ご
「どういうこと? 嘘でしょ? 変な冗談言わないでよ。本当に心配しちゃうじゃん」
「……冗談でこんなこと言わないよ」
…………
何がいけなかったのだろうか。僕には分からない。
医者になればよかったのか、それとも祈祷師にでもなって祈りを捧げればよかったのか。
それからの雰囲気は驚くほど明確に暗くなっていった。
みっちゃんとプテラはプラネタリウムを分解する作業に入り、僕は何も出来ずにただ泣き続けるアリスの側にいた。
「それじゃあ、あたしたちは帰るけど……チヒロはどうする?」
僕は帰る気にもならなかったので、その場に残ることにした。アリスの近くにいることでなにかできるかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら。
「ねぇ」
アリスは泣き疲れたのかそれ以上瞳から雫がこぼれることなく、
「何がいけないのかな?」
さっき自問したことを尋ねてくる。
そして声を震わせながら必死に言葉を紡いだ。
「あたしは、ね。ただ、好きな人と一緒にいたかっただけなの。出来れば家族になれたらいいなぁって思うけど、そこまで高望みはしない。せめて、手をつないだりキスしたり……全然ドラマチックじゃなくいいから、普通の、あたしと同じくらいの女の子がしているようなことがしたいの」
アリスは涙をぐっと堪えた。
僕しか見ていないんだから全部吐き出しちゃえばいいのに、アリスは……堪えた。いや、堪えてしまった。
「それでも……それでもまだ、贅沢なことなのかな?」
その何もかもを諦めてしまった台詞に僕は違う、そう言いたかった。
だけど、そんな残酷なことを口にする勇気はなかった。だって僕にはそれを叶える力も資格もないから。絶対という保証はないから。どこの誰だか知らないアリスの思い人を見つけて、連れてきてあげる。そんな些細なことすら出来るか分からない。この間のアリスとの約束だって屁理屈をこねただけだ。いや、屁理屈すらこねることが出来ていない。ただ理不尽に約束を守ったと言い張っただけだ。
だから、だから僕はせめてもの悪あがきをした。本当に醜くて、最悪の悪あがき。
「僕じゃ、ダメかな?」
アリスは驚いたように僕を見た。
恥ずかしさで逃げ出したくなるが、そこは我慢した。ここで逃げたらゴミクズだ。むしろ僕なんかと一緒にしたらゴミクズの方が可哀想なくらいだ。
「だから、僕はアリスの恋人になることは出来ない。キスをしてあげることも出来ない。やったこと無いからやり方分からないけど……ああ違う。そんなのはどうでもよくて……」
僕はとてつもなくグダグダになりながら、
「もし、アリスがよければ手を握ってあげることは出来る。なるべく側に居てあげることは出来る。寂しくなったらいつでも話せるように、お菓子が食べたくなったらすぐに買ってきてあげられるように……それじゃダメ、かな?」
アリスの瞳からは堪えていたものが流れ出ていた。
「うぅ」
口からは嗚咽が漏れた。そしてもう一つ予想もしなかったものが漏れた。
「こんなあたしじゃダメなの?」
僕は一瞬戸惑った。ごめん、一瞬は嘘だ。現在進行形だ。
「ぇ? どういうこと?」
僕が尋ねるとよりいっそう嗚咽が激しくなる。
「ぅぅ……こんな気味悪い姿だったら、仕方ないよね。……ふぇぇ。もっとおしゃれで可愛い子の方がいいよ、ね。っう、ぅぅ。っひ。ごめん、なさい」
「え、いや、あの。アリスは可愛いよ!」
僕はどうやらテンパるととんでもないことを言い出すらしい。
アリスは少し嗚咽が治まり、
「……ぅう。あり、がと」
「あ、どういたしまして……。じゃなくて! なんで泣いてるの? 僕には分からないんだけど……」
と思ったのもつかの間、嗚咽は元に戻ってしまった。
「だ、だってぇ。っひ、ぅ……チヒロが、ぅぅ、恋人になれへんってぇ、ゆうたからぁ」
「あ、あれは、アリスのことは前から、す、好きだったし、出来ればけけけ、結婚っ! は、早いけど、付き合いたいなぁとは思うけど、アリスは僕と付き合うなんて嫌だろうなぁと思ったわけで……えっ?」
「……えっ?」
何言ってんだぁぁぁああああああああああああああああああああ。
どうしよう、フォローしないと。
「あ、今のは……」
僕が言いかけたところで、
「ホ、ホンマかぁ? 今言ったこと」
「……ホンマ」
僕はそこで諦めた。
もうどうなってもいいや。好きってこと伝えられたし満足だ。我が人生に一片の悔い無し、なんて世紀末覇者になってみたりもした。
「ホンマにホンマか?」
アリスさんは驚きのおかげというかせいというか、すっかり嗚咽は止まっていた。
「ホンマにホンマ。東京弁だとマジでマジです。もう恥ずかしいんで勘弁してください。忘れてください、お願いします」
と懇願するも、
「イヤや」
と返されてしまう。満面の笑みで。
それから表情を保ったまま標準語に戻って、
「あたしも……、あたしもチヒロのことが好き!」
「……ホンマか?」
「うん。ホンマホンマ。東京弁だとマジです」
真似されてしまったがツッコミを入れる余裕は今の僕にはない。
だから、黙る。よく分かんないから黙る。黙秘権を行使する。僕にあるのかどうか知らないけど。
でも、先に沈黙に耐えられなくなったのは僕の方で、
「あのー、よければ付き合ってもらえませんか?」
なんてもの凄く腰の低い告白をした。いや、告白はさっきしたな。だからこれは、交際のお願いだ。
それにアリスは笑顔でこう答える。
「はい。こちらこそお願いします。でも一つだけ条件、というかお願いがあるの!」
僕とアリスの交際はこうして始まった。星空計画第二弾をやるという条件付きで。
短い連載でしたがここまで読んでくださってありがとうございます。
初めての恋愛もの初めての連載完結と初めてだらけでしたが、なんとか上手くいきました。
そして楽しかった!
中途半端に感じる方もおられると思いますが、この作品はこれで完結です。続きを書く予定はありません。
自分の中では続きの話もあるのですが、今回は読者の方々に任せることにしてみました。もちろん想像しないでこれで完結でもOKです。
では、また別の作品で会えることを楽しみにしています。