アピールはいつもしている。
「……はぁ。」
自分の掌に残る、唇を押さえたときの熱を思い出しながらため息をつく。
「アルト様、本当に罪な人だわ。私の恋心が、一向に好意として届かないのだもの」
「確かにここまで鈍感なのは罪が重いってもんよ。」
サティは、彼へ行った私のアプローチ遍歴を知っている。
夜会で視線を送り、毎回自分から声をかけた。手紙を書いてお誘いもした。
しかし彼は「困ったから頼りやすい俺に助けを求めたのだろう」と、あまりに誠実で事務的な対応しかしてくれない。
「状況が状況なだけに…難しいものね。」
この状況を作ってしまった日の事を、私は何度も思い出す。
…
病弱なお父様が、体調不良で夜会を欠席するとした日のことだった。お父様ラブのお母様は勿論お父様に付き添うと言う。
我が家にとってはいつもの体調不良。しかし心配な体調不良…
だけど、こう何度も夜会をキャンセルしては変な噂が立つものだ。
「お父様、お母様…私、一人で本日の夜会へ向かいます。」
…急な事で親戚も頼れない。だから、私はその日、一人で参加する事を決意した。お父様ラブのお母様を無理やり引き剥がし連れて行こうなんて思えない。もし、本当に何かあった時の為にもお母様が傍にいた方がいい。
「そんな、一人で夜会になんて…」
「いいえ、お母様。お父様は少し不調なだけであり、私一人で夜会を訪れても問題ない…優秀な後継者がいると示して参ります。」
私はお母様を安心させるように笑い、さっさと護衛を連れて夜会へ向かった。
本当はとても怖い。
私が何か1つでも間違えれば侯爵家の名に傷をつけてしまうのだから。
それでも、私がしっかりしなければ…
病弱な父の負担を、少しでも軽くしたい。侯爵家に、たった1人しか生まれなかった後継者である私を「奇跡の子」だと喜んでくれる両親の役に立ちたい。
密かに手を握り、姿勢を整え、会場の大きな扉の前に立った。案内役の男が、私の姿を認めると、会場全体に響き渡る朗々とした声で私の名を告げる。
会場に入った瞬間、お父様譲りの深緑の髪色と瞳で、誰もが「侯爵家の令嬢」と認識した事だろう。その視線はひどく痛かった。それでも、一人でもなんてことないという顔で殿下へ挨拶に向かったのだった。
すると殿下は、挨拶に訪れた私を見た瞬間に状況を察してくださった。昔からそれなりに顔を合わせる機会があったからだろう。
「アルト、今日は彼女のエスコートを頼むよ。彼女は優秀だ、とても勉強になることだろう」
その言葉に、私は心底ホッとした。殿下の側近となる人物が側にいてくれるなら、他の貴族達は私を無下には扱わないだろう。こうした配慮をしてくださるのも、お父様の積み上げてきた信頼と実績によるもの。一段と気を引き締めてエスコート役を言いつけられた者の動きを見た。
(最近、学園でモテない!って騒いでいたわね…私のエスコートさせてしまって女性との機会を奪ってしまったわ。申し訳ないけれど、とても心強い…)
同じ学年の彼らはとても目立つ存在。だから話した事は無くても何となく知ってはいた。特に側近の中でも賑やかなアルト様の声はよく耳にする。
(この時間を上手く乗り越えられるかしら…。手腕に心配は無いのだけど、エスコートの間気まずいのも…)
一瞬そんな心配が過ぎったのに、彼は驚くほど完璧に私をリードしてくれた。歩幅、姿勢。そして挨拶に向かう順番まで適切に提案される。けれど、不意に視線が合うと、一瞬固まったり、わずかに視線を逸らす。
「ご気分が優れませんか?」
「い、いえ!!元気っす。じゃない、ぁ…その…申し訳ございません、美しい女性が…こんな近くで、その状況に慣れてないだけです。」
その言葉を聞いた瞬間。私の中に雷が落ちて来たかのような衝撃が走った。
…た。
…たまらない!
なんて可愛い!!
…はっ!!
……コホン。
いけない、新たな性癖を開花させている場合ではない。
父の不在を隙と見た貴族たちが、私達に不利な契約や難題をふっかけてくるから。
(笑顔で意地悪な質問ばかり。…きっとこんな小娘が難しい事など分からないと思っているのだろうけど。絶対に負けない。私がいれば我が侯爵家につけ入る隙など皆無だと示すのだから。)
私は一息置いてから、彼らに怯む事なく挨拶と話を進めていった。不利な契約はもちろん結ばない。人の流れの変化、隣領で流行の兆しがある病への対策、そしてそれぞれの土地特有の話題……。華やかな夜会に相応しい浮ついた会話など、そこには欠片もなく対応を続けた。
気が付けば、領地経営の殺伐とした実務の話ばかり。周囲の殿方たちからは、きっと「可愛げのない令嬢」だと思われたに違いない。
(それでいい、私の所に誰が婿に来ても言いなりにはならないわ)
隣で支えるアルト様の視線を感じながら、一歩も引かなかった。
そうして、話題も一段落した頃。
「おやおや、これは侯爵令嬢ではございませんか。入場はお一人でしたな?侯爵閣下のお加減はよほど優れないと見える」
脂ぎった笑みを浮かべた傲慢な態度の男性が、私たちの行く手を阻むように現れた。その横には、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる彼の息子が立っている。
この家は、確か金遣いが荒いことで有名だったはず。
「女性の身一つでは、これから家を守るのも大変でしょう? いかがかな、我が息子と貴女なら将来も安泰だ。お父上も安心される……『男の跡継ぎ』がいなかったことを、悔やまずに済むというものだ」
その発言に指先が冷たくなる。
やっと来た縁談はコレなの!?
それに、ズケズケと一番言われたくない言葉を浴びせてくる。随分と下に見られた態度だ。なんて返してやろうかしら?と思った瞬間。
アルト様が一歩前に出た。
「失礼、お言葉ですが」
その凍てつくような冷徹な声に、相手が怯んだのが分かった。
「…君は…殿下の側近のアルト君だったか?」
「ええ。…早速ですが、先ほどのお言葉聞き捨てなりません。私はむしろ、侯爵家の跡取りがエレオノーラ様お一人であったことを、幸運だと思っていました」
アルト様は表情一つ変えず、けれど会場中の注目を集めるほど堂々とした声で続けた。
「彼女のように優秀な令嬢に、もし兄弟がいたとしたら……。その兄弟は、あまりの器の違いに肩身の狭い思いをすることになったでしょう。侯爵閣下が、今日この場を託された理由が、私にはよく分かります」
私は、彼の横顔を呆然と見上げた。
「男だったら…」と周囲から否定され続けてきた私を、彼は「私一人で良かった」と全肯定してくれた。
「ふんっ、娘一人に何ができるというのだ」
ニヤニヤと笑う子爵に対し、アルト様は鋭い眼差しのまま追い打ちをかける。
「そこまで仰るからには、隣にいらっしゃるご子息は彼女に匹敵するほど優秀なのでしょうね。……ぜひ、その輝かしい経歴を伺いたい。殿下にエスコートを任せられた私より…さぞ立派なのでしょう」
アルト様の静かな問いかけに、視線を泳がせ、言葉に詰まって口をパクパクとさせた。殿下の側近であるアルト様を前に、何も言い返せるはずがない。
「……ふん、無礼な! 行くぞ!」
結局、相手は捨て台詞を残して逃げるように去っていった。
嵐が去った後のような静寂の中、私は呆然とアルト様の横顔を見上げていた。
「…助かりました。」
「不躾な輩を追い払うには、事実を述べるのが一番ですから」
私にとって、彼に恋心を抱かないなんて無理な話だった。
(……この人を、離したくない)
…そう思ったのだけど。
この出来事のせいで、私の恋心は一般的なアプローチをしても通じない。何をしても「今、助けが必要なのだろう」と思われているから。
それでいっそ、好意をハッキリとさせてしまおうと思い、お父様にお願いして打診したというのに…来たのは伯爵家の長男なんて。きっとこの打診は、アルト様を指名したものだと知りもしない事だろう。
彼にとって私のアプローチは、どこまでいってもモテのうちに入らないのだった。




