Truth of the Past【表】
0、
今でもはっきりと思い出せる記憶。
懐かしく、温かいけれど、ちょっぴり切ない記憶。
徳永波音の初恋の相手は、天道光だった。
「ひかるさーんっ♪♪」
ぶんぶんと手を振りながら、坂道の上にいる少年の所まで走っていく波音。
それについていく形で、幼馴染の亜里沙も「まってよーっ!」と追いかけていく。
波音の声が届いたのか、光はゆっくり振り返るとにこにこと笑って「おはよう」と言った。
「おはようっ、ひかるさんっ!」
「おはよう、波音ちゃん。亜里沙ちゃん」
「坂道を走ると危ないわよ」
光の横にいたアイが、諭すように波音と亜里沙に話すが2人は「えへへー」と誤魔化すように笑うだけだった。
まったく…とため息をつくアイに、光が「まーまー」と言う。
きっと光は子供好きだったのだろう。自分たちにもの凄く優しかったのを波音は覚えている。
「ひかるさん、ひかるさんっ、私達といっしょに砂場で遊ぼうー♪」
「うん、いいよ。でも波音ちゃん、危ないからあんまこの時間に子供だけでどっか行ったらダメだよ?」
「はーいっ」
「……波音は光のいう事は割と素直に聞くわね」
横でぼそっと呟くアイに波音はまた「えへへー」と笑って見せた。
別にアイのいう事を聞きたくないとかそんなことはない。アイのことだって大好きだ。
――でも、光への感情は更にまた特別なものだったのだ。
「ひかるさんっ、私ね、大きくなったらひかるさんのお嫁さんになるのー♪」
「私も! 私も波音と一緒にお嫁さんになるーっ!」
おそらくお嫁さんが何かよく分かっていない亜里沙もぴんと右手を伸ばしてそう主張する。
しかし、そんな亜里沙とは違って波音はお嫁さんというのが何かもちゃんと理解したうえでそう言っていた。
大きくなったら絶対に光と結婚したい。
心の底からそう思って、口に出していた。
勿論光には「俺は幸せ者だなぁ」と毎回流されてしまっていたわけだが。
それに、光のことが本気で好きだったからこそ、波音は分かってしまっていた。
光の思いが一体どこの誰に向いているのか、ということに。
「………良かったじゃないのモテモテで」
波音と亜里沙がそう言う度に、アイは少々複雑そうな顔で光にそう言っていた。
それを言われると光は少々怪訝そうに眉をひそめた後で、ふっと笑みをこぼす。
「…? 何笑って…、」
「いや、子供にまで嫉妬しなくてもいいのになぁと思って」
「……は、はぁ!? バカでしょアンタ私は別に嫉妬とかそういうのは一切――、」
「はいはい、わかってるよ」
くすくす笑いながら、早口で否定論をつらつらと主張するアイをなだめる光の姿を見て、波音はわかってしまったのだ。
光が本気で好きな相手は。
本気で愛しているのは一体どこの誰なのか、ということに。
その後のことはよく覚えていない。
ただ、その事実にショックを受けた波音は亜里沙の制止を無視して人気の少ない公園へと向かった。
波音は日本でも5本の指には入るといわれるお金持ちの家――徳永家の1人娘だ。
絶対に危ないところにはいかないでね、と光にも念を押されていた。
それをわかったうえで、波音は人気の少ない公園へいった。
少しでも良いから、――自分を光の視界にいれてほしかった。
子供、じゃなくて女の子として、自分を見てほしかった。
ちょっとでもいい。ちょっとでもいいから、心配して自分を迎えにきてくれないだろうか。
ほんの一瞬でもいい。ほんの一瞬でもいいから、彼の頭を自分だけで占拠することはできないだろうか。
そんな凄く自分勝手な思いから、波音は外に出て―――そしてその後、何者かによって誘拐された。
そうして連れ去られる直前、意識が途切れる手前で、波音はただただ後悔した。
ああ、私はなんてバカなんだろう、と。
1、
「………っ、え…」
しばらくの間、翔は声と言う声を出すことができなかった。
今、ライは自分に向かってなんといったのだろう?
――10年前に…自分の大好きな兄を、光を殺したのは…アイ?
「な、何を言ってるんですか…あなたは…っ」
翔はライの方を真っ直ぐに見ながら、そう言う。
「アイさんが兄さんを殺したなんて…そんなわけ…っ」
「否定したいなら勝手にすればいいだろう。…だが、氷を司る神が今何も反論しないのが何よりの証拠だとは思わないか?」
ライは相変わらず笑みを浮かべたまま、翔の横にいるアイの方を指差した。
それに合わせて翔も視線をアイへと向けるが、さっきまでの笑顔とは一転。アイの表情は暗く重い。
「アイさん、否定してください…! こんな奴に言わせといていいんですか…!?」
「………、」
どんなに翔が叫んでも、アイは何も答えてはくれなかった。
一体どうしてしまったのだ。
アイは自分が好き勝手言われて、黙っているような性格ではないはずだ。
「…ふっ、自分で犯した罪を口にするのは躊躇われるか?」
「っ、アンタいい加減に…!」
「お前もだ、天道翔」
え、と翔は急に話題を振られたことに驚いて目を見開く。
するとライは小馬鹿にするような笑みをつくり、
「お前はもう分かっているはずだ。兄を殺したのがこの女であるということを」
「………、え…?」
「記憶にないとでも言う気か? お前が兄が死んだと掌握した時、――この女が近くにいたことを」
そう言われると、翔は思わず呆けた表情になる。
兄が死んだと掌握した時。
それは忘れもしない、翔がまだ5歳の日だ。
丁度雨が降り出して。親も仕事で出かけてしまっていて。早く光が帰ってこないかなぁと待ち望んでいた。
しかし、帰ってきた光はもう血まみれで、目に生気がなくて、息をしていなくて。
「……あ…」
と、そこで翔は思い出した。
もう息をしていない兄を、翔のいる家まで連れてきたのは――高校生くらいの少女だったということに。
その少女は確か、銀色の綺麗な髪をしていた。
その少女は確か、青色の瞳を持っていた。
その少女は確か、背中から黒の男物のジャケットを羽織っていた。
「…ああ…、」
そしてもう1つ思い出した。
翔がこの間アイに会った時、――どこかで会ったことがあるような感覚を覚えたことを。
ライの言葉に、自分の少し忘れかけていた記憶のピースが次々とはまっていく。
そうだ。確かにあの日、血まみれの兄を翔の元まで連れてきたのはアイだった。
「ふんっ。思い出したようだな」
「……確かに、あの日…光兄さんを連れてきたのは…アイさんでした…」
「だろ? なら間違いなく、」
「でも…! それだけでアイさんが光兄さんを殺したっていうのはおかしいじゃないですか…!」
たまたま光が死ぬ現場に立ち会っただけかもしれない。
それで家に連れてきてくれただけかもしれない。
頭の中で、ライのいうことを否定しきれない中で、それでも翔はその可能性を排除する。
アイが自分の兄を殺したなんてありえない。
別に根拠も理由もなかった。ただ、彼女と一緒にいたほんの少しの時間が楽しかった。
それだけの理由で人を信じるのはいけないことだろうか?
「……もういいわよ」
ライに食ってかかる翔を後ろから見つめながら、アイが真剣な表情でそう言った。
ライ、アンタ適当なこと言わないでくれない?
アイはそう言ってこのことを否定してくれると思っていた。
初めて会った時みたいな、格好いい笑顔でそんなわけないでしょうと言ってくれると思っていた。
が、しばらくして返ってきた言葉は――翔の期待を見事に裏切るものとなる。
「…ったく…バラされちゃったなら仕方ないわね…。生憎と、ライの言葉に否定するところはないわ」
「………え?」
ピタリ、と時が止まるような感覚だった。
放心状態になる翔に、アイは続けて、こう衝撃的な言葉をつづけるのだった。
「こういえばわかりやすいかしら?」アイは至って真面目な表情で、「天道光を殺害したのは、この私よ」
翔の表情をつくる筋肉が、どう反応していいのかわからなくなっていた。
きっと、今傍から見たらそうとうあべこべな表情をしているのだろう。
そんな冷静な予測をたてながら、翔はもう一度アイが放った言葉を頭の中でリピートする。
「…アイが……兄さんを…殺した…?」
「ええ。そこにいるライが言った通り。私が殺したわ」
この時、せめてアイが少しでも辛そうな表情をしてくれれば。
もう少し、申し訳なさそうな…後悔しているような声でその事実を告げてくれれば。
そう思う翔だったが、アイの表情はどこまでも冷酷で…それこそ彼女が司る属性である氷のように冷たいものだった。
「…な…、なんで…っ!」
昨日今日と一緒にいて、アイがそんな少女でないと翔は信じていた。
だからこそ、否定要素を見つけたくて翔はアイに向かって質問を発する。
ここでもし納得できる理由が得られれば、きっと翔はアイのことを許せると思ったから。
しかし、
「…私と光はね、結構いいコンビだったのよ。そこのライに聞けば分かると思うけど、決勝戦までは楽勝で勝ち抜けるくらいに強かったの」
アイはふっ、とさっきまでとは明らかに違う笑みを浮かべながら話を続ける。
「決勝戦の相手は闇を司る神でね。アイツはきっと、正面からぶつかっても私達に勝てないと思ったんでしょうね…それ故に私達と仲の良かった波音を誘拐したのよ」
「………!」
その瞬間に、光の話しをするときに少々曇っていた波音の表情を思い出した。
あれはきっと、自分が誘拐されたせいで…という罪悪感からの表情だったのだろう。
そう察しがついた瞬間に、翔の中で少しずつ様々な断片がつながり始めた。
「1人で来るように、と呼び出された光を私は必死に止めたわ。これは罠に違いない。行ったら殺されるって」
そっから先は、なんとなく翔にも予想がついた。
兄はどこまでの優しい性分だった。
ならば話は簡単で、自分のせいで波音が誘拐されたと知ったら何が何でも助けにいくだろう。
――例え、それが罠だったとしても………。
「でもアイツは行ってしまったわ。見事、波音を逃がすことには成功したみたいだけど…その時にはアイツは闇を司る神に半殺し状態にされていた」
「………、」
「それだけなら勝手にやってくれって感じだったんだけどね。闇を司どる神は今度は光を人質に私をボコボコにしようとしてきてね……本当迷惑な話だと思わない?」
ふっ、と冷たい笑みを浮かべるアイを見て、翔の中の何とも知れない感情が湧きあがってくる。
なんだろうか、これは。悲しみか、怒りか、驚きか。今まであまり感じたことのない感情だった。
「何で兄さんを殺したのか、って言ったわね」アイは表情を崩さないまま、「答えるならこう。私が勝ちぬくのにアイツは邪魔だった。足手まといだった。だから殺した」
「なっ……!?」
シンプルな解答でしょ、と突き放すアイに翔はおそらく生まれて初めて…と言っていいほどの怒りを感じた。
正直言って、相手が女の子でなければ間違いなく今アイの胸倉に掴みかかっていただろう。
それくらい、今の翔の中では怒りと言う感情がこみあげて来ていた。
しかし、そんなことすらできない翔をも彼女はあざ笑うように、
「…どう、嫌になった? 私のパートナーでいるのが。…ま、それもそうよね。邪魔になったら自分が殺されちゃうなんて…冗談じゃないわよね?」
「…っ!」
自分でも無意識の内に、翔の右手がぐっと拳を握っていた。
明らかに敵意ある自分の行動に驚く翔とは逆に、それを見てアイはさらに冷酷な笑みを浮かべる。
「うまく騙していくつもりだったけどバレちゃったら仕方ないし、やめてもいいわよ? 私を殺せばそれで終わりに出来るし。兄の敵討ちもできて一件落着…ってな感じ?」
「……っ」
そんなセリフをも、さらりと言えてしまうアイに翔は驚いた。
さっきまで、にこにこ笑っていた女の事は思えない。
騙していくつもりだった、と彼女は今いった。
――だとすると、あの笑顔も全て演技だったのだろうか。騙していただけだったのだろうか。
そう思うと、怒りと同時に悲しみもこみあげてくる気がした。
「もう、いいです…」
翔は顔をそらすと、元来た道をゆっくりと引き返していった。
決してアイの方を振り返ることなく。
振り返ったら、きっと彼女を許せなくなってしまうから。
きっと彼女をそのまま放っておくなんて…出来なかったから。
きっと憎しみがこみあげてきてしまうから。
しかし、もしもこの時振り返っていれば、彼は気づくことができただろう。
アイがこの時、どれだけつらい表情を浮かべてたのかということに。
自分の元から去っていく翔の背中を追わず、どんな思いでいたのかを。
遥か昔から彼女の心がとうに悲鳴をあげていたということに。
修羅場っ☆←
いやー、見事に修羅場ってる本編ですねー
ちなみに私夏休み中にこの第一章を終わらせる予定だったのですが…キツそうですね…頑張りたいですが←
さてみなさんお気づきでしょう。
今回のタイトルは「明かされる過去の真実」の表です。
果たして裏は一体…? ということでまた次回ですね!
ではではまた次回の更新でー♪




