笑顔の裏
アルト様と少しの言い合いが終わる。
それは静かな言い合いだった。
「ノーラ様は…こうした会話の後に不機嫌にならないんですね。俺と口論になると母上でも泣いたり怒り出す事があるのに」
「それは、私の性格が悪いからです。お母様はとても素直で愛らしい性格なのでしょう。」
アルト様は私の言葉に呆れたような、不思議な笑みを漏らした。
「……貴方の性格を『悪い』の一言で片付けるのは…納得いきません。人は誰しも相性があって……合わない人にとって悪になり得るだけです。俺にとっては……非常に助かるというか、心強いです。」
アルト様が…
アルト様が、私の性格を助かると言っている!!
話の流れ的にそれは『性格が合う』と言っているのでは!
そうしていると、私にとっては間が悪く屋敷に着いてしまった。
扉が開くと、アルト様が先に降りて私に手を差し出してくれる。私は喜んでその手を取った。
その時。
懐かしい落ち着いた声が私達に届いた。
「エレオノーラ?今日はこちらに帰る日だったのか。」
声のする方への視線を向ければ、そこにはお父様がいた。私達のように、ちょうど屋敷に着いた様子で執事と話をしていた。
私と同じ深緑の髪色と瞳。…そしてお父様は病弱なゆえに、どこか背景に混じってしまいそうな存在感をしている。その為、気がつくのに少し遅れてしまった。
「お父様! 会えて嬉しいですわ!」
「ああ、私もだ。今日は国王陛下に呼ばれてね。体調も良好だったから、少し領地について話してきたんだ。ほとんど世間話や昔話に花が咲いてしまったがね」
お父様は小さく咳をしながらも、私をぎゅうっと抱きしめてくれる。その青白い顔色に胸が痛むが、お父様は私に付き添う彼を見て、柔和に目元を緩めた。
「君は?」
「伯爵家三男、アルトでございます」
アルト様が流れるような所作で一礼する。その隙のない動作は、彼がどれほど厳格な教育を受け、ラインハルト殿下の側近として経験を積んできたことを物語っていた。
「ノーラからよく聞いているよ。とても優秀だと」
「お褒めに預かり光栄です」
「そうか、そうか。やっと話が進んだのかい?」
お父様はそう言うと、自分より背の低いアルト様の頭に、大きな手をポンと置いた。まるで息子を可愛がるような優しい手つきで。アルト様は驚いたように肩を揺らし、丸くなった瞳で父を見上げている。
「お父様、それは失礼ですよ」
「じきに我が侯爵家の者になるのだから少しくらい良いじゃないか」
事も無げに放たれた父の言葉に、私の心臓がギュンと跳ねた。お父様、いくらなんでも気が早すぎます!
「お父様、その話はまだ……」
「まだなのか? 手こずっているな。打診をしてから『私に任せて』と言うから任せてはいるが」
「いいえ、順調です!何も心配いりません!」
父はわざとらしく眉を上げ、私を挑発するように笑う。その笑顔の裏に、隠しきれない疲労が滲んでいるように見えた。
早く安心させてあげたい。けれど、アルト様にはまだ言えない話なのだ。
「お父様、お疲れなのでは? 早くお休みになってください!」
「そうだね、二人の邪魔をしてはいけないからね。……アルト君、娘をよろしく頼むよ」
父は悪戯が成功した子供のような顔で、再び小さく咳をしながら屋敷に執事と共に入っていった。
さあ、気を取り直してお茶にでも誘おうか!!
……そう思ってアルト様を振り返ったのだけど。そこに立っていたのは、先ほどまで和やかに微笑んでいたアルト様ではなかった。
彼の周囲の空気は、確実に重く、冷たく沈んでいるように見える。視線がどこか私達を観察するように鋭い気がしてならない。
「アルト様……?」
呼びかける私の声が、ひどく頼りなく響いた。彼は固く唇を結び、自分の手を見つめていた。その拳は、白くなるほど強く握りしめられている。
「…では、俺は帰ります」
私は慌てて彼を止めるように手を前に出した。
「 そんな急に……!ぜひお茶でもご一緒に…」
「いいえ、鳥の件もありますから。調査を続けなければなりません。では、これで失礼いたします。」
アルト様は、一度も私の目を見ることなく、機械的な動作で一礼した。
その瞳には、先ほどまでの温かさは微塵も残っていない。ただ、何かを深く考えるように去っていった。




