モテる殿下(アルト視点)
「……ふぅ、ようやく片付いたな」
執務室の窓から差し込む夕日が、机の上の書類を赤く染めている。そこには、確認しなければならない書類の山ではなく「確認を終えた」書類の山だけが残っていた。
背中にクッションを挟んだまま、ラインハルト殿下は優雅にペンを置いた。クッションの恩恵か「女性の神秘」へのあくなき探求心の賜物か、今日の公務は驚くほど捗った。
だが、ふと我に返る。
「殿下……。よくよく考えたら、殿下は学園一、いや国一モテるじゃないっすか。令嬢たちが列をなして、隙あらば誘惑しようと狙ってるはずなのに。……なんでそんなに、俺の受けた感覚に興味を持ってるんすか?殿下ならたくさん押し付けられてきたでしょう?なんなら、堂々と触れられる立場でしょう?」
俺の問いに、殿下は窓の外の庭園を見つめたまま、少しだけ自嘲気味に口角を上げた。
「……アルト。私は確かに美しく、君が言うようにモテる。だが、私が女性に手を出せば、それだけで王家を背負った大きな意味を持ってしまう。……自分の意思だけで誰かに触れられるほど、この身は自由ではない」
その横顔は、いつもの完璧な王子様そのもの。
「……そっすねー。殿下が女たらしだったら、俺はもっと後処理に苦労しながら側近やってたんでしょうね」
「おや?後処理してくれるのかい?」
「まぁ、ほどほどでしたら」
俺は思わず、さっきまで検証に使っていたクッションをぎゅっと抱きしめた。
俺みたいに「モテない!」と騒いでいられるのは、誰にも縛られずに「誰かを好きになれる」自由があるってことなのかもしれない。それなら環境に縛られる殿下の色恋沙汰の後処理くらい多少やってもいい。すると殿下は、少し嬉しそうに言う。
「この国の法律では、夫婦になれるのは1人だけだろう?王家も貴族も庶民も…モテたとしても、本当に愛せるのは一人だけだ。」
殿下がぽつりと呟く。その声は、執務室の静寂に溶け込む。
「大勢に囲まれるよりも、愛する人に愛されなければ、そこに意味はないからね……」
愛する人に、愛される。それが大切なのは分かっている。けれど実際…自分に熱烈にアプローチしてくれる女性を『可愛い』とか『嬉しい』と思う気持ちはあるはず。それを味わえるのはやはり羨ましい。それに…
「でもですよ?モテる人間だからこそ愛する人間に愛される確率が上がるというものです。」
「それもあるね」
くくっ、と笑う殿下はどこまでも勝ち組だと思う。
そして、ふと思い出した。
「……あの、殿下。……殿下って、エレオノーラ様のことが気になっていたりしないんすか?」
心臓が少しだけ、やけにざわついている。
もし、殿下が本気で誰かを望んだなら…。それは誰も覆すことが出来ない制約となるだろう。




