に
僕は何となく新宿サザンテラス口で中学生時代を思い出しながら人を待っていた。
「よぉ、チヒロ久し振りだな」
「一週間前に会ったじゃん」
僕が切り返すと、
「毎日会ってた奴と一週間も会わないと変な気分になるだろ」
と相変わらず訳の分からないことを言う。
僕とプテラが最後にあったのが地元の空港。僕は引っ越しの都合上プテラやみっちゃんより一足早く島を離れ、飛行機に乗って約五十分ほどかけて日本の首都東京へとやってきた。ま、一応地元も東京なんだけどね。
「そういえばみっちゃんは?」
「あいつならトイレいってるからあとから来るってさ」
そして、みっちゃんとプテラは僕より二日遅れて東京入り。ま、一応地元も東京なんだけどね。←ここ重要。
そしてなぜか二人は同じアパートの二つ並んだ部屋を借りていて、事実上同棲生活を始めているのである。全く爆発しろの一言に尽きる。
お察しの通り二人は高校生の時から付き合い始めている。
そして見事三人は同じ都内の大学に合格したわけで、通学が大変だという理由で引っ越してきたのである。
「おまたせー」
後からやってきたのはみっちゃん。
「じゃあ、行くか」
そしてこの三人が新宿に来て向かうところは一つしかなかった。
僕たちは大江戸線の上をなぞるように東京都庁方面へと足を運ぶ。
実は都庁に行くのは初めてだったりする新米大学生三人はウキウキ気分で歩を進めていた。まぁ、都庁なんてよっぽどのことがない限り、ただの大学生が来ることはない。というか社会人でも来る機会は少ないだろう。
みっちゃんは以前パスポートの申請をしたことがあるらしいが、都庁ではなく観光ついでに池袋のサンシャインで済ませたそうだ。
ちなみにまだ僕は池袋に行ったことがない。チーマーとか怖そうだし。
十五分程かけて都庁に着くとほんの少しだけ休憩。二分程都庁の大きさに圧倒されるとすぐに目的地へと向かった。
そこから右に曲がり携帯片手にふらふらとさまようこと二十分。合計で約三十五分歩いた。公式サイトには新宿駅から約二十五分と書いてあったけど何かの間違いだろう。
そしてようやくついたのが都内某所(ほとんど分かってるけど)の病院だった。
今から考えてみればサザンテラス口ではなく西口に出ればよかったと思う。もっと言えば丸ノ内線を使えばかなりスムーズだったと思う。
僕は扉の前に立ち、ふぅと息をつく。
勢いよく扉を開けると、そこには広い一人部屋があった。そして窓際にはカーテンで遮られたベッドのシルエットが見える。
「開けていい?」
僕が少し慎重になって尋ねると、中からどうぞと懐かしい声が聞こえた。
僕は嬉しくなって僕と彼女を遮る一枚の布切れをどかす。
すると、
もしかしたら開けない方がよかったのかもしれない。そんな風に思ってしまうほど布の向こう側は残酷だった。
僕と彼女――アリスはしばらく見つめ合った。それから少し遅れてみっちゃんとプテラがのぞき込むように顔を出す。そして一様に無言になった。
ベッドに横たわるそれは懐かしさなどほとんど感じさせなかった。髪の艶は薄れ、頬は痩せこけていて、唯一懐かしさを感じたのはほのかに香る綺麗な匂いだけだった。
「驚いた?」
アリスは言う。自嘲のこもった悲しい笑顔で。
「……びっくりしたよ。よくもこんなにガリガリになったね。ダイエット頑張り過ぎじゃない?」
みっちゃんは明るく切り返すが、プテラと僕はまだ何も答えることが出来ない。こういうときはやっぱり女の子の方が強いのだろうか。
「……久し振り。みんなに会えて嬉しい」
そこで何とか、
「……久し振り」
言葉を発することが出来た。
それからはなんとか普通に会話が出来るようになった。
思い出話を中心にアリスの病気には触れないように順調に盛り上がっていった。
懐かしいね、なんて笑うアリスを見ると、なんだか心が落ち着いてきた。
そうだ、アリスはまだ生きているんだ。死んだわけじゃない。これからは毎日病院に通ってたくさん話をすればいいんだ。僕はそんな風に自分を励ました。
「んじゃ、お先に」
「お先にー」
とみっちゃんとプテラはどんな気を回したのか知らないが先に病室を後にした。多分本命はこの後の渋谷デートだろう。本当に爆発してくれないかな。
残されたのは当然僕とアリス二人きり。二人きりなんて言葉を使うと意識してしまうけど。
「……チヒロ」
「ん?」
「ただ呼んでみただけ。チヒロに久し振りに会えたんだなぁって思ったの」
「……よく分かんないな」
思えば四年ぶりになるのか。
長い。本当に長い。何せあのアリスをここまで変えてしまうのだ。
僕は何か変わったのだろうか。んー、身長は伸びたかな。二センチくらい。後は……なんだろ。
「そういえばさぁ。最後に星見に行ったの覚えてる?」
「当たり前だろ」
「その当たり前を忘れたのはどこの誰だっけ?」
「……っう」
……そこをつかれると痛いなぁ。
何か話題変えるか。
「あ、あのさ。体調はどう」
馬鹿か、僕は。病気には触れちゃダメだろ。
「……まぁまぁ、かな? ここしばらくこんな調子だから、悪化しなければいいなぁって感じだし」
「……そう、か」
ほら、気まずくなった。
「あ、そうだ。僕たち高校の時天文部に入ってたんだよ。みっちゃんは女子バスケ部と掛け持ちしてたけど……。それでちゃんと星について勉強したんだ」
僕が必死になって喋るとアリスは綺麗に笑ってくれた。
直後、それがいきなり崩壊してしまった。
吸い込まれそうなほど大粒な瞳からポロポロと雫がこぼれ落ちてきた。
「え、どうしたの? 僕なんか言っちゃいけないこと言っちゃった?」
アリスは痛々しい病衣の袖で目をこすると、
「ううん。違う」
「じゃあ、どうしたの?」
僕はパニックに陥っていた。何をしたらいいのか、何をしていいのか。正解を教えてくれる人物はこの部屋には居なかった。いや、世界を探しても居ないのかもしれない。
「もう一回。あと一回だけでいいから、あの島の星が見たい。そこの狭い窓から見える星じゃなくて」
そう言って窓を差す指は赤ん坊でも折れそうな程細く弱々しかった。
そして僕は何を血迷ったのか、
「分かった」
そう言ってしまった。
「でも、ここから出られないんだよ? どうやるの?」
そりゃそうだよな。それが普通の反応だ。重病患者を飛行機で四、五十分かかる離島まで連れて行くなんて正気の沙汰ではない。
もちろんそんなことをするつもりはない。さすがの僕でも連れて行くだけ連れて行ってはいお終い、ということにはならないということくらい理解できる。
その時僕は自棄になっていたのかもしれない。驚くべきことに次に僕の口から出てきた言葉は、
「なんとかしてみるよ。僕に任せて」
なんてとんでもなく無責任な言葉だった。