Sign of Dark
0、
それは開会式が終わってすぐのことだった。
綺麗な茶髪を風になびかせながら、新橋エリカは生徒手帳でプログラムを確認しながら歩いていた
ただ歩いているだけでも周りから綺麗な子だなぁと見られる美少女であるにも関わらず、彼女自身はそれに気づいていない。
周りの目を気にせず、ただ自分が出る項目をとんとんとタップしながら数え……、
『って予想以上に多いんだけど!? こんなに出るの!? っていうか、しょっぱなから出番かぁ…』
はぁ、と思わずため息をつくエリカだが、引き受けてしまったものは仕方ない。
というかあのクラスなら別に自分に任せなくとも十分運動とかできるだろうに。
困ったものだなー、と思いながらハチマキを縛っていると、
「あ、あのっ、新橋様でいらっしゃいますか!?」
「…はい?」
やたら丁寧な敬語で話しかけられたから何かと思えば、赤を基調にしたジャージを着ている女生徒だった。
赤を基調にしたこのジャージはミカアカのものなので、そこの生徒だろう。
学年はエリカが1年であることから、同じか年上かなはずなのだが…何故敬語なのだろう。お嬢様だからだろうか。
そんな風に不思議に思っていると、彼女はすっと白い封筒を取り出し、
「あの、これ、新橋様に渡してほしいと頼まれたので…読んでおいてくださいっ」
「…はい? 私にこれを?」
白い封筒を受け取ると、女生徒はこくこくとうなずく。
入学から何度かこういうことがあったが、その場合大体手紙の中身はラブレターであることが多かった。
…しかもどういうわけか女子から。
こんな性格だから女子からモテやすいのかねー、と思いつつエリカは「ありがとう」と短く礼を言うと女生徒もぺこりをお礼をしてそこから去って行った。
それにしてもこんなシンプルな封筒で手紙をもらうのは初めてだ。
よく見れば封筒には差出人の名前は書いていないし、いったいどういうことなのだろう。
少々気にかかったが、エリカは丁寧にその手紙を開封し、
「………!?」
1、
プログラム5番「レッツ・チーター!」
名前からなんとなくの想像はつくかもしれないが、内容は徒競走である。
とはいえ、最初の種目なのでそこまでかっ飛ばしてはいない。ごく普通の100m走だ。
まぁ〝ごく普通の〟とつけたところにこの学校のほかの種目の異常さを感じ取っていただきたい。
波音はいつ走るのかなと思いつつ翔はセンターモニターに目をやるが、モニターに未だ彼女らしき人物の姿は見当たらない。
が、代わりに別の知り合いを見つけた。
流れるように綺麗な茶髪が今日は後ろに1つで結ばれており、しっかりと頭にまかれたハチマキから十分にやる気が感じられるその少女。
新橋エリカ。間違いなく彼女だった。
『おおっ、エリカさんもでるのか…!』
茶色の色彩の瞳が、真っ直ぐ100メートル先のゴールをとらえている。
エリカの運動神経の良しあしについては、まぁ当然ながら良い方である。
当然ながらというのも、ユウマとエリカが新橋兄妹として有名なのが〝容姿端麗〟〝成績優秀〟〝運動神経抜群〟の三拍子が揃っている…という理由だからである。
それにクラスメートに「エリカなら大丈夫!」と押し付けられるということは勿論それだけの実力を鐘揃えているからということで間違いないだろう。
『うーん…』翔は少し考え、『うちの学校って体育科あるけど…普通科の僕たちでこのレベルじゃ体育科とかどうなっているんだろう…』
シラヅキには普通科のほかに体育科、特進科…などの普通とは違った学科も存在する。
…のだがしかし、普通科でも十分普通でないやつがいるのがこの学校だ。
そう考えると、普通でない学科の異常性が気になって仕方ないのもの当然なわけで。
まぁ学校に3年通ってる間に普通科以外の友達もできればいいかなーなどと考えていると、パァンッと小気味いい銃声が耳に響いた。
レーススタートを意味するその銃声と同時に、エリカが走り出すのが見える。
「エリカーっ! 頑張れーっ!」
「流石新橋、すっげぇ速い!」
「まぁ応援してあげないこともないわよっ」
「委員長素晴らしい…流石委員長になるだけのことはある…!」
「ただのブラコ――お兄ちゃん好きかと思いきや予想以上の足の速さ……」
「がんばれブラコ――お兄ちゃん大好きなエリカ!」
「ブラコ――お兄ちゃん大好きなエリカ速いぞー! いけいけーっ!」
「本当大好きですよね…エリカさんのお兄さん羨ましいなぁ…!」
「だーっ!! うるさいわね、前半いいけど最後の方なんなのよ特にラストなんなのよ走りに集中させなさいよッ!」
流石、容姿端麗と気さくなサバサバした性格故かギャラリーもとい応援団が凄く多い。
しかし、歓声にいちいちツっこみをいれながらも息ひとつきらさずペースも落とさず走る辺りはさすがである。
ほかの競技者の必死な様相とは別にかなり余裕のある感じが見られた。
その後も彼女は余裕な様子でゴールのテープを一番乗りで切り、
『さぁー! 一着は…ぶっちぎりで夏軍の新橋エリカ選手! 流石の運動神経です!』
『流石ブラコ――兄想いなだけあって素晴らしい走りでしたね』
「うっさいわね、何回そのネタ言ったら気が済むのよってか放送で言うんじゃないわよ放送で――!」
いいぞいいぞーっと周りからの歓声が聞こえる中、エリカが「はぁぁ」とため息をつきながら頭を抱えるのが、ゴール近くにいる翔にはわかった。
何故だろうか、100m走ったことよりも周りへのツっこみが彼女を疲弊させている気がしてならない。
これがツっこみ気質の少女の宿命なのか。
どちらにせよ、今のところの彼女の無事が確認できたのもあり翔としては少しほっとした次第だ。
「エリカさん凄いですねー!」
周りにきゃーきゃー言われながら走り終えたエリカに話しかけると、彼女はタオルで汗をぬぐいながらこちらへ視線を向けてくれた。
それにしてもたったそれだけの行動が絵になるのだから本当に美少女である。
「…ああ…うん、本当になんか疲れたわ…10秒くらいの間で何が起きたのかしら…」
「お、お疲れ様です本当…」
「まったく誰がブラコンなのよ、誰が…!」
………、と思わず沈黙を貫く翔。
そうですねーと適当に返事をしておくのが正解なのかなんなのか。
翔にはよくわからないので、とりあえずあははーと笑ってごまかしておくこととした。
「…てか、天道は種目でないの?」
「あー、僕、今日はそこまで出番ないんですよ。エリカさんは結構出るんですか?」
「…クラスメートに押し付けられてるからね…」
と言いながら。再びどす黒いオーラを周りにまといだすエリカ。
思わず翔も苦笑するが、とはいえ押し付けられたものをしっかりとこなして1位をとるのだから大した少女である。
きっと今日1日彼女は活躍三昧なのだろう。
「あ、そだ」エリカは急に明るい表情になると、「天道、ユウマ見てない? アイツ朝からいなくてさー、」
「…エリカさんも見てないんですか? 僕も見てなくて…」
「アイツ、またサボりかしら…。あー、でも朝最後に見たときは後夜祭のフォークダンスの相手になってくださいって女の子に追いかけられてたからそれで出てこないのかもね…」
「…流石モテモテだなぁ…」
そう。3日間の体育祭の後にある後夜祭ではフォークダンスが行われる。
そのため好きな異性などを後夜祭に誘い出す生徒も少なくはないわけなのだが、生憎と翔はまだ誰にも誘われたりはしていない。
これがイケメンと女顔の違いなのだろうか。なんだか切なくなってくる。
「けど…ユウマってなんであれだけモテるのに誰とも付き合わないのかな…」
「んー…好みが凄い偏ってるとか?」
「…なるほど…。でもこの学校の女の子なんてかわいい子多いのに全部フってますよね?」
「ほんとよね、私もいつもそういってるのに」
などと言っているこの少女も学校の中でかなり上位に入る美少女であるが本人はさほど意識していないのだろう。
というかこんな妹がいればまぁ女性への理想が高くなってもおかしくはないが、どうもユウマはそういう感じではない気がする。
別に仲のいい女子がいないわけでもないはずだし(まぁエリカと仲良しすぎるから他が目立たないのはあるが)、特に女子が苦手というわけでもないはずだ。
「ま、心配しなくてもアイツもそのうち好きな人くらいできるでしょ」
「まぁユウマですしね…! どんな女の子が現れるかわかりませんからね…!」
「そうよ、どうせ選び放題なのよアイツのことだから」
何故か、ふっと悟ったかのような笑みを浮かべるエリカ。
それがある種、妹の嫉妬のようなものからきている…というのが鈍い翔でも感じ取れた。
「っていうかエリカさんってユウマとは小学生くらいの頃から一緒なんですよね?」
翔がふと疑問を口にすると、エリカが「そうよ」と答える。
彼女の話によると、エリカが10年前にユウマと出会いそこからずっと妹をやっているとのことだ。
となると…、
「その、一緒にいる間にユウマが誰かを好きになったことってないんですか…?」
そう尋ねると、エリカがしばらく沈黙する。
もしも、ユウマがいい感じになった人がいたとしたら、流石に傍にいたエリカが気付いているだろう。
もしも、エリカがそれに心当たりがないのだとしたら、
「……そういえば特に心当たりがないわね…」
「………え、ユウマ大丈夫ですか? 枯れてるわけじゃないですよね?」
「…ま、まぁそれを言ったら私も何もなかったし人のことは言えないけどねー…!」
あはは、と乾いた笑みをこぼすエリカを見ながら、翔は考える。
うん、言われてみれば自分もこれといって小中と大した恋愛沙汰はなかった。
まぁ翔にも初恋の人の1人や2人くらいはいるが、それは幼いころの恋愛であって本気で好きになった人というと…、
『ごめんユウマ僕も枯れてたよ!』
中学生くらいは、ちょうど周りも恋愛などできゃっきゃしていたが、翔はそのころは特にそういったものに興味がなかった。
まぁ両親のようなラブラブカップルを見て少々うらやましく思う気持ちがなかったわけではないが、いかんせん相手もいなかったし。うん。
なんか思い返すと、凄く悲しくなってきた。
自分も兄や父くらいイケメンだったらよかったかもしれないが、完全に母親に似てしまったせいかこの女顔である。
「…はぁ…でも僕はともかくユウマなら本当相手とかいくらでもいそうなのに…」
「…さりげなく自分を卑下してるけど今の数秒の沈黙の間に何を考えてたわけ…?」
「あははー、気にしないでください、女顔の運命ですよ、あはは」
「いやいや、何がどうしたってのよ!? ってか、私の身近にも女顔の男子いるし…まぁ…うん、いいんじゃないかしら?」
なんか妙な気を遣わせてしまったようだ。
気さくでサバサバした少女だが、かなり気遣いのできる少女でもあるので、これ以上妙なフォローをさせないようにしておこう。
そう思い、翔はとりあえず「ありがとうございます」と笑顔で答えておいた。
「…けど…ユウマに恋人、か…」なぜかエリカは少しさみしそうな表情をしながら、「…恋人ができたら…私のことなんてどうでもよくなっちゃうのかしら」
「………え?」
なんだかそれは耳を疑うような発言だったので、ついつい翔は聞き返してしまう。
なんでもないと返されるかと思いきや、案外エリカはそのまま話を続けていった。
「ユウマは…小さい頃から本当に私のことをよく守ってくれてたんだけどさ」
「そうですよね…ユウマ凄いエリカさんのこと大切にしてるって客観的に見てもわかるし…」
「それはそれで恥ずかしいんだけど…! いや、でも、うん。本当に大切な兄なの」だけど、と彼女は続け、「もうお互い高校生だし、いつか互いに大切な人ができるかもしれない。--そしたら、今までつないでた手を離さなきゃいけない時もくるわけで…」
なんだか物憂げな瞳で、ポツリと一言。
さみしいなぁ、と彼女は口にした。
が。そこまで口にしてエリカもはっとしたのだろう。
今まで自分が言ったことを確認して、かぁぁぁぁと顔を真っ赤にすると、
「ご、ごめん! こんなこと急に話して! 気持ち悪いわよねごめん気にしないで…!」
「え、いやいやそんなことは…!?」
普段のサバサバした態度から想像つかないくらい弱気な発言。
彼女の性格から察するに、とても知り合いにこのような弱気な発言はできなそうだ。
おそらく先ほどの徒競走の様子などからも大方の想像はつくが、彼女がこんなことを言えばブラコンだなんだーからかわれてしまうだろう。
が、翔はそういうことをあまり言わないし、からかうような性格でもない。だからこそ自分に言えたというのはあったかもしれない。
エリカははぁ、とため息をついて
「…ほんと、私はショックよ」
「え?」
「………自分がこんなにも兄離れできてないなんて思ってなかったもの…!」
ああー…と納得したようにうなずくと、エリカが頭を抱える。
まぁ左程面識がない翔でもエリカがユウマ大好きなのは見て取れるわけだがそれを本人に今言ったらなんとなくもの凄い怒られる気がしてならない。
というかクラスメートにあれだけ言われている時点でもう今さら感な悩みな気もする。
けど、
「って、天道…何笑ってんのよ…!」
「いや、全然心配することないのになぁと思って」
そうだ。
そんな心配なんかしなくても、ユウマにとってエリカはとても大切な存在だ。
そんなの、エリカがユウマ大好きなのと同じくらい見ていればわかるというのに。
案外、当の本人はそういうものには気づきにくいのかもしれない。
「お兄さんの親友の僕が保障しますよ」翔はにこりと笑いながら、「何があっても、ユウマはエリカさんのこと大切に思ってると思いますよ」
そう言うと、
エリカは少しきょとんとしてから、でもどこか寂しげに微笑んで「うん…」と頷いた。
「…だからこそ…アイツには心配かけたくないの」
「…エリカ、さん?」
その声は翔に届かないくらい小さなものだった。
が、それをつぶやいたときの何かを決心したエリカの横顔が、何故だかとても印象的で。
翔はしばらくそこから目を離すことができなかった。
「…じゃ、私は委員会の仕事あるから行くわね!」
「あ、はい、お気をつけて…!」
徒競走の時と同じくらいのスピードで颯爽と去っていくエリカ。
――そしてこれが、翔がこの日エリカを見た最後の瞬間となるのだった。
それからわずか10分。
翔は結局波音が走るところを見ることはできなかった。
その理由は至ってシンプル。
彼女の出番の少し前に切羽詰まった様子のアイから、急に連絡が入ったからだ。
――エリカが急に姿を消した、と。
校内某所。
森に囲まれて鬱蒼としたその場所に、1人の少女が足を踏み入れた。
その少女の明るい茶髪を見るやいなや、先にいた茶髪の少年はニヤリと笑みを浮かべ、
「…ようこそ。しばらくぶりだね」
「………出来れば二度と見たくない顔だったんだけどね」
「うん、いいね、その顔」
相変わらず狂った笑いを浮かべる少年――秀則にエリカは嫌悪感を抱く。
そう言えば、今日はあの時いた金髪の少女は一緒じゃないのだろうか。
となると、この空間は正真正銘エリカたちだけとなる。
「ちゃんと手紙に書いた通り1人できたじゃねぇか」
「……体育祭をつぶすなんて脅し文句書かれればね…。アンタならそれもできてしまいそうだし。まぁまさかご丁寧にこのルートを通ってこいとの指示まであるとは思わなかったけど」
「なるほどなるほど」秀則はにやにや笑いながら、「それで? 1人できたってことは俺に殺される覚悟ももってきたってことでいいのか?」
といわれるやいなや、エリカはぎゅっと右手に拳を作り、
「…生憎と…。そんな素直な性分ではないのよ」
「………へぇ。面白い」
ちなみに、と秀則は続け、
「この空間、ただの人間のお前にゃわからないだろうがほかのやつが入ってこないようになってるから。意識がここから別のところにそれるようになってるんだとよ、俺も詳しくは知らねぇけどな」
「……やっぱり、なんかおかしい現象なのねこれ…」
「あんま驚かないんだな」
「実家が少し風変りだから、これくらいならね」
普通とは何かが違うこと。エリカは理解できていた。
そして、理解できているからこそ十分に分かった。
この空間には今自分たち以外の誰もこないこと。
だが、だからといってエリカ1人で倒せる相手ではないということも。
それをわかったうえで、今エリカは拳を握っていた。
「……さて、じゃあ始めるか」
その言葉が合図となった。
2人の間にビュオオ、と強い風が吹く。
間の真っ白なところが多いのは断じてバグではありません!
さてさて、「暗雲の兆し」いかがでしたか?
テストも無事……無事? 無事に終了して久々の更新です!
次回はもう少し早めの更新になるかと思われます!
ちなみに章タイトル「茜色の約束」に変更しました。
曲のタイトルなんですけど、エリカにマッチングした曲なのでぜひ次回のお話を読みながら一緒に聞いてみましょう☆←
次回エリカの運命はいかに。




