モテ期は突然に
今日。
私とサティは騎士団の演習場へ来ていた。
目的は勿論、伯爵家次男の偵察。
長男とエリザの縁談が裏でまとまったと報告がり、公式発表を待つのみとなった。しかし、それで「じゃあ次男を!」と言われても面倒だから先手を打つ事にしたのだ。
時短である。
騎士団の演習に訪れる女性は貴族も平民も含め多い。恋人がいるなら、きっと観覧に来ているはず。いなければ、そっと良さそうな縁を後押ししても良い。
しっかりと周りを観察しなければならない…のだけど…。
アルト様に予想外の事が起こり、私は気持ちが沈んでいた。
「はぁ~」
「まぁまぁ…まだ婚約者が決まった訳では無いんだから」
「そうだけど…」
最近の彼…アルト様はおかしい。
いつもなら「あー! モテたい!」と公開しても問題ない愚痴をダラダラ話している彼が、ラインハルト殿下の傍らで静かに控えている。その表情はどこか憂いを帯びていた。殿下を見るついでに彼が視界に入った令嬢達の反応は…
「ねぇ、 アルト様、最近なんだか凛々しくなったと思わない……?殿下が指導してくださったのかしら?」
「ええ。前みたいに騒がなくなったわよね。愚痴っぽくなくなったし…あの横顔、意外と素敵かも……」
通りすがりの令嬢たちのひそひそ話が、私の胃をキリキリと刺激する。
「うう…」
私は、彼のモテ期到来を予想していなかった。
私だけが彼の良さを知っている…なんて優越感は今や昔の話。騒がないアルト様には、有能で殿下の側近候補というパワーワードしか残っていない。更には素材の良さが全面に出てしまっていた。
栗色の髪、誠実そうな瞳、そして殿下の公務を完璧に支える有能な背中。
「私が先に目をつけたというのに!」
「ノーラ、顔が怖いわよ。」
隣でサティが呆れたように声をかけてくる。
「……当然でしょう。…ハイエナのような令嬢たちに狙われているのを指を咥えて無事を祈るしかできないなんて」
「ハイエナって。ノーラも大概だけどね。……で、伯爵家の長男の計画はどうなっているの?」
私は懐から忌々しく手帳を取り出して開いた。そこに記されるのはエリザの誕生日パーティーの予定。同じページに挟まれているのはその招待状だ。
「それが……20日後にエリザさんの誕生日パーティーがあるとかで…その日にエリザさんに正式な愛の誓いとやらをするんですって。どうやらエリザさんの家から凄い額の支援や物資の提案があって、伯爵様を説得出来たらしいわ。」
「じゃあ計画は大成功?」
「ええ、後はエリザさんの誕生日パーティーで公式発表を終えるのみ。」
「やったじゃない」
「嬉しいけど…まだ先だわ…。アルト様に素敵な令嬢からアプローチが入ってしまう…」
彼は、一度「これだ」と決めたら一直線な人間だと思う。
もしどこかの令嬢が「ぜひ私と婚約を!」なんて言い出したら、モテないと騒いでた彼は喜んでその手を取るだろう。
彼はその「正論と誠実さ」をすべてその令嬢に捧げてしまうに違いない。
「……耐えられないわ。」
「そうよねぇ」
私は今日の学園での出来事を思い出す。
いつも通りアルト様を凝視していたら。視線に気づいたのか、アルト様がふとこちらを振り返った。
そして目が合うと…彼は何故かひどく狼狽し、殿下の背後に隠れるようにして去っていった。その反応…はあまりに過剰すぎるし、挙動が不審すぎる。
「きっと………ファザコンだと思われたのよ!!もう終わりだわ!!」
私は頭を抱えて泣き出さない様に顔面にグッと力を入れる。両親と会えるのは学園の長期休暇のみ。不意に会えたらそりゃあ嬉しいのだ。だから、いつも通り抱きついてしまった…あれがいけなかったんだ…。
普段、あんなに澄ました顔をしていて、お父様にデレデレのファザコン令嬢に見えたに違いない。
「うう…ファザコンは印象最悪よ…」
「ノーラとお父様は仲がいいものね?スマートでカッコいいし、病弱な所も助けてあげたくなるわよね」
「それ、お母様の前で言ったら我が家を出禁になるからね?」
「ひぇっ、相変わらずラブラブな事で」
ケラケラ笑うサティはどこまでも他人事で、その性格が私の気持ちを軽くしてくれる。




