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星空計画  作者: 岸田四季
1/5

いち

 僕は空を見上げる。果てしなく深くて黒に染まる空を。

「またこのお空がみたいな」

 隣の少女がそう言うから僕はこう言った。

「いつでも見に来なよ。ずっと待ってるよ」

 少女は嬉しそうに微笑み頷くと、また空を見上げた。



「ねぇ、昨日のテレビ見た?」

 平日の昼。つまり、中学生である僕たちにとってはお弁当を食べる時間にみっちゃんは元気よく話題を振ってきた。

「どんなやつ?」

 すぐさま返答したのがプテラ。僕とみっちゃんとプテラは小学生の時からの幼馴染みで今もこうしてよくつるんでいる。

 そして、

「もしかして、スカイダイビングとかやってた番組?」

 会話に入ってきたのがアリス。一年前に転校してきた『元』転校生だ。

「そうそうそれそれ。あれの無重力体験のとき面白くなかった?」

 スカイダイビングに無重力体験って……もの凄く空を飛びたがる番組だなと思いつつお弁当を箸でつつきながら会話の続きを聞いてみる。

「コーラが鼻に入った時とかすごかったよね」

 視聴者のアリスとみっちゃんは盛り上がっているが、非視聴者である僕とプテラはどこか地に足がついていないような感じだ。

 ちなみにプテラというのはあだ名だ。本名は秋田(あきた)勝頼(かつより)。由来は小学生の時恐竜が大好きで中でもプテラノドンが大好きだったことから省略してプテラと呼ばれるようになった。余談だけどポケモンのゲームをやるときは必ず手持ちにプテラを入れている。本当に余談だけど。

 ついでにアリスってのもあだ名だ。本名は有栖川(ありすがわ)未来(みらい)。由来は……言わなくても分かるよね。関西の方出身らしく、感情的になると関西弁が混ざったりする。社長令嬢だったりもするらしく、何となくだが品がいい気がする。

 そしてみっちゃんっていうのもあだ名だ。本名は早良(さわら)美智(みち)で、最初の頃はみちちゃんと呼んでいたのがいつの間にかみっちゃんに変わっていた。時の流れは恐ろしいものだ。

「チヒロ。明後日の夜暇でしょ?」

 チヒロ、というのは僕の名前だ。間宮(まみや)千尋(チヒロ)。それが僕の記憶と意思表示がないことをいいことに両親が勝手に決めてしまった名前だ。

「え? なんで?」

「話聞いてなかったの? アリスが星見に行こうって話してたじゃん」

「……まじですかい?」

「……まじですよ」

 アリスが言っているのなら本当なのだろう。

 それにしても何で星なんて見に行こうと思ったんだろ。小学生の時はよく一人で行ってたんだけどなぁ。


「よっしゃ、ついた!」

 学校から自転車をこいで三十分ほどのところにある山をひたすら登り続けて約一時間。ようやく辿り着いたところはこの島一番の天体観測スポットだ。自称だけど。

「プテラ。望遠鏡出して」

「どこにあんの?」

「はぁ、学校から借りてきてって言ったじゃん!」

「……うっそ」

「もー、何のためにあたしが三脚持ってきたと思ってんの?」

 そんなこんなで三脚のみの天体観測が始まったわけである。どうすんだ、ホントに。

 ねぇ、アリスはそう言って僕の袖を引っ張る。

「あれってなんて星座?」

「どれ?」

「あれだよ。あれ」

 頑張って指し示しているようだがイマイチ分からない。

「はくちょう座のこと?」

「はくちょう? んーどこがはくちょうなの?」

「いや、あれが頭で……」

 と首がもげそうなほど見上げながら説明する。

「それで、はくちょう座のデネブとこと座のベガとわし座のアルタイルを結んだのが夏の大三角形。一番光ってるからわかりやすいでしょ」

 小学生の時に覚えた知識をひけらかすと、アリスはとても喜んでくれた。

「ああ、分かった! あれかぁ」

 子供のようにはしゃぐアリスの横顔を見つめるとなぜかもやもやした。

「で、ベガとアルタイルが織姫と彦星だよ。今日はあんまりよう見えないけど、間にうっすら天の河があるの見えない?」

「ああ、多分見えた」

 その時、もやもやの正体がはっきりとした。

 僕は確か小学校低学年くらいの時、その日初めて会った女の子とここに来たことがある。今思えば出会った初日に女の子を夜のデートにお誘いするなんて羨ましい以外の何物でもない。

 そしてその時、また一緒に見ようね、的なニュアンスの約束をした……気がする。正直、五年以上前の話だ。あまりよく覚えていない。でもなぁ……。

「どうしたの? 何かついてる?」

 アリスは不思議そうに自分の顔を触る。

「あ、いや、違うんだけどさぁ……」

 少し挙動不審がちになるとアリスはにこやかに、

「もしかしてなんか思い出したん?」

 あー、これってやっぱそうなのかな? そうだよね、アリス関西弁になってるし。言うしかないか。

「あー、えーと。僕たちさぁ。ちっちゃい頃に会ってない?」

 瞬間、アリスの顔に花が咲いた。

「やっと思い出してくれたん? ウチもあんま覚えてへんから不安やったけどやっぱそうやったんやぁ」

 アリスさん。関西弁でまくってますよ、と言いたいところをぐっと抑え、感傷に浸る。

 今日来ようって言ったのってこれだったのかな。

「あーやっぱり?」

「うんうん。いつから気がついてた?」

「……正直、今思い出したって感じ」

「ヒドい。あたしは最初から気がついてたのにぃ……」

「うぅ……ごめん」

 僕は謝ることしかできなかった。言ってくれればよかったのに、っていっても無理か。さっき僕がそうだったように間違えたらどうしようっていうのがあったんだろうなぁ。

「じゃあ、アリスっていうのもチヒロじゃないの?」

「どうゆうこと?」

 僕がそう尋ねるとアリスはすねた顔をする。

「ちっちゃい頃にチヒロがよく分かんないからアリスってつけたんでしょ! そんなことも忘れちゃったの?」

 ああ、そうかもしれない。僕はちっちゃい頃、不思議の国のアリスが大好きで繰り返しビデオを見ていた。多分その影響で子供の頃の僕にとって難しかった『有栖川』というのを『アリス』と略したのだろう。そして、転校してきたアリスにみっちゃんが『アリス』というあだ名をたまたまつけたってわけだ。

 だから僕は、

「……ごめん」

 また謝る。

「ま、いっか。最後には思い出してくれたんだし」

 僕は何か引っかかってなんで、と聞き返した。

 思えばこの時からだったのかもしれない。アリスが一人で抱え込んでいたのは。

「あたしね。もうすぐここを離れるんだ」

 唐突にアリスはそう言った。

「……え」

 僕の中の何かが抜けるような感覚に陥っていると、向こうで仲よさげに星を眺めていたみっちゃんとプテラが食いついてきた。

「どういうこと? 病気の療養でこっち来てるんじゃないの?」

「そうだよ。この島にすごい医者が居るんだろ?」

 アリスは少し困ったような表情を見せるが、ちゃんと説明してくれた。僕としては正直聞きたくなかったけど。

「こっちにはあたしが無理言って来ていたの。本当は新宿区の病院に移る予定だったんだけど、自然豊かなところで療養が必要とか適当な理由つけて来たの」

「でもなんでそこまでしてここに来たの?」

 みっちゃんが尋ねるけどアリスは頬を少し赤らめるだけで答えようとしない。ただ、

「……恥ずかしいから」

 そう言った。


 数日後、クラスメイトなど数人を集めて小さくお別れ会を開いた。アリスはそれすら嫌だと言ったのだが僕たち三人は無理矢理お別れ会を開くことにした。

 子供たちだけで島の集会場を借りるわけにもいかないので僕の家で行うことになった。

 その時は本人を含め誰も口にしなかったが、誰もが知っていた。アリスの病気はどんどん悪化していると。そうでなければ突然新宿の病院に移るなんてことはないからだ。だからかもしれない。その日のみんなのテンションはやけに高かった。

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