孤独な少女
1、
昨日の出来事から、1日が経過した。
学校についた翔はチラリと窓際の席へと目をやる。
そこには本来、昨日転入してきたばかりのアイが座っているはずだった。
そう――本来。実際今、そこの席は空白となっていて誰も座ってはいなかった。
結局、あの後からアイとは会っていない。
アイは家にも帰ってこなかったし、この通り今日も学校に来ていない。
今彼女がどこで何をやっているのか。それはもう既に翔にもわからないことであった。
〝天道光を殺害したのは、この私よ〟
ふと、アイの冷酷なセリフが翔の頭の中で繰り替えされる。
彼女は結局最後までライの言った事を否定しなかった。
兄を殺したのは自分だとピシャリと告げた。
彼女がそう言ったということは、それはきっと事実なのだろう。そこで嘘をつく理由なんてないはずだ。
『なのに…なんで気になるんだろう…』
翔はすっかり頭を抱えてしまう。
アイが兄を殺したのが本当なら、彼女は自分の目の敵であり、憎むべき相手だ。
そうあるはずなのに、どういうわけかこれっぽっちも彼女を憎めない。嫌いになれない。
「…あーっ! もう…!」
わしゃわしゃと栗色の髪を自分でかき乱しながら、翔は机に突っ伏す。
矛盾する自分の思いにどうもスッキリしない。
『多分…気にかかっているとこがあるとしたら…あれだな…』
それは喫茶店でアイが話していたこと。
自分はもう光のような者を出さないためにも、パーティーを止めたいと言ったこと。
普通に考えて、何故足手まといってことで殺した人間の事を思ってそう言えるのだろうか?
『…まぁ、あの言葉自体嘘だって可能性もあるけど…』
それでも、あの時のアイの顔は嘘をついているようには思えなかった。
いや、そんなことを言ったら彼女が嘘をついているように思える時なんて会ってから今まで微塵もなかったわけだが。
けれど、そう思えるほどに――アイの青い瞳はいつも真剣で綺麗なものだった。
翔にはあれが、人を騙すような目には到底思えなかったのだ。
「何? 考え事?」
「………!」
急に話しかけられて、ビックリしながら視線を上へやると、ユウマが右手をひらひらと振りながらこちらを見ていた。
唐突に現れて、しかも自分が何か考えていることまでピタリとあてるとは流石だなぁ。
そんな風に心の中でユウマを褒める翔なのだが、翔が考え事をしているということくらいは正直よほど鈍い人でなければ気付くであろうという事実には気づいていないのだった。
「ユウマって…僕が考え事してるといつもそこにいるね」
「…いや、そんなことはないと思うけど」
なんだろ、俺タイミングいいのかねーと呟きながらユウマは席についた。
翔はそんなユウマにくすくすと笑いながら、
「そういえばユウマ今日も真面目にきたんだね」
「んー、でもだるいから授業サボろうかな」
「いやいやダメだって…! エリカさんに怒られるよ?」
「うん、だろうね、絶対学校のどこに逃げても捕まえられて教室までひきづってきそうアイツなら」
苦笑しながら答えるユウマを見ると、どうやら本当のようだ。
まぁ元々ユウマは冗談を言うタイプでもないし。
「エリカさんってなかなかパワフルだよねぇ…」
「まぁアイツは強いからね、結構」
とはいえ、とユウマはつけたし、
「強い分心配だけどね。…アイツも女の子だし、心の底では弱いものもたくさんあるだろうから」
「………、」
心の底では弱いものもたくさんある。
その言葉を聞いた瞬間、翔の脳裏にふと、何故かアイの悲しげな笑顔が浮かび上がってきた。
彼女はどうなのだろうか?
確かに氷を司る神で、前回の勝ち抜き者であるクイーン様で、歴代順位2位の強さを誇っている。
初めて会った時、自分のことをとても格好よく助けてくれたしそれは間違いないだろう。
でも、本当に彼女は強いのだろうか?
実際は、もっと――、
そこまで考えて翔ははっとした。
『…もう考えないって決めたのに…!』
そうだ。これでもう自分は彼女とは無関係になれるんだ。
パーティーなんていうわけのわからない戦いとも、オサラバできる。
ポジティブにそう考えればいいのだ。
『また、平和な日常が戻ってくるんだから…!』
朝ドジってお花を踏んでしまって、お花のお墓をつくって、友人に助けてもらって。
遅刻したら担任に怒られて、なんとか許してもらって。
授業がよくわからなすぎて寝て、また担任に怒られて、笑って許してもらって。
そんな、いつも行われていた平和な日常が戻ってくる。
『でも…、』
それは。
翔が望んでいた、その平穏な毎日は。
『こんな気持ちで過ごしたかったわけじゃない…!』
ばんっ! と思いっきり机をたたいてその勢いに任せて立ち上がる翔。
それを見て、ユウマは彼にしては珍しくぽかーんとしていた。
「どうした…?」
体調でも悪いのか、と尋ねるようにユウマが心配そうに話しかけてくる。
翔はふるふると首を振ると、真剣な目でユウマを見て、
「…事情は言えないんだけど、」
「………、」
「どうしても外せない用事ができたから…いってくる…!」
そう言うと、翔はそのまま教室を飛び出して走り出す。
ぶつかりそうになった女生徒がびっくりしてこちらを見ていたが、謝っているヒマもない。
「慶田誤魔化すのは俺に任しといてねー」
後ろから、ユウマの間延びした声が聞こえる。
その声を背に、頼もしく思いながら翔は学校を飛び出していった。
2、
広い学校の敷地を飛び出して、翔が向かったのは横浜のある場所だった。
学校から電車で20分。
久々に訪れたその場所は、翔にとってはいつも何かに躓いたときにやってくる大切な場所だった。
「久しぶり。兄さん」
たくさんの墓のある墓地。
その中で〝天道家ノ墓〟と書かれた墓石の元へ、翔は迷うことなく真っ直ぐやって来た。
ここが、大切な兄の眠っている場所。
言葉を介して伝えることはできなくても、いつも自分に何かを与えてくれる場所。
自然とここへ足が向いたという事は、
「…僕、やっぱいろいろと迷ってるんだなぁ…」
正直、自分でも何に迷っているのかわからない。
迷う意味がないし、迷うところがない。それなのに何故――……。
「…ねぇ、兄さんから見て、アイはどんな子だったの…?」
そう言って、翔はそっと墓石に触れる。
無論、それに応える声があるわけではなかった。
それでも、久々に触れた兄の温もりに、どことなく勇気づけられている気がした。
「あ、しまった。お花…」
無心でここまで来てしまったせいか、供え物のお花を買ってくるのを忘れてしまった。
そんなことを思ってふと視線を下に向けると、
「…あれ…」
何故か、綺麗なお花が既に供えられていた。
まだ枯れていないところを見ると、供えられたのは本当に最近。おそらく昨日あたりだろう。
天道家には大して親戚はいないし、この何もない直になかなかお墓を訪れる人もいない。
父は未だに放浪中で日本にはいないはずだし、母も忙しくて最近は訪れていないはずだ。
では、一体誰がこのお花を供えたのだろうか?
そんなことを考えていると、
「あら、翔くん?」
不意に、後ろから話しかけられる。
どことなく聞き覚えのある声だ。そう思いながら振り返ると、
「あらぁー、やっぱり翔くんだ! 大きくなったわねぇー」
「ありがとうございますっ。どうも、お久しぶりです」
そこにいたのは、墓地の管理人のおばさんだった。
翔は小さい頃からちょいちょい会っていたが、向こうも言うとおり久々の再会である。
しかし、ナイスタイミングだ。
そんなことを思いながら翔は兄のお墓に供えられている花を指し、
「あの花…誰が備えて行ったかわかりますか?」
「………、あー…」
と、何故かおばさんは気まずそうに視線をそらしてしまう。
翔は少し眉をひそめてから、もう一度真剣な表情で頭をさげて、
「お願いします、大切なことかもしれないので…教えてください…!」
「ちょ、翔くん…! そんな頭までさげなくていいのよ…! ごめんごめん、一応本人から口止めされてたから…」
「…口止め?」
頭をゆっくりとあげながら尋ねると、おばさんは少し切ない表情でこくりと頷いた。
「あのお花を供えていったのは…丁度、翔くんと同じくらいの年の女の子よ」
「…女の子…」
「凄く不思議な子だったわねぇ…こんな暑いのにジャケット羽織っててね。あ、容貌も日本人じゃなくてありゃ外国人かしら」
そう言われて、翔の中である人物が脳内をかすめていった。
ジャケットを羽織った、外国人の自分と同じくらいの年の外見の女の子。
ここまで条件が揃ってて間違えることはないだろう。アイだ。
「実を言うと毎年、光くんの命日には来てお花を供えてってたのよ」
「え、そうなんですか…!?」
「ええ。最初は怪しいと思ってね。だって翔くん家の知り合いに外国人がいるとか思わなかったし」
まぁそれもそうだ。
確かに我が家の知り合いに外国人はいないし、いてもわざわざ兄の墓参りに来るほど親しい仲の人はいない。
「それで話しかけてみたの。光くんの知り合いですか? って。最初は向こうも驚いてたけど、段々打ち解けてくれてね。そしたら、〝知り合い…というかとても大切な人なんです。ここで眠っている人は〟って優しい顔で答えるんだもの。怪しんでたのが馬鹿馬鹿しくなってねぇ」
「………大切な…人…?」
「でもご家族には内緒にしててください、って言われてたらさ…あ、私が言ったのは内緒よ!」
じゃ、仕事があるからっ! と言って去っていくおばさん。
そんな中で、翔は1人呆然と立ち尽くしてしまう。
おかしい。またおかしい所がある。見ず知らずのおばさんに嘘をつくわけはないから、アイの言った言葉が間違いなく真実だろう。
大切な人。死んでからも尚毎年お花を供えているという事実。
『アイにとって兄さんは…どんな存在だったんだろう…』
どう考えても、嫌な存在ではなかったはずだ。
本人が言っていたように、邪魔な存在だったなんてことはなかったはずだ。
では何故、アイは自分が兄を殺したと言ったのだろうか?
何故、邪魔な存在になったから殺したとそこまでの嘘をついたのだろうか?
「真実を伝える時が来たようだな」
「……!」
不意に聞こえた声の方へ視線を向けると、そこにはお墓とはひどく不釣り合いな格好をしたフウが立っていた。
その格好にツっこみたくて仕方ないのだが、今はとりあえずぐっとこらえて、
「…何故ここに?」
「波音がお前が学校を飛び出すのを見かけてな。アイも来てないっていうから何かあったんじゃないかと思って俺が派遣されたってわけだ」
「…波音さんが…」
彼女は彼女なりに気にかけていてくれたのか。
違うクラスなのにそこまで見ていてくれた事に感謝しつつ、翔はフウを真っ直ぐ見た。
「…教えてください…アイさんのこと」
「…言われなくてもそれを伝えにきた」
ただ、とフウは話を区切ってから、
「この話は聞くも聞かないもお前次第だ」
「…え?」
「アイの過去は正直壮絶だ。聞いてて楽しい話じゃない。……それに聞いたら今度こそ後戻りは出来なくなる」
その瞬間、ドクンと翔の心臓が大きな音で鼓動を刻んだ。
後戻りはできなくなる。それはおそらく、翔の覚悟を試している言葉だ。
フウの目は本気だ。この話を聞けば、間違いなく翔の望んでいた平和な日常には戻れなくなるだろう。
ここに立ち入った以上待っているのは、血なまぐさい非日常だ。
「今なら何も聞かず、お前は一般人に戻れる。アイの事を放っておけば、自然とパーティーはリタイアという形を取る事が可能だろう。周りも自分も傷つけず、何も気にせず生きていける」
「………、」
「逆に。もし聞けば後戻りはできない。お前は非日常の世界に足を踏み入れることとなる。いつ死ぬかわからない戦いに足を踏み入れることとなる」
フウは眼帯で隠れていない片方の目のみで、翔を射抜きながら、問う。
「どうする天道翔。会って2日の女のために命を危険にさらすか、このことは忘れて日常へ帰るか」
「………、」
翔はしばらく黙っていた。
黙って、それからすぐに口元でふっと笑みをつくった。
「……凄く不思議だなぁ…」
翔は視線をやや後ろ――自分の尊敬する兄の眠る場所へと向けてから、もう一度フウへと戻した。
まるで朝日のような、爽やかな笑みを浮かべながら、
「…今までの自分なら絶対迷ってた。半端なお人好しで、アイさんを助けるか迷って。でも本心では自分が傷つきたくないからそちらへ行くことも出来ず…フウくんの問いに確実に即答するなんて不可能だった」
「…中途半端な同情やお人好しは逆に残酷だぞ」
「ええ、わかってます」
それを分かったうえで。
翔はすぐさまこの答えを、自分の頭の中で弾きだした。
「もう一度言います。アイさんの事を、教えてください」
「……!」
フウが驚いたように目を見開く。
見開いて、それから翔と同様に口元でふっと笑みをつくった。
「一応理由を聞いておこうか。一昨日会ったばかりの女のために、その選択を選んで理由を」
「簡単なことです。僕は昨日、彼女と一緒にいて楽しかった」
アイは騙していた、と言った。
言葉では確かに、翔に向かってそう言った。
それでも、やっぱり何度思ってもアイが翔を騙しているようには思えなかった。
あの時の笑顔は絶対に嘘ではなかったはずだ。
そして、そんなアイと一緒にいて楽しいと感じた自分の感覚も間違いではなかったはずだ。
「僕は彼女の行動を信じます。そして、そんな彼女を見て信じたいと思った自分を信じます」
「………、」
「それに僕、初めて会った時彼女に命を救われているんです」
ヒーローなんかいないと絶望した10年前。
そして一昨日。金の竜に襲われた時、翔は死をも覚悟していた。
でもその時、翔の前に彼女は現れたんだ。颯爽と自分の事を救ってくれたんだ。
それはもしかしたら、パートナーが死んだら迷惑だからとかそんな理由だったかもしれない。
それでも、あの時の格好いいアイの笑顔と、心配してくれた表情はきっと嘘じゃなかった。
そう信じるのはいけないことだろうか?
単純なことかもしれないけど、もしかしたらこの世の中は案外救いがあるのかもしれない。
そう思わせてくてた彼女を救いたいと思うのはいけないことだろうか?
「もし、彼女が苦しんでるなら今度は僕が救いたい。…力はまだまだ足りないかもしれないけど…それでも…」
「わーったわーった。その辺でいいぜ」
にやり、とフウが面白い物を見るかのような笑みを浮かべる。
「久々に見込みのある奴見つけたわ。…こりゃ楽しみだな」
「…え?」
「…話すよ。アイのこと。――ずっと孤独だった少女の話しだ」
フウは一息おいてから、天を仰ぐ。
静かに風が吹く中で、フウの口から少女の話しが語られ始めた。
3、
町の外れの空き地にて。
アイは背中を太い木へ預けながらふぅとため息をついた。
視界の焦点があわず、既に立って歩く事すら困難。
口からは苦しそうな吐息がもれていて、不健康な汗が額からにじみ出ている。
何故アイがいまこんな状態になっているかと問われれば答えは明確。
〝パートナーから長く離れすぎた〟からだ。
最初の方にアイが言った通り、パートナーは神にとっては力の補給源だ。
そのパートナーからあまりに遠く離れたり、長く離れたりすれば?
それは神にとって力の補給が断たれた状態になり、最終的には酷く衰弱してしまうのだ。
「………っ」
もう何も考えたくない。
パーティーのことも、光のことも、翔のことも、今後のことも。
『このまますべてを忘れて消えられればいいのに…』
なんて、そんなのは都合がよすぎるか。
そんなことを思いながら、アイは少しだけ笑みをこぼす。
しかし、その笑みは楽しさや嬉しさの笑みではなくて、ただ自嘲を込めた笑みだった。
と、その時だった。
ザッ、と自分の目の前に大きな影が現れる。
顔をあげなくても、その影の主が誰であるか…アイにはすぐにわかった。
「……何よ、自分の思い通りに事が進んで大喜びって感じなわけ…? …電光の神」
「へぇ。弱っていてもそんな軽口が叩けるとは…尊敬に値するよクイーン」
そんな事微塵も思ってないくせに。
そう思いながらアイは「そりゃどうも」と笑みで返した。
今出来る精一杯の強がりだった。
「…さて、今ならすぐにでもお前を倒せそうだが……」
「……さー、どうかしら? アンタ程度の実力じゃむしろ丁度いいハンデになるかもよ?」
その言葉に、ライがぴくりと眉をひそめる。
強がりなのは向こうも分かっているだろう。分かっているから、すぐにライの顔にムカつく笑みが戻った。
「ふん、どこまで強がっていられるか。その内泣きながら助けを求めるんじゃないのか」
「……試してみる?」
次の瞬間、バヂィッ!!! と電光の音がその場に轟く。
圧倒的不利な状況で、クイーンと電光を司る神の衝突が始まった。
そろそろヒーローヒロイン逆転劇は元に戻るのでしょうか?
と、いうことで「孤独な少女」いかがでしたか?
アイ編もそろそろ大詰め…!
次回は非常に暗くて切ないアイの過去が明らかになります。
もう作者も今から気分が憂鬱になりそうです、ああ辛い。
でもアヴェクにおいて非常に重要なシーン満載ですし、これがあってこそのアヴェクなので丁寧に、大切に書いていきたいと思います。
そんな感じで次回もお楽しみにー♪
……結局夏休み中にアイ編は完結しなかったか…




