王さまと白い猫
むかしむかしあるところに、一人の王さまがいました。
王さまは国民にやさしく、はたらきものでしたから、国民は王さまが大好きでした。
ある日、王さまが犬を連れ、狩りにでかけた帰り道のことです。
うす汚れた一匹の白い猫がやぶの中からあらわれ、「にゃあん」とかわいい声を出しました。
かわいそうに思った王さまは、猫をお城につれ帰ると、おふろで洗ってやり、おいしいごはんを食べさせてあげました。
お腹がいっぱいになった猫は、王さまのふかふかしたベッドにごろんと横たわり、きれいになったお腹や足をなめて毛づくろいをしながら、とつぜんこう言いました。
「王さま、ぼくをひろってくれてありがとうにゃん。王さまに何かお礼がしたいにゃん」
人の言葉をしゃべる猫を見たのは、はじめてのことだったので、王さまはとてもびっくりしました。
この猫はきっと神さまのみ使いだ、と王さまは思い、「お礼などいいから、ここでずっと暮らしておくれ」と言いました。
それからというもの、王さまは猫をとてもかわいがり、一日中自分のそばにおいて毎日暮らしました。
「王さまははたらきすぎにゃん。たまにはのんびりするのも必要にゃん」
「今日はお天気が悪いから、お外に行くのは明日にすればいいにゃん」
「おひさまは明日ものぼるにゃん。あわてずゆっくりが長生きのひけつにゃん」
と言って、猫は王さまにのんびりするようにすすめました。
神さまのみ使いの言うことなのだから間違いない、と王さまは思い込み、猫の言うがままにだんだんとおしごとをしなくなってしまいました。
これは困ったことになった、と家来たちがまゆをひそめ、王さまに言いました。
「王さまがはたらいてくださらないと、この国の人間が困ってしまいます」
けれども王さまは、
「おせっきょうする家来のひとりくらいいなくなっても、何にも困らないにゃん。王さまにいじわるする家来なんて、くびにした方がいいにゃん」
との猫の一言で、その家来を追い出してしまいました。
それからというもの、家来たちが王さまに何か一言いうたび、猫は「追い出せばいいにゃん」と言うようになりました。
今では追い出されてしまうことをおそれ、すっかり王さまをいさめる家来はいなくなってしまったのです。
じつはこの猫、見た目はたいそうかわいらしく、まるで神さまのみ使いのようでありましたが、本当は悪魔の使いでした。
悪魔は、人々を苦しめては喜んでいました。
人々がなまけものになり、悪いことをするように、いろいろな使いを人間のせかいに送りこんで、人間をあやつろうとしていました。
このままではいけない、と思いなやんでいたのはお妃さまでした。
むかしはいっしょうけんめい、みんなのためにはたらいてくれた王さまが、すっかりなまけものになり、猫の言うことしか聞かなくなってしまい、心をいためていました。
むかしは自分といっしょに、国じゅうをかけまわり、いっしょうけんめいだった王さまの見るかげもないすがたに、犬もかなしく思っていました。
犬は、人間の言葉をしゃべることはできませんでしたが、かなしむお妃さまといっしょに、どうしたら元の王さまにもどってくれるのだろう、と思っていました。
ある日お妃さまは思い切って、「私に考えがあります」とみんなに言いました。
その日は雪がたくさんふる、とてもさむい日でした。
「きょうも寒いにゃん。あったかくなったらおしごとすればいいにゃん。お酒のんであったまるといいにゃん」
いつものように猫は言い、いつものように王さまは朝からお酒ばかりのんでいました。
やがて夜になり、ますますさむくなってくると、王さまは「だんろの火が消えている。だれかたきぎをもってこい」と言いました。
しかし、だれも王さまのところにやってきません。
「お酒がもうない。だれかおかわりをもってこい」
と王さまは言いましたが、やはりだれひとりとして、王さまにへんじをするものはいませんでした。
いったいどうしたことだ、と王さまがしぶしぶようすを見に行くと、お城の中はがらんとして、もぬけのからでした。
だれもいないお城で、王さまと猫だけになってしまったようでした。
おこっている王さまに、お妃さまは言いました。
「その猫の言うとおり、みんなはたらくのをやめました。このお城には、私たちしかいません」
「これでわかりましたか。あなたのしていることが、どれだけわるいことだったか」
しょんぼりとしている王さまにむかって、お妃さまはやさしく言います。
「今からでもおそくありません。またみんなで気持ちよく暮らしていけるように、いっしょにがんばりましょう」
「そんなことはゆるさないにゃん。お前たちは、ぼくの言うとおりにしていればいいにゃん!」
かわいかった猫がとつぜんきばをむき、お妃さまにむかってとびかかりました。
おどろいているお妃さまの前に立ちふさがったのは、王さまの犬でした。
犬は猫にかみつき、お妃さまを守ろうとたたかいました。
やがて猫は、犬にはかなわないと思ったのか、「もうておくれにゃん。お前たちみんな、だめな人間になったにゃん!悪魔のてさきになったにゃん!」とすてぜりふを残して逃げていってしまいました。
「私はなんということをしてしまったのだろう」
落ちこんでいる王さまに、お妃さまはもういちど言いました。
「少しずつがんばれば、またみんなに信じてもらえます。その時まで、いっしょにがんばりましょう」
なみだを流しながらあやまる王さまのまわりには、いつの間にか、いなくなったはずの家来たちや召し使いたちがたくさん集まっていました。
それからというもの、王さまはすっかり心を入れかえ、むかしのようにはたらきものの王さまにもどりました。
そしてどこにいても王さまのとなりには、言葉をしゃべらない犬が、死ぬまでよりそっていたそうです。