Unchangeable
0、
世の中なんてどうせ不条理なことばっかりだ。
少なくとも、西園秀則はこの年までそう思いながら生きてきた。
どんなにいいやつでも、どんなに熱いやつでも、どんなにまじめなやつでも、
世の中の不条理には勝てない。
大人が圧倒的な力を持ってねじ伏せてしまえば子供はそれに対抗することなどできないのだ。
自分がそれを学んだのはあの、忌々しい茶髪の母親のせいだった。
父親と自分を捨てて、他の男と幸せになったあの女。
その日から父親は同じ茶髪を持つ自分にも暴力を奮うようになっていった。
毎日奮われる暴力の中で、彼は抵抗しても無駄であることに気付く。
それは先ほど言った通り、大人が圧倒的な力を持ってねじ伏せてしまえばこちらが何をしても無駄だからである。
だが、
だからこそ、逆に。
自分がその大人をもねじ伏せるだけの圧倒的な力を手にすることが出来たなら?
そう思っていた矢先の出来事だった。
「…あの、私のパートナーになってくださいませんか?」
金髪2つ結びの、凄くオドオドした、だけど今までの人生を覆すような力を持つ少女がやってきたのは――…。
1、
「…お前、何やってんだよ?」
結構な回数、剛力の力で殴ってやったつもりだった。
にも関わらず、目の前の少年は尚自分の前に立っている。
明らかにおかしかった。こんなことあり得るはずがなかった。
今まで一発で壊れてしまう奴らばっかでつまらなかったのは確かだ。
だが、これはあまりにも異常な出来事すぎた。
ついに、秀則の中で目の前の少年が尚立ち上がることが、楽しさから恐怖へと変わる。
「何、やってんだよ…マジで! バッカじゃねえの! 大人しくやられてりゃいいんだよ…!」
今度は彼の肩を思いっきり殴った。確実にダメージは通っていたはずだった。
骨くらいまでダメージがいっているはずだった。
しかし、それでも目の前の少年は倒れることはなかった。
「……なんでだよ…」秀則はついに一歩後ずさり、「…なんでだよぉっ!!」
思いっきり叫んだ。
思えば、こんなに恐怖を感じたのはいつ振りだったか。
抗えない父親の暴力を受けているときだって、こんなに怖いとは思わなかった。
なぜならば諦めていたからだ。これが世の中の不条理だから、と。
けれど、今の自分は違う。
今の自分にはどんなものをもねじ伏せるだけの力がある。
だから、ここで倒れていなくちゃおかしいのだ。
何度起き上がったって、こんだけの圧倒的な力を持った自分に楯突くだけ無駄なのだ。
にもかかわらず。
「…なんで、お前は…ッ、まだ立ち上がってんだよ……!?」
目の前の少年だって、きっとこれはほとんど本能的な行動だっただろう。
立ち上がろう、と思っているのではなく。
ただ妹を守るという目的で本能が突き動かされている。
けれど、それは秀則にとって十分な脅威だった。
「わかんないだろ」
ぼそっと。
不意に目の前の少年から答えが返ってきた。
もう本来は、喋れなくなっていてもおかしくないはずの少年から、確かに答えが返ってきた。
「お前みたいに…起こったことをただ恨むことした出来ずにこんなことする奴には…わかんないだろ」
「………ッ! テメェ…!」
思わず、勢いよく鉄パイプを振り上げる。
が、その攻撃はぱしんっという小気味いい音と共にユウマの右手によって抑えられていた。
今度こそ、秀則の顔を冷や汗が流れていく。
何故。何故。何故。何故。何故。何故。何故。そんな疑問が彼を埋め尽くす。
「…ッ、俺は…悪くない…」
そうだ、自分は悪くない。悪いのはあの親なのだ。
自分が絶対的な理不尽や大人の力に敵わなかった。ただそれだけなのだ。
なのに。
もう一度、剛力の力を使って秀則は鉄パイプを奮おうとするが、ユウマに押さえつけられて鉄パイプはびくともしなかった。
理不尽な力に遭っても、屈さない。
そんな、まさにヒーローのような少年の目が、真っ直ぐにこちらを睨み付けていた。
俺は悪くない。
そんな声が聞こえた。
正直、もう立っている余裕も、喋っている余裕も自分にはないのはわかっていた。
それでも、
「……悲劇の使い方は、そりゃ人それぞれだ」
彼は言葉を続けていった。
その度に、目の前の少年が何かを一つ一つ切り崩されるように青ざめていくのがわかった。
「例えば、それをバネに大きく伸びる奴もいるかもしれない。…助けを求めるのもいいかもな」
でも、と彼は続け、
「悲劇を理由に人を傷つけていいことにはならない」
誰だって、生きていればつらいことはあるだろう。
恵まれた家庭に生まれ育ってきたユウマだって、もちろんある。
悲しみなしに育ってきたなんてそんなことはない。
それで腐ったこともあった。もうこんな世界なんて、と思ったこともあった。
けれど、――自分が傷ついたことを理由に他人を傷つけていいなんてことがあるわけがない。
そんなのこの世界で生きているほとんどの人間がわかっているはずなのに。
「…なん…だと…」
「…試に聞くけど、」ユウマは地面で寝転がっているエリカに視線をやり、「…エリカがお前に何かしたのか? …今まで殺された人たちは、お前に何かしたのか?」
「……ッ!」
そう、ただ母親と同じ茶髪を持っていたというだけ。
彼女たちは秀則に対して何一つ危害を加えていない。
どんな理由があったとしても、その行為が正当化されるはずがなかった。
自分がかつてあった悲劇を、そんな風に使っていいはずがなかった。
「それに答えられない時点で…お前は自分を捨てたっていう母親と同類だよ」
それが、秀則を切り崩す決め手の台詞となった。
彼はどんな表情をしているのか。
視界が揺れているユウマにはもうよくわからなかったが、彼の歯ぎしりの音だけは確かに聞こえていた。
「…うる…さい…んだよ…」
秀則は強く鉄パイプを握りしめると、
「うるっさいんだよぉぉぉぉぉ!」
ブンッと勢いよくユウマの頭上めがけてそれを振り下ろす。
が、この時秀則は知らなかった。
ミカがリタイアしたことで、――既に自分に剛力の力は宿っていないという事を。
ばし! という小気味いい音がその場に響いた。
それはユウマの頭上に鉄パイプが当たった音ではない。
ユウマが右手で鉄パイプを受け止めた音だった。
「……なっ…」
驚く秀則をよそに、ユウマは右手で更に力を込めていく。
すると、鉄パイプからビキビキッとヒビが入る音が聞こえてきて、しまいにはそのまま真っ二つにおられてしまった。
「………ッ!?」
そこで秀則の顔が完全に青ざめる。
どう考えても異常な事態だった。
本来、今の新橋ユウマにはこんな力は残されていない筈なのだ。
明らかに普通ではない。
そう、普通ならここで立ち上がれなくてもいいのだ。
けれど、そこが新橋ユウマの特筆すべき点だった。
小さい頃は努力などしなかった彼が、たった1人の妹のために努力した結果。
決して才能だけに頼らず、地面を這いつくばっても妹のために立ち上がった結果。
例え殴られ両手両足を負傷しようと、傷ついた妹を守るために頑張った結果。
そうやってやってきたからこそ、この少年は、この局面でもまだ立ち上がる事が出来た。
不可能だったのだ。どんな理不尽な力があったとしても。
この少年を倒すことは、不可能だったのだ。
「ひっ…!?」
もう秀則に打つ手はなかった。
剛力の力を失い、理不尽な暴力を失い、武器をも失った少年に、打つ手はなかった。
ユウマの拳が、強く握られる。
そうして、強く鋭い拳が秀則をとらえる。
「……終わりだ」
ゴンッ!! と轟音がその場を支配した。
決着を示すその音と同時に、両者はバタリと地面に倒れていった。
2、
ミカのリタイアを確認した後、
アイは上空を飛び回ってある一点にたどり着いた。
本来は、エリカの方へ向かおうと思ったのだが、秀則が倒れたのを確認できた為、彼女は別方向で動くことにした。
「……、なんとかこっちの勝利だったけど余計なことしてくれたじゃない?」
虚空に向かってそう話しかけると、ふっという音と共にある女神が現れる。
オレンジ色の綺麗な髪に深紅の瞳を持つ女神。――精神を司る神のリズだ。
「あらやだ。久々に会ったのにいきなり言いがかり?」
「…言いがかりじゃないでしょ。あのフウが、急に気配を読めなくなるなんてアンタの妨害くらいしか考えられないじゃない」
「へー、あのお子ちゃまをなかなか過大評価してるのねクイーン様は?」
「あんなんでも共闘相手だしね」
ふーん? とリズが興味なさげに返事をしてくる。
何を考えているのか一切想像つかない辺りがこの神の恐ろしいところだ。
「エリカのいる場所から認識をそらす…ってところかしら。流石に困ったわ。私がミカと戦った後にいったんじゃ手遅れだったろうしね」
「へー、あの子助かったの?」
「ええ。彼女の兄がいち早くたどり着いてたみたいだから」
「……へぇ。私の認識そらしを突破したなんてなかなかね。けど、ミカもリタイアしちゃったみたいだしつまんないわねー」
やれやれ、とリズはため息をつく。
彼女はエリカが死んでも特に何も思わなかったのだろう。
むしろ、そうすればボディガードをしていたフウに決定的なダメージを与えられる。
恐らく彼女はそれくらいの気持ちで今回のことをやったのだろうが…。
「別に共闘すること自体はいいけど…関係ない一般人を巻き込むのはどうなのよ…?」
「あら。私が巻き込んだんじゃないわよ? あなたのとこの後輩ちゃんでしょー? 私は少し手を貸しただけ☆」
それに、とリズは続け、
「別に人間がどうなろうが私には関係ないもの」
そこだけなんだかとても真剣な口調だった。
アイは少し首を傾げながら、
「…アンタってそんなに人間を恨んでたっけ…?」
「…あら? 恨んでるのは私だけじゃないんじゃないのクイーン様?」
「私は別に…」
「へー。今まであんだけパートナーに裏切られてよく信用する気になったわねぇ?」
直感でヤバい、とアイは感じた。
このままリズの会話にのってはいけない。
彼女の前で感情をむき出しにした暁にはどうなるかなんて分かりすぎていた。
「…そんなのリズには関係ない話でしょ」
「まあねー。けど反吐が出ちゃうのよ。パートナーとの仲良しごっこ」
心を乱すな。心を乱すな。心を乱すな。
自分の中で必死にそう念じるアイだったが、
「そんなことばっかしてるからパートナーのこと死なせちゃったんじゃない?」
ひゅう、と心の隙間に冷たい風が入り込んでくるような感覚だった。
そうして脳内で再び、〝あの日の出来事〟が繰り返される。
自らの手で光を刺した〝あの日の出来事〟が。
「………っ、ひ、かる…」
もう遅かった。
脳内がいっきに光の笑顔で満たされる。
そして、それを壊してしまった自分の血まみれの手が視界にうつって、
「…いやぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
ゴンッ! と空気が振動する音がした。
彼女の周りを不格好な氷が徐々に覆っていった。
リズはそれを見て少し舌打ちすると、
「ま、いいやー。せいぜい今回も仲良しごっこしてればいいんじゃない?」
けど、と続け、
「…アイは…俺の事を忘れちゃうのかな…?」
ずっと見たかった光の顔。ずっと聴きたかった光の声。
それが、悲しんだような表情でこちらを見ていた。
もうダメだった。
ぷつんっ、とアイの中で何かの意識が途切れるような音がした。
3、
重かったまぶたが少しずつ持ち上がっていく。
うすぼんやりとした視界の中で、一番最初に目についたのは豪華なシャンデリアだった。
今自分はベッドに寝かされているんだと自覚した辺りで、
「あ、ユウマ…! 起きた?」
最初に聞こえてきたのは翔の声だった。
そこで初めて先ほどまでの出来事を思い出し、また、生きていたんだなという実感がわいてくる。
「……、そっか…俺あのまま倒れて…痛っ…」
全身に痛みが走る。
我ながらなかなかの無茶をしたよな、と思ったところで。
「…ん? っていうかこの場所って…」
「はい♪ 波音様のお宅ですよー♪」
ギクリ、と。
その瞬間にユウマの背筋が凍りついた。
そのあまりにも聞きなれた声はエリカの実の姉であるカレンのものだったからだ。
「なんですかその嫌そうな顔は?♪」
「い、いや、別に…。あの、俺の怪我もう少し酷かったような気がするのに包帯だけで済んでるんですけどこれは…」
「ああ、私が手当しましたから♪」
「デスヨネー…」
でなきゃこの治癒力はありえない。
いや、自分は治癒力の高い方ではあるが、それにしたってありえない。
本当にこの人は何でもできるんだなと感心してしまう。
「ちなみに最初に見つけてくれたのは翔くんですからお礼を言ってくださいね。ここまでは私が連れてきましたが」
「…そっか、翔が…ありがとう」ユウマは素直にお礼を述べた後に、「…そして俺はカレンさんにここまで運ばれてきたのか…」
「なんですかその表情は?」
「いや、なんか…なんとも複雑で…」
メイドさんに運ばれる男子高校生。
ああ、なんともカオスだ。情けない気持ちになる。
少々頭を抱えつつカレンの方を見ると、彼女はにこりと笑い、
「と・こ・ろ・で♪ 今回ユウマくんはだいぶ無茶したみたいですけど♪」
ギクッ、と珍しくユウマの表情が何か嫌な予感を察知したようにゆがんだ。
なんだろう。このカレンの口調からして嫌な予感しかしない。
何となく背中に悪寒が走るのを感じながら「はい…」と渋々返事をする。
「こう…ちょっとお仕置きが必要なのかなぁと♪」
「……いや、でも…」
「必要なのかなぁと♪」
「はい、言い訳するなってことですね本当ごめんなさい」
潔く謝ると、翔が「…あのユウマが…」という感じに見てくるが仕方ない。
こちらとしてもメイドですからですべてを済ましてしまうメイドさんには極力逆らいたくないのだ。
「てことで♪」カレンはすっと右手をユウマのおでこあたりのところまで近づけると、「でーこーぴんっ☆」
と、可愛らしい声と一緒におでこに衝撃が走る。
人差し指から放たれた衝撃にユウマはおでこをさすりながら、
「………地味に痛い…」
「これくらいで済んで良かったと思ってくださいな♪」
あはは…とその横で翔が苦笑しているが、まぁ確かにこれくらいで済んで良かったのかもしれない。
ユウマはおでこをさすった状態で、
「…けどまぁ…カレンさんもわざわざ手当ありがとうございます」
「いえ、別に私は大したことはしてないですよ? …ま、こちらこそエリカのために戦ってくれたことに関してはお礼を述べておきますね」
と、そこでユウマははっとして部屋を見渡す。
そういえば、エリカはどこにいるのだろう。
その動作から何を考えているのか察したのか、カレンは「ああ…」というと、
「エリカなら隣の部屋ですやすや眠ってますよ。見てきますか?」
そっと隣の部屋を開けてみると、言われた通りエリカはソファですやすや眠っていた。
自分がベッドでエリカがソファということは自分の方が傷が深かったのだろうか?
なんとも情けなくなってしまう。
ユウマはエリカの目の前まで近づいていくと、そっと頬に手をあてた。
とりあえず顔に傷などが残っていないことに安堵する。
自分はともかく、エリカは女の子だ。その辺はやはり心配だったわけで。
『まぁ…顔に傷が出来てもカレンさんならなんとかできてしまいそうな辺り怖いけどな…』
頬にあてた手をユウマは頭の上まで持っていくと、ぽんぽんとエリカの頭を撫でた。
小さいころから変わらないサラサラな髪の毛だ。
「…こんだけアホ面で寝てると安心するな…」
くすっと思わず笑みをこぼしてしまう。
まぁアホ面なんて本人に言ったらかなり怒られること間違いなしだが。
「う~ん…ユウマぁ…」
と、不意にエリカの口から自分の名前が聞こえてきた。
起きたのかな? と思って頭を撫でる手を一瞬とめたが、どう見ても彼女はまだ眠っている。
ということは寝言か何かだろうか?
「ユウマは…」エリカはむにゃむにゃとした口調で、「どこにも…行かないわよね……?」
〝…ユウマは…私から離れていったりしない…?〟
もしかして、小さい頃の夢でも見ているのだろうか?
その疑問が小さい頃の疑問なのか、はたまた今の疑問でもあるのか。
ユウマはくすっと笑みを浮かべる。
どちらの疑問にせよ、彼の答えはすでに幼いころから決まっているのだから。
「うん、俺はエリカの傍からいなくなったりしないよ」
優しい声で、かつてと同じようにユウマは告げる。
「…俺は……エリカのお兄ちゃんなんだから」
そう呟くと。
ほんのりとエリカが口元をゆるませて笑ったような気がした。
4、
いつまで経ってもユウマが戻ってこない。
時刻的には既に1日目が終わる時間なので翔は体育祭の方へ戻るように言っておいた。
あれだけ手当したし、流石に隣の部屋で倒れていることはないだろうと思いつつカレンはそっと扉を開けてみる。
特に物音や話し声はしなかった。
まさか本当に倒れているのでは、と心配になったカレンだったが、部屋の真ん中のソファの方へ視線をやると、ユウマもエリカもそこにいた。
彼女はそっとそこまで近づいていき、2人を見て、
「あらあら…本当仲良いですねー…」
思わずカレンは笑みをこぼした。
エリカがユウマの肩に頭を預けるような形で2人とも気持ちよさそうに眠っている光景がそこには広がっていたからだ。
妹のことは心配ではあったが、こんな表情を見せられれば安心というものだ。
カレンは腕をくみながら、
「…全く…昔はお姉ちゃん子だったのに今じゃすっかりお兄ちゃん子ですね」
でも、とカレンは続け、
「…本当、お互い良い家族に恵まれてよかったです」
そう呟くと、カレンは2人に毛布をかけてゆっくりと部屋を後にするのだった。
みなさんお盆はいかがお過ごしなのでしょうか。
私ですか、私はバイト充しております、どや←
そんな中の更新。茜色の約束もあと一話です、いやー早かった
次回もぼちぼちのはやさで更新したいなーと思ってますのでゆっくりお待ちいただければと思います。
…今回はなんだかコメントが真面目だね←
ってことで次回——「体育祭終幕」




