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アヴェク・トワ  作者: リラ
Ⅰ Chicken and God
15/49

繋がれた手

0―1、


 それは10年前の出来事だった。


 アイは雨の中、死んでしまった光を彼の家まで運んでいた。


 光の身体が鉛のように重く感じる。何度見ても、彼は既に息絶えていた。


「………っ…」


 零れ落ちそうになる涙をこらえて、アイは歩みを進める。


 今回のパーティーは自分の勝ち抜きという形で終えた。


 パーティーが終了した以上は、アイはもう天界に帰らなくてはならない。


 それでも、


『光をこんな冷たい所に放置しておくわけには……、とりあえず家に…』


 そこでふと思い出した。


 確か光の家は両親どちらも忙しく、小さな弟が1人でいることが多いという事を。


『弟、か…』


 確か光の話しでは、かなり年の離れた弟だったはずだ。


 この光景を見たら…さぞ悲しむことだろう。


 自分が殺した。自分が壊した。


「………っ」


 ズキン、と胸が痛む。雨が自分へと突き刺さっているような感じがした。


 その時だった。ばちゃんっ、と何かが水のたまった地面へ落ちる音がアイの耳に届いた。


 何か落としたかしらと確認してみると、それはアイのジャケットに入っていたケータイであるのがわかった。


「…光に持てって言われたけど…全然使い方わからないのよねこれ……」


 と、カメラの下辺りがちかちかっと点滅しているのがわかった。


 何か良く分からないまま折り畳み式のケータイをパカッと開いて中身を確認する。


 画面に着信一件、と表示されていた。留守番電話か何かのようだ。


 慣れない手つきでケータイを開いてみると、それは知っている番号だった。


 そもそも、アイのケータイに登録されているのはこの少年――天道光だけだった。


「…なんで、光から…」


 時刻を確認すると、それは丁度光が波音のもとへ駆けつけているくらいの時間だ。


 気が動転していて全く気付かなかった。


 内容はなんだろう。聞きたいような、聞きたくないような。


 そんなことを思いながら、アイは震える手つき再生ボタンを押す。


 ピーッという機械音の後に、もう懐かしくすら思えてしまう少年の声が聞こえてきた。


『…もしもし、アイか。俺だ』


 この声の持ち主は、先ほどこの世を去った。そう思うとなんだかものすごくさみしかった。


『今、波音のもとへ向かいながらしゃべってる。…走りながらだから雑音がうるさいかもだが、よく聞いてくれ』


 走りながら喋っているのだろうか。確かに周りからガヤガヤと音が聞こえていた。


 それでも、光の声は確かに聞き取ることができた。なんだかまた泣きそうになってしまった。


『まず、今の俺にとっての最優先は波音の安全だ。あの子が安全であることが何よりも大事だ。…だから、最悪…俺と波音が天秤にかけられることがあれば…お前は波音を救ってくれ』


「…大丈夫よ…アンタが命かけてまで守った子は無事だから…」


 波音はあの後、廃工場の奥の倉庫で無事に助けた。


 眠っていたからもう先ほど家のベッドに寝かせてきたところだ。…流石に光の死は見せられなかった。


 だから起こさないようにそっと置いて、そのまま逃げるように去ってきたのだ。


『そして万が一、万が一。俺に何かあった時の話を聞いてほしい。俺の弟のことだ』


 弟。急に出てきたワードに、アイは首を不思議に思う。


 そして同時に、今その万が一の事態になってしまったことに歯噛みをした。


『今回のパーティーが始まった時からなんとなく思っていた。…もし、次回のパーティーがあるとしたら、アイツは次回のパーティーでパートナーの資格を与えられる可能性が非常に高い』


「………!」


 その言葉にアイは大きく目を見開いた。


 何故、光はそこまで断言できるのか。もう今さら聞くことはできないが、妙にこの口調は確信めいたものだった。


 そして一緒にやってきたパートナーだからこそわかる。光の予想はほぼ間違いなく当たる。


『もしも、もしも…その時がやってきたときに俺がこの世にいなかったら。…君があの子を守ってくれないか。弱くてちっこい奴だ。どうか、助けてやってほしい…』


 ああ。どうしてこの少年は最後まで人のことばかりなのだろうか。


 頼むことが、波音に弟のことだなんて。本当お人よしにも程がある。


『そして最後に。…アイ、俺は――…』


 メッセージが一旦そこで止まる。


 そして5秒くらいの沈黙の後に『否、やめよう』という声が聞こえてきた。


『この言葉は…君に次会った時に言うことにする。……じゃあな』


 ここでメッセージは終わっていた。


 ツーッツーッという音と共にアイはケータイをそっと耳元から離した。


 最後に何を言おうとしていたのだろう。彼が何を言おうとしていたのか、最早聞くことはできない。


「…まったく…最後の最後に人にいろいろ頼みごとしてんじゃないわよ……。頼みごとすんなら…ちゃんと自分も約束はたして帰ってきなさいよ…」


 ケータイをきゅっ、と握りながらアイは再び天道家への歩みを進めていく。


 光へのせめてもの恩返し…にもならないかもしれない。罪滅ぼしと呼ぶには軽すぎるかもしれない。


 それでも彼が自分へ最後に託してくれた願いを、聞いてやろう。


 そう思いながら、彼女は天道家へ――天道翔の元へと向かうのだった。






0-2、

 

 それは幼い頃の夢だった。


 今でも忘れない――あの時の夢。翔の尊敬する、兄にまつわる夢。


 その日は両親が出かけていて、自分は広い家の中で一人ぼっちだった。


 何しようかな。降り出してきた雨を見る限り外で遊ぶことはできない。


 家にも誰もいない。誰も、遊んでくれる人がいない。


『お兄ちゃんはどこへ行ったんだろう…』


 自分が大好きで尊敬している兄の姿がないことに多少の疑問を抱きつつも「まぁいいか」と呟く。


 兄も忙しいのだから仕方ない。用事さえ終われば、きっとすぐに帰ってきて自分と遊んでくれるだろう。


 そう、思っていた。


 しかし、帰ってきた兄は当時まだ小学生の自分には目も当てられない程悲惨な姿で。


 もう光の無い目、血みどろの体になって帰ってきた。


 もう自分で歩く事すら出来ない。そんな兄はある少女に引きずられて戻ってきた。


「お、にいちゃん…?」


 息をしていない。その事実がすぐに分かって、顔が真っ青になっていく。


 それを見て、兄を引きずってきた高校生くらいの少女は顔を俯かせた。


 何か言いたいことを押し殺すように。きゅ、と唇をかみしめた。


 彼女は今にも泣きだしそうな翔の肩にそっと手を置くと、ゆっくりと唇を開いてこういう。


「10年後また――同じ悲劇が繰り替えされるかもしれない」


「…え…?」


「…その時、アンタが危険な目に遭うかもしれない。…けど、私は誓うわ。絶対に約束する」


 今まで前髪のせいで見えなかったその少女の表情が、最後に見えた。


 涙ぐんだ青い瞳。それでも前を向こうとする強い意志の表れた表情。


 キリッとした顔で、彼女は――


「アンタのことは、絶対に私が守るから…!」






1、


 はぁはぁっ、と息をきらしながら翔は走っていた。


 目指すはアイのいるところ。フウに聞いたところによると、自分が初めてアイに会ったあの空き地だ。


『くっそ、なんでもっと早く思い出さなかったんだ……!』


 色々なことを決意した途端、10年前のアイの言葉が頭の中で沸々と蘇ってきて。


〝アンタのことは、絶対に私が守るから……!〟


 彼女がどんな気持ちでこの言葉を言ったのかは分からない。


 けれど、彼女はこの言葉通り見事に自分の窮地を救ってくれたではないか。


 にも関わらず、


『くっそ…見かけの言葉を信じて…アイさんの本質を見てあげていなかった…!』


 後悔の言葉ばかりが頭の中をぐるぐるする。


 けれど、過去のことを後悔していても遅い。今自分にできる最善のことは、とにかくアイの元へ行くことだ。


 戦力になれなくてもいい。とにかく、自分が傍にいればアイの体力は恢復するだろうとフウは言っていた。


 だから、


『もっと早く…急がないと……!』


 バヂィィィィっ! と凄まじい音が遠くで響いているのを感じた。


 自然の雷の音を超過した、とてつもない音。


 腕や、足が、震える。全身を恐怖が支配していく。


 それでも――、こんな弱虫のために立ち上がってくれた彼女(ヒーロー)のことを今度は自分が救うんだ。


 ただただその思いだけで、ヘタレ少年は走っていく。





2、

 

 バヂィっ! という音が鼓膜に響く。


 アイは真っ直ぐ前を見据えながら、「くっ…」と小さくうめき声をもらした。


 正直言って、アイはもうまともに立てるような状態ではなかった。


 壁によりかかり、剣を杖のようにすることによってようやく立てるような状態だ。


 とはいえ、ここは空き地。壁がほとんどないのもまた難点だった。


 そんな状態でアイはちらり、とライのパートナーである結衣を見る。


 彼女には大した戦闘能力はないだろう。自分でも普通の女子高生と言っていたしそれは間違いない。


 そしてライにしても正直ランクで言えば全然下の相手である。


 が、今の自分の体力ではそんな格下の相手をまともに倒すことすらもできない。


「………、」


 肩で息をしながら、アイは真っ直ぐにライを睨みつける。


 彼女は左手をすっ、と上にあげた。その動作に合わせてぱぱぱっ、と彼女の周りに氷の破片がうまれた。


「………、」ライは少し目を細め、「…そんな状態で氷の破片をつくるとは…流石はクイーンだな」


「…ふん…。ずいぶん余裕じゃない…」


「貴様の方こそ、いつまでその上からの態度が続くものか。見物だな」


 ドバッ!! といっきに氷の破片がライを襲った。


 が、根本的に今のアイには力が足りていない。


 どんなに大量の氷の破片をつくっても、その攻撃には全く勢いがないのだ。


 それは普段力を行使しているアイ自身が一番、痛いほどよくわかっていただろう。


 ライはふっ、と笑って、


「…こんなもの、これだけで十分だ」


 その言葉と共に、バチバチッ! と電気が弾ける音がして、次の瞬間にはすべての氷の破片が撃ち落されていた。


「…ッ!」


「どうした? やれたとでも思ったか?」


「………、」


 こうなったら、残る手段としては直接切りつけるしかない。


 おそらく、今は氷の遠隔操作などは不可能といっても過言ではない。


 無論、フラフラの体では直接切りつけることすら難しいかもしれないが。


『勢いにのって一発でいけるか……とにかくやるしかない!!』


 ダッ!! とアイはいっきにライまでの距離を詰めていく。


 が、バチンッ! と電光がアイの足元ではじけると、グラッと体が揺れ、ドサッという鈍い音と共に地面に倒れた。


 視線を横にやると、ライの横側にいる結衣がくすくす笑っている。


 今の電工は彼女が放ったのだろう。…パートナーに目を向けることすら今の自分にはできていないのか…とアイは歯噛みした。


 神のパートナーにはその神の能力が少々付加される。これはパーティーの基礎ルールである。


 故に翔にも氷の力が扱えるようになっているわけだが…、アイはそれをまだ翔にはいっていなかった。


 迷っていたのだ。最後の最後まで。この少年を本当に戦いに巻き込んでいいものか、と。


 彼の兄と同じ目に遭わせてしまうのではないだろうか。また同じように死なせてしまうのではないか。


 パーティーをやめさせたい。だから協力してくれと頼んだのは自分だ。


 それでも、最後までそこでずっと悩んでいた。そんな考えがなかなか払拭できなかった。


 だから、ライに人殺し扱いされた時もあっさり認めたのだ。こういえば、この少年は自分から離れると思って。


 そうして平和な日々を過ごす方が絶対にいいと思えた。彼にはそういう日常の方があっている気がした。


 だから――、


「考え事か?」


「ッ!」


 よく見るといつの間にかライが目の前にいて、紫電を散らす剣を振りかぶっていた。


 咄嗟に反応できたのは本当に幸運だっただろう。


 条件反射で構えた氷の剣でなんとかそれを受け止めたものの、そのまま薙ぎ払われ後ろの壁に頭から激突した。


 頭の痛みがさらに増す。視界がさらにグラグラと揺れ始めた。


 でも、氷の剣で防げなかった今頃真っ二つだっただろう。


「…ッ」


「………、まだ闘争心が消えないのか」


 ライは、やれやれとため息をつきながらもう立つことすらできないアイの前に立った。


 その手には氷の剣。先ほどの攻撃で、自分が落としてしまった剣だ。


 ライはそれをゆっくりと振り上げて、


「なんなら教えてやろうか。お前の前のパートナーが…どんな気持ちで死んだか…。そのために、お前の剣で…お前を刺してやるよ」


「………、」


 キラキラと透き通っている自分の剣を見てアイはきゅっ、と唇を噛んだ。


 こんなピンチの状態で、アイの脳内に浮かぶのは1人の少年。

 

 天道光。


 しかし、彼はこない。来るはずがない。来ることができない。

 

 理由は単純で、彼は死んでいるから。自分の目の前で、自分が殺してしまったのだから。


 涙が出そうでいて、出なかった。ここで泣くのは何かへの裏切りのような気がした。


 そんなことを考えている間にも氷の剣の矛先がこちらを狙っていた。


「安心しろ。俺は優しいからな…せめて、痛みなどないよう―…一瞬で終わらせてやるよ…クイーン!!」


 ぶんっ!! と剣が虚空を切った。


 もうすぐ自分の頭上へ振り下ろされる。


 もう、終わりだ。防ぐ術も逃げる術もない。


 終わった。そう思いながら彼女は最後に――1人の少年の名を呟いた。


「…ひ、かる………」


 次の瞬間。


 待っていたのは痛みでも残酷な終わりでもなんでもなかった。


 耳に入ってきたのは、ガッキイイイイン!!! という鈍い音。


 聴覚のすぐれている彼女にはわかった。剣と剣がぶつかり合う音だ、と。


「…え?」


 最初は、何が起きてるのかわからなかった。ただ、疑問ばかりがうまれてきた。


 何故、自分は何一つ傷を負っていないのだ?


 何故、ライが目を細めて悔しそうな顔をしているのだ?


 何故、先ほどまで致命的まで減っていた体力が少し回復しているのだ?


 そして何故、


「大丈夫でしたか? アイさん?」


挿絵(By みてみん)


 栗色の髪の少年が…笑顔でライの一撃をおさえているのだ?


 その謎が解ける前に、ライが舌打ちをした。


「…お前は…」


「まさか忘れたなんて言いませんよね? アイさんのパートナーですよ」


 翔の手には1つの剣が握られている。


 緑色の柄のそれは、確か…風を司る神の持っている剣だったはずだ。


 ということは、あのお節介な風を司る神が翔に貸したのだろう。


 ライはいったん剣をおさめ、5メートル程後方へととんだ。


「……お前はアホなのか天道翔」


「えへへ、よく言われるからそうなのかもですね…」


 翔は苦笑をこぼしながら、そっと自分へ向かって剣を握っていない方の手を差し出してきた。


「大丈夫ですか?」


 あまりにもその声が優しくて、なんだか涙がこぼれそうになった。


 それでもアイは涙を堪えながら、「………、なんでよ…」と問いかける。

 

 それに対して、翔はきょとんとしていた。


 そんな表情を浮かべられる理由も全く分からなかった。


「ライの言う通りよ…! アンタ、アホなの!? なんでこんなところくるのよ! 一発目の攻撃だって、アンタ吹っ飛ばされなかったのは本当に運がよかったわよ…!?」


 普段、冷静な自分が怒鳴ったのはかなり久々な気がした。


 それこそ、10年前光が死んだ後の叫び以来ではないだろうか、こんなに大きな声を出したのは。


 翔は急に叫ばれてきいたのか、ちょっと表情をしかめて、また苦笑いをこぼした。


 この状況でなぜ笑っていられるのか。それすらアイにはわからなかった。


「…なんで…笑ってんのよ…」


「…え?」


「もう私の顔なんか見たくもないでしょ…! 私は昨日も言った通り、アンタの兄を殺したのよ…!」


 今ならまだ間に合う。


 もう一度この少年を、この悲惨な戦場から抜けさせなくては。平和な日常に戻さなくては。


 そのためには――何度嫌われても構わない。


 それがこの少年を守るといった自分の役目だと思ったから。


「なんで…今になってまた現れるのよ…!」


 あれ、と思った。


 おかしい。嫌われるための演技をしようと思っていたのに。


 なぜか本心がこぼれている。


「…なんで、笑顔で大丈夫とかいうのよ……!」


 こんなことを言いたいんじゃない。


 違う違う違う違う! なのに、訂正ができない。表情もつくれない。うまい言葉もでない。


「………アイさん」


「…何よ…!」


「……なんで泣いてるんですか」


「…何言ってるのよ、泣いてなんか…」


「これから泣きますよね?」


「………っ!」


 はっとした。


 その時には、自分の目から涙が零れ落ちて、頬を濡らしていた。


 どうして。


 疑問ばかり浮かんでくる。自分はいつも冷静で、こんなこと一度もなかった。


 光を殺すときすら冷静で、涙をこぼさなかった。完璧な演技をすることができた。


 それなのに。


「…どうしてよ……本当…」


 悲痛な声が、空き地に響く。


「…どうして………アンタは私のこと、助けになんかきたのよぉ…」


 最後だけ、壊れそうなほど小さな声だった。


 きっと、一番聞きたかったのはこれだった。


 今まで1人で戦い続けてきて、もう誰も頼らないと決めたクイーンの、心からの疑問だった。





「…どうして………アンタは私のこと、助けになんかきたのよぉ…」


 小さな、消えそうな声を聴いて、翔は押し黙った。


 歴代2位の、かなりの強さを思ったクイーン。


 そんな凛々しい経歴など思い当たらないほど、今の彼女は弱弱しかった。


 一体どれだけの痛みを背負ってきたのか、それを一瞬で感じさせるくらい、悲痛な声だった。


「………、」


 翔はしばらく言葉を発することができなかった。


 なぜ自分を嫌わないのか。彼女がそう問う心理が、人の気持ちにそれなりに敏感な翔にはわかった。


 なぜ自分を嫌わないのか、嫌ってくれないのか。


 まるで嫌ってほしいと思っているかのような問い。そして実際にそうなのだろう。


 信じては裏切られ続けてきた、彼女が出した残酷な結論。


 ―何かに期待して傷つくなら、最初から期待しなければいい。


 ―何かを失って傷つくなら、失う何かをつくらなければいい。


 ―後になって裏切られるなら、最初から嫌われていればいい。


 そう、実際に簡単な話なのだ。


 傷つきたくないなら何にも期待しなくなればいいのだ。それが唯一傷つかない方法なのだ。


 翔も、そんな風に思っていたことがあった。


 兄が死んだあと、自分にとっての最強のヒーローがいなくなった後。


 結局この世界には希望なんかなくて、自分のピンチを救ってくれるヒーローなんかいない。


 そんな絶望を胸にしていた。


 今のアイの姿は、なんだかまるで昔の自分を見ているかのようだった。


 けれど、今の翔はそうは思っていない。


 それでは何も変わらない。前に動きだすことなんてできない。


 この世界にも案外、希望はあるのかもしれない。そう思うことができた。


 そう思わせてくれたのは、まぎれもなく今目の前にいる少女なのに。


『…そう思わせてくれた女の子が、そう思っていないなんて…なんだか不思議な話だな』


 翔はふっと暖かい笑みを浮かべながら、


「…なんで助けに来たのか、って…そんなの簡単な話ですよ。だって、僕たちはパートナーなんでしょう? 最初に言ったのアイさんじゃないですか」


「………、」


 アイは青色の瞳をゆっくり、大きく見開いていた。


 なんだか、その動作も子供みたいでまた翔は穏やかに笑った。


「…もう一回、立ち上がってみませんか?」


「………、」


「僕の事を今は信じられなくても構いません。ゆっくり僕の事を知っていって、それでこいつなら信用できるって思ってからでも良いから…もう1回…前を見て歩いてみませんか?」


 しばらく、空白の時間が続いた。


 今まで誰も信じられなかった少女にこの言葉が響くとは思えない。


 それでも、少しでもいい。少しでもいいから、――きっかけになりたかった。


 翔は今にも泣きそうな少女に、そっと手を差し伸べる。


 しばらく彼女は、何かを言おうと迷ったような表情をしてから、 ただ…パシンッ、と翔の手をとった。


 それで十分だった。


 きっと、これ以上の答えなどなかった。


 彼女は信じてくれた。彼女は認めてくれた。つないだ手が、それを証明していた。


 翔はにこり、と笑うとアイをゆっくり支えるように起こした。


 そして、敵を見る。今度はちゃんと、横に並びながら。


「…よしっ。アンタが来てくれたおかげで体力も回復してきてるわね」


 アイはそう言うと、右手を上に挙げて新たな氷の剣を生成していた。


 確かに立てるほどには回復しているが、それでも相変わらずフラフラしている。


 そんな彼女を見て、翔は心配そうな表情で「大丈夫なんですか?」と問う。


 が、そんな心配などいらなかったのかもしれない。


「………、私をなんだと思ってるの?」


 彼女は相変わらずフラフラしている。それでも、決定的に1つだけ違うことがある。


 目だ。目に、先ほどまでなかった“何か”が確かに宿っていた。


 ボンッ! と溢れ出す神の力。右手に再び生成する氷の剣。


 そして、何より笑顔で彼女は―こう告げた。



「私はクイーン…歴代第2位の力を持つ、氷を司る神よ」



 ダンッ! とアイの靴が勢いよく地面を蹴る音。


 そしてその音がした次の瞬間には、アイはいっきにライまでの距離を詰めていた。


「な…っ!? もう体力が回復して…!?」


「生憎だけど…パートナーとの仲を切り裂かなきゃ私に勝てないような奴に…負ける気はしないわね」


「くっ…!!!」


 反射的にライは剣を横に振る。狙いはアイの腹だ。


 が、アイはそれをひらりと軽い身のこなしでよけると、そのまま剣をないだ。


 ガッキィィィン! という剣と剣がこすれあう音がその場に響く。


 受け止めたものの、ライが一瞬表情をしかめたことから判断するに、結構強い攻撃だったのだろう。


 アイはそのまま勢いをとどめることなく、ライの剣をへし折る勢いで剣へ込める力を強めていった。


「………ちっ」


 分が悪いと感じたのだろう。


 ライは剣を振り上げることでアイをはねのけると、そのまま上空へと飛び立った。


 彼は手を真っ直ぐ掲げて、


「―雷砲…!」


 バヂィィィイイイイイイイ!! とすさまじい音と共に凄まじい電撃が地面にいるアイを真っ直ぐ襲う。


 ヤバい、と傍観していた翔は直感的に思った。


 あの電撃は自然現象の雷を遥かに超越している。体力を激しく消耗しているアイに防げるだろうか。


 アイ当人も少々マズい、と思っているのか明らかに表情が歪ませながら剣を構えていた。


『どうする…!』


 このままでは、アイがやられてしまうかもしれない。


 幾分か体力は回復しているものの、このまま直撃でもしたら―………、


 その時、実際には翔はそこまでの思考はしていなかっただろう。


 ただ、―アイを助けたい。


 そう思ったから、



「氷結――ッ!」



 翔の鋭い声が紫電の音がかき消すくらいの勢いで放たれた。


 そして、声が放たれたのとほぼ同時だっただろうか。


 翔の左手に青い結晶型の紋様が浮かびあがり、轟音が響き渡る。


 その次の瞬間にはライの放った攻撃は綺麗な氷柱へと姿を変えていた。






「………なっ!?」


 今度はライが目を丸くする番だった。


 先ほどまでバチバチと弾けていた自分の電光が人間の手によって、氷の柱に変えられた。


 この能力をライは知っている。――氷結能力。氷の神のパートナーに宿る力だ。


 結衣に雷を扱う力が宿っているのと同様に、翔にも氷の力を扱うことができる。


 問題はそんなことではない。


 実戦慣れしておらず、一度も神の力を奮ったことのないような少年が――神の放った攻撃を一発で固めたこと。


 これが何よりもライの驚いた点だった。


 こんなの、全く予想できない展開だった。そして、そこで呆気にとられていたのが仇となった。


 気付けば、アイが氷の剣を右手に、翔が固めた氷の柱を凄まじいスピードで駆け上がって来ていた。


「くっ!?」


 防ごうと剣を構えた時にはもう遅い。


 氷を司る女神は、すでに自分の目前にまで迫って来ていた。



「…終わりよ、電光を司る神!!」



 ぶんっ、と刀を振りかぶる音。


 咄嗟に雷を放つもそれも全てアイの氷の盾によって塞がれてしまった。


 全て防がれた自らの電光の攻撃を見ながら、ああそうだ、とライは不意に思いだす。


 ―この女神は元々、天道翔の兄である光とゴールデンコンビと呼ばれるくらい相性が良かったという事と、


 ―この女神はどの戦いのときも、追い込まれるほど凄い力を発揮していたという事を。


 ぐさり、と鈍い音がするとともにパキィィィン! と何かが破裂するような小気味良い音がした。






 パキィィィィン! という音が耳に届いた。


 それを聞いた瞬間にアイは攻撃が間違いなく通った確信を持った。


 パーティーにおいて、神には“核”なる物が存在しており、それを完全に壊すとダメージ十分ということで強制返還が可能になる。


 今の剣の一撃はその“核”を壊すのに十分だったはずだ、と。


「…がっ…!!!」

 

 ライの苦しそうな吐息が漏れる。


 それを無視して、アイは真っ直ぐ前を見たまま、パーティーにおける強制返還の常套句を告げた。


「電光を司る神―…強制返還ッ!!」


 次の瞬間。


 シュパンッ!! と音がして、ライの姿が光の如く弾けた。


 天界に強制的に返すことができたはず。…まずは一勝だ。


 アイはすとん、と軽やかに地面に降り立つと、ちらり、と横へ目をやった。


 すると、その視線の先にそいた結衣がびくっ!? と怯えるような反応を示す。


 まるで狼に狙われている羊のような反応にアイはため息をついて。


「…アンタらの負けよ…。さっさと去って普通に戻りなさい。…早く戻ってくれないと、流石にさっきまでの恨みがつのってアンタを許せなくなるから」


「…っ! ふ、ふんっ、言われなくても帰りますよーだっ!」


 そう言って去っていく結衣。


 ま、ああいう普通の奴はこういう戦いには巻き込まれない方が幸せだろう。


 彼女の後姿を見送ってからアイはふぅ、と息をつき、


「…疲れた…」


「アイさん!」


 後ろから翔が名前を呼びながら駆けつけてくる。


 アイはちょっとむすっとしてから、


「…ねえ」


「あ、はい?」


「私のことはアイって呼びなさい」


「え?」


「あと、丁寧語禁止っ。鬱陶しいし、戦いのときまでそう言われたら面倒よ。今回はともかく今後は一緒に戦うんだから。アンタさっきの氷結凄かったし先が期待できるわ」


「…はあ…」


「そんなわけだからっ」アイはにこり、と笑みを浮かべて、「…よろしくね♪ …翔♪」


 それは、彼女が翔に見せた初めての満面の笑顔。


 その可愛らしい笑顔に翔は少し黙ってから、同じように笑顔を見せて、


「…うん♪ よろしく、アイ♪」


 と返した。


 照りつける太陽の元、綺麗な笑顔が2つ、並んでいた。


連投です! とはいえ、次は短いです。

詳しくは次に書きますのでそちらの方で!

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