剛力を司る神
1、
嘘だろ、とエリカは思った。
かなりハイピッチで走ってきたはずなのに、後ろから平然と追いかけてきている。
『目撃者は殺す、って事かしら…』
そこまで考えて、エリカは思わず身震いする。
先ほどの電柱を壊した拳の威力を再び思い出すと、足がすくむのがわかった。
逃げないとヤバい、と色々修羅場をくぐってきた少女の本能は告げる。
追いつかれたら――きっと勝てない。それが分かっていた彼女は歯噛みする。
『なんとか家まで…!』
と、考えてからエリカは思考しなおす。
いや、家に帰るのは考えによってはまずいかもしれない。
家が特定されれば、もしかすると家族の方に危害が加わるかもしれない。
撒ければ一番いいが、あの速度ではそれも出来なそうだ。
『…身寄りのない私を引き取ってくれた新橋家に迷惑はかけたくない…』
けれど、じゃあどうするのか。
打開策などない。このままどちらかの体力がなくなるまで追いかけっこを続けるか。
だが、もしどちらかというのがエリカになってしまった場合はそこでジ・エンドだ。
『人が多い方に逃げるってのもありかもだけど……ううん、あの手の奴は無差別にやりかねない…』
エリカは走りながらぱんっと自分の顔を強くたたく。
なんとか己を奮起させる。自分は強いんだ。だから、これくらい大丈夫なんだ、と。
『やってやろうじゃない…。どっちの体力が先に尽きるか…勝負してやるわよ…!』
そう覚悟を決めた時だった。
「うわっ…!?」
後ろから、急に切羽詰った感じの秀則の声が聞こえてきた。
見ると、どういうわけか秀則が走る途中の体勢のまま〝固まっていたのだ〟
「……?」
疑問に思ったが、これ以上のチャンスはない。
今なら間違いなく撒けるだろう。そう判断したエリカは次の角を曲がり、全力で家まで走っていくのだった。
「くっそ、何だよこれ…!」
突如、足が動かなくなった秀則に対して、ミカは目をぱちくりとさせる。
こんな中途半端な体勢で突然身体が動かなくなるなんて、どう考えても自然なことではない。
つまり、――何かの力が働いていると考えるのが当たり前なわけで。
『この力…心当たりが…』
ぶわっ! と狭い路地に冷たい風が吹く。
冷たいけど、どういうわけかミカにはその風が温かくも感じられた。
『あ…』
気付けば、自分から5メートル先の位置に見覚えの見知った少女が立っていた。
白い肌に、光に照らされて輝く銀色の髪。自分と同じ色彩の青い瞳。
風に黒のジャケットをなびかせる少女は、
「……アイ、先輩…」
――氷を司る神のアイだった。
しばし、続く沈黙。先に動いたのはアイの方だった。
彼女は真っ直ぐ右手を上空に伸ばすと、ぱちんっと指を鳴らす。
その仕草で、足を縫いとめられていた秀則が拘束をとかれたのか前へ大きくよろけた。
「今のはテメェの仕業か…!? 誰だよテメェ…!」
「秀則くん、あの人は…!」
「――氷を司る神」
激昂した秀則に対するアイの返答は、あくまでもシンプルなものだった。
氷を司る、というその属性の通りどこまでも冷静な解答。
けど、一見クールに見えるあの少女が、実際は温かく優しい心の持ち主であることもミカは知っていた。
「前回のパーティーの勝ち抜き者、といえばそれなりに力がわかってもらえるのかしら」
「勝ち抜き者…だと…?」
秀則は眉をひそめながら、訝しげにアイを見る。
とはいえ、今まで他の神に会っていない秀則に勝ち抜き者であるという彼女の地位の凄さは伝わらないであろう。
ミカはピリピリした空気の中、何も言う事ができない。
「あ、ちなみにさっきアンタの動きを止めたのは――氷結能力。あらゆる物の動きなどを氷結――即ち〝固める〟能力よ」
さて、と彼女は目を細めながら、
「私、パーティーという戦いにおいて…何も関係ない、平和に暮らしている一般人を巻き込むのって…どうも嫌いなのよね」
アイは剣を取り出さない。
ということは、とミカは考えてすぐに分かっていた。
これはただの忠告だ。アイはおそらく、自分と戦う意思がない。
そう思いながらアイの目を見て、ミカはすぐにその考えが違うということに気付く。
アイではない。――自分にはアイと戦う意思がないのだ。
それを察した上で、彼女はこの場は戦わずおさめようとしているのだ。
「…今回は別にどうもしない」
けれど、と彼女は続け、
「今後同じようなことがあれば…、私は後輩相手でも人間相手でも容赦はしない」
それだけ言うと、その場にあった彼女の姿がふっと消える。
どういう原理かはわからないが、彼女が突然消えるところも後輩たる少女は見たことがあったので気にはしない。
それよりも、全体的に思ったのは彼女の絶対的余裕。――勝ち抜き者の貫録。
それをさまざまと見せつけられて、ミカはただ沈黙しながら秀則を見る。
「えっと、ひでの――、」
「ちっ。折角いいところだったのによ」
が、とうの彼自身は左程気にしていないようだった。
親に怒られても反省しないで毒づく子供のように、苛立っているようだった。
えっと…とミカはおどおどしながら、
「そ、その、とりあえず先輩の言うとおりですよ…。これ以上するなって言われたんだからもう――、」
「お前それ本気で言ってんの?」
秀則の眼光が、突き刺さる。
ミカは相変わらずおどおどしていることしか出来ないまま、
「…え、えっと…だって…」
「俺が獲物を逃がすなんてありえねぇよ」
彼の口元が、にやりと裂かれる。
これはやばい、と思った。彼がこう言っているときは、間違いなく本気だ。
彼は地獄の果てまででも、獲物は逃がさない。そういうタイプだ。
まだパートナーになって短いが、そんなのは会ってすぐに分かってしまった。
「とりあえず一旦退くぜ。作戦会議だ」
はい、と小さくミカは返事をした。
とても自分が不甲斐なく思えてくる。なんのために自分は神などやっているのだろう?
この手に余る〝剛力〟の力はなんのためのものなのだろう?
剛力を司どる神は、答えなど出せないまま闇の中へと姿を消していった。
2、
「ただいまっ!」
ぜぇぜぇ息を切らしながら家に駆けこむと、何故かユウマがどこかへ出かけようとしているところだった。
ユウマは駆け込んできたエリカにびっくりして目を丸めながら、
「エリカ、遅かったね。っていうかどうしてそんなに慌てて…」
「え、あ、帰りあんま遅いと心配されるだろうと思って慌ててただけよ」
と言って、彼女はにこりと笑う。
「ってか、ユウマこそこんな時間にどこ行こうとしてたのよ?」
「いや、別に…エリカ探しがてら散歩にでも行こうかと思ってただけ」
が、探す必要がなくなったからか、彼は上着を既に脱ぎ始めていた。
ふーん? とエリカが不思議そうに返事をしていると、
「もー、ユウくんったら素直じゃないんだからー♪」
「いてっ」
ずべしっ! と突如ユウマの後ろから現れてユウマの頭を叩いた女性が1人。
茶色の色彩の瞳と、胸の辺りまで伸びた黒髪を持つ女性だ。
非常に美人であり、パッと見20代に見えなくもないのだが――実は16歳のハイスペック息子を産んでいる子持ち女性である。
なんせエリカがこの家に初めて来た時からほとんど見た目が変わってないときたものだ。恐ろしい。
そんなある種ハイスペックな女性はにこにことしながら右手を頬にあてて、
「ユウくんったら家帰ってきてエリちゃんいないって分かった瞬間慌てて探しに行こうとしてたのよー♪」
「母さん…余計なことを…」
苦笑しながらユウマが珍しく毒づく。
が、終始にこにこ笑っている新橋家最強を誇る美人母には流石のユウマも敵わないのか、それ以上何も言わない。
そんなことよりも――、
『…私を心配して…?』
さっきまでの怖かった感情と、兄の純粋な心配してくれていた気持ちがごちゃ混ぜになってなんだか涙が出そうになった。
けれど、やっぱり心配はかけたくない。
それにこの空間の中では笑顔でいたいエリカは、
「ま、ユウマは素直じゃないものねー。うんうん」
「………この世界で一番言われたくない奴に言われたなぁ」
「ぬぁっ!? なにがよっ!?」
「…いや、だってエリカツンデレだし」
「違うわっ! 誰がツンデレよっ。だ・れ・が!」
ぎゃーっ! と叫ぶとユウマが「ほれご飯つくっといたから食べるよー」としれっと流して家の中へ戻っていく。
ほら、大丈夫。もういつも通りだ。
今日の怖かったことなんてすぐに忘れられる。
そう思いながら、エリカは温かい食卓へと向かっていく。
3、
「………、」
痛い。とにかく痛い。目線が冷たすぎて痛い。
目の前にいる氷を司る神の氷点下20度ほどの冷たい目線に翔は素直にそう思った。
彼女が何故、そんな冷たい目線になっているかというと、
「……アンタ、足遅すぎ」
「ぐはっ!」
何故、こうなっているかというと事の始まりは買い物を終えて帰っている途中のことだった。
アイが神の力を察知した、と唐突に言い出したのでとりあえず2人で現場に向かう事にしたのだ。
とりあえず2人で現場へ向かってLet`s run!! という流れだったのだが、
まぁ特に運動などが得意であるというわけでもない翔が神の身体能力についていけるわけはなく。
見事に置いていかれたという流れである。(アイ曰く気付いたらいなかったらしい)
「で、でもやっぱり人間が神の足の速さについていけるわけが…」
「……あー…」そう言って、アイは少し自分の髪をくしゃくしゃと右手で掻くと、「確かに。そこは悪かったわ。光とかは平然とついてきてたからつい…」
「……まぁ兄さんはちょっと人間離れしてたというか…」
いや、でもそれはいいわけか。
同じ遺伝子を持っている(はず)なのだし、翔も頑張ればなんとかなるかもしれない。
よし、信じようじゃないか天道ゲノムを!
と、なんとなくアホな決意をしたところで、アイが神妙な面持ちになり、
「……で、まぁ予想通り神がいたわよ」
「あ、やっぱり…。どんな状況だったの?」
「朝会った子…ほら、新橋の妹いるじゃない。あの子が追っかけまわされてたわ」
「え、なんで…!?」
「あー、ごめん。私も色々ショックで混乱してて説明の順番がなんか悪いわね…」
ショック? と首をかしげる翔だが、それ以上アイは説明してくれる気はないらしい。
こういう時は聞かないのが一番だ。
アイの過去の傷などは本当に深い物だし、そういったものには触れないように努めたい。
アイは翔がそんなことを思っている間に考えをまとめたらしく、「こほんっ」と咳払いをしてから、
「まず、私が今さっき会った神は――剛力を司る神よ」
「ご、剛力…?」
今まで翔の会った事ある神は3柱。
氷、風、電光。そしてここにきて――剛力。
「……なんか剛力って凄くピンとこないなぁ…」
「要するに力に猛烈に特化してるってことよ」
どんなムキムキマッチョなのかなぁ…と考えると、アイがそれを見透かしたかのようなタイミングで、
「ちなみにめっちゃ可愛い女の子よ。身長152cm」
「うぇぇ…!?」
なんだかさまざまなイメージを崩されたような気がする。
身長152cmの華奢な女の子が剛力を司っているとは…なんだか神は色々恐れ多い。
「…っていうか、朝ちょっと話したんだけどね。………剛力を司る神のミカ。私の後輩」
「……あ…」
ふと、朝の会話を思い出す。
あの時のアイは、ミカのことを自慢の後輩として語っていたが…。
もしかすると、アイにとってショックだったこととはそのミカという少女のことだろうか?
「…ところで、地味に気になってたんだけど…後輩、っていうと?」
「ああ…。神は幼少期に年上の神から戦闘の方法などを学ぶ習慣があってね。それで私はミカに戦闘方法を教えていたのよ」
「あ、それを先輩後輩って呼んでるわけか」
そうそう、と返事が返ってきてなるほど、と思う翔。
要するに師弟関係といった方が正しいのかもしれない。
と、そこで翔はふと疑問に思う。
そういえばアイはその後輩は平和的で毎回パーティーをリタイアすると言っていなかったか?
あれ? と思いながら黙々と考えていると、
「…何か心境の変化があったんでしょうね」
「ねぇ、さっきから僕の心読んでない?」
「…アンタの顔を見れば何考えてるのかくらい分かるわよ」
嘘ぉ!? というが、アイから反応はない。
だが、確かによくわかりやすいと言われるしそうなのかもしれない。気を付けよう。
「…あー、説明が途中だったわね…。それで、問題はそのミカのパートナー」
「…というと?」
「名前は西園秀則。ここ最近茶髪の女性が連続で死んでる事件知ってる? それの犯人よ」
えええ…!? と驚きを口にする翔。
確かに、ここ最近女性が連続で殺されているという事件が相次いでいた。
死因は刃物などによる刺傷などではなく、ひたすら殴られたが故の出血多量。
被害者によって骨折などもあったというが…、
「そっか…。剛力を使って…!」
「おそらくね。…私も今日見かけるまで全く気付けなかったわ…」
そう語るアイの顔から、悔しさがにじみ出ているのが伺える。
元々、この少女は誰かが傷つくのを極端に嫌う少女だ。
しかもその傷ついた原因が神――しかも自分の後輩の力を駆使したが故だとわかれば…、
『そりゃショックだよな…』
朝の、ミカについて語るときの笑顔を思い出しながら翔は思う。
アイと他の神の関係性は知らないが、すくなくともライとは相性が悪そうだった。
となると、やはりそのように心開ける神というのは凄く貴重だろうに。
「えっと…それで、エリカさんどうこうっていうのは?」
「…あ、そうそう。たまたまその現場を見ちゃったみたいねあの子…。それで本人も茶髪だから…」
「…なるほど…」
今回はアイが助けられたからなんとかなった。
けれどもし、アイが間に合っていなかったら?
凄くぞっとする感情を覚えながら、翔は身震いする。
身近な人間が狙われれば、それだけそういった戦いの危険性が身に染みる。
「…とりあえず、しばらくあの子の周りを警備した方がいいわね…。私達と、波音達で交替にいきましょ」
「じゃあ、明日波音さんとかにも話してみよっか?」
そうね、と素っ気ないアイからの返事。
どことなくその寂しげな瞳の意味をちゃんと確かめられないまま、翔はこの日帰路についた。
と、いうことでミカの属性が明らかになった回。
そしてエリカという少女の人物像も見えて来たのではないでしょうか?
ユウマもかな? ま、今回はこの2名にスポット当たるのでよろしくです♪
さて、次回は作戦会議。




