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猫のいる風景~新しい家

 急な坂道の行き止まり、街を一望できる爽快な眺めが気に入って購入した土地に三ヶ月前に完成したばかりの我が家。庭付き一戸建て。共働きでなかなかまとまった時間がとれず、引越しの荷物も昨日やっと全部片付いたところだ。

 田舎なので、一戸建ての持ち家が当たり前。結婚してしばらくしたら、親と同居するか、家を建てるのが当たり前だと思っていた。

 幸い(?)、夫の両親は都会育ちのためか、同居することなど全く考えていなかったらしく、さしたる反対もなく、夫の実家と私の実家のちょうど中間ぐらいのこの場所に土地を買い、家を建てた。

 お金も出してくれなかったけれど、口もだしてこなかったから、私にはよかったと思う。夫も家にこだわりがないのか、

「君のしたいようにしていいよ」

と、ほとんど私の思い描いたどおりの家になった。

 ローンは夫名義なのに、本当にいいのかしらと心配になる。

「買い物に行ってくるけど、何か食べたいものあるかしら?」

 リビングルームのソファーで、うとうとしながらテレビを見ている夫に声をかける。

「んー、なんでもいいけど……俺、行かなくていいの?」

 ちょっと寝ぼけた声で夫が答える。買い物の荷物持ちは自分の役目と思っているらしい。

「スーパーで、来週の食料品を買って来るだけだから、一人でも大丈夫。疲れてるんでしょ?少し休んだら?」

 私の提案に気を良くしたのか、夫はソファーの上のクッションを並べなおし、寝る体勢を整えている。新しい家のために、唯一、夫が決めた家具がこのソファーだ。

「それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 夫はソファーの上から手をふった。

 

 きれいな青空にダイブするように、車で坂を下る。

 休日のスーパーは意外と混んでいる。ほうれん草、小松菜、春菊、玉ネギ、じゃがいも、人参、大根、キャベツ、魚、豚肉、ひき肉、鶏肉、卵、お豆腐、油揚げ……買うものはほんとどいつも一緒。だから、出来上がるメニューも似たようなものばかりだ。

 レジで並んでいるとすぐ横に、麹の甘酒が売っていた。

「甘酒って、冬の物じゃなかったのかしら?」

 私が子供の頃、祖母がコタツで作っていたのを覚えている。今時は、スーパーでも売っているんだ。

 甘酒も買い物かごへ入れた。



 最近、めっきり体が弱った祖母は、ベッドの上で過ごしていることが多かった。祖母のベッドの脇に座って、新しく建てる家の話をする。

「由美ちゃんは、子供の頃から自分で家を建てるっていっていたものね」

「そうだっけ?」

 そうなんだろうな、きっと。

 子供の頃から、家の間取り図を見るのが大好きだった。

「だって、茶色い屋根で、白い壁の家がいいっていっていたじゃない。チョコレートケーキみたいな家ねって、おばあちゃん、思っていたのよ」

 あ、あたり。玄関扉も白にするか、茶色にするか悩んだけれど、結局、壁に合わせて、白にする予定。

 私、子供の頃からそんな話していたんだ。というか、子供の頃から、好みが変わらなかったってことがびっくりだわ。

「そうそう、チョコレートケーキみたいな家にするのよ。おばあちゃん、新築祝いにチョコレートケーキ買ってくれる?」

「もちろんよ。由美ちゃんの好きな『ミヤザキ』のチョコレートケーキね」

 

 祖母は、私の家の完成を待たずに他界した。母が葬儀の後で話してくれた。

「おばあちゃんね、最後の方でね、もう自分でベッドから立てなくなってから、私にタンスの引き出しにある預金通帳をみてくれっていうの。由美ちゃんちの新築祝いにチョコレートケーキを買ってあげるくらい残っているかしらって。『チョコレートケーキなら、毎日買ってあげられるくらい残っているよ』って言ったら、うれしそうに『そうかい。じゃあ、お母さん、由美ちゃんちのお祝いごとには、それで、ミヤザキのチョコレートケーキを買って持っていってね』って。由美ちゃんの家ができるのを本当に楽しみにしていたのよ」



 スーパーから戻ると、家の前の道路に、小さな真っ白な猫がいた。

 まるで、待っていたかのように、こちらをまっすぐに見て座っている。

「ほうら、よけないとひいちゃうよ?」

 猫は、車より先に、庭に入っていった。

 庭先に車を止めて降りると、今度は足元にまとわり付いてくる。猫に限らず、動物が苦手な私は、いままで一度も経験したことがないことだ。

「(動物は)こっちが嫌っていれば、近づいてこないはずなのに…」

 困惑しながらも、そのまま玄関へ向かう。かばんの中から、家の鍵を出す間、猫は、玄関ポーチの下で、首をかしげて見上げていた。

「まさか、家の中には入ってこないだろう」

 そう思って、白い玄関の戸を開けると、そのまさかが起きてしまった。猫は、私の足元をすり抜け、開いた扉の中へ入っていく。

「えっー」


 玄関を入った猫は、すぐに見えなくなった。

 私も慌てて中に入り、靴を脱ぐ。廊下を抜けて、リビングに入ると猫はいた。夫が寝ているソファーの周りをくるくると走りまわっている。

 夫はソファの上から、間抜けな声を出す。

「おかえり~」

 夫の実家には猫がいるので実家にいるような気分なのかもしれない。

「ただいま」

 思わず答えたが、猫、どうしよう……。

 買ってきたものを持ったまま、リビングを抜けてキッチンに入ると、勝手口が目についた。冷蔵庫の前に荷物を置き、勝手口の扉を開いて振り返ると、猫がキッチンの入り口からこちらをのぞいていた。そのまま、まっすぐ勝手口をめがけて走ってきて、入ってきたときと同じように、足元をすり抜けて出て行った。

 ほっとしたら、今度は夫が心配そうな声でキッチンに入ってきた。

「猫、でてっちゃったの?大丈夫?」

 どうやら夫は、私が夫に内緒で子猫をもらってきたと思ったらしい。


 今では、あの白い猫は、祖母だったと思っている。だって、動物ぎらいの私に猫がなつくなんてありえないし、あれ以来、家の近くで、白い猫をみたことはないのだ。

 きっと、祖母は、私の新しい家をみたくて、ちょっとだけ戻ってきたんじゃないかと思う。ほんの少し、霊感のある人だったから、それぐらいのことは、きっと出来るだろうと確信している。

 だから、もう少し長い時間、家の中にいさせてあげればよかったと後悔している。せっかく、おばあちゃんが大好きだった甘酒を買ってきたのに……。


2011年11月5日完成

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