」
店に入った瞬間、スーツの男性たちがずらーっと一列に並んで一斉に挨拶をする。
あまりに見慣れない光景に、ん!? と驚くフウをよそにカレンはひらひらと右手を振りながら「どうもー♪」とかいってる。
いくらお金持ちの家のメイドだからってこういう場馴れしすぎではないだろうか。
唖然とした後にフウはこっそりとカレンを呼び止めると、極力小さな声で尋ねてみた。
「…もしかして、知り合いなのか…?」
「以前この店の盗難犯を捕まえたことがあるもので」
「お前そんな感じで警察にも咲城様とかいわれてなかったっけ?」
「まー、メイドですからね♪」
もはや一連の流れになりつつある会話にフウはため息をつく。
もうこの女性にツっこんではいけないのだということを忘れていた。
まぁツっこむだけ勝手だが、何を言っても基本的にはこの返答しか返ってこないのだからいうだけ無駄というものである。
「大体メイドだからって…メイドってそんな化け物的存在だったか」
「ふふっ、正確には…徳川波音様のメイドですから、といったほうがいいですかね」
今度は明るい笑顔ではなく、真剣でありながらもすごく優しい表情での返答だった。
メイドですから、ではなく。
徳川波音のメイドですから。それはつまりカレンから波音への絶対服従的な何かなのだろう。
彼女のメイドである以上これくらいできて当然でしょう、という。そういった何かだ。
「…お前って…、本当に波音のこと大切なんだな…」
「何言ってるんですか。命の恩人が大切じゃない人がどこにいます」
さらりとそれまた当然であるかのような返答だった。
そう、そこでさらりと返答できる程度に、カレンにとって波音は大切な人なのだ。
となると、
『…あれ、俺がパーティーで波音をえらい目とかに遭わせたら殺されるんじゃ…』
「ふふふ、よくわかってるじゃないですか♪」
にこり、と普通の男なら誰もが見とれてしまいそうな笑顔を浮かべるカレン。
が、今回ばかりはフウもツっこむよりなによりただ冷や汗という名の汗をダラダラと流すだけだった。
そんなことがあってから10分後。
買う服をささっと決めたカレンは颯爽とカードで会計を済まして早速その場で着る。
試着室に入るのかと思いきや、どういうわけかコンマ1秒くらいの速さでメイド服から私服に着替えたカレはンにもうツっこみを入れるのはやめにしておこう。
先の教訓からだ。
「ってことで着替え完了ですけどどうですかフウくん♪」
「流石咲城様…! 実にお似合いです…!」
「その麗しいお姿をぜひとも写真におさめたいくらいです…!」
フウがコメントする前に、何故か異様なまでに洋服店の店員に持ち上げられているカレンをフウはちらりと見る。
袖のないフリルのついたタイプの白のブラウスに、膝丈までの緑色のロングスカート。
私服でもどことなくメイド服の要素を残すんだなぁなんてことを思いつつ、普段露出されていないすらっとした綺麗な腕を見てなんとなくフウは悔しくなる。
『なんつーか、本当コイツも美人だよな…。ここまで完璧にこられるとコメントに困るっていうか弄りどころがないっつーか…』
「どうですかー♪」
そんなフウの思惑を知ってか知らないでか、カレンは相変わらずにこにことこちらを見ている。
フウはしばらく黙ってから「まぁいいんじゃねーの」となんだかツンデレのようなコメントをしてしまった。
が、それでも彼女は満足したのだろうか。
カレンはにこにこ笑ったままフウの腕をつかむと、
「さ、フウくんも服決めますよ♪」
「ん、俺も決めるの…!?」
「目立ってるのは私だけじゃないでしょうー? マントとシルクハットから普通の私服に変えましょう?」
いやでも俺は…という間もなくカレンはいつの間にか小さめのサイズの洋服をすでに手にしていた。
ああもう有無を言わさずなんだなということを理解した上でフウはそのまま試着室でその服に着替えるのだった。
3、
服屋を出てから10分が経過した。
服装が変わったのでまだよくなったものの、相変わらず目立つことには目立っていた。
まぁそれは言うまでもなくカレンの美貌故であるのだろう。
なんせさっきから道行く人たちがすれ違うたびにカレンのほうを見ているのだから。
もういちいち視線を気にしたら負けだなと思ったフウはとりあえず横を歩くカレンに行先を尋ねることとした。
「んで? 結局お前どこ行くか決めてあんの?」
「どうしましょうかねぇ」
「決めないで歩いてるのかよ!?」
「私この辺ってお買いもの以外で来ないからよくわからなくて♪」
てへぺろ、とでも言わんばかりに笑うカレン。
初対面のころから思っていたが、本当に屈託のない笑顔の持ち主だとフウは思う。
日向と少しかぶるところはあるが決定的な違いは、――彼女の笑顔は何かを隠したものでなく本当に本心から来ているものだということくらいだろうか。
そんなことを考えてから、フウはそっと目を伏せて、
『…っとーに未練がましいな、俺…』
いつまでも過去のことを気にしても仕方ないというのに。
そう思っていても、やっぱりそう簡単には割り切れないというもので。
なんとなくしんみりした心境になってしまったので、フウはもとに戻るためにもふっと笑みを浮かべて、
「ってかお前こそデートくらいしたことあんだろ? その時どこいってんだよ?」
と、挑発するような感じに話しかけてみる。
フウが知っている限り、この女性はずっと波音のメイドとしてやってきている。
従者として生きてきたがために、この美貌の持ち主であっても恐らくデートなどといった経験はないはずだ。
そう思って聞いてみたフウだったが、
「そうですねー、年頃の男の子と出かけたことはありますけど…」
どうやら彼の予想は甘かったようだ。
流石にカレンくらいの美人ともなればデートの経験くらいあったようだ。
しかし、彼女の周りでそれに該当する男性が思い当たらないのも現状なわけで。
そう不思議に思っていると、彼女はきょとんとした顔で、
「でも義理の弟だからノーカンですかね?」
と、続けるのだった。
街中をしばらく歩き続けると、ゲームセンターが見えてきた。
今までは洋服やさんなどの買い物する場所がいかんせん多かったので、この辺を歩いていて初めて見かけた遊びの場だ。
そんなこともあってか、カレンが即決で「ここ入にりましょう♪」と決断した。
その表情がどことなくうきうきしているところから見るに、初めての場所への興味が湧いているようにみえた。
真面目なメイドである彼女の事から予測するに、恐らくゲームセンターなどという場所とは無縁だっただろうから。
「けど、お前ゲーセンとか興味あったんだな、意外だわ」
「まぁ街中で見かけたなんとなくは興味ありましたよー、流石にメイド服で入る勇気はなかったんですけどね」
それに、とカレンは続け、
「なんか不良の巣窟っぽいイメージありましたしねー」
「いや、それは割と偏見だけど…ってかお前なら不良くらいどってことないだろ?」
「まぁそうですけどこんだけ人が集まるところで不良投げ飛ばすのはさすがに…」
「いやいや、投げ飛ばすの前提で話すすめんなよ!?」
そんな会話をしながら、2人はゲームセンター自動ドアをくぐり中へと足を踏み入れる。
中には様々なゲームの筐体が置かれていて、若い人たちで賑わっているようだった。
ゲームセンター初デビューのカレンは、今までに見たことない空間にどことなく楽しそうだ。
こう見ると、彼女も普通の19歳の少女なのだなぁ、という感想を抱いてしまう。
「思いのほかたくさんあるんですねー!」
「珍しくテンションあがってるな」
「フウくんは何かおすすめありますか?」
「いや、ゆって俺だってそんなきたことねーし」
これだけうきうきしているのだし、ここはカレンがしたいものに付き合ってやるのが一番いいだろう。
そんな大人なことを思って一歩引いていると、カレンがぱしっとフウの手をつかみ、
「フウくんフウくんっ。私、あれがやってみたいです♪」
「ああ?」
カレンが指差すのはとあるUFOキャッチャーの筐体だ。
中に入っているのはうさぎのぬいぐるみか何かだろうか?
フウはしその筐体を見て、今度はカレンを見て、そしてしばらく黙ってから、
「…お前、19なのにぬいぐるみがほしいのか?」
「ふふっ、私にそんな可愛らしい趣味があると思います?」
冷静な感じにツっこむと、思いのほか向こうからも笑顔で冷静な返答が返ってきた。
フウはしばらくその問いに対して沈黙を貫いてから、
「うん、思わねえな」
「素直でよろしい♪」
と言いながら、思いっきり背中をつねられた。
何故だろうか、言葉と行動が合っていないような気がする。
結構痛かったので、フウはやや涙目になりながら、
「じゃあなんであれなんだよ…?」
「馬鹿ですねー、うちの家には私のほかにかわいいものが大好きな子がいるでしょう?」
「ああ、亜里沙か」
なるほどな、と納得した感じにそう言った瞬間にカレンが「わかってないですねー…」とあきれた感じに呟いた。
フウはしばらく黙ったのちに、あまり考えたくはなかった可能性について口にする。
「…は、波音か…?」
「大正解です♪ 知りませんか波音様のベッドに大小さまざまなぬいぐるみが置いてあることを」
「いやしらねーよ!? そうなの!? アイツ寝るときぬいぐるみ抱いて寝てるタイプなの!?」
「しかもピンクのネグリジェ着て、ですよ」
「………俺こんなこと知ってアイツに殺されねーかなぁ」
可愛いな、という感想より知ったことがバレたら殺されるな、というのがフウが真っ先に思い浮かべたものだった。
カレンはそれに対して否定も肯定もせずに筐体の前に立った。
「…さて、亜里沙さんもいるし2体とっていきたいですねぇ」
「まぁそうだな。うさぎのぬいぐるみ…うん、今の話を聞いた感じ、波音の趣味そうだな」
「ですよー♪ …でもせっかくだし全員分とっていきましょうか。4体」
「そうは言うけどお前これ初めてだろ? そんなにいけるのか?」
心配になってそう問うてみるフウだが、どうやらそれは愚問だったようだ。
カレンはお財布の中から100円を取り出すと、無駄に格好いい笑みで、
「私を誰だと思ってんですか?」
「メイドだな」
「ですよねー♪」
その後彼女が初めてのUFOキャッチャーでうさぎのぬいぐるみを100円で4体とったのは言うまでもない。
チョコン、とうさぎのぬいぐるみを腕に抱えながらカレンはお店の中をまた物色し始める。
正直これ以上彼女にUFOキャッチャーをやらせるとお店側がたまったものではない気がするのでフウは別のゲームを進めてみることにした。
「あ、あの太鼓の鉄人とかどうだ」
「あー、一時なんかすごい話題になってましたよね。難しいんですかねー?」
「……いや、お前ならたぶん初めてでも鬼レベルフルコンボできるよ」
「自分で言うのもなんですが私もそう思います」
「あ、じゃあパンチングマシーン…はないな。壊れるな」
「フウくん私はメイドであって怪力馬鹿ではないですからね?」
「ダンスゲームとかもいいんじゃないか? お前うまそうだが」
「あー…でも私昔からダンスとかは得意じゃなくて…」
「…メイドだろ? できるだろ」
「メイドです、できますね」
そんなやり取りをしつつ、最終的にカレンが目をつけたのはシューティングゲームだった。
普通に考えて20歳直前の女子がゲーセンで目をつけるべきゲームではないと思うのだが…ストレスでもたまってるのだろうか?
カレンはにこやかに笑いながら「これにしましょう♪」といった。
「なんでよりにもよってこんなの…」
街中に現れたゾンビを撃ち殺していくというゲームの内容にうへぇ…と思っていると、
「これだと2人プレイが出来るみたいなので♪ せっかくなら一緒にやりたいじゃないですか、デートなんですし」
「デートでシューティングゲームっつーのもなかなかあれだけどな」
そう言いつつ、フウはしぶしぶ青色のおもちゃのような銃をとる。
フウ自身もあまりこの手のゲームは得意ではないのだが…どうにかなるものだろうか?
「あー、なんか俺こういうのすぐ死にそうだわ…」
とりあえず撃ってきゃいいのか? と首をひねりつつフウは銃を回しながら見ていく。
そうこうしているうちにおぞましいゲームの開始音が耳に響いてきた。
ライフのゲージを見て、あれしかないのか…いけるかな…と思っていると、
「そんなリキまなくって大丈夫ですよ」
頭上から、カレンの優しい声が聞こえてきた。
彼女は凄く格好いい笑みと共にピンク色の銃を構えると、
「――何があっても、私が守ってあげますから」
「なっ」
刹那。
ズダダダダダダダダダ! と彼女の銃が火を噴く。
ゲームが始まるや否や襲い掛かってきたゾンビたちを一瞬にして撃ち殺していく。
あくまでゲームであるのを忘れるくらいに綺麗な打ち方に周りの目線がいっきに集まってきた。
「………、」フウはぽかんとしてから、「っていや俺の出番ねーじゃねえか!?」
「悔しかったら私についてきてごらんなさいよ♪」
「神をなめんじゃねーぞこら!」
そう言うと、負けじとフウも銃を撃っていく。
弾の数が決まっているので途中で弾を拾っていきながらどんどんと襲い掛かってくるゾンビを倒していった。
最初のステージなために簡単だったのもあったか、そのステージは2分とかからずにクリアしてしまった。
「あら、やりますね」
「まぁな…ってかお前本当に素人なのか!?」
「初心者ですよー……ゲームでは」
「ん!? 現物はプロなの!?」
「メイドですからねっ」
「開き直ってんじゃねえぞこら!? メイドってそんなののプロじゃないよなぁ!?」
「あははー♪ 細かいことを気にする男はモテないですよー♪」
ふざけんな!? というフウの声がそこにこだまする。
その後カレンが見事に最初の言葉通りフウを守りながら、その日の最高得点をたたき出したことも言うまでもないだろう。
4、
ゲームセンターで一躍時の人として目立ってしまった2人はひとまず外に出ることにした。
何か食べたい気分ですね、とカレンが口にしたことと、丁度ゲームセンターの前でアイスクリームを売っていたことから、ひとまずそれを買って少し休もうということになった。
木でできたベンチに座りつつ、横目でアイス屋さんの看板を見ながら
『…もう夏だもんなぁ』
とフウは思う。
季節は7月。気温的にも時期的にももう夏といって差し支えないだろう。
『日向の事は…15年前の春か…』
生きてたらアイツももう三十路だったんだなぁ…などと考えても仕方ない事を考えてしまう。
そうか、15年経ってたこの辺の建物もすっかり別次元になっていたために意識していなかったが、思えばこの辺で日向と出会って日向と過ごしたのだ。
そう思うとなんだか無性に寂しい気持ちになってしまった。
『俺は…、』
「チョコとバニラ」
「ッ!?」
「どっちにします?」
突如、背後に現れたメイドさんにフウは全力で驚いてしまう。
おかしい、フウは気配を読むことに関してはかなり長けている。
それにも関わらずこの女性は気配がなさすぎる。
朝川辺にいきなり現れた時はちゃんとわかったのだが…自在に気配を操る能力でも持っているのだろうか?
まぁメイドさんだし持っていてもなんら不思議ではないのだが。
しかし当のカレンはというと驚かせた自覚がないのか、アイスを両手に持ったままほれほれと差し出してきた。
「…あーっと、お前の金なんだし好きな方選んで良いんだぞ?」
「……んー、そう言っていただけるのは嬉しいんですが、私自分で選ぶの得意じゃないんですよね」
珍しく苦笑を零しながらカレンはそう言う。
なんだか意外な一面を見たのでフウは「へぇ」と言い、バニラ味の方を受け取っておいた。
カレンはほっとした面持ちになると、フウの横にすたんっと座った。
「私に妹がいるって話はしましたよね?」
「ああ、言ってたな」
「なんていうか、自分がお姉ちゃんだって意識すると凄く自分のことを後回しにしちゃうようになって」
なるほど、長女によく見られる傾向かもしれない、とフウは思った。
ただ、それにしてもカレンがこのように自分のことを話すのは珍しいのではないだろうか。
カレンはチョコアイスを一口食べてから、
「妹に先に選ばせてあげたりとか、妹の我儘を聞いてたりとか、そうしてたらなんとなく自分のわがままを先に通すことを忘れてしまって」
「……へぇ、ってなると案外お前って従者向けなのかもな」
「自分でいうのもなんですがメイドは天職だと思っています♪」
フウはバニラのアイスクリームをぺろりと舐める。
牛乳の味が舌全体に広がり、実に美味しい一品だった。
「…私は主にも恵まれていますしね」
カレンは洋服屋の時と同じく、真面目で…尚優しい表情でそうつぶやいた。
心なしか声色もいつもより優しい気がした。
「波音なー…初めて会った時はなかなか横暴な奴かと思ったが」
「いい方ですよ。私のこういう性格を理解したうえで私の好きなようにやらせてくれますし。今の私がここまで自由にメイドをやれるのは彼女のお陰だと思っています」
凄く真面目な表情で語るカレンを見るに、きっとこれは彼女の本心なのだろう。
本当に大切なのはまぁ日常生活を見ていてもよくわかるわけで。
「…何かお前がこういうの真面目に話すのって珍しいな」
「そうですかー?」
「いや、いつも飄々としてるし…」
「ま、誰でも色々抱えてるものはありますよ」カレンはにこりと笑い、「ね?」とフウに問いかけてくる。
もしかして全てお見通しなうえでそう言っているのだろうか?
フウのその疑問にこたえるかのようにカレンはまたにこりと笑いながら、
「少しは元気出ましたか?」
と問うてきた。
え、とフウは思わず押し黙る。
いや、大体想像はついていた。彼女のことだから自分のことを心配してそうしているのだろうと。
けれど、それにしても向けられる優しさが珍しくストレートだったのでフウは思わず意表をつかれてしまった。
「…そう、だな…」
「ならいいんです。じゃ、そろそろ帰りますか?」
そうだな…と言おうとした時だった。
特に意味もなくふっと視線をずらしたことで、フウはあるものを発見してしまった。
どくん、とフウの心臓が少し早目の脈を打つ。
その理由は明確――すぐ近くのビルの下に、花が供えられているのを見つけたからだ。
「………あ…」
ビルの下。まるで、そこで死んだ人を弔うかのようにおかれた花。
15年前とは街並みがすっかり変わっていたせいで気づかなかった。
そのビルは。
15年前から、そこだけ姿の変わっていないビルは。
『ごめんね、フウくん』
彼女が…日向が、飛び降りたあのビルだ。
一瞬にして、フウの視界がその時の光景で塗りつぶされる。
夕焼けの中、涙交じりに笑っていた彼女。
伸ばす手。届かない手。
そして、ごめんね、さようならという彼女の言葉。
「…フウ、くん…?」
カレンの心配そうな声が届いた。
もうダメだった。
気付いた時には、ぽろぽろとフウの目から大粒の涙があふれ出してきていた。
もうすっかり辺りは夕焼けに包まれていた。
もうダメだ。やっぱりダメだ。
川辺で落ち込んでた時と同じ感情が、再びフウを支配する。
いや、むしろそれ以上の暗い感情が彼を支配する。
夕焼け、彼女が飛び降りたビル、鮮明に思い出された記憶。
これだけ揃った状況下で、彼女のことを悔やまずにはいられなかった。
目の前にいるカレンがどんな顔をしているか、とかそんなことに配る気すらなくなっていた。
「………っ」
涙が止まらない。
心なしか、自分にささる風がいつもより強くなっている気がした。
「フウくん」
頭上から、カレンの声が聞こえてきた。
涙をこぼしたまま上を向くと、彼女はいつになく真面目な表情になっていた。
彼女はその状態でそっとフウの手をとると、そのまま緩やかなスピードで走り出す。
今の彼に抵抗する気はさらさらなかったので彼女の意のままに従っていくと、どういうわけか彼女が向かったのは例のビルだった。
立ち入り禁止になっている3階建てのビルの下まで来ると、外にあるボロボロの螺旋階段をカレンはずいずいと登っていく。
この階段はあの日、日向からメールをもらったあとに必死にかけのぼったあの階段だ。
「カレン、何して…」
だんっ! と鍵がかかっていたはずの屋上の扉を思いっきりあけると、カレンはそのまま手すりの方へ向かっていった。
そこは丁度、彼女が飛び降りた場所で。
時刻もあの時と同じくらいなのだろうか。
カレンの背景の夕日が、日向にかかっていたものと同じように見えた。
「フウくん」
その言葉と共に、ばさっという音が届いた。
その音を合図に、いつの間にかカレンの服が普段彼女が着ているメイド服へと変化している。
服屋でもこの速度で着替えをしていたカレンは、あの時とは違って今度は真面目な顔でこちらを見ていた。
「私、信じてますよ」
優しくも、強い声がフウの耳に届く。
彼女が、んの意図でそんな言葉を言っているのか、フウにはどうしても理解できない。
信じている、なんて言われたところで自分が過去に日向を救えなかったのは事実なわけで。
とても信じられるような実力など、持ち合わせていないわけで。
フウは地面にうつむいたまま、
「…俺は…どうしようもないやつなんだ…」
「フウくん」
「ここから落ちていく日向を…助けてやることができなかった…気づいてやることすらできなかった…」
思いが、言葉が、涙が、地面にぽろぽろと零れ落ちていく。
上を向くことができない少年は、ただ思いを下にこぼしていくことしかできない。
「俺なんか…パートナーも守れないような、」
どうしようもない神なんだ、と悲痛な叫びがその場にこだました。
今度こそ、カレンの言葉が途切れた。
もう呆れられたのかもしれない。けれどそれいいのだ。
自分には、彼女から信頼を預けてもらえるほどの価値もない。
そう思っていると、
「あなたはどうしようもない神様なんかじゃないですよ」
再び、カレンの優しい声が上から降りかかってきた。
「優しくて、周りへの気配りが上手で、場を明るくする…素敵な魅力をたくさん持ってるじゃないですか」
「…そんなもの…」
「そんなもの、とあなたが呼んでいるものは今徳永家にとって凄くかけがえのないものになっていますよ。あなたは徳永家の大事な一員です」
けど、とフウはこぼす。
今はたとえ何を言われても、なんだか否定的な言葉しか出てこなかった。
「それに、日向さんだってあなたのそういうところに凄く感謝しているはずです」
「…でも…」
「けどとかでもとかばっかり言っちゃダメですよ。だから彼女は最後に、あなたにありがとう…といったのではないですか?」
そうだ。
確かに日向は最後、自分に対して「ありがとう」といった。
ごめんね、といった後にさようなら、ではなくてありがとう、といった。
「気づいてやれなかった、とか助けてやれなかった、とか言っちゃダメです。それを決めるのはフウ君じゃなくて、日向さんなんですから」
「…それを言ったら、お前のだってただの憶測じゃねーか」
ちょっと嫌味ないいかただったかもしれない。
お前なんかに何がわかる。
遠まわしにそういう気持ちのこめられた、皮肉な言い方だったかもしれない。
けれど、それでも彼女は言葉を続けていくことをやめはしなかった。
「そうですね、憶測です。…けど、」
カレンは人差し指を口元にあて、まるで「しーっ」とやるようなポーズになると、
「私はメイドですよ? 信じられませんか?」
「………、」
いつも、どんなに不思議なことがあっても自然と信じられていたあの言葉が、彼女の口から紡がれる。
彼女が何故メイド服に着替えたのか、それを理解できたうえで、フウは再び俯いた。
もし、日向が自分のことを恨んだりしていなかったとしても、今のフウにはそれだけではどうしようもない問題が多くあるのだ。
「それでも俺は…何もできねぇよ」ぽつり、と弱音がこぼれていく。「日向は助けられなかった、リズを倒すのも…無理だろう。過去に勝てなかった相手に敵うわけがない。ランクだって別次元すぎる。精神の神を相手にするには、俺は今精神状態がボロボロすぎる」
パーティーの参加者でもないカレンに事情をぽろぽろと零せるくらいには、今の彼は本当に参っていた。
よりどころを失っていた。
光を失っていた。
信じられる存在を、失っていた。
「どうせダメなんだ。今回もボロボロにおられて終わるんだ。…パートナーの波音のことだって、守り切れるかわからない。リズに目をつけられたら、どんだけ精神がボロボロになるかもわからない。もうやめた方がいいに決まってるんだ。アイのこと気に掛けるとか、波音の過去を知って一緒にパーティーを止めようとか、もともとランクが低い俺にできるわけねぇんだ。歴代順位だってほんの7位とかだ。アイみたいに強いわけでも、リズみたいに精神戦が得意なわけでもなんでもない。剣術だって、神の力を扱うのだってそんなうまいわけでもない」
俺なんかダメなんだ、と最後に彼はこぼした。
悔しさとか、悲しさとか、怒りとか、情けなさとか、いろんな感情を言葉に乗せていっきにぶちまけたフウはもうこれ以上は何も言えなかった。
涙がぽたぽたと溢れて地面を濡らしていく。
リズに精神を操られて不安定になっているからだ、という人がいるかもしれない。
けれど、これらはすべて真実だ。
何一つとして間違ったことはいっていない。
自分が何もできないのも、ランクが低いのも、おそらくリズに勝てないのも、事実だ。
完全に挫折し、希望も何も見れなくなった少年の言葉を、カレンは何も言わずに最後まで聞いて「そっか」と珍しく砕けた口調でうなずいた。
いま彼女は何を考えているのだろう。
もうすっかりあきれているのかもしれない。
そう思ったフウだったが、彼女は相変わらず夕焼けに負けないくらい綺麗な笑顔でこちらを見ていた。
「そうよね、どうしてもダメなことはあるわよね。…誰だって、挫折したりとか。信じてるって言われても頑張りたくなかったりとか。どうしても辛かったりとか、あるわよね」
彼女はフウの言葉を否定しない。
ダメなら仕方ない。立ち上がれないときだってある。
信じてるとか頑張ってとか、他人の言葉だけでどうこうなるわけじゃないときだってある。
それは今、慰めてくれていたカレンにとっては実に失礼な話だっただろう。
にも関わらず、彼女は決してフウを否定はしない。
「だから、そんなにつらくて、自分の力じゃ立ち上がれないっていうんだったら、」
カレンはいつの間にか、両手に服屋で没収したフウのマントを手にしていた。
彼女はそれをそっと、丁寧にフウの肩にかけながら、
「私があなたを守って、支えるから」
ふわり、と。
特に何があったわけでもないのに、不思議と体が軽くなるような感覚がした。
綺麗な夕焼けをバックに、カレンはいつもの飄々としたと笑みとはまた違う、穏やかで綺麗な笑顔を浮かべて、
「ねっ?」
カレンはそっと両手をこちらへと差し出してきた。
もう信じるものを失い、立つことすらつらくなった少年を、文字通り支えようと、彼女は手を差し伸べていた。
「あなたはダメなんかじゃない」
力強い声が、フウの耳に届く。
フウの中の、黒い感情を吹き飛ばすように。
カレンはに後ろで輝く負けないくらい光り輝く笑顔を浮かべる。
「さぁ、どうしますか。世界一最強のメイドさんが、あなたの味方になっているんですよ」
その最後の言葉はだけ、すこしおどけたような感じだった。
いつの間にか、フウの目に浮かんでいた涙が、すっと引いていくような感覚を確かに感じた。
「騙されたと思って私を信じてください。あなたを信じる私を信じて、また頑張ってみましょうよ。がんばれるようになるとこまでは応援しますよ」
それに熱血もフウくんの長所でしょう? とカレンは続ける。
15年前と同じ場所で、
15年前と違う人物が、
15年前とは違う笑顔で、
15年前とは正反対の気持ちをフウに与えてくれる。
ダメならダメでいい。それなら自分が力を貸すから。
物凄く単純な思考にだが、そう簡単に人にいうことのできないセリフだ。
それを簡単に言ってのけるメイドさんを見て、浮かび上がってくるこの思いをどう口にしていいかなんて、フウにもわからなかった。けれど、
「ほら、もう涙もとまりましたね」
フウは、
今度は下でなく上を見ながら、手を確かに握って、
「……本当に、俺を信じてくれるのか?」
「ええ…、メイドの名に懸けて」
ああ、やっぱりメイドというのは凄い。
それだけで本当に大丈夫なんじゃないかと思えてくるくらいの信頼感が彼女にはある。
そうか、とフウは思った。
案外近いところに、いとも簡単に信じられる存在があったのだ。
「けどもしこれでフウくんがダメだったら私はメイドですからがもう言えなくなってしまいますねー…」
「え、何その責任重大な感じ!? 俺お前の名言懸けて戦わなきゃいけないの!?」
「ふふっ、やっといつも通りになりましたね♪」
にぱっ、とカレンは今度はいたずらっこのような笑みを浮かべた。
彼女はすっと右手を掲げると、いつの間にか持っていたシルクハットをフウの頭にぽすん、とかぶせて、
「何度も言っていますが、波音様は私にとって大切な方です」
「…お、おう…?」
「その波音様がパーティーに参加するってなった時、正直止めたい気持ちが大きかったんです」
まるで保護者のようだ、と思ったがまぁそうだろう。
大切な主をわざわざ危険なことに首を突っ込ませたいとは思わない。
従者の身である彼女の立場にたてば、それが普通というものだ。
けど、とカレンは続け、
「パートナーとしてフウくんを見たときに、不思議と…この子なら大丈夫って思いました」
「…え?」
「それくらい昔から、私はあなたのことを信用して認めているんです。波音様のパートナーとして、ふさわしい方だと」
フウはシルクハットの向きを直しながら、しばらく黙りこむ。
そして、どうしても1つだけ聞いておきたかったことを最後に彼女に尋ねることにした。
「…俺を慰めたのはやっぱり、波音のためなのか?」
そう問うと、
カレンはまたいたずらっこのような笑顔を浮かべながら、
「さー、どっちでしょうねー?」
と回答した。
ならば、どうであれ自分を心配していたのだと勝手に思っておくとしよう。
そしてそれはあながち間違いではない、とこれまたフウの方も彼女を信じてみることにする。
「……俺は、戦ってみるよ」
「そうですか」
「…過去と、リズとしっかりと」
「……ふふっ、では私はあなたを信じてお待ちしているとしましょう♪」
カレンはくすくすと笑って、
「あ、本当負けないでくださいね。私のメイドですからの使用が懸ってるんですから」
「やっぱりそれかかったまま!?」
「自信ないんですか?♪」
「ぐっ、や、やってやるっつの!」
フウは意気込みと共に、背中にばさっと翼を生えさせる。
リズがどこにいるか、なんて気配を読むのが得意なフウには知るのは容易なことだった。
さぁいくぞ。
自分の中でそういって、フウはそこから飛び立つ。
自分の中で、過去にけりをつけるためにも。
自分を信じてくれたカレンの信頼にこたえるためにも。
『…いくぜ、日向』
夕焼けに向かって羽ばたきながら、フウはただぽつりとつぶやくのだった。
フウがいった後、カレンはふぅ、と息を吐く。
それは溜息か、安堵の息か、カレン自身にもはっきりと判別することはできなかった。
翼から落ちた羽を1枚、地面から拾いながらカレンは思わずくすっと笑う。
「…まったく、さっきまで情けなかったくせに格好いいこと言っちゃって」
風で乱れたメイド服のスカートを直しながら、カレンはそうつぶやく。
「…ほんっと生意気ね」
けれど、言葉とは対照的に、夕焼けに照らされる彼女の表情は凄く柔らかくて綺麗な笑顔だった。
メイドさんってすごい。そんなお話でした。
ああもうだめだーってなってるときって、大丈夫って言葉をかけられてもどうしても駄目なときってありますよね。
どんなに人に情けないとか思われてるんだろうなーってなっても、立ち上がれないのはお前が弱いからだといわれてそれを確かだと思っても、それでもどうしても駄目なときもあるわけで。
カレンさんはそれを理解したうえで、なら自分が力を貸しますよと言ってくれる人だったりします。
同じ姉妹で似ているとはいえ、もしもエリカだったらまた違う形になるでしょう。
カレンさんだからこその、この包容力と理解力というか(笑)
まぁいかんせんこういう話は難しい! 私もいろいろ勉強しないとだ!
さて、こっからがまたクライマックス!
次話もまた読んでいただけると幸いです!
次話――まだ題名が決まっていません
それでは♪




