【年間行事】
節分ネタです。
※【咲いた 咲いた】の二人のお話。
トントンと机を綺麗な細い指で叩きながら、高天 茉莉は一つため息を吐いた。
茉莉の目の前にあるのは、とある会社へのエントリーシートと、私の家が経営している会社のデータ。
いわゆる進路に、茉莉も皆と同じく思い悩んでいた。
まだ四年生大学の二年生のため、実際の就職活動は先だ。しかし茉莉には他の学生とは違い、家業を継ぐという選択肢があった。
一般の企業に就職するならまだ考える猶予はある。しかし、家業を継ぐなら話は別だ。
大学卒業と同時に継ぐことが出来るよう、やらなければならないこともある。
茉莉の家は、華道の名家だ。
もちろんこのご時世、風習もしきたりも廃れていく中で、それだけでやっていける訳でもなく、茉莉の家は他にもいくつかの企業を抱えている。
大学は自分の好きなところを、ということで法学部に進んだ茉莉は、その道に進むことも許されている。生憎、男世継ぎには恵まれなかった高天家だが、大学受験を控えていた当時から姉は婿養子を約束している婚約者がいるし、私が正当な世継ぎとなることもない。
だから茉莉は最初、弁護士を目指す気満々だったのだ。
だというのに、茉莉は今更になって悩みが生じていた。
そう、悩みの原因は現在の恋人にある。……いや、正確には恋人のせいと言うよりは、恋人に感化されてと言うのが正しいのだが───。
───そう言う訳でここ最近、茉莉は憂鬱な気分を払拭できないでいた。
はぁ、と二つ目の溜め息を吐くと、その恋人が背後からおずおずと話しかけて来た。
「あのー……茉莉先輩、豆まきしませんか?」
「───豆まき?」
言われて、壁に掛かった暦に目を向ければ、今日は二月の三日、節分の日であったことに気付いた。
昔は風習を大事にする家柄もあって毎年やっていたが、もう一番年下の私が高校生になる頃にはすっかりやっていなかった。
今の世の中、律儀に豆まきをする家というのはどれくらいあるのだろう。
せいぜい小さな子どもがいる家くらいだと思う。
両手に豆の入った箱を抱えた恋人、成瀬 裕太郎は、そのベビーフェイスの効果を発揮して断りづらい可愛らしい笑みを浮かべている。
この小動物キャラに落とされたんだよなぁと思いつつ、気分じゃない、と断ろうとしたのだが、続く言葉に思案する。
「去年まではばあちゃんとやってたんだけど、今年はいないから。一人じゃさすがに、できないし」
寂しげに笑う成瀬に、言葉が出ない。
……成瀬の唯一の親族であった彼の祖母は、今年息を引き取った。
そのときの成瀬の悲しみを側で見ていただけに、彼がどれほど祖母を慕っていたのかが、茉莉は知っている。
(そんなこと言われたら、断れないじゃい)
進路を迷っているのは、そんな成瀬態度のせいだった。
祖母を亡くした彼は、この家の昔ながらの雰囲気が落ち着くらしく、私の祖母とも打ち解けていた。
もっとこの家に成瀬を引き入れたくて。そしてまた茉莉も、当たり前のように支え続けてくれる祖父母や両親たちに何かを返したいと、そう思うようになったのだ。
甘い考えかなぁとは思いつつ、また小さく息を吐く。
乗り気ではないが、いいわよ、と頷いて茉莉は外へと行くことにしたのだった。
母屋の外を出て行った先は、高天家の庭だった。
高天家の敷地は広く、ちょっとやそっとの大声では近所迷惑にはならないから、そこでやることにした。
(……昔はよく、この場所で家族で豆まきしたなぁ)
高天家は古い家ながらも気難しい親戚は少なく、家族仲も良い。しかし、年を重ねるにつれ家族間でも大人びた付き合いへと移行してしまうのは、どうしようもないと思う。
感傷に浸っているあたり、茉莉も大概進路に行き詰まっているなぁと苦笑する。
そうこうしている内に、鬼は外ー!という声と共にコツンと頭に豆が当たった。
「っ、」
不意打ちの攻撃に、反応が遅れる。
「ちょ、ちょっと!どうして私が鬼なのよ!?」
「ボーっとしてるからですよ。ほら行きますよ、鬼はーそとぉー!!」
次々と投げてくる成瀬の豆に、只でさえ良いとは言えない茉莉の機嫌は不調を訴える。
「あーーーもうっ!私にも豆をよこしなさいっっ!」
ズカズカと歩み寄って、成瀬の手から豆を奪い取る。
そして手が届くくらいの至近距離で豆を一掴み投げつけた。
「鬼は外っっ!」
「いっ、痛いっ!茉莉先輩、近い近いっっ!!」
気弱な声で泣き言をいう成瀬に豆をぶつけている内に、茉莉はここ最近のフラストレーションやストレスを発散していた。
バシバシと飛んでくる茉莉を見ながら、成瀬は一人思う。
(……茉莉先輩。少しは元気出たのかな)
ここ最近、茉莉が何やら思い悩んでいることを成瀬は感じ取っていた。
茉莉は成瀬よりも年上であるし、しっかりとした人であるから、自分なんかじゃ相談に乗れないのを成瀬は自覚している。
だとすれば成瀬が出来ることは、何だかんだで甘やかしてくれる彼女に上手に甘えて、その鬱憤を身を持って晴らしてやることだけだ。
亡くなった祖母の話を引き合いに出せば茉莉が強く言えないことも知っていて、ズル賢いと知りながらも詰め寄った。
成瀬は両手いっぱいに豆を掴んで、大きく叫んで茉莉に向かって投げる。
何事に対しても誠実で、誰よりも愛しい彼女に、幸せが訪れますように。
「福はーーーうちっっ!」
FIN
これにて【咲いた 咲いた】終了です!
最後まで読んで下さったかた、どうもありがとうございました!




