妹―新橋エリカ―
0、
もう何年前のことだろうか。
新橋エリカという少女は、非常に恵まれた家庭に育っていた。
ぶっきらぼうだけどなんだかんだ優しく接してくれる父親と、にこにこ穏やかな母親。
そして格好良くて、いつも自分のことを守ってくれる姉。
そんな誰もが羨む家庭で彼女は非常に穏やかに成長してきた。
「エリカね、おっきくなったらおとうさんとおかさんみたいなおうちをつくるんだーっ♪」
いつもそうやって言うと、母が「それはいいことね」と言って頭を撫でてくれたのを覚えている。
そう、彼女は幸せだった。――その日が訪れるまでは。
その日は確か休日で、いつもよりゆっくり眠れる現実に彼女は幸せを感じていた。
そうしていつも通り9時に鳴った目覚ましを止めて台所の方へ向かう。
その時切羽詰ってリビングから走ってきた姉の表情は、エリカは一生忘れることがないだろう。
普段何をやってもしっかりしていて、格好いい姉が珍しく青ざめていた。
彼女はエリカの肩をつかむと、今にも泣きだしそうに「……お母さんが…死んでる…」と、ただそれだけの事実を告げた。
その瞬間、エリカの視界が真っ暗になるのを感じた。
母親が死んだ。姉がそんな冗談を言うわけないのはわかっていたから、それが現実であるのを察するのに時間はかからなかった。
「…朝起きて…リビングに行ったら…血まみれで…」
良く見ると、自分を掴む姉の手にも少々血の跡があった。
それが非常に現実味を帯びていて、逆に涙をこぼすことができなかった。
「…お、おとうさんは…」
「………、」そこで姉は視線を少しそらすと、「…父さんは逃げたよ…」
「………え?」
「…わかんないけど…テーブルにじゃあなって書いてある借用書だけ置いてあった…。私達に借金だけ押し付けて…どっか行っちゃったよ…!」
小学生の姉妹にはあまりに重すぎる現実。
ただ、彼女はしばらくその現実を受け入れられずにぼーっとするばかりだった。
今思えばこれはなんだったのだろう。
父が借金を押し付けて蒸発したから母が自殺したのか。
母を殺して父は借金を我々に押し付けて逃げたのか。
もう何が正解なのか分からないけれど、とりあえずこれだけは分かっている。
――自分たち姉妹は、最も信頼できるはずの男に裏切られたのだと。
そっからのことは良く覚えていない。
とりあえず追いかけてくる借金取りから姉と2人で逃げて。
その姉とも途中ではぐれてしまって。
寒い中Tシャツ短パンで走って、走って、走って。
『私なんか…誰も助けてくれないんだ…』
目はうつろで、もう生きる希望なんかなくしていた。
昔絵本で読んだことはほとんど嘘だ。
世の中に助けなんてものは到底なくて、
人類皆兄妹なんて所詮は綺麗事で、
弱い者を救う正義の味方なんているわけがなくて、
「…私、このまま死ぬのかな…」
風が冷たい。お腹もすいたし、段々眠くなってきた。
願わくば――最後にもう一度、自分を守ってくれた姉に会いたい。
小学生にしてそんなことを思ってした少女だったが、それでも神は少女を見捨てなかった。
「………そんなところで何してるの?」
聞こえてきたのは、ある少年の声だった。
下を向いていた少女がボロボロな顔で上を向く。
黒髪に整った顔立ち。ラフな格好をしている1人の少年が、そこに立っていた。
「………だ、れ…?」
かすれた声で問いかけると、答えにはそこまで間がなかった。
「…新橋ユウマ」彼はさらりと名乗ると、「………なんかわけありっぽいけど…俺の家来る?」
これが、今の兄にあたるユウマとの出会いだった。
新橋家の人たちには感謝している。
なんせほとんど身寄りのない自分を養女として新橋家に迎え入れてくれたのだから。
「エリカ、安心してね」
ユウマはどんな時も、怖がりで臆病だった自分に言い聞かせてくれた。
「俺はエリカのお兄ちゃんだから。エリカを傷つける奴らはどんな時だって懲らしめてやるからさ」
そしてその言葉通り、彼はどんな時だって自分を助けに来てくれた。
例えば新橋家に引き取られた後に転入した小学校での出来事だった。
「お前、親に捨てられたんだろー?」
「…ち、違…。別に捨てられたってわけじゃなくて…!」
「親もお前みたいな奴嫌だったんだよー!」
親に捨てられた。
そういった普通でない境遇だった少女は、周りからなかなか受け入れてもらえなかった。
物を盗られて、からかわれて、暴言をあびせられる。
しばらくはそんないじめを受け続けていた。
何も言い返せずに、ただ泣くだけの日々。
けれど、そんな時でも彼は絶対に自分を助けにきてくれたんだ。
「………俺の妹に何してんの…?」
「あ?」
いつも。どんなに遠くにいたって、ピンチの時は助けにきてくれた。
守りにきてくれた。
たとえ、エリカが彼の名前を呼ばなくても、絶対に。
「…なんだよ、新橋。この女は別にただの他人だろ? お前何他人のために怒ってるわけ?」
同級生の男子からの侮蔑の声が頭上から降りかかってくる。
そう、確かにその通りなのだ。
新橋家に養女として引き取られたから、エリカはユウマと兄妹となっているが、あくまでもそれだけ。
血がつながっているわけではないし、本当の兄妹であるとは言えない。
つまり、2人はあくまで赤の他人であって――、
「………他人じゃない。妹だよ。」
ユウマの解答は、いつだって非常にシンプルな解答だった。
けれど、エリカの心に響くのはいつだってそのシンプルな解答で。
その言葉を聞くだけで、エリカは思わず泣き出しそうになってしまった。
「っていうか、お前らさっきの俺のセリフ聞こえなかったの? 俺の妹に何してんの、って言ったじゃん。エリカは俺の妹だし。それを傷つけるっていうなら…俺はお前らを許しはしない」
「はっ…! やれるものならやってみろ!!」
この頃のユウマは別段喧嘩が強かったわけではなくて。
だから大人数相手に啖呵きれば当然ケガすることだって珍しいことではなかった。
それでも。
どんなにケガをしても。
自分が傷つくって分かっていても。
ユウマはエリカを………〝妹〟を助けにくることをやめることはなかった。
「どうしてぇ…」
生傷が絶えないユウマと、夕日にそまる道を帰りながらいつもエリカは泣いていた。
「どうしていつも私のために無茶するの……」
ポロポロとこぼれる涙がアスファルトを濡らしていく。
ユウマはほっぺたに貼ってある絆創膏を押さえながら「うーんと…」と少し困った表情をすると、
「…逆だろ。エリカのためだから無茶するの」
「………ふぇ?」
「俺面倒くさがりだし、普通こんなめんどいことしない。…でも、エリカのためだから…だから無茶できるの」
何回も言ってるじゃん、とユウマは付け足して「お前は俺の妹だって」
その声を合図に、再びエリカの目から涙があふれ出してくる。
ああ、そうか。結局のところ彼が戦う理由なんてそれだけなんだ。
妹だから。自分が妹だから。ただ、それを守りたいから。
エリカはぐっ、と拳をつくると、
「わ、わかった。じゃあ私も強くなる…! ユウマにケガばっかりさせたくないもんっ」
「おっ、頼もしいね」ユウマはにこりと笑い、「でも俺も妹に守られるようにはなりたくないし…じゃ、一緒に強くなろっか」
じわっ、と涙がにじんでくるのがわかった。
親に捨てられて、家族を失って、傷ついて。
けれど、また信じられる。今自分の目の前にいる人は――血がつながってなくても本当の家族だと。
「え、何でまた泣いてるの…!?」
「うーっ、だってぇ…」
ユウマがぽんぽん、と頭を撫でてくれると、どことなく安心感を覚えた。
ついこの間まで赤の他人だった人のはずなのに。
触れた手が凄く温かく感じた。
エリカは涙目のまま彼を見上げ、
「…ユウマは…私から離れていったりしない?」
と、少し不安げに問う。
すると、なんでかは分からなかったが、彼は嬉しそうに笑って、
「うん、俺はエリカの傍からいなくなったりしないよ」
と言った。
その時の夕日に照らされた兄の笑顔が、とにかく印象的だった。
「…かえろっか」
そう言って、差し出された手をエリカはそっととる。
茜色の景色の中、つないだその手だけは、絶対に一生離さないと決めながら。
1、
「エリカさんがいなくなったってどういうことですか…!」
翔は100m走を終えた波音とすぐに合流した。
余裕で1位をとった彼女だが、今はその顔に喜びなどといった感情は一切ない。
焦燥。それが彼女の状態を表すすべてだった。そして、翔も同様だった。
「…僕も詳しくは…。アイからとにかく連絡が…」
「ここにいたのね」
と、アイの声が聞こえてきた。
いつの間に現れたのか、彼女もまた焦った表情でこちらへ向かって走ってくる。
その後ろには、上空から見張っていたフウもいた。
「フウ、あなたずっと見張っていたのではないんですか…!」
「見てたよ…! それこそ、丁度翔と話してたところ辺りまでは確認できてた。そのあと翔と別れて…急に変な道に入ったと思ったら…なぜか急に存在がキャッチできなくなって…」
フウがぐっ、とシルクハットのつばをつかむ。
彼の表情は、焦りというよりも後悔などの念が見られた。
しばらくその場を静寂が支配する。
そんななんとも暗い雰囲気になってしまった空間で、まず言葉を発したのはアイだった。
「とりあえずフウを責めるのはやめた方がいいわ。…どういうわけか、私もさっきからエリカの気配が全く感じられない…何らかの妨害の意図を感じるわね」
「…でも、ミカさんは剛力を司る神…こんなことはできないのでは?」
波音の言葉に、アイは少し押し黙る。
それから悔しそうなフウを見て、そして目を閉じて、
「…少し心当たりがないわけでもないんだけど……まぁ推理段階だしそれがわかったところでどうしようもないから今は言わないでおくわ」
「………? けど、もし妨害が入ってるんだとしたら…エリカさんは今…」
そのあとの言葉は誰も言わなかった。
妨害が入ってエリカの存在がキャッチできなくなった、ということはつまりそういうことだ。
彼女は今…今でなかったとしても近い未来で危ない目に遭う。
怪我で済めばまだいい方かもしれない。下手をすれば命を失うことだって……、
「……ッ! どうするのアイ…!」
「よし、場所がつかめた」
「…え、エリカさんがどこにいるかわかるの…!?」
「いや、そっちは依然わからないまま」
アイはふるふると首を横に振り、
「私が今場所がつかめたって言ったのは、ミカの方よ」
ミカさん…? と問い返すと、アイはこくりをうなずいた。
彼女は後ろで髪を束ねていた黄色のリボンをしゅるっとほどきつつ、
「翔、フウ、波音はエリカを探して。…気配を読めないなら普通に探すしかないけど…人が少なそうで、私たちの意識が本来は向かなそうなところに絞って探して。丁度今日は体育祭、ほとんどの場所は賑わっているから残りをしらみつぶしにね」
しらみつぶしにやって、それでも見つかる可能性があるかはわからない。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではないのだ。
どうにかして、エリカを探さなくてはならない。
波音はこくりとうなずくとすぐさま生徒手帳で学内のマップを出して人のいないであろう場所をピックアップし始めた。
「それで、アイはどうするの?」
「…私?」彼女は銀髪を風になびかせつつ、「…私はミカと話をしてくるわ」
2、
秀則とエリカの間の距離は5メートル程。
さて、当然ながらエリカはただの人間であり、遠くに居ながら相手を攻撃するスキルはない。
要するに近づかなくては、エリカには彼を倒すことはできない。
『力それ自体は確かに凄いけど…見たところ武術のような物をやっていたわけでなく、型も何もかも滅茶苦茶だわ…。そこを突けば…!』
覚悟を決めたうえで、エリカが5メートルの距離を走っていっきに縮める。
拳の当たる射程圏内まできたところで、素早く拳を握り攻撃態勢に入ったところで、
「……ッ!?」
それよりも更に素早い速度で向こうの拳がこちらへと向かっているのが分かった。
急遽攻撃態勢に入った拳をしまい、腕をクロスさせて秀則の拳を受ける。
「………っ」
予想以上の衝撃が腕に走る。
吐息を漏らしつつも、なんとか体勢は倒さなかったので、エリカは再び秀則から距離をとる。
「へぇ。いいねぇ」
秀則がニヤリ、と笑みを浮かべる。
「今までの女は初撃で大体大人しくなった。…お前は少し楽しませてくれそうだ」
「……悪趣味ね」
吐き捨てるように言うと、更に秀則の笑みが増す。
彼は足元に置いてあった鉄パイプ――おそらく元から用意していたものだろう、を手に持ち、
「さて、実は今までやったことないんだ武器所持は。……この力で更に武器所持だとどんだけ壊れるものなのかね?」
「……猶更悪趣味ね」
セリフを言い終える時には既に、秀則が目前に迫っていた。
大きく振りかぶった鉄パイプを見て、軌道を予測すると上手くそれを回避する。
と、目的物を失った鉄パイプはそのまま地面に激突し、ゴォン! と金を鳴らしたかのような音がその場に響いた。
ぞっ、と思わず背中に悪寒が走った。
今のがもしも、自分に当たっていたら。
生身の拳で電柱を崩せるような奴が、更に武器を所持したら。
「いいねぇ、その顔」
「……何が」
「茶髪の女の絶望と恐怖にまみれたその表情。……好きだな」
「残念だけど、そう言われると見せたくなくなる天邪鬼な性格でね」
強がりであることは向こうにも分かっていただろう。
けれど、ふっと口元にいつもの勝気な笑みをつくる。
負けない。こんな汚い奴の思い通りになんかなってたまるものか。
そう思っていたエリカだが、
「残念だけど、そう言われると無理にでもさせたくなる性分でね」
ぶんっ! と秀則が右手を奮うと同時に砂が視界を覆った。
しまった、と思った時にはもう遅い。
目くらまし効果のために、グラウンドの砂を持っていたのだろうか。
「くっ…!」
油断していた。
そして、その焦りが更にエリカの判断を鈍らせることとなる。
「おい、どこ見てんだよ。俺はそっちじゃねぇぞ」
背後からの声だった。
振り返る暇もない。ガンッ!! とただ、脳を揺さぶるような一撃。
「うぐっ…!」
強烈な痛みが、頭から全身へ痺れのように広がっていく。
ただその一撃だけで、エリカの身体が前へ倒れるのがわかった。
ようやく見えてきた視界には、ポタ、ポタ、と地面に滴る血の跡がうつった。
『ちゃんと冷静に対処してれば…避けれたはずなのに…』
後悔しても遅い。
全身痺れて、頭はクラクラするし、視界がどんどん真っ暗になっていく。
それでも、彼女は立ち上がろうとしたところで、
「いーよ頑張らなくて。…いくら強くてもそりゃこの力の前じゃ仕方ねぇよな、一撃でやられても」
つまらそうな秀則の声の後に、みしっという音がした。
エリカの右手を、思い切り踏みつけている音だった。
「うぐ…っ!」
「鉄パイプやめて直にしてあげて、しかも狙うのが手とか本当俺って良心的だよなー。感謝しろよ? とありあえず骨からいくか」
「……や、め…っ」
視界がどんどん真っ暗になる。
ああ、なんだか昔を思い出す。
父親に捨てられて、絶望していたあの日。
周りが信じられなくて、どんどん視界が真っ暗になって、何も見えなかったあの感覚。
その感覚を思い出すなんて、自分はもしや死んでしまうのだろうか。
そんな状態でふと一番に思い浮かぶのは兄であるユウマの顔だった。
そういえば今日に入ってからまともに顔を見ていない。
ちゃんと体育祭出なさいよね。あれが兄へかけた自分の最後の言葉になってしまうのだろうか。
『…言い切れないくらい…感謝がたくさんあるのになぁ…』
10年前、この絶望から救ってくれたのもユウマだった。
そのあと、いじめられているのから救ってくれたのもユウマだった。
自分が泣いている時、笑顔で優しく接してくれたのもユウマだった。
何も信じられなくなった自分に家族の暖かさをもう一度教えてくれたのもユウマだった。
どんな言葉で言っても感謝を伝えられる気がしない。それくらい大切な兄。
『最後にちゃんと…ありがとうくらい言っておきたかった…』
死ぬことよりもそこへの後悔で涙が出てきそうだった。
もしも、今回のことを彼に伝えていたら? 彼はやっぱり助けてくれたのだろうか?
きっと助けてくれた、とエリカは思う。
小さいころと何一つ変わらない笑顔と優しさで、意地っ張りで強がりな妹を救ってくれただろう。
けれど、エリカはあえて彼に助けを求めなかった。
最初に狙われた日も。今回、いきなり手紙で呼び出された時も。
いつまでも彼に迷惑をかけてはいけないと思ったから。
小さいころからずっと頼りっぱなしできてしまった。その間ずっと手をつないでここまでやってきた。
でもそのままでいいのか? いつかは兄にも大切な人が出来て自分のことなど二の次になるかもしれないのに。
そう思ったら、いつまでも彼に頼るのはやめようと思った。
彼女は彼女なりに強くなって、兄に私はもう大丈夫だからと伝えたかった。
兄妹でいつまでも手をつないでおくことなんて不可能なのだから、そうしなくてはいけなかった、
『…ま、今こんなにユウマのことが思い浮かぶ時点で兄離れなんてやっぱりできてなかったんだな…』
助けはこない。
今回ばかりは、ユウマはやってこない。
いや、来なくていいんだ。来たところで、こんな得体のしれない男の相手などさせられない。
自分の兄が傷つく未来など見たくない。
彼には笑っていてほしいんだ。たとえ、――その未来に自分がいなかったとしても。
そんな風に思って少し笑うエリカだったが、
「…抵抗する気もなしか。つまんね。…じゃあこのまま殺っちまっても文句は――、」
「――俺の妹に、何してんの?」
声が。聞こえた。
自分にとって、血は繋がっていないけど、誰よりも大切な兄の声が。
顔をあげる。
真っ暗な視界に、背の高い少年がうつっているのがわかった。
どんなにブレブレの視界でも、それが誰かなんて聞くまでもなかった。
「……あ…」
何故見つけてしまったのか、という気持ちと同時に、涙があふれてくる。
それは悲しさからか、悔しさからか、嬉しさからか。最早何かはよくわからなかった。
「……何だお前」
秀則は、ただユウマをゆっくりと見つめる。
そちらに意識をとられているせいか、エリカへの攻撃が今だけやんでいた。
ユウマはしばらく黙って、エリカと、そして秀則を見てから、
「……さっきの質問聞こえてなかったか? 俺の妹に何してるの、って言っただろ?」
それは、ゾッとするほど感情の失せた声だった。
10年近く妹をやってきているエリカが初めて聞くと言って間違いがない程、感情の失せた声だった。
「…へぇ。こいつのお兄様、ってわけ。…おいおい、困るよ、誰にも見つからないように来いって手紙に書いたよな?」
それが明らかに自分に向けられた声だと分かったが、答えられるほどの気力はエリカにはなかった。
ユウマはゆっくりと、こちらへ向かってきながら、
「…エリカは分かりやすいからね。…ここ数日、ずっと何かに怯えてたのも、体育祭の最中にどっか行くっていったのも絶対危険に首突っ込んでるだってわかってた」
涙が、更に溢れてきた。
誰にもバレないように、明るく務めているつもりだった。
けど、兄には全てお見通しだったのだ。全て分かった上で、ちゃんと見ていてくれたのだ。
「分かってた割にはだいぶ遅い登場だったけどな」
「それに関しては俺自身が一番自分に苛立ってる所。…もっと早く見つけなきゃダメだったね」
残り、10歩。
ユウマが近づいてくる。
日常と違う、こちらの世界へ。どんどんと近づいてくる。
「…ユ、ウマ…。ダ、メ…」
気付いたら、声を出していた。
もう声なんか出す気力、自分にないと思っていた。
それでも、自分を心配してくれる心優しい兄に向けて、彼女はそう口にしていた。
「…全く。本当に困った妹だよ」
残り、5歩。
ユウマは呆れたように呟きながら、どんどんこちらへとやってくる。
「危険なことに首突っ込んでも何も言わない。ただ強がって、1人でこんなところにくる。…本当に困った妹だ」
残り、3歩。
こつこつ、とゆっくり足音を響かせながら兄が近づいてくる。
ユウマ、と声を出そうとしたところで彼女の意識が落ちそうになる。
けれど、残り1歩のところで彼女は聞いた。
「全く…お前は俺の妹なんだから。たまには、久々にお兄ちゃんに頼ってくれる?」
そう、優しく呟く兄の声を、彼女は聞いた。
スピード更新っ
てなわけで今回は新橋エリカもとい妹ちゃんのお話でした。
兄への想いが爆破したところでお兄様登場ですが…さて、どうなるか。
次回はユウマのおはなしですよっと☆
もっと色々いいたいけどケータイ更新なのでこの辺でー!




