徳永家の日常
俺の隣に並べば追い風。
俺と向かい合えば向かい風。
分かっているはずなのに、どうして記憶の中の君はいつも俺の向かい側にいるのだろう。
Ⅲ Wind
〝フウくん〟
脳内に、可愛らしい少女が自分を呼ぶ声が響く。
死者を忘れる時はまず声から忘れる…などというが、フウは彼女の声をまだはっきりと思い出す事ができた。
キラキラしたその笑顔も、無邪気な性格も、――隠していた涙も。
全てを昨日のことのように思い出せた。
〝ねぇ、フウくん〟
なんだよ、と返事をしたいがどういうわけか声が出なかった。
身体が重かった。
そうこうしている間に彼女は、自分に背を向けて行ってしまう。
待ってくれ。そう叫びたかった。けれど、やっぱり声は出てこなかった。
そうこうしている間に、彼女が行ってしまう。
自分の手の届かない場所へ。
〝バイバイ、フウくん〟
「………ッ!」
そこで、フウの意識が戻った。
彼はもの凄い速度でベッドから飛び起きて、辺りを見渡す。
そこは普段彼が寝泊まりしている、もうすっかり見慣れた徳永家の中の一室である。
なんだ夢だったのか、と思いフウはそっと息を吐く。
枕の横には普段彼が身に着けている、彼女がくれたマントとシルクハットが置いてあった。
まだあの時のことを夢に見るのか。
そう思いながら自分のTシャツに触れると、それは汗でぐしょぐしょになっていた。
一体どれだけ夢でうなされていたのだろうか。
『夢に見るのは…この間リズにバッタリ会ったせいかね…』
くそっ、と毒を吐きながら彼はそっと目元にほんのり浮かんでいた涙を手で拭うのだった。
1、
薄緑色の髪に、深緑の瞳。
マンクに眼帯シルクハットといっけん怪しい少年の名前はフウ。属性は風。神である。
…などといった自己紹介をしたら少々怪しいのだろうか。
そんなことを想いながらフウは家の中をすたすたと歩いていく。
フウのパートナーである徳永波音は、彼女の通う学校…シラヅキの理事をしているそれは偉いお金持ちの家の一人娘である。
そのため、彼女の住まいである徳永家はどこのお城だよここと言わんばかりの敷地面積を誇っている。
広大な庭、入り口にある噴水、左右には綺麗な森林、メイドが手入れするお花畑、そしてここ…自宅。
自宅にも正直何でそんなに部屋があるのがと問いただしたい程の量の部屋があり、またお嬢様である波音の部屋はそこでダンスパーティーが開けそうな広さを誇っている。
が、そんな広い家なのにここに住む住人の数は比較的少ない。
波音の両親は健在だが、2人とも忙しくて滅多にこの家にはやってこない。
なので基本的にこの家にいるのはパートナーの波音、小さいころから波音と一緒に暮らしているという(事情は不明)亜里沙、フウ、そして
「ようこんな広い部屋を1人で面倒見てるよなお前」
フウが声をかけた先にいるのは、綺麗な茶髪の女性だった。
腰の辺りまで伸びた明るめの茶髪、穏やかな目元、そして膝丈までもメイド服。
普段からにこにことした表情を崩さないその女性は、やっぱり今日もにこにこ笑い、
「ふふ、私も大変だったんですよ? ここまでなりあがるのは?」
と言う。
にこにこしていて感じが良いメイドさんなのだが、このメイド実に恐ろしい存在である。
完璧超人…と問われるとなんだかその枠に抑えてはいけないようなそんな存在。
ではなんなのか、と言われれば答えはこうだ。彼女はメイドである。
いっけん何を言ってるかわからないかもしれないが、世界的にはそれが全てなのだ。
「実際あれか? お前1日でこの豪邸隅から隅まで掃除とかしてるのか?」
流石にねーだろ、と思いながら問うと、
「…当然じゃないですか?」
「最早きょとんとされたわ! それでお前庭の手入れとかもしてるんだろ?」
「奥様が帰宅の際に楽しみにしているとのことですので♪」
「それで波音のボディーガードに、毎食丹精こめての手作りだろ?」
「私は徳永家のメイド、というより波音様のメイドですからねー♪」
どうなってるんだろうなぁこいつは…とフウは頭を抱えてしまう。
1日24時間しかない中でどのようにしたらそんなことが可能なのだろうか。
物理的に可能なのか。いや、神が物理的とか気にする方がおかしいかもしれないが。
「そういえば、」
カレンはさささっと廊下の床をほうきではきながら、
「昨晩はうなされてたみたいですけど大丈夫ですか?」
ぎくっ、とフウの背筋が一瞬凍った。
が、彼はすぐに平静を取り戻すと、
「あー、ちょっと変な夢見ちまっただけだよ、気にすんな」
「なら良かったです♪」
「………、」
フウは少々黙る。
カレンにしてはなんだか珍しいな。自分を心配してくれるのは。
まぁ彼女が実は根は凄く優しいのは確かなのだが、どうも普段の飄々とした感じでついその印象が薄れがちだ。
「いやー、フウくんがうなされるなんて何かのネタにできるかなぁと思ったんですがねぇ」
「前言撤回すんぞこんにゃろ」
ふう、とため息をつきつつ彼は廊下についている大きな窓を開けてみた。
そしてひょいっと風の力で浮かぶとその窓際に腰掛ける。
それにしても窓もちゃんとピカピカだ。これがプロのなせる業なのだろうか。
「フウくん、小さい子が窓際に乗ったら危ないですよー? ほら、ゆっくりおりていらっしゃい♪」
「子供扱いすんじゃねぇよ!? こう見えてお前よりはるかに長生きだからな!?」
そう、見た目こそは中学生くらいに間違えられる彼だが実年齢は1000歳を優に超している。
まだ20歳にも満たないカレンよりは遥かに年上なのである。
『ま、ぶっちゃけコイツの恐ろしいところは20歳の小娘…なーんて扱いできねぇところだけどな』
この女性はいろいろ達観しすぎている。
神の目からみてもはっきりとそう思える。
『こういう奴だったら…アイツみたいなことになることはなかったんだろうけどな…』
綺麗な白い肌に綺麗な黒髪の少女を脳内に思い浮かべ、
それから振り払うようにフウはぶんぶんと頭を振った。
もうやめよう。こんなこと考えていても何の意味もない。
チラリとカレンへ視線を戻すと、彼女は鼻歌を歌いながら廊下の掃除を続行していた。
邪魔しても悪いな、と思ったのでフウはそのまま話しかけずにゆっくりとまた長い廊下を歩き始めた。
「あー、フウくんだー♪ おはよー♪」
ほわわーん、とした感じの少女の声が聞こえてくる。
この家でこんなほわわんとした雰囲気を持つ少女はただ1人だけだ。
少々癖のある青色の髪に綺麗な碧眼を持つ少女――橘亜里沙。
その声につられて振り返ると、彼女は起きたばかりなのかまだ花柄のパジャマを身に纏っていた。
「…お前、今何時だと思ってんだ?」
「えへへー…昨日遅くまで勉強してたらこんな時間だったね…」
遅くまで勉強ねぇ…とフウは呟く。
季節は7月。彼女たちの通う学校ではもうすぐ期末テストという学生にとっては一大事なイベントが待っている。
真面目で努力家な亜里沙の事だ、ちゃんと今からこつこつと勉強をしているのだろう。
「カレンなんか朝の4時からフル活動してるみたいだぞ」
「うっ、さ、流石だよカレンさん…見習わなくちゃ…!」
どういうわけかカレンに対して謎なまでの憧れを抱いている彼女はぐっと拳をつくってみせる。
が、きっと明日も昼ごろまで爆睡なのだろう。なんとなく想像がつく。
「…なぁ、お前ってカレンが来るずっと前からこの家に暮らしてるんだよな?」
「…? そうだよー?」
確か、亜里沙の両親は彼女が幼いころにはもう亡くなっていたとのことだ。
そこから詳しい経緯は知らないが、亜里沙はずっと波音と一緒に暮らしている。
カレンがこの家に仕える10年前よりも、そのまたさらに昔からである。
「…その、こう聞くのもなんだけど…アイツって昔からああなのか?」
「……うーん、あんま覚えてないなぁ…10年前っていったらとにかく波音が凹みまくってた時期だしなぁ…」
まぁそれもそうか、と思うフウ。
そもそもそのころ彼女は6歳だ。記憶にないのも無理はないだろう。
「…10年前っていったら…光が丁度死んだ直後くらいだもんな…」
「うん」亜里沙は少し切なげにうなずいた後、すぐにいつもの笑顔を作ると、「でもねっ、波音、カレンさんが来てから本当に明るくなったんだよー♪」
「……アイツって明るいか?」
「フウくんまだまだ波音のことわかってないなーっ」
昼ごろまで寝ているパジャマ少女に言われたくもないフウだが、まぁこの際黙ってきいておこう。
そもそもついこの間あったばかりの自分が、小さいころからの付き合いの幼馴染に理解度で敵うわけがないのだ。
「ま、カレンさんは自分を従者にしてくれた波音のこと恩人だ、って言ってるけど波音も同じこと思ってるんじゃないかなぁ? ここまで波音を支えてくれたのは紛れもなくカレンさんだしね」
「………、なるほど。そういうことか」
今度は亜里沙がきょとんとする番だった。
そう言えば、10年前のパーティー勝ち抜き後、アイが上位個体に願ったのは『どんな形でもいいから波音の心を支えてくれる人が現れますように』だったはずだ。
つまり、それがカレンだったのだ。
上位個体の願いがどのように叶えられていたのか疑問だったが、そういうことだったのか。
1人で納得していると、亜里沙がつぶらな瞳で「なになにどうしたのー?」とこちらを見ていた。
ああ、そうか。この人懐こさはアイツに似てるんだ。
…なんて、今日は夢を見たせいかいやに記憶に介入してくる。
「…ま、波音の心を支えてたのはカレンだけじゃねーだろうけどな」
「…ほぇ?」
わかってなさそうな目の前の少女にこれ以上答えてやる義理はないだろう。
この鈍感もまた、この少女の魅力の内だ。
「なんでもねーよ、早く着替えろよ? カレンの食事が待ってるぞ」
「あ、そうだね…! カレンさんのお食事…着替えてくるっ!」
というと、亜里沙はあわてて自分の部屋へと戻って行った。
「不思議ですね」
それから30分くらい経っただろうか。
家の一番端の窓際から外を眺めていると、不意に後ろから声がかかった。
紅色の髪に、鋭い金色の瞳。
神の目から見ても実に神秘的な見た目。それが、彼のパートナーである徳永波音の特徴だった。
そんな抜群の容姿を持った彼女は、冷静な表情のままこちらを見ていた。
「…不思議、って何がだよ?」
「いえ、パートナーになって間もないですが、なんとなく貴方の感情がわかるようになってきたなと」
「うげ、なんだそりゃ」
「うちに来てから何度かそのように窓の外をぼーっと眺めていましたからね。いつも同じ目をしていますよ。……遠くにいる人を想うかのような目です」
私もそんな目をしていた頃がありました、と波音は続ける。
これだからこの家のやつらは…とフウは内心で毒づいてしまう。
どいつもこいつも年の割に大人びているんだ。…亜里沙はさておきとして。
「…なんだよ、アイから俺の過去でも聞いてるのか」
「まさか。私がわざわざそんなこと聞き出すと思います?」
「…ねぇな」
「…ええ、ないですよ」
「…俺、今墓穴掘ったよな」
「そうですね、過去に何かがあってそれが原因で今思い悩んでいるというところまでわかりました」
「…くっそ…!」
シルクハットをつかみつつ頭を抱えるフウ。
それに対して、波音がくすくすと笑っているのが聞こえて気がした。
どうでもいいが、波音がこのように笑っているのはなんだか珍しい気がしなくもない。
「…ま、別に無理に聞いたりはしませんが――あなたが何か困っているというなら私は力になりますよ」
一応パートナーですしね、と波音は付け足す。
その言葉に対し、フウは少しシルクハットを深くかぶりながら「くそっ」と小さくつぶやく。
16歳のパートナー様にはすべてお見通しなようだ。なかなかに侮れない。
「…お前はパートナーとかあまり気にしないやつかと思ってたよ。確かに亜里沙の言う通り、あんま波音のことわかってねぇかもな俺」
「…家の中の住人が1人極端に凹んでいると全体の雰囲気が悪くなりますからね、家主の気持ちも考えてほしいってだけです」
「………、素直じゃねぇなぁ」
心配した、と一言言ってくれれば良いのに。
そういえばカレンもなんだかんだ素直でないところがあるからこの辺は主従揃って変に頑固だ。
『ま、今の俺の環境がすげぇ恵まれてるってのはどのみち痛いほどわかったな』
こんなことで落ち込んでいる場合ではない。
もう、同じ過ちを繰り返さないように心を強く持たなくては。
自分が心配してくれるパートナーのためにも。
『アイツがまた俺の前に現れたとしても…絶対に心を乱さないようにしないとな…』
もしも彼女が今回の敵になるのだとしたら、正直アイに戦わせたくはないのだ。
彼女はトラウマを抉り、傷つけることにたけている。
精神的な傷が大きく、またつい最近復活したばかりでまだ癒えてないであろうアイに頼るのは気が引けるものがある。
だからこそ、
『俺たちでなんとかしねぇとな…』
2、
「この間体育祭が終わったと思ったら今度は七夕…本当にイベント好きな学校よね」
最近だいぶ扱いに慣れてきた電子生徒手帳を眺めつつ、銀色の綺麗な髪を持つ少女が呟く。
全体的に細いその少女は、もうすぐ夏だというのに相変わらず私服の上から黒のジャケットを羽織ったままだった。
「…イベント多いもんねうちの学校。…っていうかアイ…その格好はやめてほしいんだけど…」
と、栗色の髪をタオルで拭きつつ翔は呟く。
ほかほかと湯気が出ていることから想像がつくだろうが、現在彼はお風呂あがりである。
そして、お風呂からあがって部屋に戻ってきたら銀髪の少女がスカートにも関わらず部屋のベッドでゴロゴロしていました。
この時の自分の気持ちを彼女には今一度よく考えてほしいものだ。
いろいろ無頓着な氷を司る神様は綺麗な顔できょとんとすると、
「…何が問題なのよ?」
「うぇっ、いや、だ、だから…」
翔は白い肌を限界まで赤く染めつつ、
「し、下着見えたらどうするの…!」
かぁぁ、と絶頂まで彼の顔が赤くなっていた。
下着というだけでここまで照れるとは今時なんとも珍しいピュアボーイだ。
が、それを指摘された当の本人はというと、
「……、天界のスカートめくれ防止の素材ついてるし平気よ?」
「いや、そういう問題…なようでそうじゃないというかなんというか…!」
そうか、わかった。
要するに、翔は男として〝意識されていないのだ〟
無頓着というよりそれが強いかもしれない。どうでもいい相手にどう思われても彼女は気にしないだろうし。
スッキリしたがなんだか涙を流したい気分だ。
いや、そりゃこんだけ可愛い女神様が自分みたいな女子力高めの男子を意識してくれるなんて微塵も思っていなかったわけだが。
「……はぁぁ…」
「何ため息ついてんのよ」
「…いや、大丈夫だから気にしないで…」
髪が乾いてきたからか、いつものくせっけが徐々に戻ってきた。
翔は前髪をピン止めで止めつつ、
「そういえば体育祭が終わってからは特に神とか現れてないよねー」
「…そりゃそんなぽんぽん現れてたまるかって話よ。こっちの身がもたないわ。今のところはライ、ミカとしか戦ってないしそんな大した戦いじゃなかったから別に問題ないけど…」
彼女の口ぶりからすると、ここから先はなかなか油断できない敵が待っている…ということでいいのだろうか?
確か神の数は全部で10柱。アイ、フウ、ミカ、ライを除いて残り6柱。
「…まだ結構残ってるんだなぁ…。僕たち以外に戦った組ってないのかな?」
「…今のところそういう話は聞かないわよ。リタイアとか勝敗とかは基本すぐに参加者に通達があるけど今回は何も…」
「ちなみに次の敵が誰になる、とかの目星ってついてるの?」
「……まぁ一応…」
と、そこでなんだかアイの声のトーンが下がったのを感じた。
もしかすると、次の敵は苦手なタイプだったりするのだろうか?
一応パートナーとして聞いておきたいところなのだが、こんな戦力外パートナーが聞いてどうにかなるものかと問われるとなんとも微妙な話だ。
となると、来るべき時まではそっとしておくべきか。
「残りってどんな神様がいるの?」
「………、」アイは少し黙って、「…世の中聞かない方が幸せなこともあるわよ」
「うぇぇ!?」
もうその返答だけでも曲者しかいないのがわかってしまうではないか。
ああ、自分たちと関係ない所でも戦ってつぶし合っててくれればいいのに…。
そんなことを思う翔だが、パートナーが前勝ち抜き者であることを考えるとなんともいえない。
真っ先に潰しておくか、敬遠するか、神によって考え方も違うだろうがみんながみんな前者だったとすると、
『うおお、寒気がしてきた…』
しかし、ライとは犬猿そうだったが、ミカやフウとは割と友好的だし…みんながみんな敵対心むき出しでは来ないだろう。うん。
そう信じる他ない翔である。
「……そういえば、」
「何、どうしたの?」
「…いや」アイはしれっとした表情のまま、「アンタって友達いるの?」
「がふうっ…!?」
さらっと切り出された割にかなりのカウンターだった。
翔は別に肉体的攻撃を受けたわけではないにも関わらず、胸の辺りを右手で押さえながら、
「え、えーっと…そ、それはどういうことで…」
「いや、新橋としか話してるところみたことないからさ。他に友達いるのかなって」
「…ま、まぁユウマとは入学式で一発目に仲良くなってからずっとつるんでるけど…でも他に知り合いがいないわけでは…!」
と、言った瞬間だった。
ズダダダダダダダダ! と、凄まじい音が聞こえてきたのは。
「「!?」」
最初は何の音だ、と思った2人だったが気付くのに時間はいらなかった。
それは自宅の階段を凄まじい勢いでのぼってくる音だ、と。
「…え、誰これ…?」
「ぼ、僕玄関の鍵ちゃんとしめておいたのに…どうやって…!?」
と言うと、アイがいつになく険しい表情をしながらベッドからとびおりる。
そのままの勢いで彼女は翔の前に立つと、すっと右手を扉に向けて構えた。
敵だった場合、すぐに右手から氷の攻撃を放てるようにするために。
…しかし、なんだか女の子に守られている気がしてやはり情けない気分である。
そんなことを思っていると、そう長くはない階段を上りおえたのだろう。
足音はダダダダダダ! と凄まじい音で今度は廊下を走り始めた。
『間違いなく僕の部屋にきてる…!』
「…大丈夫よ」アイは右手を構えたまま、「…どんな奴だろうとアンタは私が守るから」
「………、」
なんだかさらっともの凄いイケメンなことを言われたのではないだろうか今。
嬉しいような、悲しいような、男としてどうなのか…といった複雑な心境だった。
そうこうしている内に、足音が一旦やむ。
ついに、自分の部屋の前まできたのだろう。
ガチャ、とドアノブに手をかけられた瞬間に翔は思わず唾を呑む。
しかし、扉の向こうにいたのは――2人の予想を大きく裏切る人物だった。
バァン! と扉が開けられるのと同時に、
綺麗な水色の髪が見えた。
「ただいまぁ! 帰って来たよ、お兄ちゃんっ♪」
どことなく聞き覚えのある声。
どことなく見覚えのあるビジュアル。
アイがきょとんとする中、翔はその少女の名を呼ぶ。
「……栞菜…!?」
3、
風が吹き荒れる中、高層ビルの屋上に彼女はいた。
オレンジ色の髪をなびかせながら、深紅の瞳で空を見上げ、彼女は口元を歪ませ笑う。
「風、強いわねー。…風を司る神、もうちょい精神的にダメージ受けてるかと思ったけどそうでもなかったようね」
この間会った時に、さりげなく昔の彼のトラウマの記憶を呼び覚ますようにしておいたはずなのだが。
少々弱かったのだろうか? あまりきいていないような気がする。
『…ったく、本当悪魔みてぇな属性だよな。…私』
ふっ、と自嘲気味に笑うも誰もそれに応えたりはしない。
自分自身の問いかけに、自分自身でそうだねと頷くだけだった。
「さーって、今回はどうしよっかにゃーん?」
楽しそうな声色で、彼女は考える。
どのようにして、人の心に壊滅的なダメージを与えるか、彼女は嫌って程知り尽くしてた。
「前回のトラウマで攻めるかー、今回は今回で別の悲劇を用意するか…☆」
深紅の瞳がギラリと輝く。
精神を司る神である彼女は、精神操作、記憶操作を趣旨としてあらゆる事が出来る。
精神戦においては、自分に敵う神など他にいやしないのだ。
『クイーンの方はそんなに目じゃないのよね。…アイツは私に似ているからな』
でも、
『ああ、そうか。アイツはそれでも信じてるんだよな。…どんなお人好しなんだか』
だったら、
今回のパーティーで決定的に自分と同じところまで落としてやるのも楽しいかもしれない。
そのためにはどうすればいいのか。
考えるまでもなかった。精神を司る神である彼女には楽すぎる思考だった。
『…まずはパートナーの方をどうにかさせてもらおうかしらねぇ…♪』
くすくす、と楽しそうな声色が風に包まれて消えていく。
徐々に陽は落ち、その場が闇に支配されていくのだった。
新編一発目いぇい!☆
さて、冒頭を見れば分かるかな…今回はフウにピント当たります…!
いやまぁ章タイトルが風な時点でね←
ただ翔達もちゃんと出るのでその辺はお楽しみ…!
一章、二章に比べると短めになりますがご了承ください。
…まぁ次の章が長いからね…ってなわけで、Ⅲ 風スタートです!
次回――「幼い頃約束した君」




