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翌日、僕は一日中自宅(新居)で悶えていた。
なんとかするってどうするんだよ。僕は本当に馬鹿なのか。よくもまぁ大学に受かったもんだ。
「うわー、本当にどうするんだよ」
などと自己嫌悪に陥ってもなかなか事態はよくならない。
こうなったらネコの手でもヤクザの手でも借りてやる! そう意気込んで電話をかけたのは、ネコの手でもなんでもなく馴染み深い、よく知った手だった。
「それで、どうすんだよ。まさか土下座して謝るとか言い出すんじゃないだろうな?」
「違うと言い切りたいところだけど、最終手段はそれしかないかと……」
僕は京王線沿いの自宅近くの駅前のマクドナルドでプテラと二人でポテトをつまみながら必死に知恵を絞っていた。
「まぁ、アリスなら許してくれそうだけど……。それじゃダメなのは分かってるよな?」
分かってるよ。もう死ぬほど分かってるよ。
「医者に頼んで外出許可もらうとかは?」
「アリスの様子みただろ? 一応候補に入れるけどさ……」
「だよなぁ」
三人集まれば文殊の知恵とは言うけれど、残念ながら一人足りない。みっちゃんはさっそくバイトの面接に行っているらしく、今日は来れないようだ。
目の前にいる男はヒモになるつもりなのだろうか。一度もバイトをしているなどという話は聞いたことがない。
「本当になんでそんなこと言っちゃったんだよ」
僕だって知らないよ、という文句は心の中だけにしておこう。自業自得だし。
じゃあ、どうすればいいんだ。外に連れて行くのはダメ。そしたら……
「あ、一つだけ思いついた」
そうだ。これしかない。
「何を?」
「ごめんっ。先帰る!」
僕はすぐさま店を後にした。
次の日、僕は学校もないのにアラームを七時半にセットして、昨日自宅近くのスーパーやコンビニから集めた段ボールと格闘していた。
どれだけ必要なのか分からなかったためとりあえず三十箱ほどもらってきた。そのせいで段ボールは新築とは言えない1LDKのアパートを家主よりも広々と使っていた。
このままでは何も出来ないので、さっそく入学祝いで両親に買ってもらったノートパソコンのCPUを十五パーセント程使用して、現実世界から一時離脱し電脳世界を堪能する。
昨日ブックマークに登録しておいたサイトを表示すると、そのページを開いたまま段ボールとの格闘を再開する。
それからゲシュタルト崩壊しそうなくらい段ボールとの格闘、いや、全面戦争をしていると段々と時間の感覚が薄れてきた。
ふぅ、と息をつき辺りを見渡す。
段ボール、段ボール、段ボール、テレビ、段ボール、段ボール、段ボール、冷蔵庫、タンス、段ボール、奥の方にトイレ、段ボール、パソコン、段ボール、段ボール……
僕は気が狂いそうになったので、時計に目をやり現実を見つめ直す。
十二時半。まだまだ終わる気配がない。
そうだ、紙とペンがない。
思い出すと、まだ開けていない“段ボール”を開けて、学校用の道具を取り出す。また段ボールかよとか思いながら目的の紙とペンを取り出し、すぐに蓋を閉めてその上からすでに潰れている段ボールをかぶせた。
もうみたくない。素直にそう思った。
そろそろお腹が空いてきた頃だけど、大変遺憾なことに食事を作る気力も材料もない。
しかし、生理現象に逆らう技を習得した覚えもない。どこかで教えてもらえるなら是非ご教授願いたいところだ。言い値を出そう。三千円まで。
出前を取ろうか本気で悩んでいると、この家に来て初めてのチャイムが鳴る。
その後から聞こえてきたのは、よく知った声だった。
「おーい、居るんだろ? 入るぞ?」
ガチャ、という音とともに入ってきたのはみっちゃんとプテラだった。
「うわ。酷い部屋。どれだけ荷物持ってきたの?」
みっちゃんが侮蔑の視線を飛ばしてくる。
いや、これは違うのよ。
唯一分かってくれたのは男友達の方だけだった。
「思いついたって、コレ?」
「まぁ、うん。コレ」
それから僕は必死に状況を説明した。
「もう一度言う。思いついたって、ソレ?」
「まぁ、うん。ソレ」
「チヒロらしいっちゃチヒロらしいよね」
「そうだけどさぁ……」
二人は文句を言いつつも手伝ってくれた。あと、みっちゃんがご飯を作ってくれた。おいしかった。
三人で小学生時代を思い出しながら図画工作の作業を進めてると、プテラがよく分からないことを言い出した。
「そう言えばこれってなんて名前なの?」
「いや普通にそのままでしょ」
とみっちゃん。
「でもなー。なんかこう、なんとかプロジェクトみたいな方が盛り上がるじゃん」
「いやそれ意味わかんないから」
「なんて言うか、いっそのこと小学生みたくなりたいわけよ」
「よく分かんないけど、そっちのがやる気出るならそれでいいんじゃない?」
と達観してらっしゃるみっちゃん。
「まぁ、僕も何でもいいけどなんて名前にするの? プテラが決めてよ」
「いや、そこは発案者であるチヒロだろ」
「なんでだよ!」
「何でもいいから早く手を動かしてくれない?」
と軽くキレてらっしゃるみっちゃん。
んー、決めろって言われてもなぁ。
じゃあ、僕はそう言って言葉が詰まる。なんだか恥ずかしいな、こういうの。
「……星空計画ってのはどう?」
「プロジェクトはどこいったんだよ」
「計画はプロジェクトってことでしょ。もういいから早く作業に戻って!」
と普通にキレだしたみっちゃん。
そんな感じで僕たちの作業は『星空計画』と名付けられた。
星空計画。何かいいかも。と自分のセンスを自画自賛してみたりする。