あの人の考える事。(アルト視点)
翌日の午後。
俺は重い足取りで生徒会の執務室へと向かっていた。
手には、昨日捕獲した鳥に関する報告書。そして、侯爵家の近頃の動きやエレオノーラ様について調べたもの。
調べてみれば…特に怪しい部分も無かった。だからこの資料を渡す事に何の懸念もない。
しかし、俺の心の中には、昨日からこびりついて離れない「ある言葉」があった。
『じきに我が侯爵家のモノになるのだから…』
エレオノーラ様のお父上……侯爵様が、俺の頭を撫でながら放ったあの言葉。我が伯爵家を全て侯爵家に取り込もうとする「捕食者」の宣言だったのではないか。
そしてエレオノーラ様自身も…計画は順調だと話していた。
頭を悩ませながらノックをして部屋に入る。
「昨日の鳥の件、並びに侯爵家周辺の状況について報告に来ました。」
生徒会の執務室に入ると、殿下は相変わらず優雅な手つきで羽ペンを動かしていた。俺の声を耳にしても、顔を上げずに応じる。
「ああ、アルトか。どうだった?」
報告書を机に置くと、説明を加える。
「鳥については、闇ルートで取引された可能性が高いようです。その時点でろくな飼い主ではありません。鳥に残る痕跡からも犯人の特定を急いでいるそうです。」
「そうか」
もう一つの資料を握る手に力が入る。それも差し出しながら殿下へ報告を続けた。
「侯爵家、そしてエレオノーラ様の動きについても調べましたが特に怪しい所はありませんでした。伯爵家への打診以降も兄上と交流の機会がある程度のようです」
「特に怪しいところがないなら良かったじゃないか。それなのに随分と顔色が悪いね。失恋でもしたかな」
「……冗談はやめてください」
鳥についての報告書に目を通していた殿下が顔を上げ、その蒼い瞳で俺を真っすぐ見た。報告と…このモヤモヤした気持ちを晴らしたくて言葉を続ける。
「鳥の事件もありましたから…昨日、エレオノーラ様を王都の別邸へ送り届けました。その別邸で、侯爵様と接する機会がありました。その時…侯爵様は俺を『じきに侯爵家のモノになる…』と仰いました。他にもエレオノーラ様に『話は進んだのか』『手間取っているな?』と。……会話はあまりにも不穏なものでした。」
心臓の奥が、ぎりりと軋むような…そんな痛みがドクドクと響く。
パンを分け合い、俺の言葉に耳を傾けてくれたあの柔らかな時間。あれら全てが計算だったとしたら。
「言葉だけを聞くならば、彼女は我が伯爵家を取り込むつもりなのか…それに近い何かがあるのかもしれません。」
俺はどう言葉を続けるか必死に考え、報告を続けた。
「……ですが、殿下。不可解なのです」
「何がだい?」
「間近で話した侯爵様は、噂通り病弱の様子で…悪事を企てるギラギラとしたものを感じませんでした。娘を温かく見守り、案じるようなお方だと感じました。更には、エレオノーラ様です。鳥を捕らえる事が出来たのは、彼女が率先して動いたからです。彼女の協力がなければ野鳥の捕獲などまだ先になっていたことでしょう。…それらの態度にはまったく、悪意が見えないのです。」
目の前で、何か企みがあるのだろうと察する事ができるやり取り。しかし、肌で感じた「温かな人間性」という事実。
そのギャップが、俺の頭の中を一層分からなくする。
「もし、あれが全て演技なのだとしたら、俺は……側近候補として、あまりに無能です。人の本質を見抜けていない。」
殿下は腕を組み、椅子の背もたれに深く体を預けた。そして、くっ、と喉を鳴らして笑った。
「これから奪おうとする相手の前で、臭わす言動をするようなポンコツには見えないけれどね?両者共に」
「そうですね…」
「何かしら考えて動いている事があるのだろう。しかし、それは、アルトにバレてもさほど痛くない。という事だ。」
「…じゃあ…!」
「だいぶ白には近いのではないか?少なくとも、こうして君を経由して私に伝わった所で問題ない内容なのだろうね。」
そうか…そうだよな。確かにそうだ。
殿下の言葉で、自分の心を重くしていったものが全て吹き飛んだような気がした。
「それに、私も侯爵を軽く探ってはみたが、怪しさの影もない。勤勉で優秀な男だよ。話を聞けば聞くほど、病弱にも関わらず、彼が当主を引き継いだ理由がよくわかる。はぁ、面白そうな謎だったのに拍子抜けだね。」
殿下のその見解にホッと胸をなで下ろす。
そして、殿下に視線を戻せばニヤニヤとこちらを見ていた。
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